魂魄妖夢は外の世界にある両親の墓参りに行くようです。   作:へっくすん165e83

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第八話「斬れと言われたら斬りますよ、私は」

 ホテルのエントランスを出ると、まだ九時になっていないにも関わらず、ホテルの前には見覚えのある看板が付いたタクシーが停まっていた。

 妖夢はそのタクシーが自分が貸し切ったタクシーだと当たりをつけ、近づいていく。

 タクシーの運転手も近づく妖夢に気が付いたのか、運転席から降りると、妖夢のほうへと歩いてきた。

 

「お待ちしておりました。魂魄妖夢様ですね? 運転手を務める村井と申します」

 

 初々しくお辞儀をした運転手の青年を妖夢は気づかれない程度に観察する。

 清潔感のある短髪にキッチリとしたスーツ、顔立ちは悪くないが、その顔には若干の緊張と困惑の色が見て取れた。

 歳は二十代前半だろう。

 

「あ、どうも。本日はよろしくお願いします」

 

 妖夢も釣られて運転手の青年に頭を下げる。

 

「取り敢えず、ここに向かいたいんですけど……」

 

 妖夢はポケットから京都の地図を取り出すと、昨日教えてもらった道場の位置を運転手の青年に指し示した。

 

「……なるほど。道の混みようにもよりますが、ここから大体三十分ほどで到着すると思います」

 

 運転手の青年は地図を妖夢に返すと、タクシーの後部ドアを開ける。

 妖夢は乗れと言うことだと判断し、タクシーの中へと乗り込んだ。

 運転手の青年は妖夢が乗り込んだことを確認し、静かにドアを閉める。

 そして半時計回りに運転席まで進むと手慣れた感じで運転席に滑り込んだ。

 

「では発進します」

 

 運転手の青年はエンジンを掛けると、タクシーを滑らかに発進させる。

 運転に関する技術が未熟だと言っていたが、妖夢には違いはわからなかった。

 タクシーが走り出してしばらくは二人の間に会話はなかったが、やがて運転手の青年の方から口を開く。

 

「社長からはドライバー以外にも手伝えることがあれば手伝ってこいと申しつけられていますが、目的地に到着した後はいかが致しましょう」

 

 運転手はちらりとバックミラーに映る妖夢を見る。

 

「そうですねぇ……じゃあ一緒についてきてください」

 

 運転手の青年にどこまでの仕事を頼むか妖夢は少々迷ったが、最終的には出来る限り手伝ってもらうことに決めた。

 妖夢は今までの流れを簡単に運転手の青年に説明する。

 

「曾祖父母の墓参り……ですか」

 

「はい。昨日から色々調べていまして。取り敢えず最初の目的地は紹介してもらった道場というわけです」

 

 運転手の青年は納得するように相槌を打つ。

 

「魂魄流剣術ですか……魂魄様も剣術を?」

 

「あ、別に様付けじゃなくてもいいですよ。こっちが息苦しいので」

 

「それでは魂魄さんで。魂魄さんも魂魄流剣術を修得しているのですか?」

 

 運転手の青年は興味本位で妖夢に聞く。

 妖夢は少々得意げに運転手の青年に答えた。

 

「ええ、勿論です。私こそが魂魄流剣術の正統な後継者です」

 

「なるほど……」

 

 運転手の青年は、納得したようなしてないような顔をしながら首を傾げる。

 そして何かに気がついたかのように妖夢に聞いた。

 

「あの、これは完全に私の興味本位なんですけど、魂魄さんはどなたに魂魄流剣術を教わったのですか? 剣術から曾祖父母のお墓を辿るなら、そちらから辿った方が早かったのでは?」

 

 ある意味当たり前のような指摘に、妖夢は答えられず固まってしまう。

 

「ああ、ええっと……」

 

 妖夢は昨日資料館の初老の男性に話した身の上話を思い出し、それをベースに話を作ることにした。

 

「剣術自体は祖父から教わりました。幼い頃に両親を亡くした私は、剣術家である祖父に育てられることになりまして」

 

「あ、えっと、その……」

 

