狂犬夕立は大和の耳を舐めてみたい   作:シャブモルヒネ

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承:怒らないで;;

 戦った。

 勝った。

 まあ、いつも通りの仕事だった。

 中部海域の深海棲艦はどんなものかと少しは楽しみにしてたけど、本質的には南西海域のソレとほとんど変わらなかった。

 夢のなかを泳いでるたぐいの連中で。

 全員、ゴミ虫だった。

 

 

「教エテヤロウ……深海棲艦ノ矜持ッ! ソノ信念ノ、強サヲ……ッ!」

 私より弱かった。

 殺した。

 

「正義ハ、我ニ在リッ! コノ海ハ……人間ダケノ、モノデハナイッ!」

 私より弱かった。

 殺した。

 

「守リタイ世界ガ……アルンダァッ!」

 私より弱かった。

 殺した。

 

 

 信念だの、正義だの、使命だの。

 そんなものがなんになる?

 思いこみの深さは勝敗に関係ない。

 この世界はシンプルだ。

 強いか、弱いか。

 それだけが結果を左右する。

 

 

 

 夕立はトラック泊地に帰投した。

 見覚えのある港を眺めて、一息つく。

 身体が重かった。

 疲労のせいではない。

 血と、肉片と、油にまみれていたからだ。

「……いや、ぜんぶ返り血だから。私は無傷。大丈夫」

 出迎えた同僚の艦娘たちにひらひらと手を振った。

 こんなのは大したことじゃない。

 だからそんなに心配しなくていい。

 みんなおろおろしていたけれど、いちいち構うのもだるかった。

 たっぷりと血を吸った服が貼りついて気持ち悪い。シャワーを浴びてさっさと着替えたい。

 ……けれど、その前に。

 戦果を報告したいと思った。

 首を回して人影を探した。

 駆逐艦娘と軽巡娘しかいなかった。

 なぁんだ、と落胆した。

 その矢先。

 こちらに走り寄ってくる足音をとらえた。

 ぴくりと耳先が動く。

 よく知っている音だった。思わず音の先をじっと見てしまう。

 その建物の角から姿を現したのは、思った通りに大和だった。

 一歩、つま先を向けて、ぎくりと止めた。

(怒ってる……)

 あの表情。

 握りしめた拳。

 たくさんの情報が大和の感情を物語っていた。

 やっぱり、と思った。

 撤退命令を無視したからだ。

 言い分は、あるにはある。

 あのときは提督の命令が間違っていた。少なくとも自分ではそう思っている。

 しかしそんな屁理屈は通用しないだろう。

 事の正誤に関わらず、下された命令には従わなければならない。それが軍隊だ。各々が勝手に信じた最善に向かって動いていては組織は成り立たない。

 多分、そんなふうに怒られる。

 背中を丸めて、今まさに目の前で仁王立ちしている大和を上目遣いで伺った。

 彼女は呼吸を乱したままに夕立を見下ろしていた。

 沈黙が嫌だった。

「ごめん」

 謝ると、大和はこちらの目の高さに屈みこんだ。

「怪我は?」

「……え?」

「怪我は、ないの? 敵の連合艦隊と戦ったのでしょう?」

「ああ、うん、大丈夫。……被弾してないよ」

「そう、そうなのね。良かった……」

 大和はそれでも夕立の全身をまさぐって、本当に怪我がないかを確かめた。返り血にまみれた身体を触ったせいで彼女のたおやかな指が赤黒く汚れていく。

「平気だよ。大したことない相手だった。全部といっぺんに戦っても勝てたかも」

「……」

「敵、倒したよ。22匹。姫級も1匹ヤった。残りには逃げられたけど。総撃破数は9999匹。目標達成はまた今度、ってことで……」

 夕立は敏感に察知している。

 大和の怒りは収まっていない。むしろ不安が消えたぶんだけ膨れ上がっている。

「……悪かったよ。命令無視は、だめだよね。自分でも分かってる。けど、言い訳させてほしいんだけど、ブルネイではそうやって敵を見逃したせいで増援を呼ばれて囲まれたことがあるんだ。あのときは被害がたくさんでて、それで……」

 首をすくめて、視線を下げる。

「だから……、その」

 そのとき、

 大和の肩に一瞬、力が篭もった。

「っ」

 けれどその力みはすぐに消えた。

 腕はだらりと垂れ下がる。

 大和はどう言葉にしたらいいのか分からないようだった。唇を噛んでしばらく夕立を見つめていたが、結局何も言わずに立ち上がる。縮こまる夕立をよそに踵を返した。背中を向けて去っていく。

