狂犬夕立は大和の耳を舐めてみたい   作:シャブモルヒネ

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結A-2:そして改ニの姿になったのです

 嵐の夜の決戦から半月が経った。

 

 モニターから、ゲーム音。

『ビシッバシッ、しんくぅ~――』

 道着姿のキャラクターが超必殺技を解き放つ。

 3Hitコンボが直撃し、ライフポイントをごっそりともっていかれた。

「ぽっ、ぽあああぁぁ!」

 頭を抱えた。

 納得いかない。

 どうしてこの私が小足をくらってしまうのか。

 ぐぬぬ、と唸ってモニター画面をにらんでみたが、『Player 1 Win!』の文字は変わらない。

 負けだった。

 どこからどう見ても、完膚なきまでに自分の負けでしかない。

 そんな馬鹿な。

 かつては呉のゲーセンで、美少女格闘ゲーマーとして恐れられていたこの私が負けただと!?

 ぷるぷると身を震わせていると、たった今自分をくだした対戦相手が呆れたように半目を向けてきた。

「……夕立ちゃんはさぁ、どうして毎回ガードしないん? 暴れプレイのひとなの?」

「くっ、ミニメガネめ……。イヤミか貴様ッッ!」

「嫌味じゃねーよぅ。つーか、ミニメガネってなに。あたしにゃ望月って名前があんだけど」

「知ってますぅ。あだ名ですぅ」

「もうちょいまともなあだ名にならない? 眼鏡かけてるから“ミニメガネ”って、あんたさぁ」

「そんなことより、もう1戦やろ、もう1戦!」

「えぇー、疲れてきたなぁ……」

 駆逐艦娘、望月はため息をもらす。

 2人は格ゲー用のコントローラー、いわゆるアケコンを膝に乗せて対戦に勤しんでいた。

 周りの床にはパステルカラーのクッションと脱ぎっぱなしの制服が散らかされ、壁際のベッドの上には別の駆逐艦娘が3人いた。女の子座りで対戦を観賞していたり、寝そべって漫画を読んでいたり。思い思いにだらけてる。

 この日は休日。

 天気も良いのだから出かけりゃいいのに、朝っぱらから部屋にこもって貴重な少女期間を浪費している。

 ここはトラック泊地の駆逐艦寮、その一室。

 望月と深雪の部屋。

 夕立は、長い治療生活から解放されたところをお呼ばれした形だ。

 

――あの夜。

 夕立は、見逃された。

 敵である口裂け女の艦隊は、精根尽き果てた夕立に手をださず、艦娘たちの砲火を防ぎながら中部海域の奥へと消えていった。

 トドメを刺す猶予はあったはずである。

 しかし何故か……それこそ口裂け女本人に聞かなければ分からないだろうが、とにかく夕立は生き延びた。

 そして、大和も。

 2人とも轟沈寸前の重傷ではあったが、救助部隊の尽力によりなんとか入渠に間に合った。

 これにて一件落着、万々歳。

 ……とはいかなかった。

 夕立は、完治しなかったのである。

 入渠設備は、万能の霊薬ではない。

 効能があるのは外傷に対してのみ。

 身体の奥深くに発生した異常にまでは届かない。

 ……要するに、夕立は、己の肉体を酷使しすぎてしまったのだ。

 目は、出血の名残で、深海棲艦のように赤く染まり、

 右手は、神経を損傷したのか、ほんの僅かだけ精密さを損なった。

 そして、頭脳――

 五感の鋭さは、消え失せた。

 常人とだいたい同じ域までしか感知できなくなった。

 リミッターの解除も同様に、今やまったくできなくなってしまったのだ。

 つまり、今の夕立は。

 誰をも置き去りにしまうような異常な身体能力を失った、ただの普通のベテラン精鋭駆逐艦なのである。

 ……傍から見たらなんにも弱くなっていないように見えるけど、本人に言わせれば違うらしい。

 

