狂犬夕立は大和の耳を舐めてみたい   作:シャブモルヒネ

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結B-2:そしてソロモンの悪夢になったのです

 嵐の夜の決戦から半月弱がすぎた。

 

 廊下の窓枠にもたれかかって、視線をおろした。

 下の広場では、艦娘たちががやがやと戦勝の喜びに沸いていた。

 

――やったぁー、勝ったよぉー!

――疲れたー。早くシャワー浴びて、眠りたい……。

――こらっ! 勝って兜の緒をしめよ、って言うでしょ!

 

 まぁ、仕方ない。

 この約半月もの間、彼女たちには心休まる日がなかったのだから。

 今日やっと、敵のボスをやっつけた。

 深海海月姫。

 あの嵐の夜の数日後、突如、襲来した深海棲艦の大艦隊。

 いったい今までどこに隠れていたのやら。

 口裂け女と入れ替わりにやってきたその連中は、小規模群と呼んでも差し支えない戦力を揃えていた。

 100匹はいたし、姫級だって10匹はいた。

 普通だったら手に負えない。1つの泊地だけでは倒せない。

 防戦に徹して、パラオ泊地あたりからの増援を待つ。それしか打つ手は無い……はずだった。

 だが。

 トラック泊地には私がいた。

 絶対に負けない、インチキを通せるチェスのコマ。

 私は出撃するたびに、1つずつ敵のコマを潰していった。

 初日は、ビショップ。

 2日目は、ナイト。

 3日目は、ルーク……といった具合に。

 そして、9日目である今日、とうとう敵のクイーンとキングを沈めたというわけだ。

 これで、ゲームは終了。

 あとはどうとでもなるポーンの群れを追い払うだけ。

 万々歳、とみんな喜んでいた。これで平和な日々が戻るんだと涙ぐむ者さえいた。

 おめでたい。

 この戦争が始まる直前は――彼女が沈んだその後は、誰もが通夜のような面持ちだったのに。

 弱い奴らは羨ましい。

 ちょっと戦争になったぐらいで死に物狂いになれるんだから。感傷に浸る暇もないなんてお気楽な人生だ。

 

――敵、倒したんだよね? 海は赤いままだよ……?

――う~ん、光作戦のときはすぐに元に戻ったのにね。なんでだろ?

――さぁ。そのうち戻るでしょ?

 

 昨日までの苦しかった日々は終わった。

 今日で気持ちを切り替えよう。

 明日からはどんな時間を過ごそうか――

 そんな拓けた未来に、眼を輝かせている。

 やっぱりトラック泊地は平凡だと思った。

 ここに転籍してきたときと同じ感想。

 そう、なんにも変わってない。

「……」

 そう言う自分だって、他人事じゃない。

 これからのことを考えなきゃ。

 口裂け女の艦隊を撃滅し、その次にやってきた深海海月姫の群体も退けた。

 これでもう、トラック泊地に留まっている理由はなくなった。

 すぐにでも辞令が届くはずだ。

 ブルネイ泊地へ戻れという命令が。

 そうしたら古巣へ帰るだけなんだけど……別にあそこにも思い入れがあるわけじゃない。

 ちっとも心が浮き立たない。

 さりとて、トラック泊地に残りたい理由もなく。

 じゃあ、どこに行けばいいんだろう?

 私の帰るべき場所はどこなのか……。

――足音。

 歩幅、体重を確認。

 提督、か。

 廊下の奥へ、目を向けた。

 現れたのは、予測通りに提督だった。

 リノリウムの廊下をゆっくりと歩いてくる。

 ここは執務室へ繋がっている。だからそこへ入室するためにやってきた。そう思い、声はかけなかった。

 しかし、提督はぴたりと足と止めた。

 腕組みをして、私を遠慮なしに見つめている。

「……なんの用?」

 廊下の窓枠から、背を離す。

 提督は、仏頂面で「海の色が、戻らない」と呟いた。

「――それが、なにか?」

「こんな事態は初めてだ。敵のボスを倒せば、赤い色は薄れて消える……今までどこの海でもそうだった」

「どうしてそうなっているかなんて、私は知らない」

「そうか。お前なら何か知っているかもしれないと思ったんだがな。ずっと最前線で戦ってきたお前なら」

「そんなの深海棲艦に聞いてくださいよ」

 期待をされても、知らないものは知らない。

 つい、と視線を斜め前のドアに向けた。

 もう用は済んだでしょ?

