魂魄妖夢は外の世界にある両親の墓参りに行くようです。   作:へっくすん165e83

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 2005年の京都が舞台ですが、私自身そんなに京都に詳しいわけでもないので実際の京都とは異なるところもあると思います。
 あくまで幻想郷のある日本での京都です。ご了承ください(人には人の幻想郷ならば、外の世界も人それぞれということで)


第三話「それ、わかりやすくていいですね」

 祭りのような喧騒に聞き慣れない機械音をごちゃ混ぜにしたような音が狭い個室に響く。

 白玉楼から京都駅のトイレの個室に降り立った妖夢は、しばらく耳を慣らすようにその喧騒に耳を傾けた。

 硬い地面を歩く大量の足音、金属を打ち鳴らすような甲高い打撃音、荷車の車輪の音を何重にも重ねたような走行音。

 人の話し声も聞こえる気がするが、それらは重なり過ぎて既に言葉とは認識しづらかった。

 妖夢は個室内でもう一度身なりを確認すると、意を決して個室の扉を開いた。

 扉を開けた先は狭い通路となっており、少し進んだ先に大きな一枚鏡が置いてある。

 その横には手洗場と思われる水場と、やはりその上には鏡が設置されていた。

 妖夢はその横を通り抜け、トイレの外へと出る。

 時間帯が時間帯なためか人の流れが出来ており、妖夢は取り敢えず現状を確認すべく人の流れに乗り、建物の外に出る。

 そこには昨日の講義で見た外の世界の光景がそのまま広がっていた。

 先ほどまでの喧騒こそ聞こえないが、道路には大小様々な車が走り、その脇を途切れることなく人が歩いている。

 建物はそのどれもが幻想郷にある建物よりも高く、そして規則正しく四角かった。

 妖夢は人の流れの邪魔にならない場所に移動すると、しばらく何もせず立ち尽くした。

 これはまさしく異世界だ、と妖夢は思う。

 外の世界も昔は幻想郷と変わらない生活様式だったらしいが、この世界が幻想郷の延長線上にあるとは到底思えない。

 例えばあの目の前にある大きな建物。

 あんなものを人力で建造できるなど、誰が考えるだろうか。

 五分ほど立ち尽くしていた妖夢だったが、ようやく外の風景にも慣れ、行動を開始する。

 まずは目的をはっきりさせようと、妖夢は今の状況を整理し始めた。

 最終的な目標は両親の墓参りをすることだ。

 そのためにはまず両親の墓がどこにあるかを調べないといけない。

 といっても全く手掛かりがないわけでもない。

 妖夢は取り敢えず墓のありそうな場所の近くまで移動しようと、講義で教わった特徴が見受けられる自動車に近づいていった。

 車の上に変な置物が乗ってる平べったい車、タクシーに妖夢は近づいていく。

 妖夢があと数歩でタクシーにたどり着くといったところで、タクシーの扉が一人でに開いた。

 いきなり扉が開いたのに少々驚きつつも、妖夢は開いた扉から車内に入る。

 土足でいいのか少し迷ったが、土で汚れているわけでもないのでそのまま上がり込んだ。

 

「どちらまで?」

 

 運転手の問いに妖夢は慌ててノートを引っ張り出し、ページをめくる。

 

「えっと、伏見までお願いします」

 

「伏見のどちらへ行きます?」

 

 四十代ほどの運転手は妖夢の方に振り返りつつ尋ねる。

 妖夢が手掛かりとして持っていたのは伏見という地名だけであり、伏見のどの辺に住んでいたのかまでは全く知らなかった。

 

「……えっと、どこかおすすめあります?」

 

 運転手は予想外の返答に少々戸惑いつつも、妖夢の表情に全く余裕がないことを察し、言葉を続ける。

 

「観光ですか? それとも何処か知人の家へ?」

 

「曾祖父母の墓を探しているんですけど、実は全く手掛かりがなくて……取り敢えず伏見に住んでいたらしいのでその近くまでと」

 

