狂犬夕立は大和の耳を舐めてみたい   作:シャブモルヒネ

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転3:安心の守り人

 夜。

 部屋に雨音が満ちている。

 暗闇のまんなかで、大の字になって天井を見上げた。

 思い出してみる。

 大和の指先の感触を。

 髪の間にはいりこみ、かきわけていく。あれはまるで神経に電気信号を直接流しこまれているかのような心地だった。

 まったく抗えなかった。

 抗おうとも思えなかった。

 すごかった。

 ただ髪を梳かれただけなのに。

 人から触れられるとは、あれほどにも良いものだったのか。

 あるいは大和だから、なのかもしれない。

 それとも単に自分が過敏なせいなだけかも。

 どちらにせよ、あの感触……。

 するるる、と指先が頭皮を伝っていくあの恍惚。もう一度……いや、何度でも感じたい。

 自分の手指ではぜんぜん、何とも感じない。

 きっと彼女じゃないとだめなのだ。

 どうしよう。

 どうしたら、またやってもらえるだろう?

 ……頭を、撫でてもらう。

 頼めばまたやってもらえるかもしれない。

 けど、ねだるのは違う気がする。

 できれば向こうから自発的にやってもらうほうがいい。そのほうが、何かがプラスされている気がする。満足度も違うと思う。……まだ上手く言語化できないが。

 では、どうしたらいい?

 どうしたらそうなる?

 褒めてもらうためには?

 なんらかの任務を達成して、その報酬として?

 この場合の任務ってなんだ?

 普通の戦闘任務ではないだろう。

 大和が喜ぶ任務……つまり、大和の望みを叶える、ということか?

 彼女の望みってなんだろう?

(……ん?)

 ドアの向こう側から、微細な振動を感じた。

 足音だ。

(誰だ?)

 むくりと身を起こして、耳を澄ませる。確かめてみる。

 歩幅、短い。

 体重、軽い。

 大和の足音ではない。

 巡洋艦クラス……のなかでも小さいほう。そして軽い。

 おそらくは駆逐艦。あるいは小柄な軽巡洋艦だろう。

 足音はドアの前でぴたりと止まった。

「誰?」

「わっ」

 驚いた声。

 幼さの残る声質。

 どこかで聞いたことがあるような。

 駆逐艦娘かな? 同じ艦隊だったとか……。

 立ち上がり、ドアの小窓から覗きこむ。

 そこには細身の駆逐艦娘が立っていた。

 誰だっけ?

 見覚えはあったけど、名前がでてこなかった。

 というか、それ以前に、どの艦娘の名前も浮かんでこない。

 だってこのトラック泊地において大和以外の艦娘の名前を覚えてない。他は有象無象、自分の視界を通り抜ける通行人だったから。

 ……でも、それってまずくない?

 大和が知ったら、きっと苦い顔をする。

「えーと。あんた、名前は?」

「う、薄雲です……。演習で同じだった……」

 うすぐも。

 聞いてもやっぱりぴんとこない。

 そんなやつ居たっけな?

 ……居たんだろうな~。

「ごめんごめん、暗いせいでよく見えなかったから」

 もちろん嘘。

 小窓越しに観察してみる。

 幸薄そうな顔立ちだ。これの名前が薄雲ね。

 よし、覚えた。

 これからはちゃんと人の顔と名前は覚えよう。

「で、薄雲。どしたの?」

「あ、あの……部屋の電気、つけません? 廊下側はつかないので、暗くって。お願いしてもいいですか……」

「あ、そっか。暗くて見えないか」

 ぱちん、とスイッチを入れて明かりをつけると、薄雲はあからさまに安心したようだった。

「このドアは開かないよ。そっちが鍵を持ってるなら別だけど」

「いえ、持っていません……」

「だろうね。で? どうして捕まってる問題児にこっそり会いに来た?」

「ええっと……私、トラック泊地に着任したばかりで……」

「ああ」

「先輩方はやっぱり強くって、私も強くならなきゃって思うのですが……」

「うん」

「着任したてだからしょうがないって、皆さん言ってくれるんです」

「それで?」

「でも甘えてちゃだめだなって思います。たくさん訓練してます。手応えも感じてます。けど、」

「ちょっと待って」

 長い。

 そのうえ、何が言いたいか分からない。

「結論から言って。あと、はっきり喋れ」

「ひうっ」

 薄雲は窓越しにひつきった。

 なんだ、こいつ。

 この表情……戦意喪失って感じ。

 どうしてそんなにびびってる?

