狂犬夕立は大和の耳を舐めてみたい   作:シャブモルヒネ

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起2:デストロイヤーマン

 次の日は、いきなり、

「あなたの趣味を教えてください」

 と始まった。

「どうしてそんなことを知りたい?」

「だって、お互いのことを知らないと。友達ってそうやってなるんですよ?」

「ああ……そういう話だったっけ」

 用意された菓子はクッキーだった。

 これまでのケーキに比べれば格は落ちるが不満はない。食えるならなんでもいい。

 ちゃぶ台の前であぐらをかこうとしたが怒られそうだったので、仕方なく正座した。

 卓上のクッキーをじっと見る。

 すると大和は手の平をこちらにむけて「まだですよ? まだ。待てです。ステイ」と言ってきた。

 犬か、私は。

 とりあえず言われるままに我慢することにした。

「よしよし。ちなみにですね、私の趣味は料理やお菓子作りです。このクッキーも私が作ったんですよ」

 大和は少し自慢げに微笑んだ。

「へえ、み、」

「み?」

――見た目に似合わず少女趣味なんだな。

 そう言ってしまえば、クッキーが減ってしまう気がする。

「なんでもない」

 不思議そうな顔をしていたがすぐに切り替わる。

 自身の趣味について語りだすと、ぱっと花咲くように輝いた。

「他にも色々作れるんですよ? フルコースとか」

「すごいな、すごい」

「ふふ」

 褒めるとたわいなく喜んだ。

 もし彼女に尻尾がついていればぶんぶんと勢いよく振っていただろう。

「セントバーナード……」

「ん、なんです?」

「いや別に」

「犬が好きなんですか?」

「そういうわけじゃない」

「? おかしなひとですね」

 そして大和は自分の趣味について更に語りだした。

 料理が楽しいと感じるのはどういうときか。

 工夫しておいしい料理ができたとき。誰かがおいしいと褒めてくれたとき。

 段取りをする楽しさがあり、食材をうまく使い切る楽しさがあり、新しいレシピを習得する楽しさがある。らしい。

 やばい。

 ぜんぜん分からない。

「メシなんて金を払って食ったほうが時間もかからないだろう」

 そう言ったら、むきになってしまった。

「違います! おいしい料理を自分の手で作りだす喜びが――」

 長かった。

 ……ねむくなってきた。

 とはいえ、寝たらさすがに怒られる。

 熱弁を聞き流しながらも大型犬のころころ変わる表情に注視した。

 このエネルギーがどこから出てくるのやら。

 ぼんやりと眺めながら、しかしそういう話ではないのかもしれないと思った。

 無駄か、そうじゃないか。

 それだけが自分の行動の判断基準な気がする。そして無駄と思った行動はとことん省力化する。それが自分の習慣なのだと改めて気がついた。

 だから戦闘マシーンとか言われていたのかもしれない。

「――というわけです。分かりましたか?」

「あ、うん。分かった」

 実はぜんぜん聞いていなかった。

 けど大和は気づいてないらしい。

 ふう、と一息つく。

 もうクッキーを食べてもいいだろうか。

 足を崩そうとしたが、話はまだ終わりじゃないらしい。

「今度はあなたの番です。あなたの趣味を教えてください。その良さも」

「げ」

 めんどくさいことを聞いてくる。

 しょうがないから、本当のことをそのままずばっと教えてやった。

「そんなものは、ない」

「え……」

 部屋の空気がいっぺんに固まってしまう。

 大和は取り繕うように身を乗りだした。

「いや、いやいやいや……なにかあるでしょう?」

「ない。なんにもない」

 大和はわずかにのけぞった。

「あなた、十何年も生きてきて趣味の1つもないんですか?」

「う」

 すごくひどいことを言われた気がする。

 これには大和も言い過ぎたと思ったのか、慌てて手を振った。

「ほら、ブルネイに居たときはなにをしてたんです? 休暇のときとか……」

「部屋で寝てた」

「友達とお出かけとかは?」

「そんな相手はいなかった」

「う、ご、ごめんなさい」

 謝らないでほしい。すごくみじめに感じてしまう。

「じゃあもしかして……丸々6年もの間、出撃以外は寝てただけ……?」

「そうだよ」

「……」

 黙られるのも辛かった。

 今まで自分ではどうとも思ってなかったけど、目の前でそんな悲しい顔をされると自分がとんでもなく劣った存在に思えてしまう。

 少し焦る。

 なにか、ないのか?

