魂魄妖夢は外の世界にある両親の墓参りに行くようです。   作:へっくすん165e83

6 / 11
パソコンを新しくしてキーボードが打ちやすくなりました。それだけ。


第六話「そういう時代ということです」

 歩き疲れるほど京都駅を散策し、ホテルに戻るころには日が沈みかけていた。

 妖夢はフロントに預けていた鍵を受け取ると、エレベーターに乗って最上階へと移動する。

 エレベーターを降りて右手奥の客室の鍵を開け、部屋の中へと入った。

 

「あぁ、そうだった」

 

 扉を開けると無駄に広いスイートルームが妖夢を出迎える。

 妖夢は半ば諦めの精神で部屋へと踏み込むと、水場を探すために部屋を探索し始めた。

 妖夢は順番に扉を開けていき、大きな鏡と手洗い場が設置してある部屋を見つける。

 その横にある扉を開くと、大きな浴槽が設置してあるバスルームがあった。

 

「なんとハイカラな」

 

 何にしても使い方がわからないので色々と試す必要があるだろう。

 妖夢は服を脱ぎ丁寧に畳むとバスルームの前に整頓して置く。

 近くにタオルがあることを確認し、再度バスルームに入った。

 

「浴槽があるってことは風呂は沸かせるのよね? 流石に火を焚いて沸かすわけではないだろうし……」

 

 妖夢はバスルーム内を見回し、動きそうな部品を見つける。

 何かしらのカラクリなら、何処かを弄れば作動するはずだ。

 妖夢は動きそうな部品を掴み、取り敢えず奥に捻る。

 次の瞬間、冷水が妖夢の頭上から降り注いだ。

 

「冷たいっ!!」

 

 冷水から逃げるように妖夢は縮み上がって後ろに飛び退く。

 だが、いくらスイートルームのバスルームといえど飛び跳ねれるほど広くはない。

 妖夢は後ろの壁に激突すると、滑って転んで盛大に背中を床に打ち付ける。

 追い討ちをかけるように妖夢の全身に冷水が降り注ぎ、半ば混乱しながら水の入っていない浴槽に逃げ込んだ。

 

「取り敢えず水は出たけど……」

 

 冷水から逃れたことで妖夢は次第に落ち着きを取り戻す。

 妖夢はシャワーヘッドから水が出ていることを確認すると、浴槽の中から手を伸ばし先程捻った部品を反対方向に捻った。

 

「なるほど」

 

 妖夢が部品を捻ると同時に今度は蛇口から水が流れ出す。

 取り敢えず、冷水の雨は止めることができた。

 

「流石に修行でもないのに冷水なんて浴びてられないわ。でも流石に外じゃこれが普通ってわけではないわよね?」

 

 妖夢は温度を確かめるように蛇口から溢れ出る水に手を突っ込む。

 すると先程までの冷水が嘘だったかのように、流れ出る水は温かかった。

 

「次第に温まるのか……でもこれなら」

 

 妖夢は先程と同じ方向に部品を捻り、シャワーヘッドからお湯を出す。

 先程までの冷水の雨が、温水の雨に変わっていた。

 

「おーなるほど!」

 

 浴槽にお湯を張る方法はわからないが、取り敢えず身体を清めることはできそうだと妖夢は納得し、頭と身体を洗う。

 お湯の止め方も中間に回しておけばいいことがわかり、妖夢は上機嫌でバスルームから出た。

 身体を拭いて着替えた頃には、藍との約束の時間になっていた。

 妖夢はいつ藍が空間の裂け目から現れてもいいように身構える。

 別に脅かしに来ているわけではないだろうが、妖夢にとっていきなり現れる八雲のスキマというのは、恐怖の対象でしかなかった。

 待ち合わせた時間は午後六時。

 妖夢は腕時計を睨みつけて今か今かとその時を待つ。

 

「六のところまで……三、二、一……」

 

 ピロロロロロロと軽い電子音とともに妖夢のポケットが震え出す。

 あまりの不意打ちに妖夢は半霊が飛び出そうになるほど飛び上がると、咄嗟にその振動の正体をポケットから引っ張り出した。

 

「で、電話か……」

 

 妖夢は小さく深呼吸を二回し、丁寧に両手で携帯電話を開く。

 そして受話器を上げるボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。

 

『あ、もしもし。私です。藍です』

 

 予想はしていたことだが、電話の主は藍だった。

 妖夢はほっと息をつくと携帯電話に向かって話し始める。

 