 私がそんなに怖いのか?

 怖がられるようなことはしてないと思うけど。

 はて?

 このトラック泊地に来てからは、乱暴な言葉も使ってない。……多分。ええと、味方といっしょのときは使ってない、はず?

 そうだな、せいぜい彼女たちに見せた姿といえば――

 敵の耳を狩ってきた。

 命令無視して、血まみれで帰ってきた。

 ――それぐらいだし。

 あれ?

 だめか、これ?

 ブルネイなら大丈夫なんだけど。

 トラックではだめか?

 うーん、めんどくさいな。

 どうしよ。

 薄雲は、怯える子猫のように身を縮こまらせている。

 ――もう寝たいから、帰ってくれない?

 いやいや、その台詞はまずいだろう。

 もし大和に知られてしまったらどうなる?

 

 ――人がどう思うかを考えないんですか

 

 むむっ。

 言いそう。

 だったらこの発言はきっと地雷だ。

 それに、さっき諭されたばかりじゃないか。それなのにまた厄介者ムーブを繰り返していたらどうなる?

 きっと大和だって……

 

 ――はぁ。あなたは教えたことも守れないんですね

 

 と、なってしまう。

 もしかしたら、「だったらもう教えても意味がないですね」と失望されてしまうかもしれない。下手をすれば「あーあ、無駄な時間でした。もういいです。あなたとは二度と会うことはないでしょう、さようならー」と絶縁されてしまう可能性だってある。それは、それは……嫌だ!

 

「待ってくれ!」

「は、はいっ!?」

「私が悪かった。悪かったから、話を聞いてくれ。いや、聞かせてくれ」

「は、はい……? ええと、私が言いたいのは……」

「うんうん」

 たどたどしくも、薄雲とかいう駆逐艦娘が語るには。

 どうやら“強くなりたいからコツを教えてほしい”とのことだった。

 なんだ、そんだけか。

 肩を落として溜め息をつく。

 その姿を、薄雲は胸の前でもじもじと指を絡めながら見つめていた。

 新入りが、経験者に教えを請うてくる。

 それは別に珍しい光景ではない。

 でも……

 はぁ~。

 どうして、私なんだ。

――他の奴を頼れよ。

 そう言いたかったが、ぐっと飲みこんだ。

「夕立さんは、7年間も戦い続けている大ベテランなんですよね……? 駆逐艦のなかでも1番強いのではないかって皆さんも言ってます。だから、ぜひ、教えてほしいんです」

「うーん、私がかぁ」

 断りたい。

 だって、教えたところで得がない。

 でも、ここで無碍にしてしまったら、それはそれで大和が渋い顔をする気がする。

 どうしたものか。

 すると薄雲はぐっと両こぶしを固めて、

「お願いします! 先輩!」

「へ?」

「私、皆さんの役に立ちたいんです! そのためには一刻も早く成長しなきゃって……だからどうか、お願いします!」

 ずばっ、と頭を下げてきた。

 ドア越しで、小窓越しだったから姿が見えなくなったけど。

 まじめな奴。

 でも、だから助けてやろうとまでは思えなかった。

 心が揺れたのは、まったく別の要因によるもの。

「せんぱい……だって?」

 先輩。

 聞いたことのある単語。

 クソメガネとかがそう呼ばれてた。

 しかし、この自分が呼ばれたのは初めてだった。

「この私が、先輩だって?」

「はい、だって大先輩じゃないですか!」

「だ、大先輩……」

 なんか、いい響きだ。

 悪くない。

 それに、薄雲には嘘がなかった。

 利を得ようとする媚びがない。

 彼女の曇りなき瞳には敬意の光があった。恐れは混じっていたが嫌悪はない。

 そんな視線を浴びせられたらくらくらする。耐性がなかった。

「う~ん、そうだな、どうしようかな……」

 悪い気はしない。

 でも……いや、待てよ?

 大和は、人の和を望んでる。だったら先輩後輩という関係は、彼女が望んでいる在り方ではないだろうか?

 しかも、後輩にものを教えるという振る舞いは、ものすごく模範的な気がする。

 厄介者から優等生へ早変わり。

 これってなかなかポイント高くないか?