 さっさと行って。

 自分の部屋へ入ってよ。

 そういう意思表示のつもりだったが、提督は、執務室へ歩を進めようとはしなかった。

「お前、いつもここに居るな」

「……」

「帰投すると、いつもそこの窓際に立っている。番犬みたいなつらしてな。おかげで執務室に寄りにくいって苦情がきているのだ」

「知ってますよ。聞こえてくるんで。……で、なにか問題あります?」

「そりゃ、あるだろう」

「言いたいことがあるなら、はっきりどうぞ」

 まあ、察しはつくけど。

 彼女が轟沈してからというもの、私、夕立の態度は様変わりした。いや、元通りになったといっていいだろう。半月前、トラック泊地に転籍してきたばかりの頃に戻ったのだ。

 他人を信じず、自分の腕しか頼りにしてなくて、誰に対しても冷淡で。

 むしろ、以前よりも愛想は悪くなったかもしれない。

 おぼろげな期待さえしなくなったから。

 提督は、そんな私に苦言を呈するつもりなのだ。

 気を落とすな、とか。

 そんな生き方を彼女は望んでいない、とか。

「大和が沈んで悲しいのは分かるが――」

「ちっ」

 ほぅら、見ろ。

 分かったような一般論。

 馬鹿にしないでほしい。私を誰だと思ってるんだ?

「提督。私はね、メンタルの弱い新兵じゃない。落ちこんでなんていませんよ」

「ほぉ。そうは見えないが」

「同僚が轟沈するなんて、よくある話です。いちいち狼狽していたら生き残れない」

「確かにな、折り合いはつけているようだ。この半月は赫々たる戦果だった」

「でしょう? だから忠告なんて要らないです。これ以上変なことを言うならモラハラで訴えますよ?」

「モラハラ、ね。こんなのがモラハラか」

「そうです。知らないんですか? モラハラってのは、言われた方が決めるんです」

「そうか。じゃあ今のお前は、この程度の言い草をモラハラだって思うんだな? そう思うぐらい、俺の言ったことが嫌だったと、認めるんだな?」

「……なんなんですか、めんどくさい人ですね」

 この提督は、どうしても私が傷ついていることにしたいようだ。

 そして管理者である自分が立ち直させねばならないと、そんな余計な義務感に駆られている。

 はっきりいって、うざったい。

 だから、ちゃんと伝えてやることにした。

「私はちゃんとできている。辛くもないし、悲しくもない」

 喉は、震えていなかった。

 だから私は大丈夫。

 だというのに、この提督は――

「ならばどうしていつも秘書艦室の前に居る?」

 ほぅら、ね。

 言われると思ったよ。

 毎日毎日、敵を沈めて帰ってくるたびに秘書艦室の前の廊下に立っている……そんな駆逐艦がいたら、誰だって奇妙に思うだろう。

 提督だってずっと疑っている。

 夕立は、頭がおかしくなったんじゃないか、って。

 戦闘面では無敵のエース様もメンタル面ではヤワなんだなって、皆で哀れんでいるに違いない。

 冗談じゃない。

 私はそんなタマじゃない。

「……知ってますよ。どんな噂をされてるかなんて。知っての通り、私は耳がいいんで、筒抜けです。忠犬ハチ公みたいだって? 失礼な言い様じゃないですか。私は、そんな馬鹿でもないし、忠義に篤いわけでもない。私は、ただ……」

 目の前のドアを、じっと見つめる。

 秘書艦室のドア。

 かつて彼女が住んでいた部屋。

「私は、彼女の匂いが好きなんだ。嗅いでいると落ち着くんです。だから来ている。それだけ」

「お前、匂いフェチだったのか」

「そうですよ。恥ずかしいから誰にも言わないでくださいよ」

「ふぅん……。だったら、どうして中に入らない?」

「中に……入る?」

 なんだって?

