狂犬夕立は大和の耳を舐めてみたい   作:シャブモルヒネ

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転1:パクってオマってリスペった

 夢。

 夢を見ている……。

 っていうか夢だな、これ。

 唐突に現れたクソメガネを見て、そう思う。

 クソメガネ――鳥海は、笑っていた。横を向いて立っていた。

 この鳥海からは音がしなかった。呼吸の音も、心音も。生きているなら聞こえるはずの音がまるでない。

 だからこれは現実じゃない。きっと夢。

 鳥海は、誰かと喋っていた。

 知らないやつと向かい合って、にこにこと。

 あいつはいったい、誰だっけ?

 顔がぼやけて分からない。

 なんとなく、ブルネイにやってきた新入りの誰かだと思った。

 何人も、何十人もやってきた新入りたちのうち誰か。分からない。顔が判別できないということは、誰かであり、誰でもないのだろう。

 別に誰だって構わない。

 どうせ私には関係ない。

 新入りは喋ってる。

 にこにこ笑う鳥海と。

 ……いったい何を話しているんだろう。

 耳をすませて聞いてみた。

「――あの、痛いのとか苦しいのは嫌いなんです。それでも強くなれますか?」

「はい! 強くなれますよ」

「訓練生のときから必死に頑張ったことはありません。それでもあなたより強くなれますか?」

「はい! 一生懸命訓練すれば私より強くなれますよ」

 にこにこと、鳥海はさも全てを受け入れるかのように笑っていた。 

 その不自然さに新入りは気づかない。「なぁんだ最前線泊地といってもこんなもんか」とタカをくくっているのが丸分かりだった。

 ちょっと安心した。

 あいつ、3日ももたねーな。

 

 

 ぐるりと風景が流転し、戦場へと移り変わる。

 ブルネイの海。

 南西海域。

 海原を駆けるは、ブルネイ艦隊。

 先頭は鳥海。真ん中に新人。最後尾は夕立で、じろりと目玉を動かすと真横に黒い一団が現れた。深海棲艦だ。

 併走しながら、まるでナンパでもするかのようにいつもの挑発が始まった。

「ヘイ、ジャーップ!? ナンダァ、ソノ立チンボミテーナ格好ハヨォ! 男漁リニデモ来タノカァ~!?」

「あらあら」

「ナンナラ、私ガ買ッテヤルヨォ! 日本円ハ持ッテネーカラヨォ、オ代ハ、身体デ払ッテヤロウカァ? 死ヌホド、イカセテヤルゼェ~!?」

「まあまあ」

「ヒャーハハ! ナァーニ、ヘラヘラ笑ッテンダヨ? コレダカラ、ジャップハヨォ~。頭ガユルユルナンダヨナァ……オット、失礼! オ股モ、ダッタッケ!? ヒャッハッハッ!」

「うふふふ」

 鳥海はまるで相手にしなかった。

 随伴艦の同僚たちも同様に。

 艦娘たるもの、安っぽい挑発に乗ってはならない。

 その姿勢を新入りに示しているのだ。

 しかし、それも次の挑発を聞くまでだった。

「オ前ノ姉貴ハ、淫売ノクソ女!」

 鳥海は1秒でキレた。

 ゆっくりと、懐に手を伸ばし、当たり前のようにスキットル――酒を入れておく水筒――をとりだした。鳥海だけではない。随伴艦の同僚たちも同様に。

 なにも知らない新入りが「ええっ!?」と目を剥いた。

 鳥海たちブルネイ所属の艦娘たちはタイミングを合わせたように蓋をあけ、逆さに掲げて中身を飲みほした。一斉に、口元を拭う仕草まで一致した。

 中身はもちろん、酒である。

「面白いこと言いますねぇ、このゴミ虫は」

 眼が据わっていた。

 酒を飲んだら、酔っぱらう。

 酔っぱらうから、記憶も飛ぶ。

 そういう言い訳ができるように彼女たちは酒を飲んだのだ。

 つまり、ここから先はすべてが許される。何を言ってしまっても「知りません」、何をやらかしても「覚えてません」、それが通るということにブルネイではなっていた。

 それがブルネイの不文律。

 もう誰も笑っていなかった。

「なめてんじゃねぇぞこらァ!」

「ヒーヒー言わしたるわっ! この腐れマ〇コがーっ!」

 ブルネイ民が波を蹴る。水上戦のセオリーを投げ捨てて、1人残らず全速で突っ込んだ。命中率が上がるから――ただそれだけの理由で肉薄する。軽空母すら躊躇なく。

「ナ……ナンダアッ!?」

 零距離戦闘が始まった。

 殴る、蹴る、極める、撃つ。当たり前のように魚雷が飛び交った。命知らずのバイキングが親の仇を前にしてヒロポンをキメていたとしてもそこまではやらんだろうという蛮行だった。

 ボボボッ、ゴッゴッ! グシャッ!

