その建物は古橋の眼に、銀行の支店のように見えなかった。普通の一軒家に見えた。門があって、奥に普通の民家にしか見えないような家があり、
中に知った顔を見つけた。声をかけ、
「古橋です。いま着いたとこなんですが」
「あ? ああ、ご苦労さん」
「『銀行』と聞いたんですが、ここって……」
「うん、銀行だよ。そうは見えないだろうけど」
門を指差す。なるほど門柱に、《帝国銀行椎名町支店》と書いた札が貼ってあった。
しかし、「ホントに銀行?」
「中を見りゃわかる」
入ってみた。するとなるほど、内部は確かに銀行支店か郵便局という感じだった。カウンターに相談窓口。その向こうに事務机が並んでいる。
今はどの席にも行員が着いてはおらず、警察の人間だけが間を行き交っていた。奥に見える仕切りの中に皆が入っていき、そこから出てきて店の外へと通り抜けていく者がいる。
どうやら、現場はこの建物の奥らしい。古橋もさらに踏み込んでいった。
すると仕切りの先はますます普通の民家のようだった。
そんな疑問を感じながらも古橋もまた靴を脱いだ。1月の冷たい木の廊下を靴下はだしに歩く。
しかし、土足で踏んでいった者も多いらしくて泥だらけだった。左右には
刑事になっていくつも事件をやってきても銀行が現場というのは古橋には初めてだったが、妙なところだな、と思った。銀行ってどこもそういう造りなのか。それともここだけ普通じゃないのか。
襖が開いて、床の畳が覗いて見える部屋がある。やっぱり、畳張りなのか。どう見ても普通の民家だよなあと思いながらに古橋はそこまで行って中を見た。
死体が並んでいた。
*
「被害者は16名だ。通報を受けて最初の警官が着いたときには半分はもう死んでいた。息のある者を病院に運んだが、何人かは助からんだろう」
とキャップの鈴木が言う。つまり古橋が所属する刑事部屋の部屋長だ。古橋は「はあ」と応えて、
「全員がここの行員なんですか。なんか、子供が混じってたけど」
「それはここの小使いの子だな。一家で住み込んでたんだ」
「そんなのまで殺した……毒を飲ませたって言うんですか?」
「ああ。詳しくはまだわからんが、どうもそういうことらしい」
〈男〉は午後3時過ぎ、窓口業務を終えて表の戸を閉めたばかりの支店に裏口からひとりで入ってきたという。東京都防疫課の者とか言ってそれらしき腕章を腕に巻いていた。近所で伝染病があったのでここにいる全員が予防薬を飲まねばならない、言われて皆が男の出す〈薬〉と称するものを飲んだ。
ところがそれはどうやら猛毒だったらしい。皆が床をのたうつ間にその男は――。
「とりあえず、わかっているのはただそれだけだ」
「はあ」と古橋はまた言った。「つまり、
「それなんだが、あれを見ろ」
指差された。店舗内だ。行員の作業机が並ぶ中に、札束が山と積まれた卓がある。
「
「それは」
と言った。なるほど蕎麦屋が蕎麦の丼を客の眼に見えるところに何十も積み重ねているみたいだ。どこからでもよく見えそうなところに大量の現金。
それがメチャメチャに荒らされた現場の中に残されている。
「タタキなら、あれを持ってかんはずがない。つまりこれはタタキじゃない」
ひとりが言って、他の者達が
「とにかくこれでは、指紋なんかはちょっと期待できそうにないな」
言われて思考を中断する。
「最初にテッキリ集団中毒と考えて、近所の人を集めて救けようとしたそうなんだ。それでゲンジョウが踏み荒らされた。それも、雪に濡れた靴でな。ただの野次馬も入ったし、こっそり写真撮ってった
皆が暗い顔で頷く。鈴木は言った。
「もう検証は明日にまわすしかないだろう。何人か助かってくれればいいが、全員に死なれたらお手上げかもな」