 思ってもみないことを言われた。

「廊下に居るより、部屋の中に入ったほうが匂いは強いだろ?」

「そりゃ、そうだ。そうでしょう、ね」

「じゃあ、入れよ。入ってみろ。鍵なら渡してやるよ」

「……なんで?」

 なに言ってんだ、この人。

 そんなのダメに決まっているだろう。

 ここは彼女の部屋なんだから、入っちゃいけないってのに。

「どうした? 何か、都合でも悪いのか?」

「いや、別に……」

「だったらどうして入ろうとしない?」

「……」

 彼女の部屋。

 ドアの隙間からは微かに彼女の匂いが漂ってくる。

 誰かが居るような気配はない。

 それだけだ。

 まだ、それだけなんだ。

「なあ、本当は分かってるんだろ? お前は、入らないんじゃない。入れないんだ」

「……ハッ、なんですかそれ? 漫画に影響された中学生みたいな台詞ですね」

「あっそう、ならいい。俺が入る」

「え――」

 息ができなくなった。

 提督は懐に手を入れて、

 鍵をとりだした。

 先端をゆっくりと鍵穴に挿しこんで、

 ぐるりと90度、回した。

 

――やめて。

 

 ガチャリと音を鳴らした。

 ドアノブに、

 手をかける。

 

――やめてくれ。

――開けちゃったら、中が、見えてしまう。

 

 ドアは、無慈悲に開け放たれた。

 ぶわり、と。

 彼女の残り香が、鼻腔に届いた。

 生き物が居るような音は、無かった。

 気配も、無かった。

 そして、狭い畳部屋は、廊下からでも奥まで視線がよく届く。

 部屋の中には――

 

――ほぅら、

――ほらぁ……。

 

 やっぱり、誰も、居ないじゃないか……。

 知ってたさ。

 知ってた、けどさ。

 音が無いだけなら、匂いはするんだから、もしかしたらって、思うでしょ。

 ありえないって頭で分かっていても、希望があるかもしれない……。

 なのに、目で見てしまったら、もう居ないって確定してしまうじゃないか。

 どうして、こんなにひどいことをするんだよ。

 きらいだ。

 提督なんてだいっきらいだ。

 どいつもこいつも、みんな知らないんだ。

 ハチ公がどうして10年間も亡き主人を迎えるために駅に通ったか。

 犬だって、馬鹿じゃない。

 主人が死んだことぐらい知っていた。

 忠義なんていう人間が喜びそうな概念をもっていたわけじゃない。

 ただ、ハチ公は、

 主人を忘れられなかっただけなんだ。

「お前にとって大和はただの同僚じゃなかったんだ。だから悲しんでいい。泣いていいんだ」

――なに、クサい台詞言ってんの?

「……ぁ、に」

 喉が、震えて、

 言葉がでなかった。

 だめになっている。

 こんなことで。

 もう喋れない。

 どうして、こんな……。私はベテランで、とびっきりのエースで、誰よりも強いのに。ヤワなメンタルはしていないのに。同僚の死なんて何度も経験してるのに。

 足が、勝手に前にでる。

 秘書艦室の戸口をくぐり、

 一歩、

 そして二歩と、畳を踏みしめた。

 どこか遠い国の出来事のよう。

 震える指を、ちゃぶ台の表面に滑らせた。

 体温の残滓は、どこにも無い。

 耳を澄ませた。

 この部屋は、自分以外の鼓動は聞こえない。

 スン、と鼻をすすって、かろうじて匂いが漂う襖を、開けた。

 衣装ケース。

 しゃがみこんで、引いてみる。

 少しだけ、匂いの濃さが増した。

 けれど、本人のそれと比べたら、プールに垂らした一滴の香水程度でしかない。

 一番上にあったマフラーを手にとって、大事に、大事に抱えこむ。

 洗剤混じりの芳香は、まさしく残り香でしかなかった。

 いずれ何もかもが塵となり、消え去ってしまうだろう。

 ようやく、完全に理解した。

 大和は、もうどこにも居ないのだ。

 この世のどこを探しても二度と会うことはできない。

 自分だけが生き延びてしまった……。

 声は、漏らさない。

 聞かせる相手はいないから。

 大和は、ただの同僚ではなかった。

 大和はきっと、私が初めて心を許した他人で。だから私は一歩、踏みだせた。殻を破って芽を出したんだ。他の人なら幼い頃にとっくに伸ばしているはずの心の芽。

 私の芽は、生まれたてで、まだぜんぜん柔らかく、だからこんなに弱いんだ。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう。

 子どもなら、抱きしめてくれる親がいる。

 けれど、ずっと殻に引きこもっていて、今さら芽を出した私には、もう誰も。

 どうしたらいい?

