神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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第二章:久遠六歳 半人半鬼
第1話「弱き者」


 その命はびっくりするくらい、かよわいものでした。

 母にさえ見はなされたそれは、誰かの温情がなければ早々に消え去る運命でしかありません。

 ですが、

 

 みぃ、みぃ、と。

 

 それでも最後の一瞬まで、か弱い命は必死に足掻きます。

 まだ生きたいと。まだ自分は生まれた意味を、価値を見出してもいないと。

 

 そんなか弱い命が、まるで鏡で見る自分でもあるような気がして。もしくは私とは違い、眩い閃光のような煌めきを放っているようにも見えて。

 

 どうしても、見捨てられなかったのです。

 

 私は手を伸ばし、立ち上がらせます。

 

 どこからか鬼ヶ島に迷い込んだ一匹の母猫と、

 

 敵であるはずの、鬼殺の青年を――――。

 

 

 

 

 あの家出劇から二年。

 鬼ヶ島に戻った私は特に叱られることもなく、六歳の誕生日を迎えていました。

 あれだけの大騒動を起こしたというのに、父は一度も姿を見せず。結局、ワガママ娘な私を叱ってくれたのは珠世先生のみでした。

 

 自室に引きこもり、昼から夜まで布団を頭からかぶり続ける生活。

 

「…………あまね、お姉ちゃん」

 

 真っ暗な視界で思い出すのは二年前に見た姉の顔。少しだけ大人びた姉の姿が、今はとてつもなく遠く感じてしまいます。

 

 もし、あの時。あまねお姉ちゃんの胸へ飛び込めたなら。

 もし、お目付け役の一人である堕姫お姉ちゃんが監視していなかったら。ですがそれは、私の自分勝手な言い訳にすぎません。

 この身は父、鬼舞辻 無惨の子。

 上弦の肆:半天狗お爺ちゃんを翻弄したように、あの時の私がその気なら強引な手段もとれていました。あまねお姉ちゃんを守りつつ、堕姫お姉ちゃんを撃退することも十分可能だったのです。

 

 それでも私は安全策をとりました。

 いえ、逃げたのです。

 

 何よりも、大好きなはずだった あまねお姉ちゃんを信じられず。

 

 もし鬼と化した私を見て、恐怖の悲鳴や侮蔑の言葉をぶつけられるかと思うと。

 化物と罵られ、石を投げつけられるかもしれないと思うと。

 上弦の鬼と対峙しても恐怖を感じない私ですが、こればかりはとうてい耐えられる気がしません。

 

 結局のところ私は、愛する家族のことさえ理解できずに。

 

 信頼できずに。

 

 ただただ、鬼ヶ島へ逃げ帰ってきてしまいました。

 

「誰か、助けて。久遠を、――たすけて」

 

 眠りながら、涙を零しながら呟く独り言。それは真実、布団の中で自分自身へと聞かせるための呟きでした。

 この鬼ヶ島は鬼の世界、他人に弱い箇所を見せれば排他されて当然の世界です。だからこそ家出前の私は鬼ごっこによって己の力を見せ付け、他の鬼達に甘く見られないようにしていました。

 本当は誰よりも愛情を欲しているくせに、誰よりも愛情というモノを恐れている。そんな私にまっことふさわしい、似合いの末路と言えるでしょう。

 

 一時も油断してはなりません。

 鬼の世界は自然の世界での理にそって出来ています。

 

 つまりは、弱肉強食。

 

 強い鬼は数百年と生き、弱い鬼は数日と持たずに灰燼と化す。

 

 そんな世界で私はずっと、自分の力のみを頼りに生きてゆくしかないのですから。

 

 

 ◇

 

 

 ある日の朝。

 自室にて、変わらず布団の温もりに身を委ねていた私の耳に。

 にゃぁ、という何ともか弱い鳴き声と。ジャン、という弦楽器の音が私の意識を目覚めさせました。

 

「ふえっ?」

 

 続けてぺろぺろと、私の頬を舐める暖かくもザラザラとした感触。

 その何かは私の反応がかんばしくないことに飽きたのか、布団の中へと潜り込んでしまいます。

 

(……なんだろうコレ。でも、すっごくあたたかい)

 

 まるで神藤の家で冬の間に愛用していた、真っ赤に燃える豆炭が入っている懐炉(カイロ)のような温もりでした。このまま瞳を閉じていっそ、二度と目覚めなければいいのにとまで考えたところで。

 

「…………ぐっ」

 

 もう一つ、今度は自分よりも明らかに大きな人の気配を感じます。しかしその声色は実に弱々しく、苦悶の色が滲み出ていました。

 

「…………だれ?」

「いきなり転がり込んでもうしわけないけど、少々休ませてくれないかな。……お嬢さん」

 

 半分は夢の中を漂っていた私の意識が、いっきに現実へともどされます。

 その声は、三年もの間この鬼ヶ島にいながら初めて聞く声でした。とっさに危機感を覚え、布団の中から飛び出ると。

 

 目の前には学生さんか、もしくは軍人さんらしき服装の青年がいたのです。

 

「おじさん、だれ?」

 

 現状をうまく把握できずにいる私は、先ほどと同じ質問をもう一度投げかけます。

 

「おじさんとは酷いなあ、こう見えてまだギリギリ十代なのだけど」

「…………」

「あらら、警戒させちゃったかな。まあ、無理もない」

 

 そう、この青年が言うとおり無理もありません。いきなり自分の部屋で、見知らぬ男が侵入してきただけでも十二分に怪しいです。しかもそれに輪をかけて、青年の腰にささっている刀の気持ち悪いことといったらもう。

