神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》 作:みかみ
「ヒィ、ひぃ………………」
さてさて、また少しだけ半天狗お爺ちゃんの話でもはさみましょうかね。
間一髪で私の理不尽から逃げ出すことに成功した半天狗お爺ちゃんは、荒い呼吸を繰り返しながらも
「情けないねえ、半天狗。幼児のお守りもできないのかい?」
そんな彼の頭上から、挑発するような女性の声が発せられました。私にとっても聞きなれた高い声の主は、
「むぅ、堕姫か」
そう、この無限城で女性の鬼と言えば限られていますよね。上弦の陸:堕姫お姉さんです。
「しかも這う這うの体で逃げ帰ったかと思えば、
「黙れっ! お前は鬼人化したおひい様の姿を見ていないから、そんなことが言えるのじゃ」
二人の態度はあけすけで、私を前にしている時とはまったく違います。こういうのを気の置けぬ間柄とでも言うのでしょうか。意外にもこの二人、仲は良さそうです。
堕姫お姉さんとてからかいはしたものの、判天狗お爺ちゃんの苦労も理解しているようで溜息まじりに指摘します。
「まあ、アンタだって切り札である憎珀天は呼ばなかったみたいだし?」
「…………うむ」
「たかが影武者だって分かった今、そこまでの待遇は必要ないと思うけどねえ……」
「影武者であるからこそ、我等上弦の鬼の上に立つほどの気概を持ってもらわねばならぬ」
「気概っていうより、我がままなだけじゃないのかい?」
――――影武者。
半天狗お爺ちゃんと堕姫お姉さんの話に出たこの言葉は、決して私の前では口にしません。語り部の私とて、この事実を知ったのはごくごく最近のことです。
父である鬼舞辻無惨は、この日本という国だけではなく世界を見ていました。そもそも鬼という存在が日本だけの固有種である保障などどこにもありません。
西洋でいうところの、女性の生き血をすする吸血鬼。
中米でいうところの、アステカ文明にて生贄を求めた太陽神。
世界各地にも人喰いの怪物や神様が当然のごとく存在し、名を変え姿を変え語り継がれています。
しかして彼等が日本の鬼にとって、敵か味方かは分かりません。人間とてお互いに争いあう関係を二千年以上繰り返してきたのです。その例で考えれば、全世界の怪異がすぐさま一致団結できるなどとは父とて考えていないでしょう。
まずはこの日本と言う国で、地盤を固める必要がありました。しかして父自らが先頭に立って鬼達を率いるのは、あまりにも危険すぎます。そんな理由から生み出されたのが私、鬼舞辻久遠だったのです。
もちろん私の反逆という可能性も、十分に考慮された上で。
「どちらにしろ、お迎えには行かなきゃならない。アンタがその体たらくじゃあ、もう一人の監視役である私がいくしかないねぇ」
「グゥ……」
半天狗お爺ちゃんにとっては苦労だけして、良い所だけ堕姫お姉さんに取られた形になるのですから納得せざる状況です。それでも私に得物を奪われた現状では、彼女に任せるしかありません。
ドロ助を加えて三人集となった私達の場所は、すでに堕姫お姉さんへ筒抜けとなっていました。
「安心しなよ。おひいさまを連れ帰れば、アンタの芭蕉扇も雷鳴杖も戻ってくるんだ。それまでせいぜい、入れ替わりの血戦を申し込まれないよう逃げ回るんだねぇ。アハはハハは――――――っ!!」
そんな挑発同然の甲高い笑い声が、無限城に木霊します。
そしてその間に挟まれるように、ジャンと一旋律だけ鳴る琵琶の音。その瞬間、無限城から堕姫お姉さんの姿は消え去っていました。
苦虫を噛み潰したかのような、半天狗お爺ちゃんだけを残して――。
◇
ドロ助を始めとする伊賀流の里を配下に加えた私ですが今、とても迷っています。
というより、怖気づいていると言った方が正しいかもしれません。
もし私がお伊勢さんまで行き、神藤の神社に突然現れたら。
祖父は、母は、そしてあまねお姉ちゃんは。
本当に私と再会して、喜んでくれるのでしょうか。
鬼の私を慈しんで、愛してくれるのでしょうか。
こんな、村一つを焦土に変えるような鬼の私は。人間の世界に居て良いのでしょうか。
だからこそ、父は私を
人間、こんな風に考えれば考えるほど、悪いほうへ思いつめてゆくものです。
怖い、確かめたくない。でも、確かめたい。――会いたい。
相反する二つの感情が私の心でせめぎ合い、決断させてくれません。
そんな私を後押ししてくれたのは意外や意外、珠世先生です。
「これほどまでに我がままを突き通してきたのですから、家族へ会いに行くことなどついででしょう。お帰りなさいな、人の家庭へ――」
「……いいの?」
私の力は見てのとおり。今の伊賀の里が、私の脅威をはっきりと物語っています。もし私が一時の感情で人を傷つけてしまったら。
それでも珠世先生は、私の背中をそっと押してくれます。そしてその隣では、私の家来二人が今後の道程を相談していました。
「今から全力で走れば、明日の朝には到着できるか?」