 もっとも、探しているのは両親の墓なのだが、それではあまりにも仮の年齢に釣り合わない。

 運転手はその話を聞き、少し悩むように頭を捻った。

 

「区役所……で調べられるんですかねぇ。いや、ちょっと厳しいか」

 

「当時のことを知っている人に会えればもしかしたらと思ったんですが……」

 

 タクシーの運転手はグローブボックスから地図帳を取り出してめくり始める。

 数秒京都市の地図を眺め、ある程度の当たりをつけたのか地図帳を妖夢に見せた。

 

「伏見ではないんですけどね。左京区に総合資料館があるんですけど、もしかしたら何かわかるかもですねぇ。たしか行政文書も保管してあったと思うんで」

 

「じゃあそこで」

 

 地図で見る限り伏見とは反対方向だが、今のところ何の手掛かりもないため妖夢は運転手の提案に素直に頷く。

 運転手もようやく本来の仕事に復帰でき、安心した面持ちでアクセルを踏み込んだ。

 妖夢は思っていた以上に快適な乗り心地でタクシーは滑らかに発進する。

 妖夢はシートに身を預けながら車内から京都の街を見た。

 背の高い建物がまるで妖夢を威圧するかのように道路の左右に立ち並んでいる。

 地面の殆どが硬い石畳やよくわからない砂利を混ぜた黒い三和土のようなもので覆われており、土が見える部分がほとんどない。

 たまに瓦屋根の日本家屋のような建物があるが、やはりそれも妖夢が見慣れたものとは少々違った。

 

「京都は初めてで?」

 

 興味深そうに外の風景を眺める妖夢に運転手が声をかける。

 

「昔、本当に小さい頃に住んでいたことがあるみたいですが……どうにも記憶になくて」

 

 妖夢は本当のことを運転手に伝える。

 といっても運転手と妖夢の認識は大きく異なってはいるが。

 

「そうでしたか」

 

 それ以上は顧客のプライベートに踏み込みすぎると感じたのか、運転手は運転に集中しはじめる。

 妖夢も妖夢で見慣れない外の景色を楽しんだ。

 

 

 

 タクシーに乗り込んで三十分ほど経っただろうか。

 運転手は道の端にタクシーを寄せハザードを焚く。

 

「三千円です」

 

 タクシーの運転手は料金メーターを見ながらトレーを差し出した。

 妖夢は昨日藍から教わった通りの返答を返す。

 

「カードは使えますか?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 妖夢は財布の中からクレジットカードを抜き出し、トレーの上に載せる。

 運転手はそのカードを見て一瞬ギョッとしたが、すぐに何事もなかったかのようにカードをリーダーに入れた。

 

「ではこちらにサインを」

 

 妖夢は示された位置に渡されたボールペンでサラサラと自分の名前を書く。

 普段妖夢は筆を使うことが多かったが、昨日散々ボールペンでノートに文字を書いたため、特に不自由はなかった。

 運転手は妙に達筆な妖夢のサインを見てある種の安心感を抱くと、レシートとカードを妖夢に返す。

 それと同時に運転手は自分の名刺を妖夢に手渡した。

 

「お帰りの際もご連絡頂けたらすぐお迎えにあがりますよ。是非ともご贔屓に」

 

「えっと、この番号に電話すればいいんです?」

 

 妖夢は運転手の名前や電話番号などが書かれた名刺を受け取ると、電話番号を指差しながら運転手に聞いた。

 

「ある程度長距離でも大丈夫ですので」

 

 なんて商売上手な、と妖夢は思ったが、昨日の講義の話ではタクシーは駅にいることが多いらしい。

 道を走るタクシーを捕まえることも出来るそうだが、電話で呼ぶのが確実だと言っていた。

 妖夢は古代ローマの百人隊長が描かれた銀色のカードを名刺とレシートと共に仕舞うと、運転手にお礼を言って自動で開いた扉から外へ出た。

 

「さて……」

 

 妖夢は目の前の建物を見据える。

 門の奥に置かれた長方形の石看板には「京都府立総合資料館」と書かれていた。

 

