真実の愛とか主人公力とかそういうものの影響を排除するだけのユニーク魔法まで開発したほどに、イデア・シュラウドは運命という言葉に碌な思い出がなかった。占術も、祈祷も、運命と同じくらい嫌いな言葉だ。シュラウドが信仰するべき神は父祖たる冥界神ハデスだが、異端の天才は神がサイコロを振ると公言してやまない。
イデアは人間が嫌いだ。イデアの権利と作品を奪い取ろうとする人間も、イデアの髪を見てひそひそと囁く人間も、イデアの努力と技術を無価値で無意味だと断じる人間も、皆。他人なんて碌なものじゃない。人間も獣人も人魚も妖精も──神族も。
血が繋がっていれば愛してくれるなんていうのは幻想なのだと、イデア・シュラウドは知っている。初めの妻を焼き尽くして生まれてきた長子を、イデアの父は当然のように恨んだ。自分の子供と違ってそれなりに健康そうに育つイデアを、
その彼も今は、イデアが作った形ある幻だ。イデアの目に映った「オルト・シュラウド」の形を、この世に下ろしたものだった。その彼の今の言葉は、イデアの指先一つで変えられるものだ。イデアがそうあれと決めたものだった。
「何やってんだろ僕」
その願いもその祈りもイデアがどうにでもできてしまうものなのに、と時折思う。この空虚と罪科をいったいどれだけ積み上げれば、一人遊びでなくなる日が来るだろう。その
「こんなことしたって、真空が遷移したら
光と同じ速さ、宇宙で一番早いスピードで迫る死の形があるのだと知っている。予測も知覚もできない滅亡を待ちわびた希死念慮のやまない日があった。
それでも目を逸らすことも、立ち止まることもできるはずがない。イデアが立ち止まってしまったら、盲目的な狂気に身を浸してしまったら、今の今までで切り捨ててきた
「星に願いを、とかホント馬鹿では?せめて太陽、いや月にしなよ。片道何年かかると……」
星が願いを叶えないことを、イデアは知っている。幼き日に弟が願った「病気が治りますように」も、隣でイデアが祈った「ずっと一緒にいられますように」も。星は叶えなかった。
星が駄目ならばと神に祈るほど厚顔にはなれなかった。神が、人が夢見るよりもずっと不自由なものであると、
ただ積み上げた人の技術だけが願いと祈りを叶え得ることを、勤勉な努力の成果だけが怒りと嘆きの先に届き得ることを。それを信仰と云うのなら、神に祈りを捧げることを正統と呼ぶのなら、イデア・シュラウドは紛れもなく異端の者だった。神の実在を知ってなお正統の道から外れる彼を、畏敬と驚嘆と、そして恐怖と憎悪を以って人は、「異端の天才」と呼ぶ。
オルト・シュラウドが星を見たいと言うのなら、宇宙望遠鏡が地上へ送る画像を覗き見ることさえできる彼がその眼で星を見たいと言うのなら、イデアはそれを叶えてやりたいと思うのだ。
「観測機器と耐熱性と重力制御……あ、髪も考えなきゃか」
星を見るための
耐熱素材も魔導パーツも何もかもが足りなかった。何より時間が。デザインのアウトラインを描きながら、
イデアに時間が足りないのはいつものことだ。イデアが欲しいのは永遠の命などではなくて、ほんの五十年百年、オルトを完成に近づける時間が欲しいだけなのに、それさえも怪しい。人魚のように冷たい体温が、ある種の妖精のように食事と眠りから縁遠い日々が、命を受け付けないこの冥府に属する肉体が、イデアの居場所は地下にしかないのだと夜毎に語る。
それなのに
「だいたい、星に永遠を祈るなんてちゃんちゃらおかしいでしょ」
空に輝く星々の寿命さえ所詮は有限のものでしかなく、世界には永遠も無限も理論と空想の中にしかない。けれどそれは反転すれば、人の言葉が、人が言葉を以って、神々すら至れない永遠にたやすく辿り着けるということでもある。
人は、神よりも遠くへ行けるのだと、イデア・シュラウドは信じている。身一つでは天の神に敵わない地上の人が数千、数万と重ねた魔導技術が、
誰より堅く、しかし狂信から一番遠いそれを、きっと人は信念と呼ぶのだ。
その信条が無数の「正しいとされる仮説」の上に積み上げられていることを、イデアも自覚している。肉に覆われては見えない「善」そのもの、「正しさ」そのものと、それを提示する神を求めることを辞めた人間は、帰納と演繹の双方から提示される理論の上に立脚して進歩を積み重ねてきた。その一角にイデアの技術とその粋としてのオルトが名を連ねている。そのことが何よりも誇らしくて、そして苦しい。
「正気じゃなかったらこんなことしてないんだよなあ」
ただの人形にオルト・シュラウドの影を見ることができるのなら、どんなにか楽だったろう。オルト・シュラウドを構成する「正しくないもの」を削り落として修正し続ける日々は、余人が囁くよりもずっと確かに正気を要請してくる。
魔法なら。科学ではなくて魔法なら、イデアが狂ってしまってもよかったのに。そう囁く自分がどこかにいる。理論よりも想像が優越するそこでなら、イデアはもっとずっと楽に息ができたはずだ。狂気と幻想とが道理と現実を踏みつけにしていくそこでなら、イデアはもっと簡単にオルトを創ることができて、そしてその「オルト」はきっと、今よりもずっと歪んで捻れたものだった。
それが許せないからイデアはまだこうして、久遠から無限に遠い場所で完全さの形を探している。
この世に永遠はない。あるのはただ