「あー、酷い目にあったわい。連日攻められて疲弊しているだろうによくやるのぉ」
「それほど嬉しかったってことでしょ。もう少しこの町に居てくれって言われたけど……」
「特異点を修復する、というのが私達の目的な以上あまり長居はできませんね。なるべく早く特異点の原因を解決して、皆さんを安心させてあげましょう」
「そのためにも、まずは情報収集だね~」
あの後、町の人たちから解放されたノッブを連れて私達は町を出た。町の人たちのことは心配だが、彼等の他にも救わなければならない人はいる。名残惜しむ町の人々を説得し、私達は次の街に行くことにしたのだった。したのだったが……。
「車とかないから、歩くの大変だぁ……」
「先輩、大丈夫ですか?もしよければ私が抱っこして運びますよ?」
「やー、流石にそこまでしてくれなくても大丈夫だよ。疲れて一歩も歩けないってなったら頼むかもしれないけど……」
『フランスは広いから、それなりに歩く必要があるね』
『特異点での移動の手段は現在鋭意考案中だ。今は徒歩で我慢してくれたまえ』
かれこれ10分ほど歩いているが、まだ目的地は遠かった。ぐだ男は人形だしサーヴァントは人間よりも優れた身体能力を持っているので平気だろうけど、ただの人間である私には徒歩で歩き続けるのは疲れてしまう。早めに移動手段が欲しいところだ。
『ん……?これは、皆気を付けてくれ!サーヴァントの反応が近づいてきている!おそらく、さっきのワイバーンの群れが倒されたのを感知して来たんだ!』
「サーヴァント……!」
マシュとランスロットが私の前に出る。ノッブは宝具を展開し、ぐだ男は私の背に登る。ワイバーンはなんとかなったが、ノッブの宝具とスキルは基本的に相性が重要となる。弱いサーヴァントなら相性とか関係なくごり押せるらしいが、ある程度の実力を持っていた場合は一気に不利になる危険性がある。
故に、相手がどんな英霊かを見極めなければならない。それがマスターの仕事だという。
歴史はそれなりに成績が良かった私の観察眼を見るがいい……!
『な、これは―――!?立香ちゃん、敵のサーヴァントの数は5騎だ!相手の方が多い、急いで逃げ―――いや、速い!間に合わないか!?』
サーヴァント達は、空から襲来してきた。ワイバーンに乗り、黒い旗をたなびかせ。憤怒に染まったようなその瞳に睨まれ、思わず背筋が凍る。まさか、あれがジャンヌ・ダルク……!?
「マスター、先手を取るぞ。良いな?」
「……うん、お願い!」
ノッブの宝具である千丁の銃が一斉に放たれ、ワイバーン達とその騎乗者達を襲う。しかし襲撃者はそれを見ても何ら動揺を浮かべず、一匹のワイバーンが集団の先頭を飛び、それに乗った一人の騎士―――おそらくはセイバーが、剣を構える。
「―――
舞うように振るわれた剣技が、白百合を描き、迫る銃弾を切り捨てる。おそらくは近代のサーヴァント。神秘がほとんど存在しないだろうが、騎乗スキルは持っているはず。にも関わらず、ノッブの宝具が通じないなんて。
そして同時に違和感に気付く。白百合を見た瞬間から、足元がおぼつかなくなる。ノッブが焦ったように叫ぶ。
「幻惑宝具じゃ!あの百合を見るな!」
視界が何かに塞がれる。ぐだ男が顔に張り付いて視界を塞いだのだと遅れて気づく。
「ぐ、これは……!?足が、ふらついて……!」
「ッチィ、厄介じゃのぉ!」
ノッブとマシュも同じく敵の宝具による幻覚を喰らったようだ。一気に不利な状況に追い込まれる。何かが迫ってくる音、おそらくは火球。今の私達に防ぐ術は―――!