「総合資料館というぐらいなので、ある程度資料が揃っているのかな?」

 

 藍の講義では、外の世界の建物はガラスの自動で開く扉を使っていることが多いらしい。

 妖夢は意気揚々と一番目立つガラス戸の前に立ったが、一向に扉が開く気配はなかった。

 

「およ?」

 

 妖夢は確かめるように扉についた金具を押す。

 すると多少の重量感とともにガラス戸は開いた。

 

「押し戸か……」

 

 

 妖夢は気を取り直して館内に入り、辺りをくるくると見回す。

 目の前には二階へと続く階段。

 どうやら左右で建物が分かれているようだった。

 取り敢えず入ってみたものの、ここに一体何があるかはわからない。

 手掛かりとなり得るのは蔵で見つけた両親の写真と手紙ぐらいだろう。

 

「すみません」

 

 妖夢はいかにもここの職員そうな女性に声をかける。

 女性は調べ物をしている中学生だと思ったのか、優しげな笑みで振り向いた。

 

「はい、どうされましたか?」

 

 女性の声色は敬語というよりかは小さな子供に話しかけるような感じだったが、妖夢は構わず要件を伝えた。

 

「少々調べ物をしておりまして、手を貸してくださる人を探しているのですが……」

 

 妖夢は少々見上げるように職員の女性を見る。

 身長が140cmに満たない妖夢からすれば、現代の日本に生きる人間は総じて大きく見えた。

 

「どのようなことをお調べで?」

 

 妖夢は鞄を漁り両親の写真と非公式な死亡通知を取り出す。

 死亡通知には死んだ場所や死亡日付等は書かれていなかったが、その手紙が何処から、何日に届いたのかは記載されていた。

 

「戦時中に亡くなった魂魄夫妻について調べているのですが……」

 

 女性は予想外のものが出てきたためか、写真と通知書を見て目を白黒させている。

 しばらく悩むように通知書を眺めていたが、自分ではどうにもならないと察したのか、携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。

 

「もしもし、鈴木です。すみません、今大丈夫ですか?」

 

 妖夢は昨日の講義で電話の掛け方は教わっていたが、幻想郷は圏外なため実際に電話をかけたことはなかった。

 妖夢は改めて携帯電話が通信機として機能することを実感すると、ポケットから携帯電話を取り出して両手で開き、充電が切れていないことを確認した。

 

「少々お待ちくださいね。今その時代に詳しいおじいさんがやってくるので」

 

「ありがとうございます」

 

 妖夢は女性に対し礼を言い、小さく頭を下げる。

 女性はふと疑問に思ったのか、女性にとってはある意味当たり前な質問をした。

 

「そういえば、今日は学校はお休みなんですか?」

 

「学校?」

 

 妖夢は女性から言われたことをそのまま繰り返す。

 

「今日って平日ですよね?」

 

 それを聞き、妖夢はノートを取り出し、昨日書き留めたした自分の身分についての欄を見る。

 そこには高校卒業(18歳で卒業)後、庭師として働いていると書かれていた。

 

「ああ、そういうことですか。もう卒業してますよ」

 

 妖夢はさも当たり前かのように答える。

 女性は目をパチクリさせると、妖夢の足先から頭頂部にかけて確かめるように妖夢の全身を観察し、恐る恐る質問した。

 

「申し訳ありませんが……今おいくつですか?」

 

 妖夢は改めて自分の外見年齢がどの程度かを思い出す。

 半人半霊は普通の人間に比べて老化する速度が遅い。

 傍目から見れば十代前半程度に見えるだろう。

 

「いくつに見えます?」

 

 妖夢は誤魔化すように戯けてみせる。

 免許証を見せて設定上の年齢を教えることに妖夢は拒否感は抱かなかったが、ここはあえて教えないことにした。

 設定上無理がないギリギリの年齢が二十歳なだけであって、二十歳前後の年齢では世間一般からしたらまだまだ子供だ。

 

