悪役令嬢に転生した少年。しかし、婚約破棄される自分の運命を変えようとは思わなかった。彼はむしろ───この世界で“ヒーロー”を演じてみたかった。

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思いつきを形にしてみました。こういうのもありかな、と。書きたいものを書くのが一番です。
ちなみに、最近のお勧め悪役令嬢漫画は『ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん』です。めっっっっっっっっっっっっちゃくっっっっっっっっっっっっっっちゃ面白いです。


悪役令嬢

 半年前。唐突な死を享受した少年は、やはり唐突に、己が乙女ゲームの世界に転生してしまったことに気がついた。転生した先のキャラクターは、ゲーム中盤で婚約者であるガメニア王国の王子に婚約破棄を言い渡される意地悪な悪役令嬢“マリアンヌ”だった。ゲームのストーリーにおいて、悪役令嬢は王子への偏質的な愛情によって主人公である正ヒロインに散々な嫌がらせをし続ける。そのことで逆に王子の怒りを買い、ある日を境に婚約破棄を命じられ、学園を追い出され、最終的に処刑されるのが常だった。バトルシステムを導入したこのゲームにおいて、敵に寝返ったりなんたりとたびたび主人公と敵対してはストーリーの都合上あっさりと倒されるだけの、言わば踏み台のようなキャラクターである。

 

「別に、気にしませんわ。一度死のうと、二度死のうと、同じこと」

 

 普通なら、「そんな未来なんか御免だ」と運命に抗おうとするだろう。ゲームのストーリーを改変しようと足掻くだろう。だが、奇妙に達観していたこの少年は、その運命をすっかり受け入れ、抵抗しようとは考えなかった。その理由は、この乙女ゲームに登場する装備アイテムにあった。

 『真紅の鎧』。このスマートなデザインの全身鎧は、神によって創造されたという設定で、装着した人間に超人的な力を与えるアイテムだ。これを装着した中ボスによって、主人公たちはたびたび煮え湯を飲まされることになる。しかし、この鎧の強さの源はズバリ装着者の寿命。装着するたびに寿命を削るこの鎧は、ストーリー中盤に差し掛かる前に魔王軍の幹部が苦労して王都地下の遺跡から見つけ出すことになっている。その遺跡の位置も、隠し場所も、プレイヤーだった少年には全てお見通しだった。なにしろ少年は、まるで日曜朝のヒーローのような鎧のデザインに惚れ込んで、この慣れない乙女ゲームをプレイしたのだから。高額なフィギュアまで購入するほど憧れていた鎧をこの目で見て、この手で触れて、着て戦うことができるのであれば、それは少年にとって何よりも幸運なことだった。

 

「どうせ死ぬ運命なら、その前に大好きだった鎧を着てカッコいいことをしたいですわ」

 

 どうせ自分は一度死んだ身だ。でも今度は、死に方を自分で選べる。なんて贅沢なんだ(・・・・・・・・)

 かくして、悪役令嬢マリアンヌは颯爽と屋敷から夜の闇に抜け出し、誰も知らない地下遺跡で真紅の鎧をまんまと手に入れることに成功した。

 鎧は、使わない時は背後の異次元空間に収納され、使用したいときに呼び出せば背中から覆いかぶさるようにして瞬時に装着できる。かと思えば、まるで意志があるかのように戦いをサポートしてくれることもあった。非常に便利なこの鎧を身に着け、昼は悪役令嬢としてワガママな女生徒としての生活を送り、夜は鎧を纏って闇夜を駆け抜け、悪漢どもを撃退した。単なる追い剥ぎから凶悪な強盗団、さらには王国転覆を狙う悪の組織と、鎧の力に任せて思うがままに戦い続けた。

 

「待て!お前はいったい何者だ!?」

『名乗るほどのものじゃないさ』

 

 途中、何の因果か、暗殺者に襲われていた王子を助けたこともあった。また、正ヒロインを中心とした主人公たちと共闘したり、敵対したり、かと思ったらまた共闘したりもした。『聖女』として覚醒した正ヒロインは王子と惹かれ合っていたが、王子はレベル上げをしなければ戦闘ではほとんど使い物にならない。それをゲームの知識として知っていたマリアンヌは、王子が正ヒロインを護れるほど強くなるまで、二人の危機を未然に救ってやっていた。

 

「ねえ、真っ赤な鎧の人。貴方はいったい何が目的なの?どうして私たちを助けてくれるの?」

『俺は俺がやりたいことをやってるだけさ。お前もそうすればいい』

「ふふっ。カッコつけちゃって。でも、嫌いじゃないな、貴方のこと。ありがとう、おかげで自信がついた。学園で私をイジメる怖い令嬢がいるんだけど、その人に負けないように頑張る」

