粧説帝国銀行事件   作:島田イスケ

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ラスラス

本格的な捜査は翌日始まった。少しずつ細かな事実が明らかになる。

 

まず最初に古橋が感じた疑問だが、ゲンジョウとなった建物は元は質屋であったのを銀行が買ってほぼそのままに支店として使っていたものだったという。聞き込みにまわってみると近所に住む人の中にも、それが銀行だったのを知らない者が多くいた。

 

「特にこの戦後になって住むようになった人の中には……」

 

古橋はひとり(つぶや)いて、自分が歩いてきた道を振り返って眺めてみた。

 

「ここら辺も戦前とは変わってるってことなんかな」

 

カーブのためにすぐ先が見えない。だが『ここら辺』だけでなく、この東京全体が。この建物がかつて質屋だったのが見かけはそのまま銀行になっているように。

 

そうして見かけは変わらぬままに、どこもかしこも変わっているということじゃないのか。帝国主義から民主主義に。天皇制から分権制に。そして質屋は銀行に。

 

瓦屋根に格子戸だ。何をどう見ても普通の民家だ。だが看板に《帝国》とあり、犯人はこれが銀行と知っていた。どういうことだろう、と古橋は思った。

 

結局、変わっているようで、何も変わってないのじゃないのか。人間が変わらないのなら。銀行強盗・質屋強盗なんていうのはそこらの素人(トーシロ)が、カネに困って刃物(ヤッパ)を手に近くの店をタタキに入るというのが実は多い。それがいちばんお決まりの話だ。

 

ドストエフスキーの『罪と罰』。主人公のラス……ラス……ええとなんだっけが、借金苦から金貸しの因業(いんごう)ババアをブチ殺す。

 

ソ連――いや、当時はロシアか。小説が書かれた当時にそこで実際に似た事件があったと言う。

 

そしてソ連となった今は、犯罪なんかひとつもないとインテリゲンチャは言う。バカだ。では、こいつはなんだろう。ホシは素人(しろうと)玄人(くろうと)か。

 

アメリカには、強盗の玄人(プロ)がいると言う。大抵はふたりか三人で、『ホールドアップ』と叫びながら店に押し入りでっかい銃をぶっ放す。

 

それがプロだ。プロだから、複数でやる。単独でやらない。単独でやるのは英語でアマチュアという。

 

しかし、こいつは単独だった。だが毒を使うというのは……。

 

トーシロがやることなのか? まさか、という気がした。ズブの素人がやることともまた思えない。

 

こいつはプロだ。だがアメリカのプロとは違う。ラスラスなんとかがやったように、計画を企みながらこの道を歩く……。

 

そうだ、と、古橋は思いながらに道を歩いた。裏にまわって犯人が使った木戸の前に立ち、周りを眺めやる。

 

戦時中に〈B-29〉の編隊は山手線の内側とさらにその東を焼いたが、池袋からちょい西のここは空襲を免れたらしい。だからこの質屋だった家も焼けずに残っているのだろうが、周囲にはバラック小屋のようなものも多く見えた。瓦屋根とトタン屋根と半々というところだろうか。

 

戦争の前と後では町に住む者も入れ替わっている。古橋が聞いてまわった中には、戦前にここが質屋であったのを知ってはいたが銀行に変わっているのを気づかずにいた者もいた。

 

見かけが変わってないからだ。けれどもその一方で、新しくこの町に来て銀行を利用していた者もいる。かつては質屋であったのを初めて知って『へえ』と言った。

 

なるほどね、妙な銀行だと思っていた、と。そんなところで事件が起きた。

 

どういうことだろう、と思った。警視庁捜査一課の刑事と言っても、その中では若く新米の自分には近所の聞き込みしかさせてもらえない。より重要な捜査はすべて先輩格の者達のものだ。

 

が、それでもな、と思った。まずは、与えられた仕事を果たしてみることだ。聞いてみてみた。この町に前から住んでたんですか。最近やって来たんですか。戦後になって? 戦争中は何をしていたんですか。あの建物が銀行で、前には質屋だったのを知っていましたか。

 

そこから何か浮かぶものがあるかもしれないと思ったからだ。結果は、あるようなないような。靴の底を意味もなく擦り減らしただけのような。

 

刑事(デカ)の仕事は命懸けだ。もしその中にラスラスなんとかがいやがって、『あ』とか言っておれの後ろを指差すから振り向いてみたら背中をブスリとヤッパで刺されちまったりとか、『お茶でもどうぞ』なんて言われて湯呑みを出すから飲んでみたら、例の犯行に使った毒と同じものが入っていて『グエエ』だなんてことにならないとは限るまい。一応は相棒と組んで仕事をするけれど、ひとりの相手に話を聞くときこちらがふたりでやることはない。それでは相手が委縮する。聞ける話も聞けなくなる。

 

だから聞き込みはひとりでやった。メモを取りつつ相手の眼の色を窺って、こいつがラスラスではないだろうなと疑いながら。

 

質問しながら顔を見ていて、そいつの眼がもしも赤く光って見えたらそれが(タマ)()り合いになるかもしれない狩りの獲物だ。

 

それが刑事というものであり、おれが刑事になってしまったこの戦中・戦後と呼ばれる今の世では特にそうではないのかと古橋は考えていた。生きるためには誰もが闇の世界に足を踏み込まなければならない。どこかの裁判官のように、ヤミの高い食糧を買わずに生きるわけにいかない。

 

古橋が履く靴の底の革は擦り減り、ゴムの底に替えたかったがしかし食うだけで一杯だった。しかたないから自転車の古タイヤをもらってきて靴底の形に切り、自分で釘で打ち付けていた。その靴底をまた擦り減らして一日歩き、捜査本部が置かれた目白(めじろ)署に戻る。先に戻っていた相棒の天城(あまぎ)という刑事が言った。

 

「この事件(ヤマ)だけど前に未遂が二件あったらしいって。3ヵ月前と一週間前。手口はほぼそっくり同じで、ホシの人相も同じらしい」


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