魂魄妖夢は外の世界にある両親の墓参りに行くようです。   作:へっくすん165e83

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第四話「これで文句ないでしょう?」

 タクシーの運転手に電話を掛けてから二十分ほど経っただろうか。

 妖夢が京都の地図を見ながら門の前で唸っていると、妖夢の目の前にハザードをつけたタクシーが停車する。

 妖夢がそちらに視線を向けると同時に後部座席の扉が開き、運転手の声が聞こえた。

 

「お待たせ致しました」

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

 妖夢は窓越しに運転手に一礼すると、開いた扉からタクシーに乗り込む。

 妖夢が乗り込むと同時に、運転手は後部座席の扉を閉めた。

 

「どちらまで向かいましょう」

 

「えっと、取り敢えず手掛かりは見つけたんですよね」

 

 妖夢は運転手に総合資料館での簡単な経緯を説明し、初老の男性に貰った地図を運転手に見せる。

 運転手は渡された地図を数秒眺めると、何かに気がついたのかボールペンを取り出した。

 

「ちょっと書き込んでもいいです?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 運転手は地図をバインダーの上に乗せ、ペンを走らせながら説明を始める。

 

「まずここの剣道場ですが、ちびっ子向けの道場です。大体小学校卒業ぐらいまでの子供が対象だったはず。んでこっちの道場は剣術や剣道ってよりかはエクササイズ系の道場なんで、そんなお歳を召してらっしゃる人はいないでしょうね」

 

 そのような感じで、運転手はわかる範囲で妖夢の地図に注記を行なっていった。

 

「何にしても平日の昼間から開いている道場は無いと思いますよ。平日でしたら大体十九時から二十一時がメインの時間帯じゃないでしょうか」

 

 妖夢は手首を捻りそこに巻いてある腕時計を覗き込む。

 

「長い針が八で短い針が十一……まだ正午にもなってない」

 

「もう本日の宿はお決めで?」

 

 運転手の言葉に、妖夢は藍の言葉を思い出す。

 外の世界、特に京都は宿屋が多く宿泊場所には困らないだろうが、どこか都合のいい宿屋を見つけてそこを拠点としてしまえば楽だと。

 

「いえ、そういえばまだです。どこかおすすめの宿屋はありますか?」

 

「職業柄ホテルには詳しいですよ。予算はどれぐらいで?」

 

「あ、特に気にせず」

 

 妖夢はクレジットカードから無限にお金が湧いてくると思っているので特に何も気にせず運転手にそう答える。

 運転手も妖夢がアメリカンエキスプレスのプラチナカードを持っていると知っているので、特にお金の心配はしていなかった。

 運転手の頭の中では、妖夢は世間知らずの御令嬢ということになっている。

 

「わかりました」

 

 運転手は地図を妖夢に返すと、右ウィンカーを出してタクシーを発進させる。

 妖夢は返された地図をリュックサックに仕舞い込み、座席に身を沈めた。

 

「っと、チェックインに関してはコンシェルジュを通すとスムーズだと思いますよ。未成年のチェックインには同意書が必要だったりしますから」

 

 運転手は今向かっているホテルの名前を妖夢に教える。

 妖夢は取り敢えず教えてもらったホテルの名前をノートに書き留めた。

 

「コンシェルジュ?」

 

「ああ、えっと……コンシェルジュっていうのは……簡単に言ってしまえばホテルやレストランを探したり予約したりとかを代わりに行ってくれるサービスですよ。アメックスのプラチナだったら家族カードでも利用できたと思いますので」

 

「それは便利な」

 

 流石に昨日の講義ではクレジットカードの特典の説明まではされなかった。

 便利であることには変わりないが、それ以上に覚えないといけないことが多かったからだ。

 

「ん? 家族カードと言ってもカード自体は本人名義だから……あの、失礼ですがご年齢は?」

 

 運転手は今頃気がついたのか、妖夢に年齢を聞いた。

 クレジットカードは家族カードと言えども十八歳以上でないと所持することができない。

 ということは必然的に妖夢は十八歳以上と言うことになる。

 運転手はルームミラーで妖夢の顔を再度確認したが、とても十八歳には見えなかった。

 

「二十歳ですよ」

 

 妖夢は何か問題があるといけないので正直に年齢を答える。

 運転手は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を取り繕い妖夢に謝罪した。

 

「申し訳ありません。成人されているのであれば何の問題もなくホテルにチェックインできると思います」

 