 ブルネイ時代は――やばい、ほんとにごろごろ寝ていただけだ。そもそも休暇なんて月に2日あればいいほうだったし、あってもほとんど緊急出撃で潰れてしまうんだから仕方ない。遠出なんかできなかったし、趣味で使える食材や機材なんてなかった。娯楽なんてトランプぐらいだったけど、自分はカードの裏面についた傷や指紋で判別できるものだから誰も輪にいれてくれなかった。他には……本! いや、でもあれは、クソメガネから借りてきたエロ本だった。エロ本は読書に入るのだろうか? 入らないだろう。じゃあソレから覚えた『ゴッドフィンガー水前寺邦鷹が伝授する“正しい女のイカせ方”』はどうだろう? 昨日の乳揉みのときに実践してみたらわりと効いていたように思う。愛撫は趣味になるのだろうか?

 なるわけねえ。

 やばい。

 ほんとになんにもない。

「じゃあブルネイに配属される前とか……」

 その大和のフォローで、思い出す。

 訓練生時代の楽しみを。

「格ゲー」

「か、かくげー?」

「格闘ゲーム」

「へ、へえ。でも訓練生時代にゲームなんてできたんですか?」

「いいや、できるわけない。だから鎮守府をぬけだしてゲームセンターに行ってたんだ」

「………………どう楽しいんです?」

 大和は鉄の意志でツッコミを我慢したらしい。

 えらい。

 待てができた大型犬にごほうびとして己の過去を教えてあげることにする。

「ええと……まず、ゲーセンの雰囲気が好きだった。あそこは別世界だった。自動ドアをくぐるとクソうるさい重低音と、煙草くさい空気が津波のように押し寄せてくる。それだけでめんどくさい俗世から切り離された気分になれる」

「へ、へえ」

「あそこには礼儀も挨拶もいらない。好きな芸能人は誰だとか、どの提督候補生がカッコいいとか、そういうクソみたいな共通認識を作らなくてもいいんだ。必要なのは勝利だけ。老いも若きも、男も女も、全員が同じ土俵で戦える。それがすごくいいんだ」

 当時を思い出す。

 およそ7年前。

 まだ一人歩きも危ぶまれるような幼子が、生意気にも一丁前の戦士気取りだったっけ。

「知ってるか? 1000円札を両替すると出てくるのは100円玉じゃない。実弾なんだ。敵と戦うための10発の弾。用意ができたら顔も知らないライバルを探して、手垢にまみれたレバーを握るんだ。愛想笑いなんて一つも要らない。性格が悪くても嫌われないし、勝った分だけ気持ちよくなれる。ここが私の居場所なんだっていう安心と生き甲斐を感じられるんだ」

 対人戦こそ華だった。

 ガン攻めで圧殺すると猿のような悲鳴があがり、連勝すると灰皿が飛んでくる。操作キャラに挑発させると対面から顔を真っ赤にさせた男が身を乗り出してくるのが常だった。その目が自分を見つけると「俺はこんなガキに負けたのか!?」と顔が歪んで大人げない連コインが始まった。いつの間にか周囲は腕組みしたギャラリーで埋め尽くされていて、誰もが自分の腕を見てくれた。上っ面じゃない、本質を見てくれる。口下手でも関係ない。空気が読めなくても問題ない。それが、何よりも嬉しかった。自分が受け入れられている気がした。

「もう7年も行ってなかったか……」

 そうぼやくと、大和はなぜかほんの少しだけ目を細めた。

「うちの泊地にもゲーム機を持っている子はいます。声をかければ、その格闘ゲーム? もあるかもしれませんよ?」

「いや、いい。あれはゲームセンターだからこそ良かったんだ」

「そうですか。でも、私、思うんですけど」

「なんだ」

「知り合い同士で競うのも、また別の楽しさがあるかもしれませんよ?」

「そうかな」

 どうだろう。

 ちょっと分からなかった。

「クッキー、食べていい?」

「はいどうぞ」

 手を伸ばし、口の中へ放りこむ。

 ぼりぼりと砕くと口内にチョコと砂糖の甘みが広がった。歯ごたえも悪くない。いつまでも食っていられる気がした。

「うまい」

「よかった」

 微笑む大和の豊かな長髪が、流れるようにして肩から落ちていく。

 その動きに吸い寄せられてしまってどうにも他を見ることができなかった。

 