「驚かせないでくださいよー。直接客室に来ると思って身構えてた私が馬鹿みたいじゃないですか」

 

『驚かせるつもりはなかったんですが……取り敢えずホテルのエントランスで待ってます。準備が出来次第降りてきてください』

 

「ありがとうございます」

 

 妖夢は通話が切れたことを確認すると携帯電話を折りたたんでポケットの中に入れる。

 そして資料館で貰った地図を持つと、部屋の鍵を閉めてフロントに降りた。

 

「お忙しい中すみません。よろしくお願いします」

 

 妖夢はエントランスの隅にあるソファーに腰掛けている藍の姿を見つけると、駆け寄って声をかける。

 藍は変化の術を行っているのか、耳と尻尾はなく、髪の毛も不自然ではない金髪になっていた。

 服装も普段の和服ではなく、外の世界で不自然ではないジーパン姿になっている。

 

「いえいえ、丁度仕事のない時間帯でしたので。ではいきますか」

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

 妖夢はパタパタとフロントに駆けていくと、フロントにいる女性にルームキーを預ける。

 そして改めて藍の元へと向かった。

 

「お待たせしました」

 

「では改めて。どこから行きます?」

 

 二人はホテルから出ると前に停めてある車に乗り込む。

 藍の車は特別高級車ということはなく、よくある国産の軽自動車だった。

 

「地図にあるここからお願いします」

 

 藍は助手席に座る妖夢が持つ地図を覗き込むと、車のエンジンを掛けて車道へ出る。

 藍の運転は人が運転しているとは思えないほどスムーズで無駄がなかった。

 

「どうです?」

 

 藍は前方から目を離すことなく妖夢に尋ねる。

 妖夢はフロントガラスから見える京都の街並みを見上げながら答えた。

 

「怖いです」

 

「怖い……ですか」

 

 予想外の答えだったのか、藍が聞き返す。

 

「特に理由があるわけじゃないんですけど……この世界は少し怖いです」

 

 妖夢の答えはあまりにも漠然としていたが、藍にも思い当たる節はあるらしい。

 納得するように頷いた。

 

「確かに。ここ数百年の人間の進化は恐ろしいものを感じます」

 

 藍が握っているハンドルを持っている手に力が入る。

 

「人間の生活なんて普通は早々進化するものではないんです。幻想郷がいい例でしょうね。あそこは千年以上生活様式が大きく変わっていない」

 

 幻想郷の文化レベルはよくて江戸時代で止まっている。

 外の世界から幻想郷に入ってきた外来のものがないわけではないが、それらの修理方法は乏しい。

 また、里にいる人間がおいそれと近づける場所には落ちていないため、あまり浸透はしていなかった。

 

「特にコンピュータの進化は目覚ましいものがあると言わざるを得ないでしょう。かつては屋敷一つほどの大きさだったものが、今ではポケットの中に収まるサイズにまで小さくなっています」

 

「こんぴゅーた?」

 

 あまり聞き慣れない言葉のため、妖夢は繰り返すように聞き返した。

 

「幻想郷で言う式神みたいなものです。算盤が高度になったものとも言えるかもしれません」

 

「式神、なるほど……」

 

 妖夢の頭の中に大きな巨人が小人となってポケットの中で算盤を弾いている光景が思い浮かぶ。

 

「小さくなると力仕事はしにくいでしょうね」

 

「あ、いえ。そういうものではなくてですね……例えば……そう! 妖夢さんの持っている携帯電話。あれも立派なコンピュータです」

 

「え? そうなんです?」

 

 妖夢はポケットから携帯電話を取り出すと、ひっくり返したり透かしたりしてよく観察する。

 とてもじゃないが人が入っているようには見えなかった。

 

「最新の機種は凄いですよ。電話やメールは勿論のこと、インターネットも使えますし写真だって撮れます」

 

「これカメラなんですか?」

 

 藍は妖夢の携帯電話を手に取ると、手元を見ることなくカメラ機能を開き前方の写真を撮る。

 画面には車内から見た京都の街並みが広がっていた。

 

「まあこんな感じで。後で使い方教えますね」

 

「ぜひお願いします。幽々子様にもこの光景をお見せしたいので」

 

「それぐらいならいいですけど、携帯電話をそのまま持って帰るのはダメですからね。こちらで写真だけ現像します」

 

 幻想郷の無縁塚にはよく外の世界のモノが紛れ込むが、そういったモノは外の世界で忘れ去られたものが多い。

 流石にガラパゴス化が進んだ最新機種を幻想郷に持ち込むわけにはいかないのだろう。

 