 これが二十歳の力か、と妖夢は自分の設定上の年齢に関心する。

 見た目通りの年齢という設定だったらそもそもホテルを取るのにも苦労しただろう。

 

「まあ、若く見られる自覚はありますよ」

 

 妖夢は少し得意げに胸を張るが、若く見られるというレベルを完全に超えている。

 運転手は妖夢が自分の失言をあまり気にしていないことに胸を撫でおろすと、事故を起こさないようにハンドルを握りなおした。

 

「お、見えてきましたね。あそこのホテルです」

 

 運転手はホテルのエントランス前に静かにタクシーを止めると、妖夢に料金を提示する。

 妖夢は今朝と同じようにクレジットカードを運転手に手渡した。

 

「では、また何かありましたらいつでもご連絡ください。他のお客様を乗せているときは電話に出られないかもしれませんが」

 

 運転手はクレジットカードをリーダーに通しながら妖夢に言った。

 妖夢は運転手から手渡されたレシートにサインを書き入れ、運転手に返す。

 

「都合が合うときだけでもありがたいです。右も左もわかりませんので」

 

 妖夢は改めて運転手にお礼を言うと、リュックサックを手に取り自動で開いた扉から外に出る。

 タクシーから降りた妖夢の目の前には、あまりにも巨大な建造物がそびえ立っていた。

 エントランスの自動ドアの上には『Leah Ford Hotel』と書かれている。

 このホテルの名前だろう。

 そしてガラス戸にはこのホテルのシンボルマークなのか、少女だと思わしき女性の顔のシルエットが印刷されていた。

 

「えっと、どうすればいいんだろう?」

 

 妖夢はあまりにも幻想郷とは異次元なその空間に思わず立ちすくむ。

 幻想郷にも紅魔館という洋館は存在するが、ここまで煌びやかではない。

 ある意味、仏教でいうところの極楽浄土を再現したかのような建造物だった。

 

「えーい! ままよ!」

 

 妖夢は意を決して自動ドアの前に立つ。

 透き通るガラスの大きな扉は、妖夢の小さな体に反応して静かに左右に開いた。

 

「おお、これが自動扉ね」

 

 妖夢はある種の感動を覚えつつ、受付と書かれた札が置いてあるカウンターまで進む。

 カウンターの向かい側にいる女性は妖夢の姿に気が付いたのか、丁寧にお辞儀をした。

 

「いらっしゃいませ。リアフォードホテルへようこそ」

 

「ああ、どうも、じゃなくて、えっと……ここに泊まりたいんですが」

 

「ご宿泊ですね。少々お待ちください」

 

 受付の女性には妖夢の姿は首から上しか見えていないはずだが、丁寧な接客態度を崩さない。

 受付の女性はカウンターの裏から書類を取り出すと、妖夢の前に差し出した。

 

「こちらにお名前、ご年齢、ご住所、電話番号のご記入をお願いします」

 

 そしてカウンターからペンを抜き取ると、妖夢に手渡す。

 妖夢は名前と年齢、昨日散々練習した仮の住所と電話番号を書き込むと、少し背伸びして受付の女性に手渡した。

 

「お願いします」

 

「申し訳ありませんが、本人確認ができる書類等はお持ちでしょうか?」

 

 受付の女性は記入された名前と年齢を確認し、身分証の提示を求める。

 妖夢は財布の中から免許証を取り出すと、受付の女性に手渡した。

 受付の女性は免許証を受け取り、書類と照らし合わせる。

 そして書類に書かれた内容が正しいことを確認し、妖夢に免許証を返した。

 

「ありがとうございます。本日から一泊のご宿泊でよろしいでしょうか」

 

「えっと、はい。取り敢えずそれで」

 

 妖夢は支払いのためにクレジットカードを取り出す。

 受付の女性はそのカードの種類とグレードを一目で確認すると、カウンターの裏にあるモニタで空室を確認した。

 

「本日スイートルームに空きがございますので、スタンダードの料金でお部屋をアップグレードすることができますが、いかがいたしましょうか?」

 

 受付の女性が気を利かせた形だが、妖夢には完全に暗号にしか聞こえなかった。

 妖夢はあからさまに視線を泳がせ、誤魔化すように頬を掻く。

 受付の女性はその妖夢の仕草に何かを察したのか、わかりやすく言い直した。

 