 予想以上に重たい話になってきた為か、運転手の青年はわかりやすく狼狽する。

 

「あ、いえ。そこまで気にしなくて大丈夫ですよ。私自身小さすぎて両親のことなど全く覚えていないので。両親が死んで悲しいと思ったことすらないぐらいです」

 

 妖夢は手をパタパタと振りながら慌てて付け足した。

 

「では、剣術を教わった祖父から何か詳しい話は聞けなかったのです?」

 

 青年は改めて妖夢に聞く。

 

「祖父も、未熟な私を残して遠いところに……」

 

「あぁ……」

 

 もっとも妖夢の祖父である妖忌は死んでいない、と妖夢自身思っている。

 そもそも殺しても死なないような半人半霊だ。

 今頃はまだ見ぬ境地へ向けて修行へ励んでいるだろう。

 

「まあ、それに関しても今では殆ど気にしてません。そのあと紆余曲折あって、今に至るわけですよ」

 

「なるほど、親族の方から手掛かりを得ることはできないと」

 

 運転手の青年は妖夢の話に納得したのか、一度ハンドルを握りなおす。

 

「ええ、それで元々道場があったらしい伏見で魂魄流に関する情報を集めているわけです」

 

「これから訪問する道場にいる方が、何か知っていると……」

 

「知っているかも、ぐらいですけどね」

 

 妖夢自身、これから訪問する道場で確定的な情報が得られるとは思っていない。

 だが少しずつ情報を辿れば、次第に詳しい情報が得られると妖夢は思っていた。

 

「まあでも確かに、その人より詳しい人を紹介して貰えれば、少しずつ情報量は多くなっていきますね」

 

「そういうことです」

 

 運転手の青年も妖夢がこれから何をやろうとしているのか概ね理解する。

 そうこうしているうちに、タクシーは目的地に到着した。

 

「駐車場は……ここか」

 

 運転手の青年は窓を開けて駐車スペースを確認すると、素早くタクシーをバックで駐車する。

 

「到着しました」

 

 運転手のそんな報告と共に、後部のドアが開いた。

 

「じゃあ行きますか」

 

 妖夢はリュックサックを持たずにタクシーを降りる。

 運転手もタクシーのキーを抜くと、運転席から車外に降りた。

 妖夢は改めて道場の外見を観察する。

 建物自体はかなり古いが、手入れが行き届いているのか風化しているようには見えない。

 昨日訪れた体育館と比べると随分小さいが、妖夢からしたらこれぐらいの大きさの道場の方が見慣れている。

 道場自体には活気はないが、中で数人が稽古しているであろう声が外からでも聞き取ることが出来た。

 

「人はいるみたいですね」

 

 運転手の青年が道場の方を見ながら言った。

 妖夢は小さく頷くと、靴を脱いで道場の中に入る。

 

「すみませーん! 近藤さんいらっしゃいますか? 藤木さんの紹介で来たんですけど!」

 

 妖夢は少々声を張り上げて道場で稽古をしている人たちに聞く。

 流石に妖夢が道場に入ってきた時から意識を向けていたのか、稽古の統制を取っていた男性が「止め」の一言を掛けた。

 

「どうも、ここで師範代を任されている近藤健です。自分に何か?」

 

 師範代を名乗った男性は優しい声で妖夢に話しかける。

 妖夢は師範代の男性を上から下まで眺めると、小さく首を傾げた。

 

「およ? 思った以上に若い……ああ、なるほど」

 

 妖夢は昨日聞いた「既に稽古は行ってない」という言葉を思い出し、改めて師範代の男性に聞いた。

 

「えっと、八十歳前後の近藤さんっていらっしゃいますか?」

 

「ああ、義父の方でしたか。少々ここで待っていてください」

 

 師範代の男性はスリッパを履いて裏口から出て行った。

 妖夢は師範代の男性を待っている間、手持ち無沙汰に道場の中を見回す。

 道場自体は妖夢自身も見慣れた内装で、使われている木々にもある程度の歴史を感じる。

 だが、窓にはガラスがはめ込まれ、照明には蛍光灯が使われているあたり、全く改修せずに使用しているわけでもなさそうだった。

 