「う〜ん……大体十三、いや十五ぐらいですかね」

 

「ふむ」

 

 妖夢はその評価を甘んじて受け止める。

 

「こんなナリでも一応就職してます」

 

「あ、すみません……」

 

 身体的なコンプレックスに触れてしまったと思ったのか、女性は申し訳なさそうに謝った。

 

「あ、いえ。遺伝的なものなのでそこまでお気になさらず」

 

 まあ、半人半霊であることはある意味遺伝的なものなので間違いではない。

 女性は妖夢のそんな返答に納得したのか、それ以上の追求はしなかった。

 

「ごめん鈴木さん、待たせたかな?」

 

 電話を掛けて五分もしないうちに通路の奥から初老の男性がこちらに歩いてきた。

 

「お時間大丈夫でしたか?」

 

「多少事務仕事が残ってるが、まあ俺じゃなきゃできない仕事でもないしね。こっちのが大事」

 

 妖夢は現れた初老の男性を観察する。

 髪には白髪が目立ち、顔にも皺が寄っているが、顔つきからかそこまで老いているようには見えない。

 姿勢がいいからだろうか、見た目よりも歳をとっているだろうと妖夢は当たりをつけた。

 

「それで、戦時中の資料を探していると聞いたけど、何を探しているんだい?」

 

 優しげな笑みを浮かべる初老の男性に、妖夢は写真と通知書を見せる。

 初老の男性は胸ポケットから老眼鏡を取り出すと、つるを持って振り開き、片手で老眼鏡をかけた。

 

「昭和二十年。終戦の年だね。魂魄夫妻……」

 

「聞き覚えが?」

 

「いや、珍しい名前だったから」

 

 男性は丁寧な手つきで写真と通知書を妖夢に返す。

 

「この写真に写っている魂魄夫妻のお墓を探しているのですが……」

 

「ご親戚で?」

 

「ええ、そんなところです」

 

 初老の男性は少し考えてから、妖夢についてくるようにいって通路を歩き出す。

 妖夢は初老の男性の後ろにつく形で後を追った。

 

「その年代の資料は他の年代に比べて保管している数も多いと思うから何か見つかるとは思うよ。珍しい名前だし」

 

「何か少しでも手掛かりがあるといいのですが……」

 

「ま、最終手段として伏見の老人ホームを片っ端から回るっていうのも手だがね」

 

 老人ホームというものが妖夢にはわからなかったが、老人とついているということは年寄りが集まる場所なのだろうと勝手に解釈する。

 初老の男性はしばらく通路を歩くと、一般には開放されていない扉を開く。

 そこには天井近くまで伸びるガラス戸の棚が人一人通れる隙間を開けてびっしりと整列して設置してあり、いかにも情報が詰め込まれているという雰囲気を醸し出していた。

 

「そのご夫妻が何をされていた人かっていうのはわかる?」

 

 妖夢は写真を取り出して少し眺める。

 妖夢の父は三尺近くある楼観剣を帯刀しているが、流石に常に持ち歩いていたわけではないだろう。

 

「何の職についていたかはわかりませんが、私の家は代々剣術家の家系ですので、多分それ関係だとは思います」

 

「剣術家ね。それだったら道場か」

 

 初老の男性はいつくかの資料を棚から出すと、順番に目を通し始める。

 

「それにしても、ご親戚にお墓の位置を知ってる人はいなかったのかい?」

 

 初老の男性は興味本位に妖夢に聞く。

 妖夢は何と答えたら良いか少し悩んだが真実を織り交ぜつつ適当に誤魔化すことにした。

 

「父と母は私が小さい頃に既に。育ての親であった祖父も、未熟な私を残して旅立ってしまいました」

 

「……」

 

 予想外の答えが返ってきたためか、初老の男性はバツの悪そうな顔をして押し黙る。

 妖夢は文字通りの意味で祖父が旅立ったと言っただけだが、初老の男性は完全に妖夢の祖父はもう死んでいると解釈した。

 妖夢が語った父と母というのが今調べている魂魄夫妻だとは露程にも思わないだろう。

 