 こんな場面、最近にもあった。

 どうしようもないとき、最後の最後に唯一頼れるものは、人生で培ってきたものだけ。

 私の場合は、ルーティン。

 

 その時、秘書艦室のスピーカーがバツンと音を立てた。

 警報が鳴り響く。不快な音調。

 その警報は誰もが知っている。

 深海棲艦の、接近警報。

『新たな敵影が接近しています! 数は40前後! ル級flagshipが総旗艦で、……え? か、顔に、大きな傷跡があるようで……』

 

 反射的に、立ち上がる。

 マフラーを首に巻きつけて、踵を返す。

 敵は、倒さねばならない。

 私ならそうするはずだから。

「夕立っ!」

 提督が出口で立ちはだかっていた。

 これでは通れない。

 男は決死の形相で、叫んだ。

「お前は出撃しなくていいっ! するな!」

「了解しかねます」

「落ち着け! これは何かの間違いだ……敵は、口裂け女じゃあない!」

「私は、18匹、倒したんです。だから、残っていても22匹前後のはずなんです」

「ああ、知ってる……。今回の敵は、きっと似ているだけの奴だろう」

「口裂け女はきっちり沈めた。腹に12発、大穴を開けてやったんだ」

「嘘だなんて言ってない!」

「甘いですね、提督は」

「なに?」

 そんなんだからあんたは不当な評価をされるんだ。

 だって、身内に信じてもらっても意味がない。

 他所の連中は――特に、総司令部はどう判断すると思う?

 あのマニュアル主義の連中は、似たような顔の深海棲艦が現れたと報告が挙がったら、検証もせずにこうのたまうだろう。

 「夕立は嘘つきだ」と。

……私は、いい。

 私1人が嘘つき呼ばわりされるだけなら、我慢できる。

 しかし。

「大和が、言ったんだ」

 

――砲撃命中率100%の駆逐艦がいる、と。

 

 だったら私は、外しちゃいけない。

 必ず敵を沈めなければいけない。

 もしも報告に誤りがあったとされてしまったら、そのまま彼女も嘘つきにされてしまうから。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 だから、

「どけ」

 敵が口裂け女であろうとなかろうと、そう疑われかねない相手は全員消し去っておかねばならない。

 例え、命令で禁止されようと。

「邪魔なんだよ」

 右手を差しだした。ゆっくりと。

 提督は、その手首を掴んだ。

 瞬間、捻りこむ。

 体幹が揺らいだ。

 あとは耳を掴んで軽く引くだけ。

 提督は、千切られまいと防衛反射が働いて、自らの意志とは関係なくバランスを崩した。

 その隙間を通り抜ける。

 走った。

 背後で叫び声が聞こえたが、まったく耳に入らなかった。

 疑いの余地を消去する。

 それしか頭になかった。

 

@@@

 

「――それで、その子はどうなったっぽい?」

 すべてはもう過去の話。

 決着はついている。

 パラオ泊地の夕立――『当代の』夕立は、不安に瞳を揺らしていた。

 無理もない。

 自身と同じ名である『先代の』夕立は、他人であって他人ではないのだから。

 パラオ泊地の提督は、少しだけ迷った。

 この結末を伝えていいものか。

 けど、ここまで話しておいてはぐらかすという道はない。

「そのトラック泊地の夕立くんはね、帰ってこなかったんだ」

「え」

「轟沈、したんだよ」

 報告書にはこう書かれている。

 トラック泊地の夕立は、たった1人で出撃していった。

 謎の敵艦隊は、誘いこむようにどこぞの海へと退いた。

 夕立は追ったらしい。

 彼女たちがどこへ行ったかは、分からなかった。

 捜索隊が結成された。

 丸1日経っても見つからない。

 その頃、なぜか海は青さをとり戻した。

 丸2日がすぎ、彼女の残留物が2点、見つかった。

 本人は、見つからなかった。

「残留物の1つ目は、マフラーの切れ端。2つ目は、燃料タンク。こちらは奇跡的に穴も開かずに残っていたらしい」

「な、なんで? その子はとっても強かったんでしょ?」

「うん、そうなんだけど……。燃料計の針は、0を指していたんだ」

「……中身がなかったってこと?」

「そう、使い切っていたんだ。おそらく、燃料を使い切るまで戦って、動けなくなった。そして、やられたんだと思う」

「そんな」

 何があったのかは、誰にも分からない。

 どうして少女は燃料切れになるまで退かなかったのか。

 謎の敵艦隊とはなんだったのか。

 確かなことは、1つだけ。

「彼女はね、自分で言っていた通りの理由で沈んでしまったんだよ。“感情を理由に動くこと”……無理だと分かっていることをやってしまったんだ」

「そう……なんですね」

「それが悪いことだなんて私には言いきれない。けどね、そういうことがあったという教訓は活かさなきゃだめだ。私たちは、クレバーでいなければならない。そしてもう1つ、自分たちは1人ではないということを忘れてはならないんだ。分かるね?」

