粧説帝国銀行事件   作:島田イスケ

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竹槍

「で、どうすんの」マサが言った。「今はともかく、遅くなったら本当に長ドス持って踏み込んでくるのがいるかもしれないわよ」

 

表からはまだ『実験だ、実験だ』『犯人だ、犯人だ』のコールが聞こえてくる。時刻はまだまだ宵の口という頃合いだ。

 

「そうだなあ」

 

と平沢は言うしかなかった。日本刀とか戦争中の銃剣とか、竹槍なんか持ったやつが、『天誅(てんちゅう)!』だとか叫んで入ってこないとも限らない。ズバッとやられてウギャーッとなる見込みは高いと言わねばなるまい。来るとしたら深夜遅くなってからではないか。

 

「でなきゃ、火ぃつけられたりとか。どうすんのよ。本当にそんなやつがいたりしたら、あたしまでここで焼け死んじゃうじゃない。あたしは焼けて死ぬのはイヤよ」

 

「そうだなあ」

 

とまた言った。新聞を読んで、今は国民のほとんどがこの自分を帝銀事件の犯人に間違いないものとみなしているとわかっていた。

 

警察に捕まっていた二週間。最初の4、5日間は記事では〈無実の人〉という扱いになっていた。平沢画伯はてんぷら画の大画伯。文展無鑑査の偉いお方で、日本が誇る芸術家であらせられる。そんなお人が犯罪など、まして毒殺帝銀事件など犯すはずがあるでしょうか。

 

読者の皆さん、わかりますよね、という調子の書き方だった。警視庁では〈蝮の七〉の異名を持つ極悪刑事が朝から晩まで殴る蹴るしていると書かれ、その上役のへっぽこ警部はいつも占いで〈犯人〉を捕まえてくる人物として知られている。今度の事件も懇意にしている占い師に《名鑑を感謝す》と名刺の裏に一筆書いて贈っているのが判明した、といった記事が(おど)っていた。

 

が、それが数日し、事件前に平沢が詐欺を働いていたことが明るみになると風向きが変わる。さらに放火だ。過去に何度も平沢の周りで放火とわかる火事があり、そのたびに保険金を受け取り転居している。するとしばらくしてまた火事が。平沢が越した隣の家は必ず放火で燃えて死者も出ているという話が、事実として書かれていた。

 

そりゃ何度もカネをいただきはしたけれど、『必ず』じゃねえぞと思いながらに読み進める。すると新聞の記事は続けて、

 

――平沢は確かに若い頃には高く評価された画家だったが、この20年はサッパリ売れず、画壇では〈過去の人〉扱いされていた。とは言ってもそれなりの地位を利用して懐を肥やし、戦争中は芋畑の地主としてタンマリ儲け、皆が餓えていたときにひとりタラフク食っていた。そして今この戦後になって、『ふたたび絵の世界において名声を』と考え東京に出てきたようだが、しかしまったく売れない絵を売り歩く日々だったらしい――。

 

などということが書かれていた。中野の高級住宅地を買って豪邸を建てようとしたが地代を払えず、家は柱が組まれたきりで工事が長く止まっていた。ところが帝銀事件の直後、建設会社にカネが払われまた家が建てられ始めた。

 

一月末に平沢は急に大金を持ったのだ。ところがしかし、その平沢は、建築中のその家と家族を放ってひとり北海道に移り、バラック小屋で人目を避けるように暮らしていたという。霧山警部補と〈蝮の七〉に捕まるまで七ヵ月ずっと――。

 

などということが書かれていた。では平沢は七ヵ月間そこで何をしてたと言えば、何もしていなかった。その間の収入はゼロ。そして一月末のカネをどう入手したかは不明。

 

帝銀事件の犯行で得たものでないと言うのなら――などということが書かれていた。このとき平沢が得たカネは、確かにわかっているだけで拾参萬四千圓。ただし、他に伍萬ほど一緒に得ていたと見られており、つまり帝銀の被害額拾八萬と一致する。

 

しかも、なんと平沢は、うち八萬を偽名で作った銀行口座に預金していた。それが1月28日。帝銀事件の二日後なのだ!

 

などということが書かれていた。困ったことにどれもこれもが事実だった。

 

『そんなのは関係なーいっ! GHQの実験なのが確かだから画家の平沢は無実なのだーっ!』

 

という声がまだ表から聞こえてくる。しかしなんだかだんだんに泣き声が混じってきたようだった。

 

『だからバカのひとつ覚えはやめろって言ってんだーっ! モンタージュの顔にそっくりだろうがよーっ!』

 

と返す声。こちらはどんどん力を増していっているように感じる。

 

「うーん」

 

と平沢は、ただ唸る以外になかった。

 

「どうすんの」

 

とマサ。しかし『どうすんの』と言われたところでどうすりゃいいのか。

 

「あなたが首吊りゃいいんじゃないの? 木に吊るされる前に自分で吊るのよ。死刑台に吊るされる前に自分で吊る。それでみんな納得するんじゃないかしら」

 

「お前……」

 

「だってあなた、警察でも自殺未遂したんでしょう。新聞に書いてあったわよ」

 

「あんなもん芝居に決まってんだろう」

 

「そうよねえ。普通、よっぽど頭がイカレてなけりゃそう思うよねえ。でもGHQ実験説を信じる人ってマジであなたが無実と信じちゃっているんでしょうね。バカもいいとこ」

 

「そう思うかな」

 

「そうよ。どーすんのよあなた」

 

「うーん」

 

とまた平沢は唸った。たとえ今夜が無事に済んでも明日から道を歩けない。それはどうやら明らかだった。いつグサリと包丁で背中を突かれるかわからない。

 

と考えるよりなかった。となると、結論は……。

 

「逃げるしかないな」

 

と平沢は言った。

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