『ああ。せいぜい、頑張れ』

 

 そんなことを繰り返していると、いつの間にか、正ヒロインたちから一目置かれるようになっていた。だが、悪役令嬢を演じる際にはそのことはおくびにも出さなかった。昼と夜の人格を完璧に使い分け、夜はニヒルな謎のヒーローを演じきっていた。マリアンヌの目的はあくまでも“鎧を着てカッコいいことをしたい”だけであって、キャラクターたちと仲良くなりたいわけでもなく、民衆から褒め称えられたいという名誉欲も無かった。それに、着実に己の寿命が削られていっているという感覚は常に感じていた。マリアンヌは、そのことをまったく後悔していなかった。一度死ぬことも、二度死ぬことも、マリアンヌにとってはやはり同じことだった。どう死ぬか(・・・・・)が問題だった。

 

 

「マリアンヌ公爵令嬢!今日でお前との婚約を破棄する!」

 

 

 だから、ついに運命の日が訪れても、マリアンヌの心にはなんの感慨も浮かばなかった。むしろ、そろそろ自分の寿命が尽きることの方が気になっていた。“夢の終わり”とはなんともあっという間で、呆気ない。鎧を着て戦えるのもあと一回といったところか。次はいつ戦えるのだろう。かっこよく戦って、かっこよく散りたいな。マリアンヌは紅茶のカップをソーサーに置いて、ぼんやりと空を見上げた。

 そんなマリアンヌの反応に、婚約破棄を突きつけた王子を始め、周囲の人々は眉をひそめて訝しんだ。普段の令嬢なら、「嘘よ!」とヒステリーを起こして過剰に反応したはずだ。なのに、今日の彼女は普段とまったく異なっていた。あれほど執着していた王子からハッキリ拒絶されたというのに、別のことを考えている。達観し、諦観し、自分を含めた世界全てを“どうでもいい”と言いたげに静観している。

 

「……マリアンヌ?いったいどうし───」

「王子!敵襲です!」

 

 次の瞬間、爆発による地響きが学生たちを襲った。防御結界を張っているはずの貴族学園の外壁が卵の殻のようにあっさりと割れ、吹き飛んだのだ。もうもうと沸き立つ土煙を払い飛ばし、敵幹部が怒りの形相で姿をあらわす。その身には、『真紅の鎧』と瓜二つの暗黒色の鎧が纏われている。敵幹部は遺跡から目当ての鎧が先に盗まれていることを知り、怒り狂いながらもそれと対になるもう一つの『漆黒の鎧』を必死に探しだしたのだ。この無敵の鎧をもって憎き人間の国の王子を殺し、敬愛する魔王に認めてもらうがために彼はこうして単身で殴り込みをかけたのだった。

 

『王子よ!この命を力に変換する呪われた鎧の力で、今こそその命を貰い受けるぞ!』

「く───!?」

 

 漆黒の鎧の敵が王子に肉薄する。人間をも、魔族をも超えた、恐るべき速度だった。正ヒロインが彼を庇おうと駆け寄るも絶望的に間に合わない。凶悪な突起物を生やす真っ黒な拳が王子の眼前まで迫り、そして眼前でビタリと止まった。掴み止めた(・・・・・)のは、たった今婚約破棄を言い渡した公爵令嬢だった。

 

『な───なんだとぉッ!?』

「マリアンヌ!!??」

 

 ギシギシと金属同士が激しく擦過する音が鼓膜をこする。敵幹部が驚愕して腕を取り払おうと抵抗するも、己の手首を握る少女の腕力があまりに強すぎて引き剥がせない。焦燥する敵幹部に、マリアンヌは熱のこもった目と声で語りかける。

 

「その真っ黒な鎧、原作(・・)でも見たことがありませんわ。とってもお強そう。最期の戦いに相応しい相手がそっちからやってきてくれるなんて、なんて幸運なんでしょう。やっぱり私は世界一の幸せ者ですわ」

『な、何をわけのわからないことを……』

 

 ふと、少女の拳が真紅の手鉄甲(ガントレット)を帯びていることに気がついた。目を走らせれば、少女のすぐ背後の空間に裂け目が開いていく。

 

『貴様……貴様、まさか』

「その鎧、(わたくし)のとどちらが強いか、試してみませんか?」

 