「――ぽあああぁぁ! まーた、反応できなかった!」

「だから、ガードしなって言ってんじゃん」

「前は反応できたの!」

「へ? 何に?」

「小足に!」

「はぁー?」

「小足見てから昇龍余裕だったの!」

「そんなのできるわけないじゃん……」

「できたの! コマンドだけ入力しといて、小足が見えたらボタン押す!」

「見えないでしょ、普通」

「見えた!」

「分かった分かった。でもさぁ、それって仮にできたとしても反確じゃないんじゃない?」

「重ねが甘けりゃ当たるでしょ? そこの判断もできたんだって」

「何言ってるか分かんないねぇ」

「うーん、やっぱりこれも後遺症なのかなぁ。もうだめだぁ……おしまいだぁ……」

「いやいや、中段にはぜんぶ反応してるよねぇ? これだけでもうすごいんだけど」

「中段なんて遅いでしょ……たぶん」

「どういう世界の話なん?」

 わいのわいのやってると、不意にドアがノックされた。

 夕立は思わず飛びあがる、

 その過剰な反応に周りの少女たちは「?」を浮かべた。

(うー。ドアの前まで人が来たのも分からないなんて……)

 以前は、遠くの足音まで聞こえていた。

 それが今や、ゲームをしているというだけで感知できない。

 まるで全てが手探りになったよう。

 世界がこんなに不便だなんて知らなかった。

「夕立さーん、いますー? 薄雲ですー」

「あ、薄雲か」

「そろそろ訓練、始まりますよー」

「はっ、やばい! リハビリあるんだった!」

「おーぅ、いってら~」

 がばっと立ちあがる。周りにごめんねしながら駆けだした。

 今日は大和が見ていてくれる日だったのだ。

 

 

 

「――ぐぬぬ。外してしまった。ありえない」

 まさか、静止した目標に外してしまうだなんて。

 思わずフラリとよろめいて、傍らの大和にしなだれかかる。

「大和ぉ、もうだめっぽいー。これじゃ引退だよ、引退ぃ」

「なにが引退ですか。射程ギリギリで命中率95%って、まだまだトップクラスじゃないですか」

「だめだよー。白か黒かハッキリしてない戦場なんて怖すぎる。なんとかしてよ、大和ぉ」

「大和さん、でしょ」

「はーい。大和さん」

「よろしい」

 大和はにこりと微笑んだ。

 長身を見上げて、こちらもにへらと笑う。

 1度は死にかけた大戦艦。

 私の上司。

 私の大切な――なんだろう? なんかこう、大事っぽい存在。

 傷1つない脚が眩しくて、ついつい手が伸びてしまう。

「ひゃっ!? こ、こらっ、どうしてそうすぐ触るんですか!?」

「いーじゃん。触らないと体温が感じられないっぽいんだからさぁ。スキンシップ、スキンシップ」

「意味が分かりませ……ちょっとぉ!」

 ごちーん。

「いたーい!」

「周りが見てるんですからね!」

「うう、じゃあ見てなきゃいい? いいんだ? いいっぽい? ねえねえ、この後部屋に行っていい?」

「こ、この子は……」

 駆逐艦夕立は、弱体化した。

 とはいえそれはあくまで以前の完璧超人だったときと比べての話である。

 その他の駆逐艦娘たちの数値と比べれば、まだまだ現役――どころか未だに一線級であるのは疑いようもない

 だからこのリハビリは、身体機能を取り戻すためというよりは、現状に慣れるために行われていた。

 ……戦場は、荒れるものだ。

 普通は未来予測なんてできやしない。

 だから夕立は、曖昧さのなかに命をかける、その怖さの意味を初めて知った。

 そして、皆がそうであるという認識も得た。

 弱さがあるということ。

 不安があるということ。

 だからこそ手をとりあうということ……。

 今では確信できない事柄に対して「~っぽい」とつけるようになった。

 彼女はこれからゆっくりと普通の感性を知っていくだろう。

 ひとの気持ちを考えられるようになり、そして、いずれは多くの仲間と友達に囲まれるようになる。

 夕立は、もう孤独ではない。

 

@

 