「通常料金でいいお部屋にご宿泊することが出来ますが、いかがですか?」

 

 ああ、と妖夢はようやく受付の女性が言いたかったことを理解した。

 

「是非お願いします」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 受付の女性は手続きを済ませると、妖夢に部屋の鍵を手渡す。

 妖夢は丁寧に部屋の鍵を受け取ると、右手に握りしめた。

 

「お部屋は向かって左側にあるエレベータで最上階に上がっていただき、エレベータを降りて右手奥です」

 

 妖夢は受付の女性に示された方向を見る。

 そこには装飾の施されたエレベータの扉が二つ並んでいた。

 

「えっと、右と左どっちです?」

 

 妖夢からしたらある意味当たり前の質問を受付の女性にする。

 

「え?」

 

 だが、受付の女性からしたらそれは全く予想していなかった質問だった。

 

「ああ、えっと……左右どちらのエレベータでも大丈夫ですよ。どちらのエレベータも最上階まで向かうことができます」

 

「およ? ああ、そういうものですか」

 

 妖夢からしたら同じ用途のものを二つ同じ場所に並べることに疑問しか感じなかったが、そういうものなのだろうと無理やり納得する。

 

「ご精算はチェックアウト時にまとめて行います。それでは、ごゆっくりお過ごしください」

 

 受付の女性は気を取り直してマニュアル通りの応対に戻る。

 妖夢は受付の女性に小さくお辞儀をすると、エレベータのほうへ歩いて行った。

 

「エレベータ……確か上下移動をするための機械でしたっけ」

 

 妖夢はエレベータの扉の横につけられたボタンの矢印を見る。

 矢印は上に向かって伸びているので、このボタンを押せばいいのだろうと妖夢は推測した。

 妖夢がボタンを押すと、そのボタンに明かりが灯る。

 そして数秒もしないうちに重厚な扉が開き、小さな部屋が現れた。

 

「……」

 

 妖夢はその小さな部屋を警戒するように隅々まで覗き込む。

 部屋の中には沢山のボタンと鏡が設置されており、人の姿はなかった。

 妖夢は少々警戒しながらエレベータの中に足を踏み入れる。

 そして沢山配置されたボタンの前に移動すると、そのボタンを注意深く観察した。

 数字が書いてあるボタンの他に、『開』と『閉』のボタンがある。

 

「最上階ってことは一番上よね?」

 

 妖夢は数字が書いてあるボタンの中で、一番数字が大きいものを押した。

 しばらくすると、エレベータの扉はひとりでに閉まり、上へと動き出す。

 妖夢は無事エレベータが動き出したことに安堵しつつ、結構な勢いで数字が増えていくエレベータのモニタをじっと見ていた。

 30秒もしないうちに軽い電子音とともに扉が左右に開く。

 妖夢はエレベータから少しだけ身を乗り出し、到着した場所を観察した。

 

「ここで……いいんですよね?」

 

 妖夢は身を乗り出したまま握りしめていた鍵をよく見る。

 鍵には札が取り付けられており、札には三桁の数字が振られていた。

 

「501……このホテルに五百も部屋があるんですかね?」

 

 次の瞬間、エレベータの左右の扉が妖夢の首めがけて閉まり始めた。

 妖夢は閉まる直前に気が付き、咄嗟に頭を引っ込める。

 だが少し間に合わず、妖夢の頭はがっちりエレベータの扉に挟まれた。

 

「いたっ……くもないか」

 

 妖夢の頭を挟んだエレベータは異物を挟んだと判断し、そのまま開き始める。

 妖夢はエレベータに早く降りろと急かされたと思い、急いでエレベータの外に出た。

 

「そんな急かさなくてもいいじゃないですか」

 

 妖夢はつい敬語でエレベータに文句を言う。

 エレベータはそんな妖夢を無視するように扉をぴしゃりと閉じた。

 

「くっそー、機械のくせに……」

 

 妖夢は挟まれた頭を軽くさすりながらエレベータホールを後にする。

 ホールを出て廊下を少し歩くと鍵と同じ数字が掛かれた扉を見つけることが出来た。

 

「501。ここでしょうか」

 

 妖夢は鍵穴に鍵を差し込み、軽く捻った。

 カタン、と重たい音が響き、扉の施錠が外れる音が聞こえる。

 

「よし、ここだ」

 

 妖夢は意気揚々と扉を開き、中へと入る。

 そして、そのまま妖夢は固まった。

 

