粧説帝国銀行事件   作:島田イスケ

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ジョーカー

『次のニュースです。本日午後3時頃、東京都豊島区において毒を用いた強盗殺人と見られる事件が発生しました。警察の発表によると……』

 

とラジオのアナウンサーが原稿を読み上げる声が聞こえたとき、平沢瞭子(りょうこ)炬燵(こたつ)に当たり、トランプのカードを手にしていた。やっていたのはババ抜きのゲームだ。

 

気にしないで続けていたが、ふと、向かいに座る男が、

 

「タイリョーサツジン?」

 

と言った。エリー。米軍の兵隊さんだ。日本語はほんの少ししかわからない。

 

が、ほんの少しならわかる。ラジオが言っていることがいくらかわかったらしかった。英語で瞭子に、

 

「『大量殺人(ジェノサイド)』と言ってるのか?」

 

「ええと」

 

と言った。()かれても、こっちはニュースなど聞いてなかった。それに、自分はやっといくらか英語が話せる程度に過ぎない。

 

結局答える。「さあ」

 

「またこないだの嬰児殺し(ベビーキラー)みたいなのかな」

 

とまた英語で聞かれる。ついこの前に世を騒がせた〈寿産院(じゅさんいん)事件〉の話だろう。ひどい事件だった。ベビーブームに乗じた夫婦が赤ん坊をひとり殺して弐千圓、ふたり殺せば四千圓という商売を思いつき、ほんとにやって弐拾萬稼いで笑っていたという話だが、

 

「ちょっと違うみたいね。銀行がどうとか言ってるよ」

 

「ふうん」

 

「そんなこと、アメリカでは起こらないよね」

 

「そうでもないさ」カードを見ながら、「どこも同じさ。聞いた話じゃ、どこかの国ではペニシリンを水で薄めて売ってるやつがいるとか言ったな。ぼくらみたいな〈シンチューグンジン〉の中に。それをやってしまうと……」

 

難しい話になりそうだった。自分の英語力ではたぶん、理解できないことだろう。英語ができてもやっぱり理解できないかもしれない。そう思ってエリーが見せてるカードの中から一枚取った。

 

「ヤーイ」と言われた。「ババヒイタ」

 

日本語だ。こういうのばかり覚えている。

 

「ふたりでババ抜きやって何がおもしろいのよ!」

 

これも日本語で言ってやったが、

 

「ボクワオモシロイ」

 

おもしろいらしい。毛唐(けとう)の考えることはわけわからない。なんでこんなやつらに戦争で敗けたのだろうか。

 

エリーは月曜が非番とかで、ここのところ毎週この家で時間を過ごしている。バラックだ。ひどく寒い。これから寒さがますます厳しく頃と言うのに。

 

本当ならば今頃隙間風など吹かぬ家に住めているはずだった。けれどもそれは半年もずっと工事が止まったまま、窓の向こうで柱が組まれているだけの姿を野にさらしている。自分は本来その家の庭となるべき場所に建てた小屋の中で暮らしている。これでは北海道の方が東京よりも暖かかった。

 

礼文(れぶん)の家には暖炉があり、薪を燃やせていたのだから。けれどもこの〈家〉にはこの炬燵だけで、中でタドンがふたつほど赤く光っているだけだ。

 

不完全燃焼。

 

と言うんだっけ。英語にしたらなんていうんだろうと思いながら向かいに座る男を見た。

 

エリー。マイ・ラブ。ソー……なんだろう。こんなとこからわたしをさらって、どこか〈陽の沈まない〉ところへ連れていってくれないだろうか。

 

思った。こんなこと口に出し、やたらな人に聞かれたらまた怒られるんだろうけども。戦時中に不自由のない暮らしをしていたやつが何を言う。東京都民が空襲に脅え、芋の(つる)を食ってたときに、お前ら家族は文展無鑑査の画家かなんか知らないが……とか言って。

 

知ったことか、と思う。あたしがやった戦争じゃないじゃん。日本が勝つと信じてたのが悪いんじゃないの。あたしはただ、勝手な親に振り回されてここに住んでいるだけよ。

 

こんなバラック小屋に。けれども今の東京都民は、皆バラックで暮らしている。家を建てるお金が無いから。

 

それは我が家も同じだけれど、しかし我が家は事情が違う。(あるじ)である父親が、いいかげんな人間だからだ。

 

などと瞭子が思ったところに、そのいいかげんな人間が、

 

「帰ったぞおっ!」

 

帰ってきた。バラック小屋は狭いので、居間や玄関の区別がない。戸が開くと冷たい風がビュウビュウ吹き込む。

 

「早く閉めてよ!」

 

「おう、すまんすまん」

 

閉めた。しかし木枯らしに、ただの薄板である戸はガタガタと震えている。

 

「おっと、トミー君じゃないか。また来とったのか」

 

「オジャマシテマス」

 

「何しとるんだ。ババ抜きか? ふたりでやって何がおもしろいんだ?」

 

「おとーさんの知ることじゃないでしょ」

 

「そう言わずに、おれも混ぜてくれ。外は寒くてしょうがない」

 

「なんなのよそれ」

 

「炬燵はひとつしかないんだからしょうがないだろう」

 

「それもおとーさんのせいでしょ」

 

「だからそう言わずにだな」

 

と、言ってるところに流しにいた母のマサが、

 

「今日はずいぶん遅いわね。帰ってこないのかと思った」と言いながらやってきた。「何してたの?」

 

時計を見た。『遅い』と言っても8時を過ぎたところだが、この父親がいつも昼間に外で何をしているか家族でさえ誰も知らぬし、家に帰ってこないことも珍しくない。

 

「何。静香(しずか)んところでタドンをもらってきたんでな」

 

「ふうん」

 

と母。〈静香〉というのは結婚して家を出ている瞭子の姉だ。『そんなことが帰りが遅くなる理由にはならない』という顔もしたが、確かに父は大きなボストンバッグを手に提げていて、それをドンと床に置いた。

 

「それ、全部タドンなの? またずいぶんな量ね」

 

「ソレワナンデスカ?」

 

とエリー。父は、

 

「タドンだ。今その炬燵に入れるところを見せてやろう」

 

「やめてよお父さん」

 

「何を言っている。これだけあるんだ。ケチケチしないで四つくらい……」

 

母が、「ふたつで充分でしょう」

 

「四つだ」

 

「ふたつで充分よ」

 

「わからない女だな。この平沢大暲が『四つ』と言ったら四つなんだ」

 

「何がヒラサワタイショウよ」

 

「まあ見とけって。すぐにもあの家、また工事を始めさせてやるからな。拾萬圓の金屏風を描く仕事が入ったんだ」

 

「またいつものホラが始まる」

 

「今度は本当だ」

 

「何言ってんの。キンビョーブ。そんなもんにお金を出す人がこの御時勢に……」

 

言われてこの父親が、珍しくちょっと困った顔をした。

 

「そうか」と言う。「そう思うのも無理ないかな」




平沢貞通には息子がふたりに娘が3人いるのですが、この作では静香と瞭子のふたりだけということにします。
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