 

 今日は5匹、倒した。

 これで総撃破数は9977匹。

 あと少しで念願の5桁超えだった。

「どうだ、すごい?」

「ええ、ほんとにすごいと思います!」

 いつもの和室でほうじ茶をすすりながら、すぐ隣に座る大和を見上げた。

 柔らかな笑みと好奇心。小さな子どもを見守るように彼女の目が細められ、頬はほんの少しだけくぼみを見せた。

 なぜだか正面から見てられない。誤魔化すように羊羹を一口で平らげた。

 なんだろう。

 よく分からない感覚を味わっている。

 それはおそらく初めての体験だった。

 原因は、横に座る女。

 戦艦大和。

 彼女はまったく嘘をついていない。

 表情も、心音も、取り繕われていないと五感に優れた夕立には分かった。

 大和は、夕立の申告を無条件で信じてくれている。

 おでこの上をすりすりと撫でられているような錯覚を覚えた。

「撃破数、1万ですか。そんなに敵を沈めた艦娘は他にいないんじゃないですか?」

「もちろん。ビッグセブンだって4桁もいってない。なのに私は、あとちょっとで5桁超え。これはもう最強の艦娘といっても過言ではない……ないよね?」

「そうですね。これもきっと日々の積み重ねのおかげだと思いますよ。あなたの頑張りで救われた命もたくさんあるはずです」

「お、おおぉ?」

 そんな言われ方をしたのは初めてだった。

 自分のおかげ?

 そんな立派なことをしているつもりは全然なかった。

 ただ戦果という名の数字を稼いでいただけ。

 それ以外は頭にない。

 けれど、大和がいうには、夕立の仕事にはそれ以上の価値もあるらしい。

 誰かのためになっている。

 平和のためになっている。

 そんなフワフワした概念についてはやっぱりよく分からなかったが、ともあれ褒められるのは気分がいい。

「1万超えか。……ふふふ」

 思わず口元が緩んでしまう。

 そこまでいったら何かが変わるかもしれないと思った。

 もしかしたら祝賀会とかが開かれるかもしれないし、そこで勲章なんかをもらえるかもしれない。そうしたらきっと皆の見る目も変わるだろう。

 今までは“強すぎて気味が悪いやつ”だった。

 しかしこれからは“強すぎて讃えるしかない英雄”になるだろう。

 ……でも、英雄って、どんなのだ?

 脳裏にむくむくとぼやけた英雄像が湧いてくる。

 ヒーロー、のような。

 勇者みたいな。

 魔法少女の物理バージョンって感じのやつ。

 我ながら発想が貧困だと思ったが、しかしなかなかどうして、悪くない。

「ふふ。また私なんかやっちゃいました?」

「ん? なにを?」

「なんでもない。ふふ……」

 そうだ。いっそ英雄になってしまえばよかったんだ。

 強さも突き抜けてしまえば畏敬の対象となるだろう。そうなれば誰も怖がらない。嫌わない。離れない。そんな気がした。

 大和が、そうだ、と手を打った。

「念願の撃破数1万を達成したらパーティをしましょう。私も腕によりをかけますよ」

「おおーっ?」

「好きなものを作ってあげます。何が食べたいですか?」

「なにっ! なんでもいいのか!?」

「私に作れるものなら、なんでもです」

「大和はすごいな……」

「え?」

「素晴らしい。女神だ」

「な、なんですか、いきなり」

「私は誤解していた。さすがは日本が誇る大戦艦。艦娘たちの精神的支柱。光り輝く8枚の羽をもつ女」

「い、言うことが極端なんですよ、もう」

 ぷいと横を向いてしまった。

 照れているのを隠しているのが丸分かりだ。

 頬は風呂あがりのように汗ばんで、赤らんだ耳を伝って黒髪がぱらりと落ちていく。ほんの僅かだけ空気が揺らめいて、夕立の鼻腔をくすぐった。

 思わず首が伸びてしまいそうになる。

「ドーナツ」

「え、あ、はい。ドーナツですね? 作れますよ」

「食べたいな。大和のドーナツ」

「そうですね。素敵なドーナッツパーティにしましょう」

「うん」

 楽しみだった。

 そんな気持ちになれたのは初めてかもしれない。

 