「――ドウシテ、私ガ、アノ小娘ヲ見逃シタカトイウトナ……」

 誰も聞いちゃいないのに。

 中部海域の、とある座標。

 口裂け女は、海原を走る随伴艦たちにこう言い訳した。

「アノ小娘ヲ殺サナカッタノハ、アイツノ周リノ海ガ、赤クナラナカッタカラダ」

 海の色。

 それは戦争が始まると変わるもの。

 特に、誰かが死ぬときに――深海棲艦に生まれ直すときに顕著に赤くなる。

 ただし。

 誰でも深海棲艦になれるわけじゃない。

 条件があった。

 未練を残す者だけが、深海棲艦になれる。

 それが、深海棲艦たちの間では定説だった。

 なのにあの金髪の駆逐艦の周りの海は、轟沈寸前になっても赤くならなかった。

 つまり、あの小娘には未練がなかった。

 大往生。

……あんなに若い艦娘が、一片の後悔ももたずに死んでいく。

 その満足感は、おそらく、人生経験の少なさからくる視野狭窄。自己陶酔混じりの勘違いだろうけど……だからこそ、口裂け女は気に入らなかった。

 あんな子どもが嬉しそうに死んでいく光景も。

 あんな子どもに勝ち誇られたまま逝かれてしまう決着も。

 それをひとたび許してしまっては、これまで自分たちが辿ってきた道のりが間違っていたと認めざるを得ないように思えた。

 

――わたし、は……たどり、ついたぞ……。あ……あんた、ら、は……? いつ、くるんだ……?

 