「ああでも、今の職場でも良くしていただいてますし、独りってわけでもないんですけどね」

 

 妖夢は初老の男性が気に病まないよう、そう言葉を続けるが、妖夢の期待とは裏腹に初老の男性は驚いたように書類から顔を上げた。

 

「あんたその歳でもう働いているのか?」

 

「え? はい。住み込みで庭師の仕事を」

 

「住み込みってあんた……専属ってことか?」

 

「まあそうなりますね」

 

 こんな歳の少女が住み込みで庭師の仕事をしている。

 初老の男性の頭の中で一つのストーリーが勝手に構築されていった。

 幼い頃に両親を亡くし、祖父に育てられた少女。

 その祖父も亡くし天涯孤独孤独になった少女を祖父の知り合いのどこかの金持ちが庭師として雇うという大義名分で少女を納得させ、保護したのだと。

 

「いい雇い主じゃねぇか。大切にするんだぞ」

 

「ええ、というかそれも仕事のうちですから」

 

 事実とは大きく異なるが、認識がすれ違っていることに両者とも気がついていないので特に問題はないだろう。

 初老の男性は妖夢に気が付かれないように小さく鼻を啜ると、何かを見つけたのか腰ぐらいの高さの棚の上に書類を広げた。

 

「その時代にもし武道家一筋で生きていけるとしたら十中八九軍の関係者だ。でも死亡通知書に階級が書いてないところを見るに軍に所属していたわけでもなさそうでね」

 

 妖夢は書類を覗き込む。

 その書類には『大日本帝国軍第十六師團部外協力者一覧』と書かれていた。

 

 「ほら、ここ。部外講師として魂魄師範との記載がある」

 

「珍しい名前ですし間違いさなそうですね。大日本帝国軍……」

 

「その頃の日本の軍隊だよ。十六師団だと……」

 

 初老の男性は違う棚から一枚の地図を取り出すと、狭い部屋の中で広げる。

 その地図には『軍関連施設一覧』との記載がしてあり、作られた年代自体は新しいようだった。

 

「あった、伏見区だ。当時伏見区に第十六師団っていう大日本帝国陸軍の大きい部隊が駐屯していたんだが、そこで部外講師として士官に剣術を教えていたようだ」

 

「十六師團……」

 

「終戦間近のこの頃だったら十六師団はレイテ島か。新人教育に追われていたんだろうな」

 

「昔の戦争で刀を使うことがあったのですか?」

 

 刀は既に美術品として扱われていると聞いていた妖夢は、確認するように初老の男性に質問する。

 

「流石に主体というわけではないけどな。指揮官クラスの人間が半分装飾品として刀を所持していたんだ。勿論、刀自体は刃がついている本物だから、白兵戦になったら普通に武器として使う」

 

 この頃の日本では剣術を極めている軍人があまりにも少なく、軍が剣術の指南書を作成するほどだった。

 そんな時世では剣術を教育できる人材というのは貴重だったのだろう。

 それこそ、徴兵されないほどに。

 

「この資料じゃどこに住んでいたかはわからないが……伏見区に道場があれば……」

 

 初老の男性は伏見区の詳細な地図を棚から持ってくる。

 その地図は昔の地図をプリントアウトしたもので、調べ物用に資料館が用意してあるものだった。

 

「……これだ。文字が潰れて読みにくいが、多分魂魄って書いてある」

 

 妖夢は初老の男性が指さした地図を覗き込む。

 そこには確かに小さく『魂魄流道場』との記載があった。

 

「今の地図と照らし合わせると……住宅街になってるな。伏見区の道場を虱潰しに周ればもしかしたら昔の門下生がいるかもしれないが……」

 

「それ、わかりやすくていいですね」

 

「は?」

 

 初老の男性はそんな面倒くさい方法よりもいい方法がありそうだと言おうとしたが、妖夢にとってそれ以上にわかりやすい方法もなかった。

 

「伏見にある道場の一覧ってありますか?」

 