「自分はあまりこういうところには縁がないのですが、道場はどこもこんな感じなんですか?」

 

 妖夢と同じように道場内を見ていた運転手の青年が妖夢に聞く。

 

「まあ、正統派な内装って感じじゃないでしょうか。私も道場と言われて思い浮かべるのはこういう場所です」

 

 妖夢は白玉楼にある道場を思い浮かべながら運転手の青年に言った。

 

「すみません、お待たせしました。家内が今案内します」

 

 そうこうしているうちに師範代の男性が裏手から顔を出す。

 その横には師範代の男性より少し若い女性が立っていた。

 

「あら、可愛いお客さん。裏手から回ってください」

 

 師範代の妻と思われる女性は妖夢を見て微笑むと、スリッパを持って一度道場内に入ってくる。

 そしてそのまま妖夢たちの靴が置いてある出入り口でスリッパを履き、外に出た。

 妖夢はついていけばいいと判断し、女性の後を追って外へ出る。

 

「こちらです。ついてきてください」

 

 女性は妖夢と運転手の青年が靴を履いたのを確認すると、道場をぐるりと回り裏手へと入った。

 そこには道場に隠れるようにあまり大きくない一軒家が建っており、二人は女性に案内されるまま家の中に入る。

 

「こちらでお待ちください」

 

 女性に案内された部屋は白玉楼にもあるような、和室の客間だった。

 妖夢と運転手の青年は用意されていた座布団に座って女性が戻ってくるのを待つ。

 数分もしないうちに女性は一人の老人を連れて戻ってきた。

 

「お待たせいたしました」

 

 老人は確かな足取りで部屋の中に入ってくると、妖夢の対面に座る。

 女性はお茶を淹れてくるといって再度部屋を出ていった。

 

「で、私に何かようですかな?」

 

 老人は真っ白なあごひげを撫でながら運転手の青年にそう訪ねた。

 

「あ、いえ。用事があるのはこちらの女性で……」

 

「いきなりの訪問にお相手していただき、本当にありがとうございます。魂魄流剣術に関して聞きたいことがございまして……」

 

 妖夢は名乗ることなく、単刀直入に老人に魂魄流のことを聞いた。

 

「ふむ、魂魄流ですか……そもそもどういった経緯で私を?」

 

 老人はもっともなことを妖夢に聞く。

 妖夢は、今までの簡単な経緯と、昨日訪ねた剣術道場で紹介されたことを伝えた。

 

「なるほど、藤木の紹介ですか。確かにこの辺で私以上に歳を取った剣術家はおりませんからな。藤木は正しい判断をしたと言ってよいでしょう。」

 

 老人は少々得意げにあごひげを撫でる。

 だがすぐに真剣な顔つきになった。

 

「して、魂魄流剣術でしたな」

 

 老人は昔を懐かしむように目をつむる。

 

「懐かしいですな。私が剣術を始めたのは魂魄夫妻がご逝去されてからですので直接ご指導を受けたことはなかったのですが、それでも何かと世話になったものです」

 

「お二人をご存じで?」

 

「ええ、この辺ではそこそこ名の知れた人格者でしたので。知らぬものはいないほどでした。特に当時は徴兵のせいで男手も少なく、腕の立つ剣士でありましたご夫妻は頼りにされていたのです」

 

 当時の日本では二十歳以上の男性は徴兵検査を受け、問題がなければ徴兵対象者として軍隊に入ることが多かった。

 だが、軍への剣術指南という役割を与えられていた妖夢の父は、兵役の対象者ではなかったので京都に残っていたのだろう。

 

「私は魂魄家に縁のあるものなのですが、ご夫妻のお墓を探しておりまして。当時を知る方なら何かご存じないかと」

 

 妖夢は単刀直入に老人に聞く。

 だが老人は妖夢の言葉に何か引っかかる部分があったのか、少し驚いた顔をした。

 

「魂魄家に縁のある……ということはお二人の娘の魂魄妖夢さんのお孫さんですかな?」

 

「ん? 魂魄妖夢?」

 