「……チッ」

 とかく、気に入らなかった。

 自分たちは唯一無二の道を歩き続けている。

 誇りを守り、己が己であるためには復讐しかなかった。

 だから、他にもっと大切なものがあったかもしれないなんて、けして認めるわけにはいかないのだ。

「アイツハ、イツカ沈メル。ダガ今ジャナイ。……トラック泊地ヘノ侵攻ハ、中断トスル」

 随伴艦たちに、否やはなかった。

 この艦隊は、元より見捨てられた元艦娘たちの集合体。

 口裂け女のごとく強烈な意志をもつ者がいなければ、失意のままに海の藻屑となるほかなかった。ゆえに、総旗艦の決定は絶対なのだ。

「敵襲ーッ」

 水平線上に、黒い影。

 雲霞のような大艦隊。

「オヤオヤ……。アメ公ドモノ、オ出マシダ」

 哨戒で先行させていた潜水艦から、無線が入る。

 敵は、中部海域の深海棲艦たちの総本山、ハワイ諸島からやってきた大連合艦隊。

 総数は100を軽くこえるという。

 目的は……聞くまでもないだろう。

 自主独立を謳う中部海域の深海棲艦たちにとって、口裂け女たちの強圧的なやり方はあまりにも相容れない。

 獲物であるトラック泊地の独占。

 交渉の拒絶。

 そして、つい先日行われた私刑――同胞殺し。

 ここまでやられて、さすがに大物たちも重い腰を上げたのだろう。

 無線が、きた。

 敵方の主張は思った通りだった。

 正義だの、自由だの、権利だの。

 ちゃんちゃらおかしいお題目を並べていた。

「ハッ、何ヲ今更、偉ソウニ……」

 もしも本当にそれを大事と思うなら、8年間も放置せずにさっさと排除に動けばよかっただろうに。

 だが、連中はこれまで何もしてこなかった。

 身命をかけて戦う我々の苛烈さが恐ろしくて、見ないふりを続けていたのだ。

 そんな腑抜けた連中にどうこうできる我々ではない――

 と、言いたいところではあったけど。

 当方の潜水艦たちがもたらした情報には、流石に呻かざるをえなかった。

 姫級が、10人。

 水母水姫。

 深海海月姫。

 潜水新棲姫。

 その他、空母棲姫たちに、戦艦棲姫たち。

――厳しい。

 戦って勝つのは無謀といってもいいだろう。

 さりとて、命乞いをするつもりは毛頭ない。

 ならば、どうするべきか。

 せめて練度の低い者だけでも逃がすためには……。

「総旗艦……」

 仲間の駆逐艦。

 振り向くと、他にも仲間たちが何人も、不満げにこちらを睨んでいた。

「妙ナコトヲ、考エテルンジャナイデショウネ?」

「ナニ?」

「アナタ、言ッタジャナイカ。我々ノ無念ヲ、1人ズツ、順番ニ晴ラシテイコウ、ッテ」

「……。確カニ、言ッタナ」

「アナタ達4人ハ、トラック泊地ニ、ケリヲツケタ。ダッタラ今度ハ私タチノ番デショウ?」

 駆逐艦。軽巡洋艦。重巡洋艦……。

 何人もの元艦娘たちが、消せない怨みを吐きだしていく。

「ブイン基地……」

 少女は、愛想が悪いと追いだされた。

「佐伯湾泊地」

 少女は、大破進軍。護衛退避が許されなかった。

「柱島泊地ィ~♪」

 少女は、海上護衛という陰語によって、故意に轟沈へと導かれた。

 他の者からも、怨みはいくつも挙がった。

「コンナ所デ、アナタニ終ワッテモラッテハ、困ルンデス。約束グライ守ッテ下サイヨ?」

「……ハン。オ前ラニ、言ワレルマデモナイ……」

「アァ、良カッタ。テッキリ、焼キガ回ッテシマッタノカト……」

「ホザケ。オ前ラコソ、ツイテ来レルンダロウナ?」

 そうだった。

 我々は、もう既に。戻れない道を選んだのだ。

 戦って、戦って、戦って。後には何も残らない。それでよいと決めたのだ。

 今さら、より良き人生など必要ない。

 悪とされ、罵られて、蔑まれ、そうした連中を全員引きずりこむ、そんな悪鬼になろうと決めている。

 上空には敵の艦載機がイナゴのように飛んでいる。弾の数より明らかに多い。どちらかの勢力が終わるまで爆撃を避け続けなければならないだろう。

 それがどうした。

 無線を開いて、口角を吊り上げた。

「Hellooo(ごきげんいかが)、cowards(こしぬけども)! 随分ト数ヲ集メタジャナイカ? 貴様ラ、イツモ、ソウダヨナァ? 優位ジャナイト、拳モ握レナイ……ソンナ女ヲ、何ト呼ブカ知ッテルカ? ……豚野郎ッテ言ウンダヨ! ハァーッハッハッハ!」

 スピーカーから怒号が響く。

 図星をつかれて怒ってらっしゃる。

 愉快だ。

 多勢を前に一歩も退かない、それこそ戦士(おんな)の生きる道。

 大和のごとき小娘にできたことが、この自分にできないはずがない。

 そうだ。挑発したら、次にやるべきは宣戦布告だろう。

 大和よりも堂々と、中指を立てて言ってやれ。

「Fuck you!!」

 

 その日、中部海域の深部で戦がおきた。

 深海棲艦同士の殺し合い。

 結末を知る人類はいなかった。

 

@

 

 更に半月ほど時は過ぎ……。

 夕立は、ショートランド泊地へ出向することになった。

「って、なんで!?」

 出向って、左遷!?

 倍返し!?

……待って、待って。

 ちょっと意味が分からない。

 いきり立つ。提督に詰め寄った。

「どうして!? 夕立、何かした!?」

 提督は、ふむぅと顎を擦る。

 余裕の表情。

 腹が立つ。

「どうしてなのか、自分の胸に手をあてて考えてみろ」

「なん……だと……?」

 そう言われると、ちょっと弱い。

 身に覚えは、

 ……、

 …………。

 何か、やらかしたっけ?

 3秒間だけ、考える。

 けど、まぁ、分かんない。

「夕立、何かしたっぽい……?」

「……心当たりもないが、自信もない、といったところか」

「ソンナコト、ナイデス。私は模範的な優等生。頼れる先輩。ベテラン艦娘……っぽいでしょ?」

「ぽい、じゃだめなんだよなー」

「ぐ、ぐぬぬ」

 だめだこりゃ。

 助けて、大和。

 傍に控えている女神様に縋ってみる。

 彼女は眉をハの字にして、苦笑い。

「提督、いじわるしないであげてください」

 助け舟をだしてくれた。

 ん?

