結A-1:忠犬夕立、奮闘す
1発、
2発、
3発――命中。
カカカァン――
連なった金属音。
雨風吹きすさび、波荒れ狂う夜のなか、聞きとれた者はいなかった。
夕立の放った3発の小口径の砲弾は、目標に命中した。
大和に迫る、大口径の砲弾に。
真横から、カカカァン――と3回、空中で。ふちを擦って、軌道を変えた。
これが芯ならだめだった。爆発したに違いない。
だから、ふちを擦った。
あえて微細な軌道修正に留め、更にそのアプローチを3回積み重ねる。
そうまで慎重を期すことで、大口径の砲弾は炸裂せずに軌道を変えた。
破滅的なエネルギーを孕んだその一撃は、矛先をほんの少しだけずらされた。
大和の眉間から、顔のすぐ横の海面へと。
そして、
夕立の願い通りに、大和は生き延びた。
海に、大穴が開く。
波飛沫が、盛大に飛び散った。
雫が円状に広がる。
それらは雨粒の1つ1つと衝突し、
ゆっくりと粒同士が弾けて、
もっと小さな粒に
拡散して
消えた。
ぜんぶ、
視えていた。
動くものすべてがスローモー。
ナメクジが這うようなスピードで。
誰にも認知できないはずのその光景を、夕立だけが追っていた。
タキサイキア現象の発現。
夕立だけが視える世界。
粘つくような大気の重さを掻きわけて、一匹の忠犬が間に合った。
(ふ、ひゅ、る、る、ぅ……)
間に合った。
なんとかギリギリ、間一髪。
けれどそんな喜びは、すでに遠い過去の話だった。
浸っている余裕なんてない。
これから戦わなくっちゃいけないからだ。
(きっ、つぅ、う、う、い)
ぶっちゃけ、すでに帰りたい。
大和がいるから無理だけど。
そうじゃなければケツをまくって逃げだしていたと思う。
だって、もう満身創痍。
膝は、ガクガク。
脚は、肉離れ寸前。
肺なんて、そろそろ破裂するんじゃないか。
そして何よりも辛いのが、群発頭痛クラスの、拍動痛。
ドクンドクンと、加速した鼓動の動きに連動し、目玉の奥が耐えがたい痛みを発し続けている。
まるで目玉をスプーンでほじくりかえされているかのよう。
いっそほじくってしまいたいとさえ思う。
この痛みの元凶を抜きとってしまいたい。
本当の原因は、違うと知っている。
頭の奥の血管。
それが拡張されたから。
だから、もし痛みを除きたいのなら、頭のどこかの血管に穴を開け、ぷしゅうと血を抜いてしまえばいい。血圧を下げてしまえば楽になる。
いっそこめかみあたりの血管を切ってしまおうか。
(う、ぐ、ぐ、ぐ……)
いや、
だめだ。
やっちゃだめだ。
血圧を下げてしまえば、身体能力が落ちてしまう。頭の回転が戻ってしまう。
そうしたら、敵にやられちゃう。
(て、き)
視線の先に、敵がいる。
18匹。
口裂け女。
連中、この嵐のなかで平然と立っている。
身長を超える高さの荒波に乗りながら、すぐにでも動ける態勢を維持してる。
(つ、よ、い、し……)
引き延ばされた世界のなかで。
敵は、大和への一撃が外れたことを察知した。
思考が分かる。
――異常事態。
――外すわけがない距離。
――何が起こったか分からない。
そんなとき、普通なら呆けてしまう。
万が一の確率で外してしまったとか。荒波で照準がズレたのかとか。そんなことを考えるために動きが止まる。
しかし、この連中は、一切のタイムラグなく、原因を、まだ見ぬ外敵に求めた。
奇襲に応じるために弾かれたように散開し、大きな1つの円になって全方向を索敵する。
合図もないのに、全員が分担して。
無駄がない。
すぐに見つかった。
(う、うー)
きっつい。
やっばい。
せめて、敵がもうちょっと弱ければ。
弱くなくても、少なければ。
なんとかなった、かもしれない。
まいったな。
死んじゃうかも。
かも、だけど、
大和が、
半身を沈めながらも、まだ生きている。
ならば。
……ならば!
βエンドルフィンを、分泌、分泌、分泌。
鎮痛、高揚、陶酔感。キメてラリってイっちまえ。
(よぉ、お、お、し、まだ、いけ、るゥ!)
構える。
前傾に。
唇が痙攣し、鼻の奥から血が垂れる。犬歯をあらわに微笑んだ。
奴らに悪夢を見せてやろう。
「さあ、ステキなパーティ、」
走りだす。
舌を噛む。
口と脚が噛みあわない。
敵の前衛4匹が、飛びこんでくる夕立に砲を構えた
ので、射線を先にくぐっておく。
敵のトリガーが引かれて、弾がでた。当たるわけがない。
B型改二でカウンター、左右で連射、1・2・3・4、眼球貫通、貫通、貫通、貫通。
倒れる前に4匹が死ぬ。
次の獲物は――ああっとそれより先にル級とル級とル級とリ級とリ級とたくさんがうっそでしょ包囲される撃ってくる!