 魂魄妖夢と聞き運転手の青年は妖夢のほうを見る。

 妖夢は誤魔化すように咳払いすると、老人の言葉を肯定した。

 

「はい、魂魄夫妻は私の曾祖父母にあたります」

 

「そうでしたか……では、魂魄流の継承は貴方が?」

 

「はい、私が魂魄流剣術の継承者です」

 

 老人は感心するように妖夢を見つめる。

 だが、ふと我に返り本題に戻った。

 

「おっと、墓の場所でしたな。申し訳ありませんが当時は終戦直後の混乱もあってどこに埋葬されたかまではわかりません。お力に慣れず申し訳ない」

 

「どなたか知っていそうな方は?」

 

「ふむ、そうですなぁ……魂魄流の門下生の殆どは大戦にて戦没されたか、戦争を生き抜いても既に亡くなっている方が殆どですので……」

 

 老人は少々考え込むと、何かを思い出したのか静かに立ち上がる。

 

「少々待っていて貰えますか。剣術家ではないですが、ご夫妻の指導を受けたであろう若い士官が知り合いにいたような気がしますので。少々年賀状を探してまいります」

 

 老人はそのまま客間を出ていく。

 その老人と入れ違いになるような形で先ほどの女性がお茶とお茶菓子を盆に乗せて客間に入ってきた。

 

「あら、お父さんったらどちらに向かわれたのかしら」

 

 女性は困ったように笑うと、妖夢と運転手の青年、そして老人が座っていた場所の前にお茶とお茶菓子を置く。

 

「何か資料を取りに行くと言っていました。すぐに戻ってこられると思います」

 

 妖夢がそう言うと、女性は納得したように相槌を打った。

 

「ああ、そうでしたか。最近少しずつ物忘れが多くなってきていますので、娘の私としても心配で」

 

「そうは見えませんでしたが……」

 

「来客時にはそうでもないのですが、気が抜けるとどうも」

 

 生活水準が外の世界と比べて低い幻想郷では、そもそも老人の数が少ない。

 妖夢自身人里でたまに見かける程度で、あまり老人と接したことはなかった。

 それこそ妖夢の祖父の魂魄妖忌はかなり歳をとった見た目をしているが、身体は健康そのもので、失踪する前もまだ衰えやボケは見られなかった。

 

「お父さんとはどのようなお話を? ……ああ、すみません。お父さんにこんな若いお客さんがくるのは初めてで」

 

 女性は苦笑しながら妖夢に聞く。

 

「剣術家に関してお話を伺いたくてご訪問させていただきました」

 

「剣術家……学校での研究テーマか何かなんです?」

 

 女性の問いに、妖夢は少し首を傾げる。

 

「研究てーまというものが私にはよくわかりませんが、とある剣術家夫妻のお墓を探しているんですよ」

 

「とある剣術家夫妻、ですか。よろしければお話をお聞きしても? 私もこのような家に生まれた身なので、少しばかりは力になれるかもしれません」

 

 女性は老人が座っていた場所の横に座り込む。

 

「とある剣術家夫妻というのは伏見に道場を構えていた魂魄夫妻のことです。戦死されてからどこに埋葬されたのかが知りたくて当時のことを知っている人を訪ねて回っているんですよ」

 

「魂魄夫妻って、あの魂魄夫妻? 半人半霊の」

 

 半人半霊という単語が出てきた瞬間、体の芯が凍ったような感覚が妖夢を襲う。

 運転手の青年は聞き慣れない言葉が出てきたためか少々眉を顰めた。

 

「すみません。半人半霊……というのは武道用語か何かでしょうか。いかんせん勉強不足で」

 

 運転手の青年は頭を掻きながら女性に質問する。

 

「半人半霊というのは半分人間、半分幽霊という特殊な体質を持った方のことです」

 

「半分幽霊? そもそも幽霊なんて存在するんですか?」

 

 運転手の青年の当たり前の問いに、女性はいたずらっぽく笑いながら答える。

 

「あくまでお父さんが言うには、ですけどね。そういう精神の教えの流派というだけかもしれませんし。無の境地とかと同じような感じで」

 

