色々読者に申し訳が無い。
「レフ、教授?」
『レフ!?レフ教授がそこにいるのかい!?』
「おや、その声はロマニ君かな?君も生き残ってしまったのか。すぐ管制室に来て欲しいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく―――」
レフ教授、と呼ばれた男の口が歪み、眼が大きく見開かれる。その瞳は黒く濁り、光を一切通さない深淵の闇のように思えた。
「どいつもこいつも統率の取れていないクズばかりだ。ああ、だがいいとも。今は機嫌がいい。それさえ許そう、人類など所詮は滅びる定めの生き物なのだから」
「―――!マスター、下がってください!あの人はおそらく、敵です!」
「rrrrrrr……!」
マシュとランスロットが私の前に出る。しかし、私の横でレフ教授に走り寄る人影があった。オルガマリー所長だ、彼女は安心しきったような笑みを浮かべレフ教授に近づく。
「レフ、ああレフ!生きていたのね!よかった、あなたがいなければ私、この先どうすればいいのか分からなかった!」
「所長!?待ってください、その人は!」
マシュが止める間も無く、所長はレフ教授のすぐ傍まで近づく。その時、レフ教授の眼が私を―――いや、ぐだ男を見た気がした。ぐだ男は、珍しくただただ黙っている。
「―――フフッ。やあ、オルガ。元気そうで何よりだ。君も大変だったようだね?」
「ええ、ええ!そうなの、そうなのよレフ!管制室は爆発するしこの町は廃墟そのものだしカルデアには帰れないし!予想外のことばかりで、どうにかなりそうだった!けど、あなたがいれば大丈夫よね?だって今までもそうだったもの。また私を助けてくれるのよね?」
「フフ、ハハハ!」
「……レフ?」
「ああ、すまないねオルガマリー。いやはや、君が生き残ったのは予想外だった。爆弾を君の足元に設置したはずなのに、まさか生きているなんて」
「―――え?」
所長がようやく異変に気付く。目の前の男が今まで信頼していたレフ・ライノールとは異なるのだと。
「いいや、生きているとは違うか。君はもう死んでいる、肉体はとっくにね。トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念となった君をこの土地に転移させてしまったんだ。ほら、君は生前、レイシフト適正が無かっただろう?肉体があったままでは転移できない」
レフ教授、いいやレフは、オルガマリー所長に言い聞かせるように、まるでダメな子に教えるように丁寧に話す。それがより一層、不気味さを助長させた。
「だから君はカルデアには戻れない。カルデアに戻った瞬間、君のその意識は消滅してしまうのだから」
「……え?え、消滅って、私が?ちょっと、待ってよ。カルデアに、戻れない?」
「そうだとも。だが、それではあまりにも哀れだろう?だから、生涯をカルデアに捧げた君のために、せめて今のカルデアがどうなっているのか見せてあげよう」
時空に穴ができる。そこには、真っ赤に染まったカルデアスが映っていた。
「嘘、なんで……。カルデアスが、赤く……」
「君のために時空を繋げてあげたのさ。聖杯があればこんなこともできる。さあ、よく見るといいアニムスフィアの末裔。あれが貴様達の愚行の末路だ!人類の生存を示す青色は一片も無く、あるのも燃え盛る赤色だけ!あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ」
彼は、いや目の前の何かは嗤う。人類は滅びたと。お前たちの責任だと。諦めろ、と。
「ふざけないで!私の責任じゃないわ!私は失敗していない、私は死んでなんかいない!私は、私は―――!」
「はぁ、もういい。やはりくだらない人間だったなぁ、君は」
突如、所長の身体が宙に浮く。そして、空間の穴に―――カルデアスに引っ張られる。
「な、何かに、引っ張られる……!?」
「そのまま殺すのは簡単だ。だがそれではあまりに芸が無い。ほら、オルガマリー。君の宝物とやらに触れるといい。何、私からの慈悲だと思ってくれて構わないよ」
「え―――?な、なにを言っているの、レフ?私の宝物って、カルデアスの、こと?止めて、お願い、カルデアスよ?高濃度の情報体で、次元が異なる領域で―――」
「ああ、ブラックホールと変わらないね。もしくは太陽か、まあどちらでもいい。どちらにせよ人間が触れれば分子レベルで分解されるだろう。さあ、遠慮なく触れたまえ。生きたまま無限の死を味わう地獄への扉に」
―――不味い。助けなくちゃ。だけど、私があそこに行けば私も吸い込まれ、死んでしまうかもしれない。そう考え、一度足が止まりかけて―――それでも踏み出した。
所長は、良い人だ。きっと、友達になれる人だ。一緒にカルデアで過ごしたい。
「いいのかい?死ぬかもしれない」
「その時はぐだ男が助けて!」
「無茶言うなぁ。うん、けど……あの人を助けたいんだね?」
「うん!所長は、私と似てるんだ!助けてあげたい!」
「そっか」
後ろからマシュの声が聞こえる、行ってはダメだと言われている。ランスロットは静かに成り行きを見守っている。ドクターロマンは必死で何かを言っている。所長が私に手を伸ばす。
―――ああ、ダメだ。間に合わな―――!