「鬼の俺達なら可能は可能だけどな。しっかし、正直キツイぜ?」
「うむ。我等はともかく、おひいさまの体力が心配だな。さすがにおぶってゆくには険しい山道よ」
昨晩デンデン丸とドロ助が私に告げた言葉は嘘ではありません。鬼は確かに人ならざる体力を持ちますが、決して無限ではないのです。
しかしてこの問題に関しての解決法は、他ならぬこの二人が持っていました。
「いえいえ、お二人の血鬼術があれば今すぐにでも、目的地であるお伊勢さんに着くことだって可能ですよ?」
「「へっ?」」
珠世先生による、突如の爆弾発言でした。
「まさか、気づいていないのですか? 貴方達は久遠ちゃんの髪の毛を喰らったことで、血鬼術が進化しているじゃあないですか。泥穀さんの沼地で異空間を作り出し、響凱さんの「迷宮御殿」で
「「ほへっ!?」」
喉の奥の空気をそのまま出したかのような声で、二人は突然の指摘にビックリしていました。彼等にとっては衝撃の事実なのでしょうが、なんて声で返答しているのか。
まあ、それは私とて同様です。彼等が戦闘向きの鬼ではない事実は承知の上でしたが、まさかこれほどまでに便利な技を習得するとは。
「ほへって、何を今更。昨晩、久遠ちゃんの雷にお二人が耐えられたのは、ソレのおかげに他なりませんよ。つまり……」
「「「……つ、つまり?」」」
今度は私も混ざりこみ、主従三人そろっての大合唱です。
さあ、皆さんも衝撃の事実にびっくりしてくださいね?
「お二人にかかればもはや、どんな遠出でも散歩程度でしかないということです。まったくもって立派なキジじゃあ、ありませんか。ねえ?」
はいっ、せ~~~のっ。
「「「えええぇええええええええええええ――――――――――――――っっっ!!!???」」」
はい、たいへんよくできました♪
久遠先生が満開の花丸をあげちゃいましょう!
◇
まだまだ猛暑が続き、一刻も早い秋の息吹を熱望する八月の終わりごろ。
私の姉、神藤あまねは洗濯籠をもって近く川へ向かう最中でした。遠方の山々を見れば青々と生い茂った緑が、まだまだ夏を終わらせてなるものかと威勢を放っているようにも感じます。
「あっつぅ……、いくら拭っても汗が止まらないわね。川水の冷たさだけが唯一の救いってもんよ」
川岸に腰を下ろし、タライに水を入れて洗濯板で服をゴシゴシ。石鹸などという貴重品があるわけもなく、時間もそれなりにかかります。
当時、姉は十四歳。子供も貴重な労働力として扱われていたこの時代は、遊んでいる暇などありません。細く白い指がふにゃふにゃなろうとも、これが姉の仕事です。
誰に言うでもないそんな姉の独り言は、川のせせらぎに混ざって消えてゆきました。
「まぁ、秋になったらなったで川水の冷たさに文句を言うんでしょうけど。人間なんて我がままな生き物よね。……もうすぐ一年か。誕生日だって過ぎちゃったわよ、もう……」
一年前、私は父に連れられ行方知れずになりました。
夜盗に攫われたというなら警察へ駆け込みもしましょうが、父に連れられて行ったともなれば神藤一家の問題です。母と結婚する前から、父の放浪癖は周知されていました。じゃあどうしてそんな男との再婚を両親は許したのかといえば、どうやら母の一目惚れであったようです。
もう「この人と結婚できないなら駆け落ちするっ!」ってな勢いだったそうで、祖父は母を止められなかったのです。「ならば勝手にせい、勘当だっ!」なんてことを言う頑固親父も平気でいる時代ではありましたが、あまねお姉ちゃんを生んだ母は「ある理由」でこの伊勢から離れられなかったのです。
お伊勢の人間だけで婚姻を繰り返しては血が濃くなりすぎます。その観点から言うなら父の存在はある意味、神藤家にとっても有りがたいものでもありました。
「無惨さんも、ちゃんとお世話できているのかな。ただでさえ私よりも肌が白くて弱いのに……。っと、今は仕事しごと。洗濯以外にもやることは山積みだもんねっ!」
そんな軽口を言いいつつも動かし続けていた手は、すでに洗濯を終わらせていました。後は
何の変哲も無い、姉にとっては毎日のように繰り返している作業の一幕でした。そこに昨日とは違う点などあるわけもなく、
それでも強いてあげるなら、
近くの木陰に、一人の少女が隠れていることぐらいでしょうか。
「あまね……お姉ちゃんっ」
つい先日までの私ならとっくに姉の背後へ突貫し、勢いあまって自分もろとも川へ突き落としていたことでしょう。あの優しい姉は洗濯物がまた汚れたと悪態をつきつつも、一年ぶりとなる私との再会を喜んでくれたはずです。
しかし今の私は足が鉄塊のように重く、動きません。
私の額には、一年前には生えていなかった鬼の角があるのです。もしそんな私を見て、あの優しかった姉の態度が豹変したらと思うと――。
「おひいさま、姉君が行ってしまわれますぞ?」
「わかってる」
――デンデン丸に言われなくても分かってる。
「せっかく此処まで来たのに、会わねえのかよ!?」
「……わかってるってば!」
――ドロ助に言われなくても分かってる!!