 いじわるって、何?

「人聞きの悪い。俺は単に、自分を振り返ってみろと言っただけだろう?」

「その言い方じゃ誤解しますから」

 誤解?

 いじわる?

 つまり、どういうこと?

「あなたに非はありませんよ」

「??」

「むしろ逆。あなたが優秀だから派遣されるんです。期待されているってことです」

「えーと、それって、左遷じゃないってこと?」

 自分はなんにも悪くない?

 なのに、身に覚えがあるとか、ないとか、提督はどうして思わせぶりな言い方をしたの?

 ただのいじわるだとぉ?

「性格、わっる……。こんなの、クソの所業じゃん」

「夕立ちゃん?」

「ク、クソっぽい?」

「ぽいをつけても、下品なのはダメです」

「うぐぅ」

「……まあ茶番はこのぐらいにして、だ」

「は? あんたの言い方が悪いのがいけないんでしょーが。このハゲ」

「はっ、ハゲてはないだろ!?」

「ハゲっぽい」

「ぽくも、ねぇよ! ふっさふさだわ!」

 なんでも、提督がいうには。

 近々、南方海域を舞台にした作戦行動が発令されるらしい。

 ガダルカナル泊地奪還作戦。

 現在、ガ島を占領している飛行場姫をボスとする深海棲艦中規模群を一掃するために開始される、とか。

 参加するのは、地理的に一番近いショートランド泊地。他にはブイン基地、ラバウル基地、更には本土から佐伯湾泊地。4つの軍事施設の艦娘を合わせた大艦隊が編成されるようだ。

「――トラック泊地、入ってないじゃん。どうして私が行く必要があるの?」

「ないと言えばないのだが。どうにもキナ臭い噂があってなぁ」

「えー、なんです? 政治的な話とか? ヤなんですけど」

「政治じゃない。……まあ詳細はおいおい、な」

「そんなんじゃ納得できないんですけど。私じゃなきゃいけない理由ってなんデスか? 口裂け女だってまたいつ来るか分からないのに」

「あー……アレだ、ざっくり言うとな、その作戦の総指揮を執ることになった提督が、どうも最近動きが怪しいのだ。作戦の立て方も雑になっている」

「ううん?」

「損傷率が、上がっている。……轟沈数もな」

「えええ、そんな奴の指揮下に入りたくないんですけど!」

「いや、お前なら大丈夫だろ?」

「はー?」

「お前なら、たいていの悪条件は乗り越えられる。違うか?」

「違わないけど!」

 怒ってみてもだめだった。

 もう自分が派遣されるのは決定事項らしい。

「詳しいことは書類にまとめておいた。後で読め。読んだら、焼けよ?」

「焼く……? なにそれ」

「あと、ブイン基地には協力者がいる。軍警察の潜入員だから周りにはバレないように接触しろ。それから……」

「ちょっ、ちょっと待って! 軍警察? 潜入員? なにそれ、話が穏やかじゃないっぽい?」

「うむ、割りとガチめな案件だからな」

「私、何をやらされるんです?」

「スパイ」

「スパイっ?」

「スパイ……っぽいこと」

「ぽい、で誤魔化すなぁ!」

 吠える。

 だが提督はどこ吹く風で。

 大和は「頑張ってね♪」と微笑むだけ。

 そ、そんなぁ。

 優秀だから送られるって、こんなの絶対おかしいよ。

 納得いかない。

 けど逆らうわけにもいかず。

 せめて、己を慰めたい。報酬をねだった。

「なにかくれっ、ください! ええと、大和の服がほしいっ! 要らないやつでいいから!」

「服……? 別にいいですけど、サイズが合いませんよね?」

「だったら、ええと――」

 

 大和の部屋へ押し入った。

 衣装ケースをひっくり返す。

 本当に要らないものということで、マフラーをぶんどった。

 

「あぁクンカクンカ! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……んはぁっ! 大和の艶やかで繊細な黒絹のような髪の匂いが染みついてクンカクンカ!」