(対応が速いっ!)
アドレナリン! 馬鹿力!
弾丸のごとく真横に跳ぶ。
――バチーンッ
左腿の筋肉が、断裂。
数瞬後に、さっきまで夕立がいた空間がめった撃ちにされる。
この隙、逃さない。
瞳を4つ、パパパパンと狙撃して、4匹撃破、できてない。
「んっ!?」
雨粒が、浮かぶなか――3匹も、生きていた。
腕で防がれた。
射線が、バレていた?
眼球を、その奥の脳髄を狙っていると、そうやって一撃一殺してくると……なぜバレた!?
たった1合見せただけでもう対応してくるのか!?
「あっ」
――砲撃命中率100%の駆逐艦がいる
大和ぉーーっ!
どうしてヒントをだしたぁ!
どこにでも当てられる駆逐艦がいたならば、火力の低さを補うために薄い場所を狙うはず――
そんな推理の材料を、どうしてあんたは与えた!
敵3匹の腕には亀裂が走ったが、それで死ぬ奴は当然いない。
残りは何匹?
引き算ができない。
――ずぐん。
耳の奥で、何かが蠢いた。
謎の振動がエンドルフィンの防壁をぬけてくる。痛みじゃないのが逆に怖い。
ええい、それどころじゃあない!
残る脚は1本だけ。どうすりゃいい?
敵の群れはコマ送りで詰めてくる。
隙なき攻勢。防衛線は何層だ?
神速で無理やり突破するしかない。
が、そのための脚がない。
じゃあ避けなきゃいいでしょ!
フェイント。
膝をたわめて、さっきと同じ顔、同じ態勢、同じタイミング、あえて見せる、引っかかってくれ、
敵の戦艦と重巡と軽巡と駆逐艦が、
狙いをつけて、
それでも、真横に跳びだすふりを続行する。
殺意の火が放たれた。
夕立が跳ぶはずだった方向へ。
2桁の砲弾が、夜の闇に消えた。
「……ひゅっ」
なんとか、生きている。
敵が優秀で助かった。
おかげで喰らったのは、1発だけ。
右上腕骨、
折れた。
指が動かない。
B型改二が、落ちた。
ああ、くそっ、
だめか、
もう、だめなのか。
無事なほうのB型改二のひもを艤装にひっかける。
右脚1本で死地へと跳びこんだ。
魚雷を射出して、左手でキャッチしながら敵の総旗艦――口裂け女に迫る。
敵は即座に近接格闘態勢へ移行した、流れるような正拳順突き、
視ろ。
全関節の動きに集中、視て視て視て、避け――
13万馬力の拳が、頬をきる。
皮をもっていかれた。
が、それでもなんとか、跳びこめた。
最期のチャンス。
口裂け女に密着し、左腕を真っ直ぐに打ち上げる。
狙いは、顔面。
握りしめた魚雷を叩きつける――寸前に、
あえて、ぴたりと止めた。
同時に、敵の随伴艦たちの主砲が一斉に突きつけられる。
だが撃ってこない。
夕立が魚雷を総旗艦の鼻面に突きつけているから。
連中は、動けない。
夕立は、動かない。
敵味方、すべてが止まった。
動くものは吹きすさぶ雨粒と、荒波だけ。
「貴様……」
口裂け女は、歯噛みする。
動けない。
動けば、どちらも死んでしまうから。
……これが、最善手だった。
こうするしかなかった。
もし仮に、魚雷で敵の旗艦を道連れにしていたら、随伴艦が自由になってしまう。
そうなれば大和は始末されてしまうだろう。
だから、こうして、時間を止めた。
1秒でも長く彼女の命をもたせるために。
「……貴様ガ、大和ノ言ッテイタ駆逐艦、カ」
「ひ、ぅ、ぅ……。ひ、ぅ、ぅ……」
かすれた声。
それしか出ない。
肺が痛かった。
いよいよ身体にガタがきた。
せめてもうちょっと倒したかったけど、
だめだ、ほんとにだめ。
限界を超えてどこかの血管が破裂して、眼と鼻と口から血がとろとろと流れ落ちていく。
血圧は下がって、エンドルフィンもついにきれ、痛みに顔を歪ませた。
もう、何もできない。
本当に何一つ。
魚雷を叩きつけることすら。
硬直して、立っているだけで精いっぱいだった。
口裂け女は眼を細め、訝しむように夕立を見つめた。
――目の前で艦娘が勝手に崩壊していく。
――腕に1発当てただけなのに。
――開戦前から負傷していたか、それとも元々死の病にでも侵されていたか。
――分からない。
分からないから、つい聞いてしまったのだろう。
「貴様ハ……、ナンダ?」
たった1人で飛びこんできた駆逐艦。
18人の深海棲艦を相手にひるまずに、短時間とはいえ健闘し、総旗艦の首をとる直前にまで迫った艦娘。
そんな相手を前にして、口裂け女が何を考えているのか、夕立にはよく分かった。
――それだけの強さがあったならこの結末も分かっていたろうに、どうして挑んできたのだ?