「……人がどう思うかを考えないんですか」

 独り言だったんだと思う。

 その呟きはあまりにも小さくて。耳のよい夕立にもかろうじて聞き取れるぐらいだった。

 遠ざかっていく大和と入れ替わるようにして提督がやってきた。

 立ちすくむ夕立を睨みつけ、命令がどうの処罰がどうのと喚いていたがまったく耳に入らなかった。

 それどころではなかった。

 ただただ動揺していた。

 大和は、夕立を叩こうとした。

 その事実にショックを受けていた。

 そして。

 処理しきれない驚きを感じている自分自身にこそ最も戸惑っていた。

 

 結局、夕立は営倉入りになった。

 

 

 夕立に撃退された深海棲艦は22人。

 生き残ったのは2人だけ。

 総旗艦である戦艦棲姫と、重巡リ級。

 彼女たちは命からがら敗走し、本拠地に戻ってきた。

 そこは太平洋に浮かぶ小さな島だった。

 子供の足でも一日あれば踏破できる程度の大きさのその島には物資が山のように蓄えられている。残してきた仲間は約50人。ほとんどが新人で、頼りなく、補佐役の集積地棲姫ととも留守役を任せてきたのだった。

 だが。

「コ、コレハ……一体……」

 島は荒らされていた。

 木々は幹からへし折られ、新人たちの死骸がいくつも波打ち際で揺らめいていた。

「艦娘ガ……ヤッタノカ……!?」

 こんな太平洋の奥にまで艦娘が進撃してくるなど通常ありえない。それこそ年に一度あるかないかの大規模攻勢をしかけてくるときぐらいしか。

 そんな不運がまさかこのタイミングで降りかかってくるなんて信じたくなかった。

 今日はなんて日だ。

 化け物のような艦娘1人に撃退されたと思ったら、本拠地まで蹂躙されていた。

 戦艦棲姫は虚脱し、嘆きながらも、随伴するリ級とともに生き残りを探すしかなかった。

 島の中央へと足を運ぶ。

 物資集積地点へと。

 そこは集積地棲姫が守っているはずだった。しかし、おそらくはもう……。

 道には点々と、仲間たちの残骸が散らばっている。

 きっと物資を守ろうとしたのだろう。

 陸で死んだというのはそういうことだ。

 ぎりり、と牙を噛みしめる。

 敵が多かったなら逃げればよかったのだ。

 確かに物資を集めるのは苦労した。けれど命を懸けるほど大事じゃない。命さえ残っていたならばまた集めることができるのだから。

 ドス黒く染まった地面を踏み越えて、とうとう目的地に辿り着く。

 きっと誰も生き残っていないだろう――そう諦めていた戦艦棲姫の目に、信じがたい光景がとびこんでくる。

 深海棲艦がいた。

 それも大人数。一目では数えきれない。

 30人――いや、40人も!

 ……だが、喜びはすぐにしぼんで消えた。

 仲間ではなかった。

 後姿でもすぐに分かる。よそ者だ。

 大勢のよそ者たちがこちらに背を向けて立っていた。

 ……よそ者たちが、どうしてここに?

 その答えはすぐに分かった。

 おそらく救援のためだろう。

 この深海棲艦たちは、おそらく、島の傍を通りがかったときに艦娘の襲撃を察知した。そして加勢して、追い払ってくれたのだ。

 そうでなければこの島は今頃、敵方の拠点となって艦娘たちに居座られているはずだから。

 それに、見ろ。彼女たちが助けてくれた証拠に、自分たちの物資がまるまる残っているではないか。仲間たちは助からなかったようだけど、それでも彼女たちの奮闘が無駄にならなかったことに戦艦棲姫は感謝した。

(礼を、言わねば……)

 一歩、踏み出した足が砂利を踏む。

 

 じゃりっ。

 

 それだけの音に、40人近くのよそ者たちが一斉に振り返った。

 ぎょっとした。

 黄色や赤に染まった瞳は見慣れた深海棲艦のものでしかない。なのに戦慄を覚えざるを得なかったのはその温度の低さのせいだろう。彼女たちの無機質さといったら、まるでサメのようだった。