「そりゃ調べりゃリストアップできるが……そんなのでいいのか? 時間かかるぞ?」

 

「急がば回れですよ。それに私も剣術には覚えがあります。この時代の剣術がどうなっているのか興味がないわけじゃないので」

 

 初老の男性は現在の京都の地図を持ってくると、部屋の隅に置いてあったコピー機でコピーを取る。

 妖夢はその様子を興味ありげに見ていた。

 

「絵を高速で複製する……写真みたいなものなんですかね」

 

 今のデジタルカメラとの比較だとしたら似たようなものだが、妖夢の知っている幻想郷にあるようなカメラとは全く仕組みが異なる。

 初老の男性はコピーした地図のめぼしい施設にペンで丸を打っていった。

 

「まあ伏見に限定したらそこまで数はないか。剣術の道場が三つ、剣道の道場が九つだ。今が戦後六十年だから、最低でも七十五、いや八十歳ぐらいの武道家、もしくは軍の関係者なら何か知っているかもしれないな」

 

 初老の男性は地図を折りたたむと妖夢に手渡す。

 妖夢は深く頭を下げて地図を受け取った。

 

「手を貸していただいてありがとうございました」

 

「あまり力に慣れてないかもしれないが、頑張れよ。何かあったら資料館に電話をかけてくるといい。山岡って言えばわかるはずだ」

 

 山岡と名乗った初老の男性は、玄関ホールまで妖夢を見送る。

 妖夢はもう一度丁寧に初老の男性にお礼をいうと、資料館を後にした。

 

「さて」

 

 妖夢は空を見上げて太陽の位置を見る。

 日は登り切っておらず、まだ時間の余裕はありそうだった。

 

「取り敢えず片っ端から向かいましょう」

 

 妖夢は携帯電話を取り出すと、財布の中に入れておいた番号を辿々しい手つきで打ち込み始めた。

 

「何でこんなに小さなボタンなんだろ。もっと大きくすればいいのに」

 

 ボタンが大きくなればその分携帯電話自体が大きくなるから仕方がないと言えば仕方がないのだが、そんな事情は関係ないと言わんばかりに妖夢は誰にいうでもなく文句を言った。

 苦労の甲斐もあり、無事携帯電話からコール音が鳴り始める。

 妖夢は携帯電話を耳に当て、相手が出るのを待った。

 

『はい木下です』

 

「私は魂魄妖夢というものです」

 

『あ、はい。それでどう言ったご用件で?』

 

「いやその、総合資料館まで迎えにきて欲しいなと思いまして……」

 

『今朝のお客様ですね。ここからですと二十分ほど掛かりますので少々お待ちいただけたら』

 

 電話に出たタクシーの運転手はようやく事情を察したのか、妖夢だと分かった途端に口調が変わる。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 妖夢はそんな態度を気にすることなく電話を切ると、初老の男性から貰った地図を広げた。

 

「魂魄流の道場があった位置がここで、一番近い道場がここ。何処から回るのがいいのかな」

 

 それこそ運転手と話し合うのが一番なのだが、妖夢は時間を潰す意味合いも兼ねて道場を回る順番を考察した。




タクシー
 ある意味妖夢にとっては一番わかりやすい移動手段

区役所
 実を言うと役所には妖夢の両親の戸籍謄本がある。ただ妖夢の年齢(外見)と役所が何処まで相手をしてくれるか考えた結果、役所での手続きを踏んでの戸籍入手は難しそうだと考え、運転手は総合資料館を勧めた。

京都府立総合資料館
 老朽化に伴い2016年に閉鎖した資料館。現在は京都府立京都学・歴彩館がその役割を引き継いでいる。作中は2005年なのでまだ存在している。

妖夢の外見
 幻想郷の中でも身長が低い。有志の考察では130cmほどと言われているが、この作中では135cm。それでもめちゃくちゃ小さい。明治時代の十二歳の子供の平均身長がこれぐらい。

16師団
 大日本帝国の師団の一つ。作者も詳しくは知らない。
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