「は、はわわ……」

 これがブルネイの恒例行事だった。

 新入りが定着しない理由の1つでもある。

 こんなことをしてるからほとんどが転籍願いをだしてしまう。

 まぁ別に構わない、と夕立は思っている。

 どうせ私には関係ない

 

 

 ぐるり。

 またしても風景が流転。

 ブルネイ泊地、その近くの街にある、無人のロッジ。

 いつもの隠れ家だ。

 自分しか知らない、秘密の場所。

 独りになりたいときにたまに来るところ。

 窓枠にもたれかかって、外を見た。

 舗装道路にはしんしんと、火山灰が降り積もっている。

 すぐ向こう側には海が見え、さらに奥にある水平線の上には遠近感を狂わせるほどの巨大な山がある。噴煙がもうもうとたち昇っていて、1日に何十回も地面を揺らす。日本では考えられない話だが、毎日灰を撒き散らし、ときにはマグマを垂らすようこともあった。

 着任した当初はまるでこの世の終わりのような光景に思えていた。しかし3度も見れば慣れてしまう。むしろ、そのスケールの大きさに想像を馳せるとなぜか穏やかな気持ちになれた。

「……」

 噴煙を、ぼんやりと眺めながら思い出す。

 今は、どうしてこのロッジに居るんだっけ?

 独りになりたかった理由……誰から隠れるために来た?

「あー……」

 思い当たることは……ある。

 新人がらみの話だ。

 そういえば、こんなことがあった。

 ある新人。いまや名前も覚えていないそいつは、転籍する前日に被弾した。

 死にはしなかった。

 入渠すればすぐに治る傷。

 でも、下手すれば死んでいた。

 ……実は。

 ここだけの話、夕立だけは助けることが可能だった。

 けど、助けなかった。

 ほうっておいて敵を倒した。

 ――どうして?

「ん?」

 ――どうして、助けなかったんです?

 クソメガネの声。

 うざったい質問をされた。

 窓枠にもたれかかったまま、振り向かずに独り言のように答えた。

「だって、敵を2人倒せるチャンスだったから」

 ――敵を倒すのを優先したということですか? どうして?

「あの敵2人が強かったから。あそこで倒すべきだった」

 ――嘘。あなたは新人を見捨てた。どうせ居なくなるから、死んでもいいと思ったんです。違いますか?

「違う。あのチャンスを逃していたら新人1人じゃすまなかったんだ」

 ――嘘です。

「嘘じゃない。あそこで倒さなかったら……そんなに知りたい? だったら教えてやるよ。5手目であんたがやられてた。これは確定事項だった」

 ――そんなの、どうして分かるんです。

「私が特別で、天才だから」

 ――そんなの言い訳にしか聞こえませんよ、私には。……いえ、誰にだってそうでしょう。あなたの言い分は、屁理屈でしかない。

「本当だ……って言っても信じてくれないんだよね? 別にいーよ、どうしてくれてもさ」

 ――そうやって、あなたは、

「……なんだよ」

 振り返る。

 誰もいなかった。

「……はん」

 そうさ。

 知ってたさ。

 あのとき、鳥海は来なかった。

 どうしてかは夕立には分からない。

 夕立の隠れ家を見つけられなかったのかもしれない。

 それ以前に、そもそも、夕立が密かに行った選別に気づいていなかっただけかもしれない。

 どっちにしろ、鳥海は来なかった。

 それだけが事実だ。

「もっと爆発しないかなー、あの山……。火砕流をどっかんどっかん吐きだして、この国ぜぇーんぶのみこんで……」

 どうして来てくれなかったんだと、勝手にも夕立は心のなかで鳥海をなじった。

 叱りつけてくれて構わなかったのに。

 誤解されたほうがましだった。

 何を言っても無駄だと見放されてしまうよりは。

 その可能性がどうしても頭から離れなくて、以来、鳥海とまともに話すことができなくなった。

 誰もが自分を蔑んでいるように思えた。

「みんな死んじゃえばいいのに」

 

 

 ぐるり。

 今度は静かな海の上。

「イヨォーウ。マータ会エタナ、金髪チャン」

 1匹の深海棲艦がこっちを見つめていた。

 “雷鳴”と仇名された、新種の姫級。怨念をもたずに生まれた新世代。

 見た目も、中身も、ほとんど艦娘と変わらない。

 彼女は同族だろうと艦娘だろうとおかまいなしに蹴りとばすイカレた新興勢力のリーダーで、ガンを飛ばしてきたとかいうチンピラみたいな理由で古参の深海棲艦郡を壊滅させた……とか言っていた。リンガ泊地を潰したのも彼女だ。見境がないようでいてなぜか夕立を気に入っているらしく、時折ブルネイ近海をうろついてはタイマン勝負をしかけてくるのだった。