 

 とうとうツキが巡ってきた。

 近海を偵察していたら、旗艦の軽巡娘に無線が入ったのだ。

 緊迫した声はもちろん夕立には筒ぬけで、こんなことを言っていた。

 

 敵の連合艦隊が接近。

 数は24。

 総旗艦は戦艦棲姫。

 他の艦隊にも戦艦棲姫が1匹。

 随伴艦にはflagshipクラスが山のようにいる。

 進路は夕立のいる艦隊を向いていて、あと10分もすれば接敵してしまう。

 

 口の端が釣りあがって犬歯が覗いた。

 やあっと歯ごたえのありそうな獲物がやってきた。

 ここのところ、はぐれの水雷戦隊ばかりの相手をさせられて飽き飽きしていた。いい加減にちゃんとした仕事をしないと勘が鈍ってしまうし、働かずに食うメシほどまずいものはない。

 それに、その連合艦隊とやらをそっくり倒せば撃破数が1万に届くのだ。

 残り23匹で達成できる。

 自分1人でヤれるかといえば微妙なラインではあったけど、やってやれない数ではない。

 いよいよだ。

 全身に酸素を送りこむために呼吸を細く深く繰り返す。

 喉から獣の唸り声のような低い音がなんども鳴った。

 これを聞くのも久しぶり。

 さぁて、こちらの状況は――

 味方の偵察隊は、一もなく二もなく撤退したらしい。

 うちの旗艦様も冷静を装ってはいたけれど、内面はひどく動揺しているようだった。呼吸、心拍数、臓器の蠕動。筒抜けだ。

 つづく無線にでた相手、トラック泊地の提督も落ち着いてはいられない様子だった。

 

『――と、とにかくいったんトラック泊地まで退け。編成を練り直す。さ、作戦もだ。姫級相手では分が悪い……。艦隊を組んで、防衛線を敷きながら勝機を見いだしていくぞ』

 

「ちっ」

 思わず舌を鳴らしてしまう。

 旗艦の少女に迫って、無線機を奪いとる。

「提督さん。やっちゃいましょう。聞けば相手の隊列はずいぶんと伸びているみたいじゃないですか。順繰りに潰していけるチャンスです」

『だ、誰だ?』

「夕立です。相手はたかが姫級2匹と、雑魚多数。やれますよ? 各個撃破です」

『なにを言ってるんだ、お前は? 相手は姫級だぞ? 4艦隊もいるんだぞ! お前らはたった6人で、しかも水雷戦隊じゃないか!』

「6人も遊ばせないでくださいよ。私たちは艦娘です。なんのためにここに居るんですか? 深海棲艦をやっつけるためでしょう」

『駄目だ! 奇襲でどうにかなる戦力差じゃない!』

「やらせてくださいよ。あなたはGOサインをだすだけでいい。そうすればぜーんぶ獲ってきてあげます」

『いい加減にしろよ、夕立……。戻ってこい! これは命令だ。トラック泊地に集まってきっちり態勢を整えればいくらでもやりようはある!』

「そうやって、勝てるときに勝っておかないから――」

――あんたはよそでチキン提督だなんて言われているんだ。

「……後回しにしたら、敵も増えるかもしれないです」

『それがなんだ。トラック泊地を舐めるなよ。編成と作戦を整えさえすれば倍の数でも負けはしない。いいか、大事なのは勝つことじゃない。負けないことなんだ。……ああ、くそっ、もう時間がない! 今すぐ戻れ! これは命令だぞ!』

「……了解」

 無線がきれた。

 周りの駆逐艦たちが息を詰まらせながらこちらを伺っていたが知ったことではなかった。

 メス猫め。

 あいつにはきっとキンタマがついてない。

 それどころか自分の部下の実力も分からない、とんでもないチ○ポコ頭野郎だ。

「夕立さん」

 旗艦の軽巡娘が声をかけてくる。

「あなただって分かってるんでしょう? 退きますよ」

「……?」

 分かってるって?