「はい、分かったっぽい……。いえ、分かりました!」

「うん、いい返事だ」

 本日付でやってきた白露型の4番艦。

 彼女には明るい顔でいてほしい。

 そのためにもしっかりと泊地を管理しなければ、とパラオ泊地の提督は気を引き締めた。

 南の島、パラオ泊地は今日も透き通るような陽射しを浴びてめいっぱいに輝いている。

 窓の外、大海へと思いを馳せた。

 はるか東のトラック泊地、その近海へ。

 先代の夕立は、最期に、何を想っていたのだろう。

 あるいは今もどこかで生きていやしないかと――

 

@@@

 

 自分のことが分からない。

 名前も。

 帰るべき場所も。

 だから、呼ばれているなら行くだけだ。

 赤色が、私を呼んでいた。

 視線の先、

 広い広い海の一部分だけが、どんよりと、赤く、赤く色づいている。

 何十kmも続いている。

 辿った。

 ずぅっと、ずぅっと、波音を聞きながら。

 果てしなく広がる大空は、暗くなったり、明るくなったりした。

 あの眩しい、光の塊は、なんていうんだっけ……。

 そう、“太陽”だ。

 太陽は、左側から昇っていって、右側へ落ちていった。

 つまり、ええっと。

 左が、“東”で、

 右が、“西”。

 だから、正面は、“南”ということで……。

 この赤色は、どうやら私を南へ誘導しているらしい。

 進む。

 どこに着くんだろう?

 誰かいるのかな?

 と、思っていたら、人影を発見。

 海の上に、黒い奴ら。6人もいる。

「ドコニ、行クンダ? ソッチハ南方海域ダゾ」

 なんぽう、かいいき?

 なんだっけ、それ。

 聞いてみたいけど……。なぜか、上手く喋れない。

「ナンダ、生マレタテ、カ……」

「オイ、姫級ダゾ……」

「悪イコトハ、言ワナイ。引キ返セ」

「アソコノ連中ハ、イカレテル」

 なんだって?

 一気に話されると、分からない。

 分からないけど、なんとなく否定されているのは分かった。

 私のこと、否定するのか?

 お前は信じてくれない奴なんだな?

 だったら、敵だ。

 ばーん。

 ……あれっ?

 右胸に当たった。

 みぞおちを狙ったのに。

 おかしいな。

 両手を開いて、閉じてみる。

 なんかおかしい。

 どうにも鈍い……。

 感覚を確かめていたら、別の奴らが撃ってきた。

 いてて。

 なにすんだ、このやろう!

 全員、死んだ。

 6人が、沈んでく。

 あっ、

 やばいやばい!

 届かなくなっちゃう前に、耳を獲る。

 これで6。

 証拠がないと、戦果にならない。

 危ないところだった。

 1人の艤装をぱきんと折って、串にあつらえた。

 耳を6枚、貫いて、失くさないように服に縫いつけた。

 よし。

 また赤色を辿るか。

 そっちは南方海域というらしい。

 行ってみよう。

 駆けた。

 もう何百kmも進んでる。

 遠い。

 道すがら、黒い連中は何人も現れた。

 私、知ってるよ?

 こいつらは敵なんだ。

 名前だって思いだした。

 “しんかいせいかん”だ。

 ぜぇーんぶ穴を開けてやった。

 耳も獲った。

 10。

 20。

 30……。

 ちょっと楽しい。

 何かを集めるのって、面白い。

 服が汚れて、海水で濯いでいたけれど、いちいち面倒になった。

 洗わなくてもよくない?

 服は、すぐに真っ黒になった。

 マフラーも、真っ黒になった。

 なんかくさい。

 つん、とくる。

 あれ、

 いいのかな?

 んんん……?

 良くない、気がする。

 ぼろぼろのマフラーに鼻を押しつけた。

 血の臭い。

 硝煙の臭い。

 潮の臭い。

 それだけ。

 それしか、しない。

 それで、いいんだっけ?

