粧説帝国銀行事件   作:島田イスケ

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Aアヴェニュー

古橋とうどんの丼を乗せたジープはタイムズ・スクエアを抜けてAアヴェニューに入った。つまり銀座・有楽町界隈を抜けて皇居の濠端(ほりばた)だ。横に皇居の石垣と森、反対側に戦前からのビルが並ぶ大通り。

 

〈日比谷通り〉と元は呼ばれていた道だ。しかし現在、東京都心の道はすべてが占領軍になんとやらアヴェニュー、かんとやらストリートと名前を変えられている。〈Aアヴェニュー〉はA、B、C、D、Eアヴェニューと彼らが名付けた通りの中で第一の道。

 

戦争中に米軍は皇居とその周辺に空襲をかけることがなかった。焼夷弾で焼かれたのは貧乏人が住む区域だ。爆弾で吹き飛ばされたのは学校や、服や歯ブラシを作る工場(こうば)だ。戦闘機が銃撃したのは列車や路面電車であり、そこから出てきて逃げ惑う人々だった。千発のタマを収めた弾倉を(から)にしないで基地や空母に戻るわけにはいかないからと。

 

それが飛行機乗り達が上から受けていた命令。けれども皇居周辺にそんな雨が降ることはなく、濠を囲む天皇陛下万歳なビルは全部が陛下万歳な顔のまま建っている。ただし英語の看板を付けられ、アメリカ、イギリス、オーストラリアの旗を屋上に掲げさせて。

 

ビルが無傷で残っているのは、GHQが国を占領した後で使いたいと望んだからだ。日比谷通り――かつての帝国主義国家日本の中枢だった通りは今、連合国の日本占領政策の中枢へと変わっていた。濠端にはスチュードベーカー、オールズモビル、ビュイック、リンカーン、パッカード、キャデラック、ロールスロイス、ベントレーといった高級乗用車がズラズラと合わせ鏡を見るかのように止まっている。今の日本で乗用車というものは道を走るものではない。走っていても人が見かけるものではない。だがあるところにはあるものだ。

 

もっとも、車種の見分けなどできない古橋からすれば、たんに全部が〈高価(たか)そうなクルマ〉としかわからぬが。ジープは通りを南下しており、(ほり)の周りをこのまま行けばZアヴェニューに折れ曲がって桜田門。警視庁捜査一課の刑事である古橋にはこれは見慣れた光景でもある。

 

ジープに乗ってうどんを食べつつ、などというのは初めてだが。古橋を無理に後席に座らせて自分は助手席についた男は、それきり話しかけてもこない。ジープの運転手も何も言わない。どうせ口を利いたところで英語では古橋にはわからないが、それにしてもなんだというのか。

 

いや、心当たりはある。白人さんが今日のこの日におれに用があるのならそれはあいつの件しかあるまい。だからあいつの件だろうと察しはつくがしかしなんで……。

 

それにおれをどこに連れてく気なんだろう。やっぱり先の角を曲がって桜田門の警視庁ビルか。まさかこのまままっすぐ行って、〈アーニー・パイル劇場〉とやらの中に入れてくれるわけでもあるまい。

 

などと思いつつうどんを食べ終え、つゆまで全部飲んだところでちょうどジープが速度を落とすのがわかった。道の傍に寄せて止まる。

 

皇居内濠(うちぼり)の南端手前。Zアヴェニューとの交差点前だ。助手席の男が振り向いてきて何か言った。

 

『着いたぞ。降りろ』

 

と言ったのだろう。自分が降りて古橋を(うなが)すような眼で見てくる。

 

「ここ?」

 

と言った。まさか、と思いながらに古橋はそこにそびえるビルを見上げた。

 

〈ビル〉と言うよりまるで要塞。(ピカ)が落ちてもビクともしないのではないかと思えるシロモノだった。国に内乱が起きたとき、陛下を護る砦となるため建てられそこにあるかのような。濠を囲むビルの中でも一際(ひときわ)威圧的な構え。

 

けれどもそれがもともと猿が持つのには似合わぬものだとばかりに今は白人に使われている。〈第一生命ビル〉だった。今は簡単に〈ダイイチビル〉とだけ呼ばれる。

 

GHQ(ジェネラル・ヘッドクォーターズ)の本部となる建物として。つまり、こここそが総司令部(GHQ)。進駐軍の日本占領政策の中枢の中の中枢だった。連合軍最高司令官(SCAP)ダグラス・マッカーサーの城として執務室が置かれる建物。古橋は今そこに、自分が連れて来られたのだと知った。

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