「私としても紙で貰えたほうが助かります。携帯電話は電気がなくなると使えないんですよね?」

 

 妖夢は一度携帯電話を開き充電の残量を確認する。

 外の世界に来てから一度も充電を行なっていなかったため、残量は半分ほどまで減っていた。

 

「はい。それも電気ならばなんでもいいわけでもないので、外の世界でないと使用するのは難しいと思います」

 

 妖夢は携帯電話を見ながら、なんて不便な、と思う。

 環境が整えられていることが前提である道具というのは、その環境が少しでも変わってしまえば一瞬で使い物にならなくなる。

 

「それに幻想郷には基地局もないですし」

 

「基地局?」

 

「ええ。携帯の電波……まあ要は携帯が発する聞こえない声のようなものはそこまで遠くまで届くものじゃないんです。なのでどこかでそれを中継しないといけないんですよ」

 

「なるほど、この小さいのでどこまで届くか少々不安でしたが、そういう仕組みでしたか」

 

 妖夢はそのスケールの大きさに半ば呆れながらも、ある種の感心を覚える。

 どのようなとてつもない技術だろうと、結局は作り出したのはこの世界に住む人間であって、神様などではない。

 

「ですから、携帯自体その基地局が近くにないと使えないものだと認識しておいてください。山の中では圏外になりますので……っと、ここが一件目です」

 

 藍は道路から敷地内に入ると、駐車場に車を停める。

 

「なんだか道場っぽくはないですね。どちらかというと今朝行った資料館に似てますが……」

 

 妖夢は車の中から目の前にある建物を見据える。

 確かに現在いるところは妖夢の想定とはかけ離れたところだった。

 

「ここは小学校、まあ簡単に言えば寺子屋のようなところです」

 

「寺子屋に道場が?」

 

 妖夢は車から降りようと車のドアをあちこち触る。

 今まで乗った車は全てタクシーだったため、妖夢は自分で車のドアを開けたことがなかった。

 

「あれ? これどうやって……」

 

「あ、今開けますね」

 

 藍は運転席から降りると、ぐるりと回って助手席のドアを開ける。

 

「ここの取っ手を手前に引くと扉の固定が外れるので、あとは押し開けてください」

 

 妖夢は言われたとおりに何度かドアの開け閉めを行い、ドアが開くことを確認する。

 面白い手ごたえだと思いながら妖夢は車の外に出た。

 

「にしてもかなり立派な寺子屋ですね。あ、えっと……しょうがっこう、でしたっけ?」

 

 妖夢は目の前の建物を見据えながら藍に確認する。

 

「まあ確かに幻想郷の寺子屋に比べたら規模がかなり違いますからね。外の世界の学校では平均ぐらいの大きさですよ」

 

「生徒の数は何人ぐらい?」

 

「一学年大体百人で、六学年あるので六百人程度でしょうか。大きい小学校だと全校生徒千人を超える学校もありますよ」

 

 それは何とも規模の大きい話だと、妖夢は思った。

 妖夢自身幻想郷の寺子屋に通ったことはないが、人里におつかいに行ったときに覗いてみた限りでは生徒数は三十人程度だったはずだ。

 

「子供だけで六百人もいるなんてやっぱり外の世界の人口は多いですね」

 

「いや、この規模の小学校は町の至る所にありますよ」

 

 妖夢が考えている以上に外の世界には人間がいる。

 人込みなど博麗神社で行われる祭りなどでしか見たことのない妖夢からしたら、考えるだけで頭が痛くなるような規模だろう。

 

「これ以上考えても理解が及びそうにないので、道場のほうへと行きましょう」

 

「まあ道場というよりかは、小学校の体育館を借りて練成している剣術道場って感じでしょうか」

 

「体育館?」

 

 幻想郷にはそもそも体育という言葉が存在しない。

 藍はそのことを察すると、妖夢にもわかりやすいように言葉を選んだ。

 

「多目的に使える大部屋……まあ剣術でいう道場のようなところです」

 

「道場とは違うんです?」

 

「武道以外の運動や、集会等にも使用しますので」

 

 妖夢は藍の説明に納得すると、改めて目の前にある建物を観察する。

 扉についている小さな窓からは、木刀で型の稽古を行っている人間が確認できた。

 

「では行きましょうか」

 

「はい」

 

 藍の後に続いて妖夢は体育館の中に入る。

 体育館の中では師範でありそうな男性に指導されながら十数人の人間が木刀を振っている。

 稽古の邪魔をするわけにはいかないので、藍と妖夢は隅のほうに座ってしばらく稽古の様子を観察することにした。

 