 足を止めた。

 何かが、足りない。

 なんだっけ……。

 思えば。

 南方海域に行って、どうするんだ?

 そこが私の行きたい場所なのか?

 私の帰る場所……?

 ふと、振り返る。

 進んできた海原を。

「……」

 もう何百kmも進んできた。

 でも、元に居た場所にこそ、それは在った気がする。

 帰るべき場所。

 ナントカ泊地。

……どうしよう?

 戻る?

 今から戻るの?

 マフラーをぎゅうと握りしめる。

 分からない。

 海がいっそう色づいて、その先に、島が見えた。

 とりあえず、行くか。

 島には、木がいっぱい生えていて、いかにも無人島って感じ。

 ここに誘導されていた?

 何も、無いんだけど。

 まいったな。

 いやでも、まだ分からない。

 赤色は、島の沿岸へ続いていく。

 辿った。

 でっかい岩礁がたくさんあって、間をすり抜けて、回りこんだ。

 覗きこむ。

 でかい女が、うつ伏せで倒れていた。

「アッ?」

 心臓が、脈打った。

 知ってる。

 この匂い……。

 名前が出てこない。

 焦る。

 ええと、ええと、

 2メートル近い長身に、白磁のような肌。

 艤装には、大口径主砲が、針鼠のようにいっぱいで――

 そうだっ!

「南方、セーセンキ!」

 どう!?

 合ってるでしょ!?

 女は、ぴくりと反応し、

 砂を握りしめて、

 ゆっくりと顔を持ち上げた。

 濁った瞳と、目が合った。

「アアーッ!」

 やっぱり、知ってるひと!

 思わず、笑った。

 すっごく嬉しい。

 やっと会えた!

 たまらず、今までの戦果を報告した。

「ヒャク、ニジュウ!」

 証拠をずらりと並べてみせた。

 20本の耳串を。

 どう? どう? どう?

 すごくない?

 褒めてくれていいんだよ?

 彼女はまだぼんやりとしていたけれど。

 無性に楽しかった。

「アハハハハッ」

 単なる戦果報告というにはあまりにも愉快だった。

 まるで幼少の頃に戻ったかのような解放感。

 見れば、周りにはいかにも頭の悪そうな深海棲艦が6人も涎を垂れ流しながらにじり寄っていた。

 なんだぁ、お前ら?

 やんのかぁ?

 上等だ。

 今度は絶対、やらせない。

 私は、世界最強の駆逐艦。無敵の用心棒なんだ。

 この人を傷つける奴は許さない。私が取り除いてやる。

 戦果を稼いで、何度も褒めてもらうんだ。

 そのために、まずは1匹目。

「ヒトーツ!」

別のお話へつづく。




これ、何編っていえばいいんでしょう。
えー、狂犬ルート、おしまいです。
この続きは、稚作『悪いひとたち』にそのまま繋がります。
興味がわいたひとはどうぞ読んでやってください。

一応、読むのがめんどくさい人用に、こっちの話ではぼやかしてる部分について書いておきます。
・謎の敵艦隊ってなんだったの?
 →復活した口裂け女たちです。深海棲艦は無限に復活する設定です。
・ラストの南方棲戦姫って?
 →身体は大和。ただし記憶や人格はありません。
・海はなんで赤くなるの?
 →端的にいうと、海には意思があって、活性化すると赤く見えます。最後に誘導してたのは、鉄底海峡で開催する戦争の役者集めのためです。大和(南方棲戦姫)もそのために流されてきたって感じ。






今作は、今まで食わず嫌いしていたやり方に手をだしてみました。
書き方とか。IFルートとか。やってみると勉強になりました。
例えば、ハッピーエンドが存在することによって曇らせ展開がより引き立つんだなぁ、とか。いや、私は曇らせ隊ではないですけど。ただ女の子が意地張ってる姿が好きなだけ。ほんとほんと。可哀想なのはぬけないってやつですよ、ええ。

そういうわけで、次はシリアスなし・戦闘なしの、純正ほのぼのコメディ・ハッピーストーリーに挑戦したいと思います。
がんばるぞー。


……『ちょっと悪いひとたち』は、またいずれ。
書きたいんですけど、他にもっと書きたい話がたくさんあるってのが本音です。
私はどうも長編に向いてない。
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