 話し方から察するに、女性自身も本気で信じているようには見えなかった。

 妖夢はほっと胸を撫で下ろすと、改めて女性に聞く。

 

「魂魄夫妻に関して何かご存知ですか? どこで戦死されたのかとか、どのようなことをしていたのかとか」

 

「戦死という話は初耳ですね。私が聞いた話は竹槍でB-29を堕としたとか、焼夷弾を素手で弾き飛ばしたとか、機銃掃射を全部斬り落としたとかという、ある意味冗談みたいな武勇伝だけですので」

 

 その話もどこまで本当なのやら、と女性は半分冗談混じりに答える。

 妖夢には単語の半分も理解できなかったが、運転手の青年の呆れた表情を見るに、かなり非常識な武勇伝なんだろうと思った。

 

「お父さんったら凄く真面目に語るものだからおかしくって。でも聞いてるうちにあながち冗談でもないのかもと思えてきたんです。そのような逸話がつくほどには優れた剣術家であったそうですよ」

 

「機銃掃射が何かは私にはわかりませんが、斬れと言われたら斬りますよ、私は」

 

「あらあら、頼もしい限りですわ」

 

 妖夢は至って真面目だったが、女性は冗談だと捉えて笑い飛ばす。

 そうしているうちに、老人が一枚のハガキを片手に部屋に戻ってきた。

 

「すみません、少し遅くなりました」

 

 老人は先程座っていた場所にゆっくりと座り込む。

 女性は老人が無事に座れたことを確認すると、お盆を持って立ち上がった。

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 女性はにこやかに笑いながら部屋を出て行く。

 老人はハガキを妖夢に見えるように机の上に置いた。

 

「この方です。当時22歳ですので、現在82歳のはずです」

 

 妖夢は指し示された住所をじっと見る。

 

「運転手さん、この住所ってどの辺かわかります?」

 

「三重県ですのでここから車で三時間ほどの距離ですね」

 

「三時間か……」

 

 妖夢は腕時計で時間を確認する。

 現在午前の十時なので、今すぐ出れば午後一時には目的地に着くだろう。

 

「あの、取り敢えず連絡してみません? 現地まで訪ねるにしてもアポは取った方がいいでしょうし」

 

 運転手の青年はハガキに書かれている電話番号を指差す。

 妖夢は一瞬運転手の青年が何を言っているかわからなかったが、すぐにどういうことか理解した。

 

「おお、なるほど。それは盲点でした」

 

 幻想郷で人に用事がある場合は、直接会いに行くことが殆どだ。

 そもそもそんなに広くない幻想郷なので移動にそこまで時間が掛からないという理由もあるが、そもそも電話のような遠距離の通信網自体が存在しない。

 無線機のような相互通信を可能とする魔道具がないわけではないが、そういうものは互換性が殆どなく、常に連絡が取りあえるものでもない。

 

「なら、私が連絡しましょう。そちらのほうが話が早いはずです。携帯をお借りしても?」

 

 妖夢は携帯電話を取り出すと、老人に手渡す。

 老人は老眼鏡をかけると、割と慣れた手つきで携帯電話を操作しだした。

 

「……もしもし、奥村さんのお宅でしょうか。奥村正志さんはご在宅ですかな? 伏見にいる藤木といえば伝わるはずです」

 

 老人は携帯電話を耳元に当てながらじっと相手が出るのを待つ。

 数分もしないうちに目的の相手は電話に出た。

 

「奥村か? 俺だ、近藤だ。久しぶりだな。元気にしてるか?」

 

『近藤? ああ、久しいな。最近は少し腰を痛めてな。もう昔ほど無茶ができる歳でもないのかもしれん』

 

 携帯電話から漏れる音は非常に小さいものだったが、耳の良い妖夢には十分聞き取ることができた。

 

『それで、いきなりどうした? もう何年も会ってないだろう。誰か死んだか?』

 

「やめろよ縁起でもない。リアルすぎて笑えねぇよ。そうじゃなくてな、お前に少し聞きたいことがあるんだ」

 

『聞きたいこと? この頃物忘れが激しいから、覚えているかどうかは保証しないぞ』

 