「なんだここ」

 

 広々とした室内に配置されている家具はどれも高級感に溢れているが、嫌みな感じはしない。

 いくつかの部屋に分かれているのか、いくつかの扉があるのが見て取れる。

 外の世界のことを知らない妖夢から見ても、最高級の部屋だということがすぐに分かった。

 妖夢は背負っていたリュックサックをおろすと、震える手で携帯電話を開き、電話帳に一つだけ登録されている番号を選択する。

 携帯電話は数回電子音を発すると、すぐに目的の人物に繋がった。

 

『はい、藍です。何かありましたか?』

 

「あれよあれよという間にとんでもない部屋に案内されてしまったんですけど、どうすればいいんでしょう?」

 

『お金に関しては気にしなくていいですよ? ちなみに今日はどこに泊まるんです?』

 

 妖夢は握りしめていた鍵についている札のロゴマークを見る。

 

「えっと、りあふおーどほてるってところです」

 

『リアフォード、ですか。そりゃまた随分なところに案内されましたね』

 

 藍の口ぶりからも分かるように、今妖夢がいるホテルは京都でも一二を争う最高級ホテルだった。

 正規の値段でスイートルームに宿泊したら、一泊二百万円はくだらないだろう。

 

「ああでも、料金はスタンダードでいいと受付の人は言ってました」

 

『うーん、まあそのホテルならありえなくはないか。まあ折角の機会なのでゆっくりするといいと思いますよ? 外の世界の人間でも早々体験できるものでもないですし』

 

 妖夢はそう言われて部屋をもう一度見回す。

 正直、妖夢としては和室のほうが居心地が良かった。

 

『っと、そういえば墓参りの進捗はどうですか? お墓の場所は見つかりましたか?』

 

 妖夢は両親が軍の関係者で、今日の夜から伏見にある道場を回る予定だと伝えた。

 

『確かに外の世界の道場は平日は夜しか開いていないことが多いです。門下生も昼間は学業や仕事に励んでいるので』

 

「まあそりゃそうですよね。私だって四六時中修行しているわけでもないですし」

 

『その時間帯だったら私も手が空きますので、車出しますよ? 何件か回るなら移動時間は短いほうがいいですし』

 

「え? いいんですか?」

 

 藍の提案に妖夢は少なからず驚く。

 そういった手助けはしてくれないと思っていたからだ。

 

『道場が開いている二、三時間ぐらいなら全然大丈夫ですよ。その時間帯なら紫様の夕食も済んでますし』

 

「是非お願いします!」

 

 妖夢は藍と時間の打ち合わせをしたのち、携帯電話を閉じる。

 そのまま恐る恐るソファーに腰掛け、机の上に地図を広げた。

 

「現在地がどこか皆目見当もつかないけど、まあ藍さんなら大丈夫よね」

 

 今後の方針も決まり、今日の宿も確保したところで妖夢はようやく一息つく。

 部屋の内装は落ち着けたものではないが、それにもすぐに慣れるだろう。

 妖夢はリュックサックの中から財布を取り出すと、ポケットに入れる。

 夜まではまだ時間があるので今のうちに腹ごしらえをしておいたほうがいいと妖夢は判断し、部屋の鍵を持って部屋を出た。

 妖夢は鍵穴に鍵を挿し、開けた方向とは逆の方向に回す。

 手ごたえはなかったが、ドアノブを捻っても扉が開く気配がなかったため、施錠できたと妖夢は判断した。

 

「えっと、ホテルから出かけるときは……」

 

 妖夢はエレベータの到着を待つ間にズボンのポケットに入れてあったノートを取り出して確認する。

 

「鍵をフロントに預ける。……フロントってどこだろう。まあ受付で聞けばいいか」

 

 その受付がフロントなのだが、妖夢は気が付くことなく到着したエレベータに乗り込んだ。

 妖夢は一番小さな数字が掛かれたボタンを押し、扉が閉まるまで待つ。

 少し待つと扉は自動で閉まり、エレベータは動き始めた。

 そこまで長い時間も掛からずにエレベータは一番下の階層に到着する。

 妖夢は扉が開くと同時に急ぎ足でエレベータから出た。

 

「これで文句ないでしょう?」

 

 妖夢は小さく振り返りエレベータに声をかける。

 エレベータはまたもや無視するようにぴしゃりと扉を閉じた。

 

「……まあいいか」

 