 なにを?

 こいつは何が言いたいんだ?

 夕立にはさっぱり分からなかった。どうやらこの旗艦様もなにかを勘違いしているらしい。

 例えば、夕立はつい勇み足になってしまっただけ、みたいな。

 そんな都合のいい解釈をしている。

 よくある光景にあてはめて、分かったような顔をする。そんな見当違いのラベリングをされるのはごめんだった。

 ……そうさ。

 いつだって同じだ。

 どいつもこいつも分かってくれないんだ。

 大和以外には。

 彼女が褒めてくれる光景が瞼に浮かんだ。

 夕立は決めた。

 自分1人でやってやる。

 トラック泊地へと戻る道中で、巧妙に後方へと下がっていく。全員の視界から外れていき、ついには誰にも気づかれずに離れてやった。

 さっき偉そうなことをぬかしていた軽巡娘も気づかずに前進していった。

 合計5人の艦娘たちはとうとう振り向くことなく水平線の向こう側に消えていく。

「……」

 太平洋に、ただ独り。

 やっちまったと思いつつ、これでいいんだという妙な納得感もあった。

 振り返る。

 反対側の水平線に、ぽつぽつといくつもの黒い影が現れていた。

「時間ぴったり。偵察隊の見立てだけは優秀だ」

 人影の数は6。

 ぐんぐんと大きくなってきて全貌が把握できた。

 先頭に、戦艦棲姫が1匹。

 随伴艦に、戦艦タ級flagshipが2匹。軽巡ヘ級flagshipが1匹。駆逐ハ級の後期型eliteが2匹。

 相手はとっくにこちらを見つけていて、たった1人で立ち尽くしている白露型の駆逐艦を訝しげに見つめていた。

 その後方の水平線には、後続と思われる人影が6つ、新たに現れていた。

 2つの艦隊はそれなりに離れていて、追いつくまでにおよそ30秒はかかりそうだった。

 つまりその30秒で手前の6匹をヤればいい。

 そうすれば1対6を繰り返すだけの、手馴れた作業。

 だったらなんの問題もないじゃないか。

 やっちまおうぜ? そうすりゃ総撃破数1万匹も達成できるんだからさ。

 ……なんだかウキウキしてきた。

 これから戦闘が始まる。

 周りには余計な味方もいないから遠慮なんか1つもいらない。

 好きなように暴れることができるんだ。

 大きく息を吐きだして、脳内スイッチをONにした。

 ブルネイ流のステキなやり方――敵を最も効率よく撃滅するための作法を思いだす。

 全身の細胞が歓びに震えた。

――はい、よーいスタート。

 しゃがみこむ。

 右足の艤装をいじるフリをした。

「――ああっ!?」

 口を大きく開けて震わせた。目を細めて涙を分泌する。 

 戦艦棲姫のガラスのような赤い瞳が眇められた。

 正面からゆっくりとにじり寄ってきる。

 随伴艦たちは夕立を包囲するために左右に広がっていった。

「い、いやぁっ!」

 夕立はゼンマイ仕掛けの人形のような勢いで立ち上がり、両腕で肩をかき抱く。背中を丸めながら後退するが遅すぎる。老人が歩くようなスピードで、すぐに追いつかれた。

 夕立は再び座りこんで、右の艤装を拳で叩いた。

「動いてよっ!」

 6匹の深海棲艦たちはとうとう夕立を完全に囲んでしまった。

 少女は蒼白になりながら唇をこわばらせる。

 どうやらこの艦娘は艤装が故障してしまったために動けないらしい――と誤解した戦艦棲姫がにやりと笑った。長身を揺らして、無様な少女を指差しながら、随伴艦たちと愉悦の表情を浮かべた。

 少しずつ近づいてくる。

 どうやって殺してやろうか、そればかりを考えているのだろう。警戒はなかった。それも当然の話で、駆逐艦にどう抵抗されようと傷一つつかない装甲を戦艦棲姫はもっていた。小口径主砲ごときではその皮膚を破ることさえできない。