「それに関しては大丈夫だとは思うぞ。お前、魂魄師範覚えているか?」

 

『随分懐かしい名前が出てきたな。忘れるわけがない。それがどうした?』

 

 老人は妖夢のほうをちらりと伺う。

 

「魂魄師範の曾孫さんが訪ねてきてな。師範の墓を探しているらしい。何か知らないか?」

 

『魂魄師範の? それなら門下生が遺体を引き取って埋葬したんじゃなかったか?』

 

「なに!? ほんとか! 今どこにいるかわかるか?」

 

『比叡山延暦寺で坊さんをしてるはずだ。遺体も比叡山に埋葬されたと聞いたが』

 

「門下生が坊さんか」

 

『いや、坊さんが門下生だったんだよ』

 

「まあどっちでもいい。なんにしても助かった。また飲みに行こう」

 

『歳を考えろ。流行り病には注意しろよ』

 

 老人は携帯電話を耳から話すと、通話を切る。

 そしてそのまま携帯電話を妖夢へと返した。

 

「長く待たせて申し訳ない。結論から言えば、魂魄夫妻の墓は比叡山にあるようです」

 

「比叡山……というと……」

 

 妖夢は尋ねるように運転手の青年の顔を見る。

 

「ここから約二十キロほどだったと記憶しているので一時間も掛からないと思いますよ。京都の東側にある山です」

 

「私自身その坊さんとは面識はありませんが、当時生きていた坊さんとなれば自然と絞られてくるでしょうな」

 

 老人は軽く咳ばらいをすると、喉を潤すようにお茶を飲む。

 

「どうも私が力になれるのはここまでのようです。あとは現地を訪ねてみるとよいでしょう」

 

「色々とありがとうございます。本当に助かりました」

 

 妖夢は深々と頭を下げる。

 老人はまんざらでもなさそうに頭を掻くと、朗らかに笑った。

 

「わしはもう引退してしまった身ですが、いつでも道場を訪ねてください」

 

「はい、機会があれば是非」

 

 妖夢はもう一度頭を下げ、座布団から立ち上がる。

 運転手の青年もそれに合わせるように立つと、妖夢に尋ねた。

 

「妖夢さん、ではこの後は延暦寺に?」

 

「はい、そのつもりで――」

 

 運転手の青年が何気なく発した妖夢の名前に、老人は反応する。

 

「ん? あんた今妖夢って……まさか、貴女は……」

 

 老人は信じられないものを見る目で妖夢の顔を見る。

 

「……小さかったので当時のことは覚えていません。申し訳ない」

 

 妖夢は一度老人のほうを振り返ったが、そのまま部屋を後にした。

 運転手の青年もすぐにその後を追っていったので部屋には老人一人が取り残される。

 

「生きていたのか……半人半霊だとしたら今の見た目にも説明が付く……」

 

 老人は心を落ち着かせるようにお茶を一気に飲み干す。

 しばらくそのまま放心状態で湯呑を握りしめていたが、大きく息を吐くと同時にその手を緩めた。

 

「そうか……生きていたか……本当に良かった」

 

 当時赤子だった妖夢は両親が出兵する際に白玉楼へと預けられた。

 妖夢の両親はそのまま戦争にて戦死したため、近所の間では妖夢は行方不明扱いになっていたのだ。

 

「あら、お客さんはもう帰られたんですか?」

 

 様子を見に来たのか、女性がお盆を持って客室に現れる。

 

「ああ、延暦寺に向かうらしい。どうやらそこにご両親のお墓があるようだ」

 

「そうでしたか……」

 

 女性は机の上を片付けながら老人の話を聞く。

 

「そういえば、先ほどの客人、魂魄夫妻のお子さんの魂魄妖夢さんだったみたいだ。全く、半人半霊は歳を取らないと聞いていたが、六十年経った今でもあそこまで若い見た目とはな」

 

 老人はカラカラと機嫌がよさそうに笑う。

 

「もう、またそんな冗談を言って」

 

 女性は老人の言葉をいつもの冗談だと思い、軽く受け流す。

 だが老人はそんなことは気にせずに笑い続けた。

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