「arrrrrrrrrrrr!!!」
あった。ランスロットが宙に浮いている火縄銃の一つを手に取り、
それに乗っていたサーヴァント―――おそらくはジャンヌ・ダルクは舌打ちをして、ワイバーンを乗り捨て地面に飛び降りる。それに追従するように他の4騎のサーヴァントも降り立ち、私達を囲むように立ち塞がった。
「―――驚いた。ワイバーンが全滅したと聞いて来てみれば、それなりに厄介なゴキブリと羽虫がいるなんて」
チリ、とジャンヌ・ダルクの身体から黒い炎が溢れ出る。ぐだ男は私の顔から離れ、スタリと地面に着地する。
「立香、気を付けて。単純な戦力では、向こうのが上だ」
「へぇ、ガラクタもいるのね。結構可愛いフォルムしてるじゃない。焼き尽くしたいくらいに」
咄嗟にぐだ男の身体を抱き上げ後ろに隠す。彼女はそれを見て益々嗜虐の笑みを深め、手を少し掲げた。
「あらあら、その年になって人形ごっこ?まあいいわ。私の駒を削ってくれたんだもの―――それ相応の報いを与えてあげないとね?」
「マスター、下がってください!」
4体のサーヴァントが、一斉に武器を構える。不味い。私とぐだ男は敵の攻撃を一撃でも受ければ消し飛ばされてしまうだろう。マシュ達は私達を守りながら戦わなければいけない上、数では相手の方が上。普通に戦えば負ける。
考えろ。令呪は3画あり、サーヴァントは万全。なんとか突破口は開けるはずだ。考えろ、藤丸立香……!
『これは―――!?立香ちゃん、マシュ!さらに一騎、サーヴァント反応がある!』
「また増えるの!?」
「いや、立香。これは、敵じゃないみたいだ」
「え?」
どこからか、こちらに疾走してくる人影。それは猛スピードでジャンヌ・ダルクに近づき、槍……いや、旗を突き刺そうとする。咄嗟にそれに気づいたジャンヌ・ダルクの剣がそれを防ぎ、金属音を響かせる。
人影の姿を隠していたフードが風圧で揺れ、ふわりとフードが外れその素顔を露わにする。それを見て、思わず「へ」と間抜けな声を上げてしまう。なぜなら、その顔は目の前で戦っているジャンヌ・ダルクと瓜二つだったからだ。
「アハ―――アハハハハ!!ああ、なるほどそういうこと!こんなことが起きるなんてね。ちっぽけな鼠が、今更何の用かしら?」
「……助けが遅くなり、申し訳ありません」
その姿を見て、確信する。威風堂々と旗を掲げ、私達に向けて微笑を浮かべるその少女こそが。
「ルーラー、真名をジャンヌ・ダルク。あなた方の助太刀に参りました」
ジャンヌ・ダルクであるのだと。
彼女はもう一人の黒いジャンヌ・ダルクと向かい合う。ジリジリとした雰囲気が周囲を包む。黒の聖女は嘲笑を浮かべ、白の聖女は闘志の籠った視線を投げる。
『ジャンヌ・ダルクが二人……!?いや、どちらにせよチャンスだ立香ちゃん!彼女の援護を受けて撤退してくれ!』
「さっきからチョロチョロ煩い男ね。黙っててくれる?」
黒いジャンヌ・ダルクがホログラム上のロマニに視線を向けると、「あっつ!?」と言った後通信が途切れる。まさか、カルデアに攻撃を仕掛けたというのだろうか?