「ちょっとだけ、体借りるね?」
―――相棒の声が聞こえて、私は体の主導権を失った
―――――
そりゃ、助けたいに決まってるよね。主人公だもの、そう言うに決まってる。だから君は藤丸立香なんだろう。
綺麗なオレンジ色だった右の瞳が、濁った青に変色していく。立香は綺麗だと言ってくれたけど、俺にはとてもそうには思えなかった。
レフ・ライノールの……いや、フラウロスの顔が驚きに変わる。予想外だろうとも、言ったはずだ、俺はお前達なんかとは違うと。
消えるのは怖いとも。けど、立香に頼まれたんだ。ちっぽけな恐怖など、心の片隅に追いやってやれ。
「あなた、なんで―――!?」
「手を!」
俺が伸ばした手から、即興で編み出した白い光の鎖が所長の手に巻き付いた。脳が痛む、知ってはいけない情報が大量に流れてくる。
体が震え、歯がカチカチと音を立てる。消えてしまうかもしれない、排除されるかもしれないという恐怖が今更になって押し寄せる。
「―――正気かね?消えるぞ、君は。例えここが特異点であれ、抑止力は君を見ているぞ。それ以上、その力を見せれば―――」
「黙っておけ、節穴野郎。そんなもんとっくに知ってるんだよ」
全知全能の力など、この世界がおいそれと簡単に認めるわけはない。そんなことは当然だ。死んだことはあれど、消えたことは無い。どのようなことになるのか、想像もつきはしない。けれど、そうだ。気に入らない。
「全部お前の思い通りになるのは、どうしようもなく気に入らない……!!」
鎖を引っ張る。所長が引き寄せられる。それと同時に、徐々に俺の自我が薄れていくのを感じる。やはり、こうなるか。
「そうか……残念だ、我らの同胞になるかもしれなかった、あの愚かな王とは違う道を歩んだかもしれない男よ。君は所詮、人間の枠組みから抜け出すことは無かったのだな」
所長の眼に希望が灯る。彼女の肉体を死から遠ざける方法も知ることができる。それをした作品を俺は知っている。
初めて行う原作破壊。この先がどうなるかは分からないが、藤丸立香であればそれを乗り越えることができると信じている。
最後に、鎖に力を籠め、所長の手を握ろうとして―――。
『ダメだよ?』
―――腕の力が抜ける
「―――え」
『約束は、守らなきゃ』
聞いた事の無い声だった。何の感情も籠っていない、底冷えするような声。
体が元の持ち主のものに置き換わっていく。ダメだ、もう少し待っていてくれ。じゃないと、君の望みを叶えられない―――!
「約束、したもんね?ずっと一緒にいるって」
所長が落ちる。鎖が消える。フラウロスが笑みを浮かべる。
俺は、また―――。
「―――ぐだ男は、私とずっと一緒じゃなきゃダメだもん」
最後に見たオルガマリー所長の顔を、俺はきっと忘れられない。
―――――
「―――先、輩?」
「……」
『立香ちゃん、今のは一体……』
マシュとドクターロマンが呆然として問いかける。と言っても、私も何が起こったかは分からない。
ただ、ぐだ男が何かしようとして、私がそれを止めただけ。ぐだ男が何をしようとしたかなど私には分からないし、ぐだ男も多分答えてはくれないだろう。
「―――ハハハ!いや、そうか。そうなるか―――嗚呼、嗤わずにはいられない!」
男が嗤う。どうでもいい。さっさと消えてくれ。
私がそいつを睨みつけると、そいつはご機嫌そうに言う。
「ああ、もうこの特異点も限界か。楽しい劇だったが、仕方ない。こう見えて私にもまだまだ残っている仕事があるのでね。ここは引かせてもらうとしよう―――」
男の姿が消える。ぐだ男は、ただ呆然とオルガマリー所長が消えていった場所を見つめていた。
けど、それじゃダメだ。オルガマリー所長が死んだのは、悲しいけれど。
「今は、とにかくここから脱出しなきゃ」
その声に、ドクターロマンはハッと我に返る。
『あ、ああ!少し待っていてくれ、レイシフトを実行する!』
「……あの、先輩」
「どうしたの?マシュ」
マシュが不安そうに私を見る。どうしたというのだろう?
「……いえ、すいません。なんでも、ありません」
「そっか。無事帰れるといいね。所長のことは、残念だったけど」
きっと、友達になれた。一緒にいれば楽しい人だったろうし、魔術についても教えてもらった。
とてもいい人だった。本当に、死んでほしく無かった。
けど、所詮は他人であるわけで。
「―――ごめんね、所長。ぐだ男は渡せないや」
たった一人の家族と、友人になるかもしれない他人。どっちが大事かなど、一目瞭然なわけで。
「ぐだ男、帰ろう?」
泣きそうな顔をした相棒の姿に、愛おしさを覚えながら。
私達の意識は、暗転した。
所長なことは、勿論大切に思ってました。
ツンデレで、寂しがり屋で、自分と似てて、親友になれるかもしれないと思いました。
本気で助けたいと思ったし、自分の命だって懸けてやると思って。
けど、それでもたった一人の家族と比べれば、あんまりにもちっぽけで