「どうです? 彼らの練度は」

 

 藍は稽古している者たちをじっと見ながら妖夢に聞いた。

 

「そうですね……決して練度が高いとは言えないですけど、一生懸命さは伝わってきますね。あと、あそこで剣術を教えているご老人は結構な腕だと思います」

 

 師範と思われる老人はたまに手本として木刀を振っていたが、その一振り一振りが堂に入っている。

 人を斬ったことはなさそうだが、人生の決して少なくない時間を剣術に費やしてきたのだと感じ取ることができた。

 

「まあ私ほどじゃないですけどね」

 

 妖夢は張り合うようにぼそりと付け足す。

 藍はそんな妖夢の様子に少々苦笑しつつ言葉を返した。

 

「まあ外の世界で剣術というものは既に競技に近いものですから」

 

 妖夢は改めて木刀を振っている門下生に目をやる。

 服装こそ袴を着ているが、普段から体を真剣に鍛えていそうなものはあまりいなかった。

 

「そういう時代ということですか」

 

「そういう時代ということです」

 

 妖夢の問いに、藍がしみじみと答える。

 妖夢はなんて平和な世界なんだと漠然と思ったが、藍からしてみたら日本にもようやく平和な時代が来たという意識が強い。

 戦い続きの日本だったが、ついに戦争に敗れ、結果として平和な時代が来た。

 戦いに敗れて平和が訪れるとは、藍からしてみたら複雑な心境だった。

 そのあとも二人で他愛もない会話をしていたが、十分もしないうちに稽古の休憩時間に入る。

 先ほどから気にはなっていたのか、師範代と思われる中年の男性が二人に話しかけた。

 

「こんばんわ。師範代の藤木です。見学の方ですか?」

 

 師範代は二人に対しにこやかな笑顔を向ける。

 妖夢は単刀直入に話を聞くことにした。

 

「いえ、少々調べものをしていまして。昔の剣術に詳しい方をかたっぱしから訪ねて回っているんです」

 

 妖夢の言葉に師範代は少々考えるように顎に手を当てる。

 

「調べもの……ですか。ちなみにどのような?」

 

「魂魄流剣術について調べていまして」

 

「魂魄流……聞いたことない流派ですね」

 

 師範代は少し待っているように妖夢に伝えると、師範の元へと走っていく。

 師範は師範代の言葉に少々驚いたような顔をすると、二人のほうへと歩いてきた。

 

「魂魄流、そう申されましたか?」

 

 師範は武人らしい綺麗な立ち姿をしており、肌にこそ老化が見受けられるが、体力的に衰えている様子はあまりなかった。

 

「はい。調べてみた限りでは大戦前までは活動していたらしいのですが、戦時中に師範が死んでしまったらしくて」

 

 いきなりあたりを引いたかと、妖夢は期待を込めて師範に聞く。

 師範は懐かしむように目をつむると、静かに語りだした。

 

「懐かしいですな。今ではその名前はすっかり聞かなくなりました。少人数ではありましたが、私が若い頃はまだ魂魄流を名乗る剣術家がいたものです」

 

「今でも門下生が?」

 

「まだ生きている者もいるとは思いますが、私の知り合いにはいないですな」

 

 師範の年齢から察するに、当時を生きていた人間ではないだろう。

 だが、戦後数十年はまだ魂魄流を名乗る剣術家がいたということだろう。

 

「そうですか……」

 

 妖夢は分かりやすく気を落としたような顔をする。

 師範は申し訳なさそうに頭を掻くと、ふと思い出したかのように言葉を続けた。

 

「ですが、私よりも当時のことに詳しい方を紹介することはできますよ。私より十歳は年上の方ですので私よりも詳しい話が聞けるかと」

 

「本当ですか!?」

 

 妖夢は今度は分かりやすく目を輝かす。

 狙ってやっているのか天然なのか。

 いや、妖夢に限っては天然のそれだった。

 

「はい。その方は魂魄流というわけではありませんが、昔から多くの流派と立ち合っている方ですので私よりかは詳しいかと」

 

「どこへ行けばその人物に会えますか?」

 

 妖夢はポケットから地図を取り出して師範に見せる。

 師範は地図に顔を近づけると、既に丸が付いている場所の一つを指さした。

 

「この道場ですな。今日は稽古は行っていないと思いますが、明日の日中なら誰かしらいるかと。近藤という方です。藤木の紹介で来たといえば話が早いでしょう」

 