 女は、悠々と少女の射程圏内に踏み入った。

 夕立の顔から恐怖が消える。

 代わりに表れたのは、酷薄な笑み。三日月の形に歪んだ唇だった。

「よぉー、男日照りのブス女。カワイソーだから私が整形してやんよ」

 虐殺が始まる。

 乾いた砲声が同時に2つ、戦艦棲姫の両眼に直撃し、

「ギャ」

 と開いた口内に魚雷が投げこまれた。

「しゃぶれよ」

 密閉空間で発生する爆裂は、周囲の全てをミンチに変える。

 くぐもった爆発音。

 破壊エネルギーがあますことなく喉の奥まで蹂躙し、鮮血と肉片が飛び散った。直立したまま半ば意識を失った戦艦棲姫の首に最大戦速で波を蹴りあげた夕立が蜘蛛のように絡みつき、ぐるりと背中側へ回りこむ。

 随伴艦たちが我に返ったときにはすでに旗艦の耳の穴に砲身が突っ込まれていた。

「死ぬほどイカせてやるぜ」

 

 バンバンバンバンバン。

 

 5回。巨躯が痙攣し、硝煙をたなびかせながら海面に落ちていく。

 着水。

 飛沫が舞い上がる。

 周囲の随伴艦たちはただ動揺しているだけだった。

 夕立はくつくつと肩を揺らしながら死体の背中を踏みつける。

「ぎゃーっはっはっはっは!」

――これで、まず1匹。

A slut waz born(尻軽女のできあがり)!」 

 この期に及んでもまだ動けない腰抜け2匹を撃ち抜いた。その反動を利用して上半身を傾けると、頬の上5cmをタ級の砲弾が抜けていく。

――これで3匹。

 戦艦棲姫の背を蹴った。

 目星をつけていた波へと飛びだして、足場にしながら方向転換。ジグザグに動いてヘ級の照準を惑わしながら砲弾を2発置いてくる。

 ヘ級とハ級の眼球を貫通。

――これで5匹。

 ラストワン賞は、戦艦タ級。

 憎悪に染まった表情が愛おしい。

 彼女は、敵のなかで一番戦意が高かった。だから残しておいた。想定通りに向かってきてくていれる。

 逃げださないでくれてありがとう。

Kiss my ass(かかってこいよ)」 

 よぅく見る。

 よぅく聞く。

 膝の角度。

 重心のコントロール。

 これまでの動向から、このタ級の練度はほとんど把握できていた。

 標的の方位・距離を測定するのは得意なようだが、速度か進路が変わってしまうと照準が追いつかない。つまりは、静止物にしか必中できないド素人。

 負ける要素が見当たらない。

 夕立は両手のB型改二の先端から硝煙をなびかせながら急旋回。水上を滑るようにドリフトしながら回頭し、こちらを狙うタ級に背を向けた。

 半回転したときにちらりと確認。

 流れる視界のなかに敵の影。

 敵の第2艦隊がようやく追いついてきていた。

 さらに遠く、向こう側の水平線上には、更なる増援が6匹現れている。

――第2戦のスタートまで残り5秒。

 脇の下から背後に発砲。

 タ級の瞳孔に直撃し、弾は脳幹にまで到達。

 第1艦隊最後の生き残りはトリガーを引けないまま絶命した。

 これで、戦果はプラス6。

――残り4秒。

 正面には、6匹+6匹の2艦隊が迫りつつある。

 それだけじゃない。水平線の向こう側には最後の1艦隊もいるはずだった。

 つまり、ぜんぶ合わせて18匹分の戦果がやってくる。

 撃滅すれば目標の1万匹を達成できるというわけだ。

 やってやろうじゃないか。

 予告通りの、各個撃破を。

――残り3秒。

 夕立は舌をれろんと垂らしながら両手の中指を立てて見せつける。

 直近の6匹を速攻で撃滅するために必要な所作だった。

「ファ、」

――ファックユー。

 おっと。

 ファックは禁止だった。

 それに下品なのも良くない。

 だが、そんな都合のいい挑発はとっさに浮かんでこなかった。

――残り2秒。

 どうする? 英語だと下品なレパートリーしか持ってない。日本語で言っても通じるだろうか?

 ここはひとつ、太平洋の深海棲艦が博識であることを祈るしかないだろう。

「くたば、じゃなくて――おくたばり、あそばせっ!!」

――残り0秒。

 悪夢と化した野良犬が、単身、深海棲艦の連合艦隊へと突っ込んでいった。

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