それでも、どうしても。私の心が身体を動きを拒みます。
生まれて初めて直面した困難でした。これならば、上弦の鬼である半天狗のお爺ちゃんと戦っている方が全然ましです。
本当は会いたい。抱きしめてもらいたい。大きくなったね久遠と、川に向かって語りかけるのではなく、私に向かって話しかけてもらいたい。
でも、――――――ダメ。やっぱり、怖い――――――。
「……くおん?」
諦めかけた、その時。
懐かしい声が、私の名を呼びました。
空耳かもしれません。聞き間違いかもしれません。
それでも私の耳は、姉の口から「くおん」という言葉が発せられた声音をとらえたのです。
「あまね、お姉ちゃん……」
今、この一歩を踏み出さなくては一生後悔する。
今、この時を逃したら。私はもう、あまねお姉ちゃんと話をすることさえできない。
私は精一杯の勇気を振り絞り、隠れていた木から飛び出そうとします。
もう少し、あともう少しであの暖かい毎日に戻れる。鬼ヶ島じゃない、本当の久遠が住む神藤神社に帰れる。
本当のお祖父ちゃんやお母さん、そして本当のお姉ちゃんがいる、
あの場所へ。
「あ――――」
あともう一歩、前へ歩めば。あまねお姉ちゃんに気づかれていたことでしょう。私の姿を見つけてくれていたでしょう。
しかし私の足は、ついにその一歩を踏み出すことが出来ませんでした。
なぜなら。
あまねお姉ちゃんが歩く道の向こう側。決して奥深くはないであろう林から、鬼ヶ島のお姉ちゃんが姿を見せたのです。
妖艶に微笑みながら、私の爪と同じくらい綺麗で鋭い爪を見せつけながら。
堕姫お姉ちゃんの瞳に光る意思は、私と、あまねお姉ちゃんにも向けられています。
今、飛び出したら。――――
大声で叫ぶよりも雄弁なその意思を、私は正確に受け止めていました。
私は鬼、お父さんの娘。あまねお姉ちゃんは私のお姉ちゃんだけど、お父さんの娘さんではありません。お母さんの前のお父さんの娘さんなのです。
そんな あまねお姉ちゃんに、純粋な人間であるお姉ちゃんに、あの爪が避けられるはずもありません。
「………………」
私は無言で一歩、後ずさりました。もうデンデン丸やドロ助の声さえも聞こえません。
今出来る事といえば、ただ瞳から零れ落ちる涙を隠しながら帰宅の途につくのみ。
それも神藤家ではなく、
私の名は鬼舞辻久遠、鬼舞辻 無惨の子です。
と同時に母の子でありあまねお姉ちゃんの妹の、神藤久遠でもあるはずでした。しかして今の私は、どうしようもなく「鬼舞辻久遠」です。
私はもう鬼、鬼は人間と一緒には生きられない。
そんな被害妄想により、私は結局。
幸運の女神様の前髪というものを、とうとう掴み取ることができなかったのです。
本当は、あの暖かくも柔らかい。
あまね姉さんの胸へ、おもいっきり飛び込みたかったのに――――。
◇
…………ふぅ。
これにて鬼舞辻久遠という名の桃太郎が織り成す物語は、いったん区切りをつけさせて頂きます。
始まりからして鬼ヶ島から実家への帰還という原作とは正反対の物語でありましたが、いかがでしたでしょうか。
実家の神藤神社へ戻るという目的は達成できませんでした。ですが生涯の付き合いとなる部下や恩人に出会えた事が不幸中の幸い、何よりの収穫と言えるでしょう。
デンデン丸(響凱)やドロ助(泥穀)、そして珠世先生と愈史郎君。
この絆は私が十七歳となり、東京にて新たな門出を飾る際に重要な戦力となってくれる事になります。
そして今回だけでは解決しきればかった謎や、私自身がどうしようもなく「鬼という怪物」なのだと思い知った件につきましては――、
――この私、神藤久遠が六歳となった次の物語で語らせていただきます。
よろしければこれからも、私の一人語りにお付き合いくださいね?
どうぞ、今後ともよしなに。
十七才の神藤久遠より、本作をお読みの皆様へ。愛を籠めて――。
最後までお読み頂きありがとうございました。
引き続き、来週から第2章を開始させていただきます。よろしければお付き合いください。