 その目。

 それは、戦艦棲姫の記憶に新しかった。

 命をなんとも思っていない虐殺者の目。

 自分たち24人をたった1人で蹂躙した、あの金髪の艦娘と同じ目をしていた。

「コレハコレハ。コノ度ハ、ドウモ、ゴ愁傷様デ……」

 40人もの殺戮人形たち。その一番奥の中央に、黄色い瞳のル級が座っていた。

 ル級flagship――おそらく彼女がこの艦隊のボスだろう。

 おぞましい顔だった。

 カギ爪で引っかかれたような傷痕が交差している。特に口元の傷がよく目立つ。左右の口角を引き裂くように刻まれており、口が大きく裂けているように見えた。

 ……傷だらけの、ル級flagship。

 戦艦棲姫はある噂話を思いだしていた。

 曰く、関わってはならない深海棲艦がいる。

 ソレらは深海棲艦の最古参。

 性能こそ高くはないが、高い技量と連携力を武器に何年も戦い続けている。その在り方はまさに艦娘のようであり――いや、むしろその通りで……ああ、どうして忘れていたんだろう――その頭のおかしい深海棲艦たちは、元艦娘を自称しているという話だったのだ。

 なんでも、トラック泊地に怨みをもっており、

 およそ8年間も戦い続けていて、

 横槍を入れたら必ず殺すと中部海域中の深海棲艦にふれまわり、

 そして、その勝手な宣言を無視してしまった同胞を、本当に処刑してしまったとか――

「――ウチハ、見テノ通リ、数ガ少ナクテネェ……」

 口裂け女は、穏やかに。

 うっすらと笑みを浮かべながら言葉を並べていった。

「生キ延ビルタメニ、厳格ナ“ルール”ヲ、設定シテイル。身内ヲ律スルタメ……ノミナラズ、敵ニ対シテモ……報復ノ基準ヲ、定メタ。舐メラレッパナシハ、良クナインデネ。ソノ内容ハ、コウダ……『敵対行為ニ対シテハ、“指”ヲモッテ報イルコトトスル』」

 ごくり、と唾を飲みこんだ。

「侮辱ニ対シテハ、指1本。

 攻撃ニ対シテハ、指2本。

 被弾シテ、小破シタラ、指5本。

 中破シタラ指10本。

 大破シタラ指15本。

 轟沈シタラ……指30本」

 気がついた。

 気がついてしまった。

 海岸からこの物資集積地にくるまでに、仲間たちの死体が何人も散らかっていた。

 しかし艦娘がいた形跡は一つもなかった。

 そして。

 口の裂けたル級flagship。彼女の足元には、

 集積地棲姫が、

「……ナニ、指ガ30本モ生エテイル奴ハ居ナイッテ? ソウサ。ソノ通リ。ダカラナ……足リナイ分ハ、砲弾ヲモッテ贖ッテモラウノヨ」

 ごろり、と。

 身体中に穴をあけられた集積地棲姫が、転がっていた。

「縄張リヘノ侵入ト、専横行為ニ対シテハ――指500本トシテイル」

 言い終えると、傷だらけの顔がみるみるうちに歪んでいって、悪鬼羅刹の面相が表れた。

「オイ、クソガキ。オ前、一体、誰ニ断ッテ、トラック泊地ニ手ェ出シタ?」

 つま先が死体を蹴飛ばした。

「コイツハ、落トシ前ヲ、ツケナカッタ。本来ナラココノ半数ノガキノ指デ済ンダモノヲ、無駄ニ抗ウモノダカラ……40ダ。……指ナラ40本分、弾ナラ40発分モ……足リテナインダヨ……」

 状況は明らかだった。

 戦艦棲姫の仲間をヤったのは艦娘ではない。

 正面に陣取っている傷女。

 そして、その一派たちだ。

「ナァ、オ前、総旗艦ダロウ? 責任ヲトレヨ。ナァ? 這イツクバッテ、手足ノ指ヲゼェーンブ捧ゲテ、砲弾ヲ20発受ケトメロ。ソウシタラ……チャラニ、シテヤルヨ」

「フ、フザケルナヨ……!」

 縄張り? 専横行為?