そんな困惑が手に取るように分かった。
なぜなら、逆の立場なら自分でもそう思うから。
……少し以前の、自分なら。勝ちの目がなかったら絶対に戦おうとしなかった。
「わたし……は、……あ、んた、の……同類、だった」
「……ナニ?」
視界が、歪む。
血涙のせいだけじゃない。
めまい、そして耳鳴り。
いよいよだめだ。
死ぬ。
何もされなくても死んでしまう。
リミッターを解除してしまったせい。
けれど、後悔は1つもない。
「“じぶん、は、ただしい、……おまえ、が、わる、い”、……そんな、どろぬま、に……どっぷり、つかって……た」
これだけは、教えてやろうと思う。
目の前のかわいそうな先輩たちに。
「わたし、は、ぬけ、だせた……」
他の道もあるんだ、と。
自分はこれまでずっと、未来を望んだことなんてなかった
明日は今日とおんなじで、そんな日々が連綿と続いていく。そんなふうに思っていた。
漠然とした想像のようなものだったけど、眠りにつこうと横になったときに時々形になって脳裏に貼りついた。
そう、こんな感じに――
私の未来……。
私は、誰よりも強い。
ずぅっと勝ち続けるだろう。
轟沈なんてするわけない。
戦果を稼ぎまくって、艦娘たちのトップに君臨する。
面倒くさい旗艦なんて辞退する。
足手まといの僚艦は置いていく。
誰にも文句なんて言わせない。
100人分の働きをしてるんだから。
そんなふうに、ずぅっと戦って、きっと退役するまでその調子。
使いきれないぐらいのお金を稼いで、老後はタワーマンションの最上階を1フロア買い占める。
肌触りの良いバスローブに身を包んで、ワイングラスを傾けて、優雅にクラシックなんかを聴きながら、眼下の雑踏街を照らす輝きとスクランブル交差点を行き交う人々を見下ろして、こうやって呟くんだと思う。
こんな人生になんの意味があったんだろう、って。
ずっとそうなると思っていた。
けど。
「わた、しは、ぬけだせ、たんだよ……」
だから、もう淋しくない。
自分自身よりも大切なものを得て、それを守るために死ぬ。
最高の締めくくりってやつだ。
「わたし、は……たどり、ついたぞ……。あ……あんた、ら、は……? いつ、くるんだ……?」
口裂け女は、
何も、応えなかった。
ただ冷淡に、死にかけた犬を見下ろしている。
それでもいい。
もう役目は果たした。
タイムアップだ。
「……ッ!? テ、敵襲ーッ!」
にわかに深海棲艦たちが色めきたつ。
……はぁ。
やっと、来た。
遅すぎんだよ。
トラック泊地の救助部隊がやってきた。
「ふぅぅ~……」
だらりと、魚雷をもった手が落ちた。
もう力が入らない。
口裂け女はにらみ合いから開放されて、
黄色い瞳がギラリと光った。
冗談みたいにでかい大口径の砲口がぴたりと夕立の顔面にあてられた。
……まあ、そうなるか。
私はこれから死ぬだろう。
だが、大和は、生き延びる。
艦娘の救助部隊がきた以上、波の合間に隠れてしまった女を捜している猶予はないのだから。
つまり、この戦闘の勝敗は――
「わたしの、まけで……、わたしの、かち、だ」
砲撃音がドカンドカンと鳴り響く。
艦娘と深海棲艦たちの輪舞曲が始まった。
様子見なしの大乱闘。
突撃が防衛線を突き破り、飛びかう弾幕がなんぴとも一箇所に留まることを許さない。
争う2者が入り乱れるさまは、まるでダンス会場のようだった。
もはやどっちが何人いるかも分からない。
ひゅるるる、と鉄の弾がいくつも飛び交って、魚雷の水柱がアクセントを彩った。
口裂け女はぎりり、と牙を噛み締めて、
「傾聴ォーーッ!!」
鬼の面相で叫ぶ。
……これから号令をだすのだろう。
それが抗戦になるか、撤退戦になるかは分からない。
聞き届けるだけの余裕がない。
ぷつん、と糸がきれるように力がぬけた。
膝から崩れ落ちる。
――じゃあな、哀れなババアども。
――生き延びられたら、今度は上手くやるんだぞ。
暗転。
口裂け女の艦隊が18人しかいない理由について。
ぜんぶで大体40人います。そのうちわけはこんな感じ。
・戦闘部隊:24人
戦艦ル級flagshipが旗艦の6人編成 × 4艦隊
⇒今回は3艦隊(18人)が実働。
残りの1艦隊は周辺警戒。はぐれの深海棲艦を叩いてます。
・輸送部隊:12人
ワ級とかの輸送艦+護衛部隊(あんまり強くない)
⇒囮役が終わったら帰ってます。物資はだいじ。
・その他、潜水艦とか4人ぐらい。
⇒トラック泊地の救援部隊の足止めをしてました。
総旗艦の個人的なアレのせいで空母はいません。
8年間、ずっと制空権喪失状態。
その不利を、練度をあげることによって無理やり補っているアホな集団です。