「……あなたは何者ですか?」
「決まっているでしょう?救国の聖女、オルレアンの魔女。フランスの英雄、ジャンヌ・ダルクその人です。あなたも薄々気づいているはずですよ?もう一人の私」
「馬鹿げたことを。あなたは聖女などではありません。私と同じように。そんなことよりも―――なぜあなたは、フランスの街や村を攻撃しているのは、何故ですか」
「……何故かって?同じジャンヌ・ダルクであるのだから理解していると思っていましたが、いいでしょう。バカバカしいですが答えてあげま、ってちょっと!?」
発砲音と共に黒いジャンヌ・ダルクの横を銃弾が掠めた。ここで撃つ!?という驚きと共に、ランスロットも含めたその場にいたサーヴァント全員がノッブを見る。
しかしノッブはてへぺろ、とばかりに舌をチロリと出し可愛らしい声で言う。
「いや~隙だらけじゃからつい!あと話が長くて暇じゃったからもういいかな~と思って」
「……あの、信長さん。せめて、目的を聞いてからでも遅くはなかったのでは?」
「んなもんどうせくっだらん理由だし聞くだけ無駄じゃろ」
「わー、シナリオスキップするプレイヤーみたいな言い草だぁ」
ピキリ、と黒いジャンヌ・ダルクの額に青筋が浮かぶ。
「……よし、もういいわ。対話なんて無用ね。死にゆく者達の最後の言葉くらいは聞いてあげようと思ったのだけど、そんなものこいつらには過ぎた物だったようです。ここで潰してあげましょう!バーサーク・ランサー。バーサーク・アサシン。喜びなさい、あのサーヴァント達は強者です。勇者を平らげることこそがあなた達の存在意義、存分に貪り、喰らいなさい」
その言葉に、ランサーとアサシンが目を赤く光らせ獰猛な笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてくる。その姿は、まるで吸血鬼のようだ。
「―――よろしい。では、私は彼女の血を頂こう」
「あら、いけませんわ王様。血は私が頂きたいのですもの」
「で、あれば競争と行こう。どちらが獲物をより刈り取れるか」
「良いでしょう。足だけは引っ張らないでくださいね?」
その進路を塞ぐように、ランスロットとマシュと白いジャンヌ・ダルクが前に出る。チラリとノッブを見るが、傍観の姿勢を取っているところからしてこの戦いに参加するつもりはないようだ。私の護衛も兼ねているのだろうか?
しかし、ランスロットには今武器が無い。素手でも十二分に強いとは言え、サーヴァントを相手にするとなると不安が残る。しかし本命の宝具である
「ランスロット、これ!」
「arrrrrr……!」
ランスロットはそれを受け取り、宝具の効果で自身のものとする。そう、この道具こそはダヴィンチちゃんが徹夜で作った即興武装。ランスロットのために開発した、現代科学と魔術を併せて作り上げたカルデア技術部の努力と(ぐだ男曰く)浪漫の結晶。
彼はアタッシュケースの取っ手にあるボタンをポチリ、と押した。その瞬間、トランクから光が溢れ周囲を包む……!
――――
技術部門のカルデア職員プラス氏は語る。
「ランスロットさんの宝具を聞いた時は、ビビッと来ましたね。だって、現代兵器さえ宝具にできるんですよ?サーヴァントにすら効くようになるんですよ?しかもある程度カスタマイズできるそうじゃないですか。そんなん聞いたらもう―――作っちゃうしかないじゃないですか」
同じく、技術部門の有澤氏は語る。
「いいか、よく覚えておけ。変形と超火力はな―――男の義務教育だ」
さらに技術部顧問のダヴィンチちゃんは語る。
「立香ちゃん、いいかい?この機能は決して無駄ではない。芸術とはつまり、自爆にあるんだ」
―――そう。この武装、正式名称『フルアーマーランスロット変身セット001号(続きを作る気満々である)』はつまり、カルデアの変態とか日本の変態とか芸術家の変態とかが張り切っちゃった末に3日かけて作られた変態武装ということだ―――!
―――
光が収まった後、そこには。
背中に超大型キャノン砲を取り付け。左腕にガトリングガンを装着し。右手にはレーザーブレード(魔力でなんやかんやして作った刃らしい)みたいなのを装着した。
お前どこのロボゲーだよ、と言われそうな騎士が、しっかりポーズを決めて立っていた。
「―――パーフェクトだ、ダヴィンチちゃん」
「感謝の極み」
なんかやたら渋い声で言ったぐだ男は大興奮でランスロットを見ている。あとノッブも。マシュと私は何が良いのかあまり分からないのでその雰囲気についていけず、白のジャンヌ・ダルクは「ええ……?」とドン引きし。
相手のランサーとアサシンは「何やってんだこいつ」という目で私達を見て、そして黒いジャンヌ・ダルクは。
「―――ちょっと、何よあれ。結構かっこいいじゃない……!」
ちょっとあれなことを言っていた。
フルアーマーは男の浪漫(ランスロットにずっとこれやらせたかった)