 ガギンと硬質な音を響かせて、マリアンヌの全身が真紅の輝きに包まれた。寿命という生命力を魔力に変換し、余剰エネルギーが熱気となって関節部から噴出する。それは、敵幹部が長年求めていた、最強の『真紅の鎧』だった。敵幹部は憤怒と恐怖に振り回されて絶叫し、狂乱したように拳と脚を繰り出した。それらを見事に防御する真紅の背中を、王子は呆然と見上げていた。

 あとで判明したことだが、『漆黒の鎧』は『真紅の鎧』をベースにして造られた、古代世界の兵器だったことがわかった。出力が高すぎて暴れ馬のようだったオリジナル『真紅の鎧』に対し、扱いやすいように出力を抑えて造られたものが『漆黒の鎧』であり、大量生産されたものの一つであった。マリアンヌは半年間、毎晩のように『真紅の鎧』を身につけて戦い、使いこなしていた。敵幹部は、習熟という発想が頭に浮かぶ前に『漆黒の鎧』を纏って早々に戦いを挑んだ。その結果は、火を見るよりも明らかだった。

 

「マリアンヌ……俺は、俺はお前を誤解していた。お前は俺たちのことをずっと護ってくれていたのに、なのに、俺はお前の想いに気が付かず、あまつさえ酷いことを……」

 

 相打ち(・・・)だった。敵幹部を倒すことは容易だったが、同じ『鎧』同士による戦いは装着者に膨大な魔力を要求した。必然として、マリアンヌの寿命はここでついに尽き果てようとしていた。仰向けに倒れ伏すマリアンヌを王子が力いっぱいに抱き寄せる。『真紅の鎧』は装着者(あいぼう)の寿命が底をついたことを感知し、無機物の鎧となって隣に転がっている。マリアンヌと鎧を交互に見て、正ヒロインが唖然として尋ねる。

 

「マリアンヌ様……どうして……?」

(わたくし)は……私がやりたいことを、やっただけですわ……』

「───ふふっ。カッコつけちゃって。でも、嫌いじゃなかったですよ、貴女のこと……」

 

 まるで別れを告げるような寂しげな口調に王子がハッとして正ヒロインを見つめる。正ヒロインは彼のすがるような目に小さくかぶりを振って否定する。いくら癒やしの力を持つ『聖女』といえど、寿命を伸ばすほどの奇跡を起こすことは不可能だった。王子の目に涙が浮かび、次から次へと流れ落ちる。そんな王子の顔を見上げ、マリアンヌは満ち足りた笑顔を浮かべてみせる。これは心からの微笑みだった。事実、マリアンヌは最高に満足していた。憧れの鎧を身に纏って自由に戦った。ラストバトルの同じ『鎧』の出現という演出まで、言うことのない出来栄えだった。自分は恵まれていると本心から思った。たとえ王子には、自分を元気づけるためのいじらしい微笑みに見えたとしても、マリアンヌ本人からしてみれば、思い残すことのない人生に幕を下ろす喜びの表情だった。

 

「私は、大満足ですわ。なんて素晴らしい人生だったのでしょう。願わくは、また───」

「マリアンヌ!」

「マリアンヌ様!」

 

 そして、マリアンヌの瞳の裏で灯されていた光が消えた。カーテンの裏の照明が消されたかのように呆気ない、命の終わりだった。周囲の者たちがおずおずと歩み寄り、マリアンヌが真紅の鎧の戦士だったのだと理解するにつれ、次々と膝をついて涙を流した。昼は高慢な悪役令嬢を演じていた少女こそ、王都の平和を悪の手から護り、恋敵であるはずの正ヒロインと自分を選ばなかった王子をも懸命に助け続けた勇敢な英雄なのだと。

 王子と正ヒロインの震える背中に夕日が優しく手を置く。やがて夜の優しいベールが彼らの背中にかけられても、慟哭はしばらく続いた。

 こうして、王国に一つの神話が生まれ、伝説の武具が残されることになった。マリアンヌの意図にはなかったストーリーをつめこまれた神話は、悪役令嬢という名の勇者の物語として永く世に語り継がれ続けた。そして真紅の鎧は、後世に渡って何度も手を加えられ、装着者の寿命を喰らわなくとも身体能力を強化できる神秘の鎧となった。神々によって鍛造され、人間によって改造された鎧の銘は、いつしか神話と融合して『女勇者の鎧』と呼ばれるようになった。現在は、ガメニア王国の宝物庫に安置されているという。

 余談だが、このゲームにはレアアイテムとして神々によって創られた無敵の剣があった。そちらは『女騎士の剣』と呼ばれていたが、1000年前に行方不明になり、その存在はもはやようとして知る者もいない。




他に書いている小説とちょっとクロスさせたりしました。わかってくれる人がいたら嬉しいな。


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