 妖夢は地図に「藤木さんの紹介の近藤さん」と書き込むと、師範に丁寧にお礼を言う。

 

「もし興味がありましたら是非また見学していってください。うちの道場は火曜日と木曜日にこの小学校の体育館で稽古をおこなっておりますので」

 

「はい! 色々ありがとうございました」

 

 妖夢はもう一度師範に頭を下げる。

 藍も一緒に頭を下げると、静かに立ち上がった。

 

「さて、では行きましょうか」

 

 二人は再開した稽古を横目に見ながら体育館を後にする。

 

「さて、この後どうします? もう一軒回りますか?」

 

 車へと戻る道中に藍が妖夢に聞く。

 有益な情報は手に入ったが、確かに時間の余裕はある。

 

「いや、今日は取り敢えずここまでにしておきます。あまりやることを増やしても仕方がないので」

 

「じゃあご飯でも食べに行って今日は解散しますか。何か食べたいものはありますか?」

 

 藍は時計を見ながらそう提案する。

 妖夢も腕時計を確認するが、確かに夕食を食べるには良い時間帯だった。

 

「う~ん……お任せします。私ではあまりにも外の世界の食べ物を知らないのでそもそもあまり提案できないです」

 

「では寿司なんてどうです? 幻想郷ではあまり生魚を食べる機会は少ないでしょうし」

 

「寿司って、鱒寿司とかの寿司です?」

 

 幻想郷には海がないため、生魚を食べる習慣がない。

 寿司といえば押し寿司が主流だった。

 

「まあ似たようなものですが、川魚ではなく海の魚の寿司です。そうですねぇ……わかりやすさもかねて回転寿司に行きましょうか」

 

「寿司が回転?」

 

 妖夢は丸い鱒寿司がくるくると回っている光景を想像する。

 

「はい、寿司が回転しているのが回転寿司です」

 

「回転に何の意味が……」

 

 妖夢は回転している寿司の様子を想像しながら助手席に乗り込む。

 藍も運転席へと乗り込みシートベルトを締めた。

 

「まあ行ってみてのお楽しみということで」

 

 藍は車のエンジンをかけると、小学校を後にする。

 そのまま十分ほど車を走らせ、大きく回転寿司と看板に書かれた店の駐車場に車を停めた。

 

「あまり高い店じゃありませんが、これぐらいの店のほうが居心地いいんですよ」

 

 藍と妖夢は店の中に入ると、二人並んでカウンターへと座る。

 妖夢は店内の様子を見て、ようやく回転寿司というものを理解した。

 

「なるほど、寿司が川のように流れているということですか」

 

 妖夢は藍のわかりやすさという言葉を理解する。

 確かにこれなら海の魚をよく知らない妖夢にも選びやすかった。

 

「ちなみに直接注文することもできますので美味しかったネタがあったら頼んでみるのもありかと」

 

「おすすめとかあります?」

 

 妖夢は流れていくネタを目で追いながら藍に聞いた。

 

「定番はマグロとかサーモンだと思いますよ。多分サーモンのほうが馴染みがあるとは思います」

 

「サーモン?」

 

 藍は板前にサーモンを二皿注文する。

 

「へいサーモン二つね!」

 

 板前は数十秒もしないうちに二人の前にサーモンの握りを差し出す。

 藍はその間に醤油皿に醤油を用意していた。

 

「こんな感じでネタに少し醤油をつけるのが一般的です」

 

「なるほど」

 

 妖夢は箸で寿司を掴むと、器用にネタの先端にだけ醤油をつけ、一口で頬張る。

 

「……なるほど」

 

 妖夢は納得するように小さく呟いた。

 

「これは鮭ではないですか?」

 

 妖夢は寿司をじっくりと咀嚼すると、静かに飲みこむ。

 

「はい。サーモンは鮭です」

 

 藍はいたずらっぽく笑う。

 

「え、鮭って寄生虫が危ないから生食はできないんじゃ……」

 

「こういう寿司屋で握られている鮭は養殖されたものなので寄生虫の心配はないんです。ただ鮭という名前のままだと生食に忌避感を感じる人も多いためサーモンと名称を変えているんです」

 

「そういうものですか」

 

 妖夢はもう一つのサーモンも口に運ぶ。

 普段は焼き魚ばかりなので、生魚というのは非常に新鮮に感じられた。

 

「生魚ってこんなに美味しいんですね。焼いたものとは完全に別物じゃないですか」

 