 そんな勝手な言い分など聞けるものか。

 こいつは、このイカレ女たちは、自分の仲間たちに手をだした。皆殺しにしやがった。

 許せないのはこちらのほうだ。

 戦意を漲らせると、傷女はそれを敏感に察知した。

 引きつった頬がすぅっと消えて、捕食者の貌が表れる。

「ソウカ。オ前、総旗艦ノクセニ、責任1ツ、トレナイッテ言ウンダナ……?」

 口裂け女は立ち上がる。

 お前の指はもう要らん、と零しながら、ゆっくりと。

 右腕をすぅっと挙げた。

 手の形を次々と変えていく。ハンドサイン。3つの形。

 それを見た周囲の深海棲艦たちは、背中に鉄棒でも入れられたかのように一斉に背筋を伸ばした。その場で整列のていを見せる。

 相対しているのは、口裂け女1人だけ。

 ……ヤる気だ。

 たった1人で、戦艦棲姫とリ級の2人を相手に。flagshipの分際で姫級を倒すつもりらしい。

 ――馬鹿にしやがって。

 どれだけ腕が立つかは知らな

 光、

 いきなりだった。

 大気が震え、熱波が左半身に叩きつけられる。

 目は離していない。

 しかし、ほんの1つだけ瞬きをしてしまっていた。

 その隙を相手は見逃さなかった。

 気付いたときには口裂け女の姿勢が変わっていた。

 主砲を構え終えていた。

 その砲口からは、ゆらゆらと煙が立ち昇っている。

 ……まさか。

 もう、既に。

 恐る恐る、眼だけを左に動かした。

 すぐ横にいたはずのリ級の姿が――ない。

 撃たれた。

 吹き飛んだ。

 すべては瞬きの間に完了されていた。

「――サァテ、オ前ハ一体、ドッチカナ……」

 言いながら、口裂け女は一歩踏みだした。

 戦艦棲姫のなかで何かが決壊した。

「ガアァァ!」

 敵の足が地に着く前に砲を構える。早撃ちなら自信がある。機先を制されなければ負けはしない。

 だが、しかし。

「――グ、ガッ!?」

 背後から衝撃。

 よろめき、地面に手をつこうとするとその腕にまた砲弾が直撃。倒れこみ、土を舐める。立ち上がるために足を引くと、そこにまた砲撃。うつ伏せのまま反撃しようと主砲を伸ばすと今度は複数の弾が同時に飛んできた。

「アガッ、ガ、ググゥ……!」

「物分カリノ、悪イ奴ダ」

 じゃりっ、と2本の足が目の前で止まる。

 顔を上げることはできない。

 そうすれば、今度は頭を撃たれてしまうから。

 戦艦棲姫も気付いていた。

 さっきから撃っているのは口裂け女ではない。

 自分を取り囲んでいる奴の仲間たちだ。

 これは初めからそういう勝負だった。

 あのハンドサインは『手を出すな』という意味ではなかった。そう勘違いさせるための罠だ。

「最近ノ若イ連中ハ、自分デ考エルコトモ、デキヤシナイ……」

 頭上に声が落ちてくる。

 視界に映った、ル級の足首2つ。腕を伸ばせば簡単に骨を砕くことができるはず。だが動けばそこを狙い撃たれる。そう刷りこまれてしまっている。

 およそ40人分の殺意を浴びせられ、どうして反抗することができようか。

「『手ヲ出スナ』――ソレダケノ意思伝達ニ、3ツモ動作ガ必要カ? 他ノ意図モ含マレテイルト、ソレグライ、スグニ気付ケヨ」

 ガチャリ、と主砲を構える音がした。

 前後左右から、およそ40もの数が向けられる。

「マ、待テ……!」

「“待テ”?」

 ぴくり、とル級のつま先に力がこもる。

「総旗艦ガ、戦艦ガ……殺サレソウニナッタラ、“待テ”ダッテ……?」

 頭頂部に、ゴリ……と冷たい鉄が押しつけられる。

「ガキ。ヤハリオ前ハ、戦士デハナイ。タダノ、ヘタレヨ」

 一斉にトリガーが絞られて。

 戦艦棲姫に40の穴が穿たれた。

 

 

 

「――サテ、諸君。我ラハ、資源ヲ手ニイレタ。今マデノヨウニ、時間ヲカケテ集メル必要ハナクナッタワケダ」

「……此レハ好機トナリマショウ。トラック泊地ノ連中ハ、我ラガマダ来ナイト思ッテイマスカラ」

「然リ。ソノ為ノ作戦モ、スデニ有ル。……サァ、イイ加減ニ決着ヲツケヨウデハナイカ! 裏切リ者ドモニ、誅罰ヲ下ス!」

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