 脳裏に想像上の大和が現れて、にこりと笑って喜んだ。

 

 ――夕立さん、すごいです! 偉いですね~。ほぉ~ら、ナデナデ!

 

 ほ、ほわわぁー。

 ……これだ!

 このプランでいく!

「薄雲……さん。ちゃん!」

「はい?」

「教えてあげてもいいよ?」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」

「ただし条件がある」

「なんでしょう? 私にできることなら頑張ります」

「駆逐艦夕立は改心した。そういう噂を流すんだ」

「と言いますと……?」

「うん。私はこれからは人の和を乱さないようにしたいと思ってる。つまりあれだ、仲良くしたいってこと。そうすれば大和も……じゃなくて、いや、いいのか? そう、大和にそうしろと言われたんだ」

「は、はぁ……」

「けどね、私は今までかなりやんちゃだったから。きっと皆、敬遠するでしょ? 現に、薄雲。あんただってちょっとびびってた」

「そんなことは……」

「別にいい。私が悪かったんだ。でも、これからはちゃんとしようと思ってる。だからあんたは、私がちゃんとできるように手を回し……手助けをしてくれってことだよ。分かる?」

 薄雲は3回ほど瞬きしてから、

「分かりました」

 と承諾した。

「でもそれって、ありのままを伝えるんじゃだめですか?」

「うん? ありのままって?」

「えっと、先輩が今言ったことをそのまま皆に伝えるってことです。先輩は今までのやり方を改めて、皆と仲良くしたいと思ってる……って」

「……いいんじゃない?」

「では、そうします」

「ん」

 よし。

 いいぞ。トントン拍子だ。

「まあ、そうは言っても私はここから出れないからね。今は指導らしいことはできないけど……とりあえずのアドバイスは、基礎かな」

「きそ」

 薄雲はきょとんとしている。

「まずは身体。よく食べて、よく鍛える。効率のいいやり方は……他の先輩に聞いてみな。ああ、そうだ、それよりも大事なことがあった」

「なんでしょう?」

「何よりも大事なのは、死なないこと」

 少女の唇がきゅっと締められる。

「死んだらね、ぜんぶ終わりだから。まずは生き残らなきゃ。だから絶対に生還すること。何をしてもいい。卑怯なことでもね。……そう、そうだった。いい? 私はね、今までたくさん轟沈した奴を見てきた。強い弱いはあんまり関係ない。ほとんどは判断を間違ったから死んだんだ」

「判断を、間違えた……」

「そう。だからあんたも判断を間違えなきゃ生き残れる。生き残れば、ゆっくりとでも強くなっていけるよ」

「はい……」

 少女は神妙な顔をしている。

 けど、それだけだ。理解が及んでない。

 彼女はきっと具体的に想像できないのだろう。

 いったいどんな判断をしたらいけないのか、を。

「間違った判断って言われても分からないか。じゃあ教えるけど、それはね、感情を理由に動くことだよ」

「感情を……」

「うん」

 窓越しに顔を近づけ、言い含めるようにして伝えた。

「どうしても勝ちたい。絶対に守りたい。……そういう理由で動くとね、成否の可能性を考えなくなるんだ。“無理ならやってはいけない”っていう大原則を無視したら、そりゃ死ぬよ。だって無理なんだから。当たり前」

「でも、私にはまだ何が無理なのか……そんな判断もきっとできません」

「分からないことなら、やらなくていい」

「やらない?」

「そう。よく“失敗を恐れるな”っていうけどね、それはあくまで死なない職種の話だよ。艦娘は違う。失敗イコール轟沈なんだから、失敗を恐れるべき。できることなら、やる。できないことなら、やらない。どっちか分からないなら、やっぱりやらない。この判断を間違えない。オッケー?」

「……オッケー、です」

 薄雲はあまり納得していないようだったけど。

 新入りはみんなそんなものだ。

 自分の理想を汚したくないって思ってる。

「艦娘ってなに? ヒーローじゃないよ? 兵士だよ? そこんところを履き違えていたいなら辞めたほうがいい。すぐ死ぬし、高価な艤装も一緒に沈んじゃうから。そんなの迷惑。それなら陸のほうに志願してそっちで死ねばいい。陸で死ぬなら装備も回収できるから」