「寿司、いいものでしょう?」

 

 妖夢は流れている寿司の気になるものを手に取り、自分の前に置く。

 先ほどのサーモンはオレンジ色の切り身だったが、今妖夢の目の前にあるネタは赤色と白色の切り身だった。

 

「これは何です?」

 

「ああ、タコですね。美味しいですよ」

 

 妖夢は先ほどと同じように醤油を少しつけ口に運ぶ。

 先ほどとは全く違う口当たりに少々驚きつつも、しっかりとした旨味に思わず頬が緩んだ。

 

「タコって全く聞いたことのない魚ですけど、どんな魚なんです?」

 

「タコは魚じゃないですね。まあ海の生き物なのは確かですが」

 

 妖夢はタコが何者なのか気にはなったが、美味しいいからまあいいかと、適当に見切りをつける。

 実際タコはかなりグロテスクな見た目をしているが、知らぬが仏というやつだろう。

 その後も妖夢は藍に色々話を聞きながら寿司を堪能した。

 幻想郷に海がないことを考えれば、かなり貴重な経験ができたといえるだろう。

 

 

 

「今日は色々ありがとうございました」

 

 ホテルへの帰り道、車の中で妖夢は藍にお礼を言った。

 

「いえいえ、大したことでは。明日の日中は仕事があるので付き合えませんが、何かあったら連絡してください。携帯ぐらいは取れますので」

 

「助かります」

 

 妖夢は様々な光に照らされる町並みを眺めながら明日のことを考える。

 明日は取り敢えず教えてもらった道場へと行ってみようと妖夢は考えていた。

 流石に朝一番は迷惑だろうと考え、ゆっくり朝ご飯を食べてからの出発になる。

 

「あ、そういえば。お風呂のお湯ってどうやって溜めればいいんです?」

 

 妖夢は思い出したかのように藍に尋ねる。

 

「お風呂のお湯……ああ、確かに勝手があまりにも違いますよね。リアフォードのスイートだったらフルオートなので電源を入れて自動ボタンを押すだけですよ。ああ、栓はしておいてくださいね」

 

「電源を入れる?」

 

「運転と書かれたボタンがありますので、それを押してから自動ボタンを押してください。そしたら自動的にお湯が溜まります。入り終わったらもう一度運転ボタンを押して、栓を抜けば大丈夫です」

 

 妖夢はノートに栓、運転、自動、運転、栓と書き込む。

 

「風呂に湯が満ちたら音楽が流れますので、それが聞こえたら入れます。掃除はホテル側が行ってくれますので特に考えなくて大丈夫ですよ」

 

 そういえば、と藍は続ける。

 

「取り敢えず明日もリアフォードに宿泊するのであれば、今日帰った時にフロントに言っておいたほうがいいですよ。基本的にはチェックアウト……要は十時には部屋を出ていかないといけないので」

 

「わかりました。伝えておきます」

 

 宿泊日数の延長は一日でいいだろうと妖夢は考える。

 明日以降も京都にいるかどうかはわからない。

 もしかしたら手掛かりを求めて違う土地へ行くかもしれないからだ。

 

「さて、そろそろですね」

 

 藍はハザードを焚いてホテルの前に車を停める。

 先ほど車のドアの開け方を教わった妖夢はノブを手前に引っ張りロックを解除すると、ゆっくりと扉を押し開けた。

 

「ありがとうございました」

 

「今日はお疲れさまでした。ごゆっくりお休みください」

 

 妖夢は静かにドアを閉めると、もう一度頭を下げてホテルのエントランスへと歩いていった。

 藍は妖夢が自動ドアを抜けてホテルの中へと消えていったのを確認すると、半ドア状態のドアを一度開け、再度締め直した。




バスルーム
 最新式のフルオート給湯器が付いたユニットバス。白玉楼では薪で風呂を沸かすため、妖夢には全く使い方がわからない。

よくある国産の軽自動車
 どこにでも走っていそうな軽自動車。ちなみにレンタカー。

無縁塚
 幻想郷で無縁仏が埋葬される場所。だがそもそも人口の少ない幻想郷では無縁のものなど殆どいないため、ここに埋葬されている者の多くは外の世界から幻想郷に紛れ込んだ人間である。その特性上外の世界と繋がりやすくなっており、外の世界のものが紛れ込みやすい。

幻想郷と海
 幻想郷は山奥に存在しているため、海は存在しないが、海に繋がっていると思われる川は存在している。だが、この川をいくら辿ろうが幻想郷の外に出ることはできない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。