 私はいつも、どうやって喋ってたんだっけ。

「連れション仲間はどこ行った? 1人で出歩いちゃだめってママに言われなかったぁ?」

 そう、確かそんなふうに挨拶してた。

「ヘイヘイ、ユーユー! コッチャア、ワザワザ会イニ来テヤッタンダゼ? イッツモ独リデ淋シソーダカラ……ヨッ!」

 砲撃。

 こっちも砲撃。

 2つの弾は衝突し、砕けて消えた。

 雷鳴は「ギャーッハッハッハッハ!」と心底愉快そうに笑った。

「テメー、ダケダヨ、金髪チャン……。アタシノ相手ヲデキルノハ。ドイツモコイツモ、弱ッチクテ退屈ナンダ。ナァ! 今日モ遊ボウゼ!」

「知らねーし」

 主機を噴かせて走ると相手もぴったりついてきた。

 撃つ。避けられる。

 撃たれる。避ける。

 技量は五分だった。嫌味ったらしいことに相手は性能で押しきろうとはしなかった。装甲を活かして迫ればイニシアチブはとれるのに。あくまで“先に当てたほうが勝ち”というゲームにこだわった。

 決着は着かない。

 それもいつものこと。

 これ以上やっても弾の無駄。そうやって肩の力を抜くのもだいたい同じタイミング。

「……テメーハ、イッツモ、ツマンナソーダヨナ。モット人生、楽シメヨ。好キナモンヲ知レ。ジャネート、戦ッテルコッチガ萎エテクル」

「よけーなお世話。そーゆーあんたはどーなのさ」

「アタシィ? ソリャー毎日ガ、ハッピー・パラダイスサ! ソロソロ南西海域モ制圧デキルシナ!」

「そんなん、何が楽しいんだか」

「偉ソウナババア共ヲ、叩キダス。ソウスリャ好キナヨウニ、生キラレルジャネーカ? 誰ニモ縛ラレナイ! サイコーダロ?」

「そう?」

「ソウサ! 例エバ……マズハ、冷エタ酒ヲ持チダシテ、スポーツカーデ乾杯サ。夕陽ガ沈ムマデ、カッ飛バシテ、星空ノ下デ眠ルンダ。ラジオヲ聴キナガラ、仲間タチト。……コレガ、完璧ナ一日サ」

「分かんないね、私には」

「コッチモ分カラナイネ。数字稼イデ、何ガ楽シインダカ」

「数字?」

「キルスコア。何人ヤッタ?」

「9900」

「フゥン? 目標ハ、1万ダッケ? 達成シタラ、ドースンダヨ?」

「は?」

「次ハ? 2万カ? ソレトモ3万? 深海棲艦ゼェーンブ殺シテ、ソノ次ハ? 人間イッチャウ? 足シタラ何十億人ニナルカ、知ラネーケド……殿堂記録作ッテ、ダカラ何ダッテ話ダヨ。テメーハ、一体、何ガ楽シインダ?」

 

 

 ぐるり。

 これは夢。

 とりとめのない夢だ。

 もういい。いい加減、醒めてくれないか。

 けれども夢はまだ続くようだった。

 今度はどこだ――

 アスファルト、

 横断歩道、

 信号機、

 スクランブル交差点。

 知らない街並み。知ってる世界。

 水色に染まった空。昇り始めた太陽に眉をしかめながら、小さな子どもがふてくされていた。

 おもちゃを抱えるようにして一丁の拳銃をにぎりしめている。ぎゅうと、力強く。

 一日が始まって、顔のない大人たちが歩きだす。その光景をただじぃっとにらみつけていた。

 動かずに、1人だけ、立ち尽くしていて。

 行き交う人々の営みを、ただずぅっと不機嫌そうに眺めているだけで。

 突然、少女が走り出し、交差点の中央で拳銃を掲げた。

 天に向けて、一発発砲。

「どうだ!」

 二発、三発と。

「ゆうだちのユーは、あるてぃめっとのユー!」

 叫ぶ。

「あるてぃめっとで、なんばーワン! だからわたしはアルティメット・ワンなんだ!」

 けれど、誰も振り向かない。

 大人たちはそれぞれの人生に忙しくて。

「わたしは、ものすごく、つよいんだ! ほんとはかんむすランクSSSよりつよいランクZだけどめんどうだからCのまま。かみさまとあくまの血をひいていて、でんせつのまがんをもっていて、ぜんぞくせいまじゅつしで、封印されしちからにめざめたらしゃどーむーんにも素手でかてる!」

 だから何なんだよ。

 どうして誰も教えてやらないんだ?

 お前がどんなに強かろうと、たとえ1万匹撃破という無二の実績ができようと、そんなの意味はないんだよ。

「ぐはっ、またくちにだしてしまったー」

 お前の歩みは止まったままだ。

 誰も寄っちゃこない。

 自分から一歩、踏み出さない限りは。




U-1(アルティメット・ワン)

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