「……」

「冷たいって思う? でも、戦争ってそういう話だよ? お金かかってんだからさ。資源も装備も有限なの、分かるでしょ?」

「クレバーにならなきゃいけないんですね……」

「そうだよ。それが艦娘。それが戦争ってこと」

「はぁ」

 分かってんのかな、こいつ。

 小窓の向こう側で少女はひとつ頷いて、意外な言葉を口にした。

「そっか、提督が言ってるのって、そういうことだったんですね……」

「提督? トラック泊地の?」

「はい。提督も似たようなことを言ってました。艦娘は仕事だ、ちゃんとやれって。あの人、すごく現実的というか消極的で……あ、悪口とかじゃないんですけど」

「チキンだって?」

「いえいえ、そんな!」

 薄雲は慌てて手を振った。

「まあ、ありゃチキンのたぐいでしょ。私はそう思うよ。だって、」

 私がいるのに戦闘させてくれなかった。

 ……いや、でも。

 それは仕方ないのか?

 あのとき、あの提督は、駆逐艦夕立の実力を計りきれていなかった。

 

――いいか、大事なのは勝つことじゃない。負けないことなんだ

 

 だったらあの判断は正しいのか?

 う~ん?

 まあ、確かに間違ってはいない。

 けど、なんか認めたくはない。

 なんかあいつは気に入らない。

「……ま、いいや。とにかく薄雲ちゃん、あんたは基礎トレして身体を作りな。実践的な指導は私がここを出てから。オッケー?」

「オッケー、です。あの、2日後に直接教えてもらえるということでしょうか?」

「ああ、そうだよ」

「ほんとですかっ、ありがとうございます!」

 やった、と呟いて手を握る。

 ぺこぺこと何度も頭を下げて薄雲は去っていった。

「なんか……小動物みたい」

 ま、私はでかいほうがいいけど。

 

 

 朝。

 営倉入りから12時間ぐらいが経過した。懲役、残り36時間。

 早くも退屈で、マスでもかいてやろうかと思い始めた頃にあるじ様がやってきた。

「大和ぉ~。やぁーまぁーとぉー! 大和ってばぁ!」

 だというのに、大和はなぜかカギを開けてくれなかった。仕方ないので小窓に鼻先を押しつけて哀しげに呼んでみる。

 それでも彼女は苦笑いしているだけだった。

 ひどい。

 どうして近寄らせてくれないんだ。

 すぐにでも飛びついてみたいのに。

 庇護者のくせに。ずっと一緒って言ったのに!

 ……。

 ……。

 言ってないか。

「大和~。なんだよー。今日は開けてくれないの? どうして? ソーシャルディスタンス?」

「違います。あなたいま謹慎中でしょう。本当は開けちゃだめなんですよ? 昨日は、その、特別です」

「なに、贔屓したってこと? だったら今日も贔屓してよ。明日も、明後日も、ずぅーっと贔屓して。ねー、大和ぉー」

「あなた、キャラ変わりましたね……」

 大和は若干ひきつりながらも、こほんと咳払い。

「――で、さっきあなたが言っていた薄雲さんの話ですが」

「ああ、ここの提督はチキンでしょ。なんか嫌みったらしいし、あれは小者。間違いない」

「言い方!」

 めっ、と目尻をつり上げる。

 いい……。

「チキンじゃなくて、慎重なんです。できるだけ犠牲がでないよう考えてくれているんですよ? それの何が悪いんですか」

「うんうん、そうだ、その通り。いやぁ大和の話はためになるなー」

「ふざけてません?」

「そんなことないっ!」

「そ、そう? ならいいけど。……とにかく、今のトラック泊地の提督は優秀なんです。馬鹿にしたらいけませんよ?」

「ほんとぉ? でも他所ではチキンって言われてるよ?」

「なんですって。他所って、どこの誰のことですか」

「さぁ、どこの提督だったかなぁ。ブルネイの提督と無線してたひと。何人もいた。ブイン基地の提督とか。……私、耳がいいからさ、聞こえちゃうんだ」

「……ブイン基地。ああ」

 大和は思わせぶりに眉をしかめ、

「あそことは、ちょっと確執がありますからね」

 と目を伏せた。

 その内情については夕立も知っていた。

 トラック泊地の提督は、補充要員としてブイン基地から借りてきた艦娘を沈めてしまったのだ。

 ブイン基地の提督はそれはもう怒り狂って抗議の電文を叩きつけてきたとか。噂好きな艦娘の間では有名な話だ。

 けど、

「それは4年前、今の提督とは違う提督の話です」

「ふーん?」

「今の提督は3年前に着任しました。候補生時代から優秀で、その実力を期待されて指名されたんです」

「知ってるよ。確か、口裂け女の対策のためだったんでしょ? トラック泊地にずぅーっと粘着してくる面倒な深海棲艦をやっつけるためって……」

 とくん、と。

 ほんの少しだけ大和の鼓動が早まった。

 なんだろう?