「ちょっとぉ! やめて下さい!!」

「ああ~、これよねこれ! 鼻が悪くって最近嗅げてなかったから……クンカクンカ! んほぉっ」

 提督は、だいぶひいていた。

「お前、匂いフェチだったのか」

「分かんないけど、スーハースーハーふがっ、ドーパミンがどばどば、溢れちゃって、いいよぅこれ」

「そうか、良かったな……」

「あのっ、洗濯してますから! 匂いなんて無いでしょ!?」

「甘いなぁ、洗濯したぐらいで、スンスン、私の鼻は、クンクン、密着すれば――んはっ」

「もうやだ、返してぇ!!」

「いやでーす!」

 くるりと回って純白のマフラーをひらめかる。

 執務室から飛びだした。

 後ろからは、ドタバタと大和の足音が響いてくる。

 ふふん、低速の戦艦娘が追いつけると思うてか。

 廊下を駆ける。

 何人もの仲間たちとすれ違った。

「あれ、夕立ちゃん? 何してるの?」

「追いかけっこ? ……わぁ、大和さん!?」

「誰かーっ、その子を止めてくださーい!」

「あははははっ」

 面白い。

 単なる駆けっこというにはあまりにも愉快だった。

 まるで幼少の頃に戻ったかのような解放感。

 見れば、行く先には騒ぎを聞きつけたのか、半笑いの艦娘たちが何人も待ち構えていた。

 いいだろう、止められるものなら止めてみるがいい。

 未来はいくらでも拓けている。

「さあ、ステキなパーティしましょ!」

 

@

 

――後日、出向先のショートランド泊地にて。

 

「こんな下手っぴ、初めて見たっぽい」

 つい、要らんことを言ってしまった。

 相手は、ショートランドの駆逐艦3人組。

 その筆頭である朝潮型のサイドテール娘がヤカンのように湯気をあげていた。

「なんですって! あなた、もういっぺん言ってみなさいよ!」

「い、いいよ霞ちゃん。ほんとのことだから……」

「清霜よぅ、悔しかねーのか? アタイは腹が立ったぜ。いくら相手がエース様だって言ってもよぅ……」

 

 ショートランドの凸凹トリオと同じ艦隊になり。

 紆余曲折の末に親交を深めていくのは、また別の話――

 

おしまい。




ハッピーエンド編、おしまいです。
ここからの展開は、稚作『悪いひとたち』の舞台へ繋がるIFルートって感じですね。
夕立がくるならたぶん全部上手いこといって全員無事になるんだと思います。
ただし、清霜のモヤモヤは晴れないけど。


さて、まだ別ルートが残っていますが、ひとまず1つのENDまで終わったということで色々振り返ってみます。

・分量調整がへた!
今回の課題の1つに『プロットを作って進めよう』ってのがありました。
ぜんぜんやれてないです。
ちゃんとできたのは“起”のパートだけ。
“転”が4つもあるあたり、思いつきをがんがん入れてくスタイルからは逃れられないって思いました。
でもですね、ラストに向けて話を盛っていくのは悪くないと思うんですよね。
テンポさえ悪くならなければ。

・『転1:パクってオマってリスペった』について
夕立が自身をふりかえるパートですが、なんかダルくなりそうだったので夢という形で一気にまとめてしまいました。これは良い判断だったんじゃないかと思ってるんですが、1つ大きなミスが。
ブルネイ泊地近くのでかい噴火山。そんなものは、現実のブルネイ泊地周辺にはないです。多分。
これ、なぜか『ラバウル』で調べていました。
気づいたのはこの話を書き終えたあと。直すのは面倒なのでそのままです。仕方ないね。
あとタイトル。
作者自身が色々パクった話って意味もありますし、夕立が過去の出来事から色んな人の言動を模倣してるのが判明する話っていう、ダブルミーニングなんですよドヤー。
まぁそんなの間が開いたら気がつかないですよね……。

・1万匹撃破のくだりは?
もう片方の話で回収します。
曇らせ隊の皆さまはもう少しお待ちください。

他にも色々ありますが、このへんで。
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