 妖夢はフロントの場所を聞くために受付のほうへと歩き出す。

 受付の女性は妖夢に気が付いたのか、少し姿勢を正した。

 

「あの、すみません。フロントってどこですか?」

 

「こちらがフロントです」

 

 受付の女性は予想外の質問に少々動揺したが、率直に答えを返した。

 

「あ、フロントって受付のことだったんですね。外出するので鍵をお願いします」

 

 妖夢はカウンターの上に部屋の鍵を置く。

 受付の女性は少々手を伸ばして鍵を受け取った。

 

「かしこまりました。お戻りの際にまたお声かけください」

 

 妖夢は小さく頭を下げると、ホテルの外へと足を向けた。

 

 

 

 ホテルは大通りに面しており、軽く見回すだけでもいくつか飲食店を見つけることが出来る。

 妖夢は迷子にならないようにホテルの外見を睨みつけるように記憶すると、周囲を見回しながら大通りを歩き始めた。

 

「どの店が飯屋かぐらいは分かるけど……あんまり変なものは食べたくないな」

 

 でも珍しいものも食べたいというある種の矛盾じみた判断基準で妖夢は店を探す。

 幻想郷でも馴染み深い蕎麦やうどんの店、最近人里にもできたというカフェ、たまに紫が白玉楼に持ってくる海の魚を専門に扱う店、色彩がカラフルな中華料理店など。

 妖夢は十分ほどホテルの周りを探索し、最終的にはホテルの横にあるカフェへと足を踏み入れた。

 妖夢自身人里にカフェが出来てからずっと気にはなっていたが、結局店に入ったことはなかった。

 人里のカフェは外来人が始めたという話を妖夢は聞いていたので、一足先に本場である外の世界のカフェを体験し、流行りを先取りしようと考えたのだった。

 妖夢は店の扉を押し開けて中に入る。

 店員は妖夢の姿に気が付くと早足で近づてきた。

 

「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

 

「はい、私一人です」

 

 妖夢は店員と話しながらも、店の中を観察した。

 お昼時だというのに客の姿はあまりなく、旅行中だと思われる男性客が一人に、外国人のカップルが一組、あとは店主と思われる男性が一人に今話しかけてきている女性店員が一人。

 

「お好きな席へどうぞ」

 

 店員はにこやかにそういうと、キッチンのほうへと歩いていく。

 妖夢はもう一度店内を見回し、人口密度が低くなるように少し他の客と席を離して二人用のテーブルについた。

 

「ご注文がお決まりになりましたらお声かけください」

 

 店員は妖夢の前に水の入ったコップを差し出すと、にこやかに笑ってテーブルから離れていった。

 妖夢はテーブルの端に立てかけられたメニューを手に取り、テーブルの上で開く。

 そこにはコーヒーや紅茶が何種類かと、簡単な軽食が写真と共に載っていた。

 妖夢は少しメニューを見ながら悩み、最終的にはコーヒーがセットになっているオムライスを注文した。

 

「……ふぅ」

 

 妖夢は口の中を濡らす程度に水を口に含むと、小さく息をつく。

 そして思い出したかのように外を見た。

 道行く人はみな洋服に身を包み、道路には大きな車が凄い速度で通過していく。

 異質な光景ではあるが、妖夢はその光景に慣れつつあった。

 もっとも、京都は法律によって建物の高さが制限されている。

 他の主要都市と比べれば、京都の町並みはまだ幻想郷のそれに近いのだが、比較対象が人里しかない妖夢からしたらそんなことはわからない。

 

「幻想郷もいつかこうなるのかなぁ」

 

 幻想郷の文明が進んだとして、いま妖夢が見ている風景に行きつくのかはわからない。

 だが、妖夢としては多少不便でも今の幻想郷のままがいいとぼんやり思った。




アメックスのプラチナカード
 アメリカンエキスプレスという会社のプラチナカード。年会費は十数万円と高額だが、それに見合う会員特典や保証が付く。コンシェルジュサービスやホテルの優待特典など。ブラックカードよりかはグレードは下がるが、持っているだけでステータスになるカードの一つ。

Leah Ford Hotel
 全世界に展開しているホテルグループ。基本的に富裕層を対象としており、スタンダードといえど結構な値段がする。

エレベータ
 エレベータは自分の仕事を全うしているだけであり、全部妖夢の一人芝居。

人里のカフェ
 文々。新聞が人気らしい。
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