 口裂け女、というワードのところで僅かに反応した。

「口裂け女」

 もっかい言ってみた。

 そうしたら大和はまたしてもぴくりと肩を揺らした。

 それは彼女にとって無視できない存在らしい。

 長年戦っているからだろうか。

 そう思ったが、しかしそうではないらしい。

 大和は重々しく口を開く。

「そうですね……。あなたは、口裂け女対策として呼ばれました。だから知っておく必要があるのかもしれません」

「なに? なんの話?」

「口裂け女の正体です。彼女たちはただの深海棲艦ではありません」

 大仰に。

 哀しげに。

 言いたくなさそうな様子だったから、すぐに分かった。

「もしかして元艦娘なんじゃない?」

 大和はぎょっと目を見開いた。

 どうやら正解らしい。

「ど、どうしてそれを……」

「いや、勘だけど。よくある話だし。そんで大した話でもない」

「……大した話だとは思うんですけどね」

「そうかな。いや、そうかもしれないね。暇ならそういうことを考えちゃうのかも。でもさ、一番大切なのは自分たちが生き残ることでしょ? 昔の味方に気を遣ってる場合じゃない」

「そうですね……。その通りです。分かっては……いるけれど」

 大和は唇を噛みながらぽつりぽつりと語りだす。

 口裂け女の正体。

 それは、昨夜話した厄介者の4人の戦艦娘たちだと言う。

 かつて空母勢と抗争まがいをやらかして顔をズタズタに切り裂かれた戦艦娘、彼女こそが件の“口裂け女”。

 他の3人の戦艦娘も、群体の中核を担っているらしい。

「なるほどねー」

 元艦娘で、当時の主力だったという実力者。

 ならば戦術も心得ているだろう。

 まして勝手知ったるトラック泊地、攻め方も熟知してるはず。

 だから8年間も戦い続けることができたのか。

「それにしても、8年かぁ。ふつーそんなに粘着できなくない?」

「それは……彼女たちがトラック泊地を目の仇にしているのは……」

「ああ、いい。別に知りたいわけじゃない。どーでもいい。どうせ倒すんだから、知る必要ない」

 ああ、そういうことか。

 大和は優しいから、そういう相手側の事情も気にしちゃうのか。

 口裂け女は、今は敵。

 なのに、昔に味方だったというだけで割りきれない。

 哀しい表情。

 痛みの鼓動。

 彼女は、トラック泊地を守らねばならないという使命感と板挟みになって、ずっとずっと苦しんできた。

 これは多分、そんな顔なのだろう。

 やめてほしい。

 こっちまで苦しくなってしまう。

「大和、……ねえ、大和。そんな顔するな。こっちを見ろ。私を。なあ、私はなんだ?」

 大和の瞳は揺れている。

 寒さに震える孤児のように。

「私は夕立。世界最強の駆逐艦。無敵の用心棒なんだ。あんたを苦しませる奴は許さない。私が取り除いてやる。だから――」

 だから、そんな鼓動を聞かせるのはやめてくれ。

 私が変えてやる。

 哀しみの視線を、慈しみの眼差しに。

 痛みにあえぐ鼓動音を、穏やかに安らぐ心音に。

 そのための腕が、私にはある。

 ……そうだ。

 強さなんて、結局のところくだらないと思ったけど。

 今までなんの助けにもなってくれなかったけど。

 全てはこのときのためにあったんだ。

 平和。幸福。安心。

 尊いとされるそれらを最後の最後に守ることができるのは、結局のところ力だけ。

 有ればいいというものではない。

 しかし、無ければ全てを喪うときもある。

 だから、これは戦闘マシーンである私のためにある任務だ。

「あんたの安心を守ってやる。だからあんたは、私に安心をくれ」

 大和は、承諾した。

 もう誰にも負ける気がしなかった。




チェンソーマン、好き。
読んでると勇気をもらえます。
いつかマキマさんみたいなキャラを書いてみたいですが、あのうすら怖さをどうやって文章で表現したらいいかまったく分かりません。
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