 上弦の鬼すらてんてこ舞いにさせる私を恐怖させるとは、絶対にそんじょそこらの剣士じゃありません。

 

「これで聞くの三回目だよ。あなた、だれ!?」

 

 私は部屋の隅っこで最大限の警戒を維持しつつ、再三問いかけます。すると青年は、ようやく重い口を開きました。

 

「じゃあ、自己紹介させてもらおうかな。私の名は、炭十郎。ある鬼を求めてここまで迷い込んでしまった、うだつの上がらない落ちぶれ剣士だよ。お嬢さんは知らないかな? …………という名の鬼を――」

 

 最後の言葉は小さすぎてうまく聞こえません。ですがこの出会いが、停滞し続けた私の二年間を終わらせてくれました。

 

 読者の皆様なら、良くご存知ですよね。

 そう。この青年は他でもない、私の未来の旦那様となる竈門炭治郎君のお父君。

 

 竈門炭十郎さん、その人だったのです。

 

 

 ◇

 

 

「びっくりすることを言うだけ言って、ばったり倒れちゃった……」

 

 一組しかない、私の寝床を明け渡して寝かせてあげて。

 更には水場から汲んできた水で手拭いを濡らして、私は突然現れた侵入者の額にそっとのせてあげます。

 

 やせ細った外見どおり、青年はひどく衰弱しているようでした。

 それなのに鬼ヶ島(むげんじょう)の最奥にある父の屋敷に潜り込むとは、元気があるんだか無いんだかサッパリです。

 

 しかも私の鋭敏な感覚は、この青年の正体を見破っていました。

 

「……この人、にんげんだ」

 

 どう考えても異常事態です。なぜならこの鬼ヶ島は文字通り、鬼の島。決して人間が居てはならぬ場所なのです。

 

「どうしよう、誰かに知らせる? でもそんなことをしたらこの人は……」

 

 私とてもう六歳、精神年齢でいえば十歳ほど。さすがに鬼と人間の関係はきちんと理解していますし、もし私以外の鬼に見つかったら彼の命はないことも承知しております。

 

「でも、ぎゃくに……」

 

 このお兄さんは誰かを探しに来たと言っていました。その目的は分かりませんが、もし私がかくまったりしたことがバレたら、

 

鬼ヶ島(ここ)にも久遠の居場所がなくなっちゃう……」

 

 究極の選択でした。

 自分の立場を安泰にするために、この人間のお兄さんを見殺しにするか。

 私の心に残る人の心を消し去らぬためにお兄さんをかくまい、鬼を裏切るのか。

 

「どうしよう、わかんない。…………くおん、わかんないよぉ」

 

 心の弱りきった当時の私には、どちらも選ぶ勇気がありません。

 ならば、他の誰かに助けを求めるほかなかったのです。

 

 

 

 

 

「……でんでんまる、でんでんまるぅ!」

「はっ、お呼びでございますか。おひいさ、ま!?」

 

 私は小鳥の鳴き声のように弱々しく、この鬼ヶ島での数少ない理解者に助けを求めます。しかし彼とてこの異常事態には驚かざるをえません。

 何しろ、己が主君一人しかいないはずの部屋に見知らぬ男が寝ているのです。勝手に私の父代わりを自任するデンデン丸にとっては許しがたい暴挙でした。

 

「おのれっ、どこから忍び込んだか。この、にんげ――――」

「まって。まって、でんでんまる!」

 

 デンデン丸の反応は鬼ヶ島に住む鬼として、ごく当然のものです。この物語をお読みの皆様で例えるならば、帰宅した家の中に野生の熊がいたとでも考えていただければ良いでしょう。

 つまりは、生まれながらの敵対関係。檻の中にでも閉じ込めておかねば、到底安心できぬほどの恐怖感。

 しかして想定外の侵入者は、決して彼だけではありません。

 

「この人間だけじゃないの……、これ」

 

 私の着物の合わせ目から、ぴょこんと頭と出したのは一匹の猫。どうやら最近膨らみ始めた私の胸が大のお気に入りみたいです。

 

 みゃー。

 

「猫、ですか。これまたどこから迷い込んだのやら」

「うん、事情を聞こうにも、元気ないみたいだし。ねえ、でんでんまる」

「ええ、おひいさまが何をおっしゃりたいかは、言わずとも理解しておりますぞ小生は。ですが……」

 

 もう二年も私の家来兼世話役を続けている彼です。こんな時の私が何を言うかなど、聞くまでも無いといったところでしょうか。

 

「おひいさまのお優しさが尊いものだと、当然のごとく小生とて理解しておりますが……。ですがそれでも言わせて頂きたい、処分すべきです」

 

 デンデン丸の口から予想どおりの言葉がでてきます。

 鬼と人間は決して理解しあうことなどない。支配し、支配されることはあれど、対等の立場で親愛を育むことはありえない。

 

 そもそも孤高に生きる鬼にとって、親愛などというものは惰弱の象徴なのです。人間は弱いからこそ、情というもので徒党を組むのですから。

 理屈は理解しています。二年前、自分がどうしようもなく鬼なのだと痛感した私なら尚更です。

 

 ……でも、私は――――。

 

「ごめん、でんでんまる。これは私達だけの秘密、いい?」

 

 半分は人間であることを、あきらめたくない。

 

「……御意。おひいさまのお部屋ならば小生や泥穀以外の鬼は近寄らないでしょう。この人間も衰弱しているようですしな。しかし――」

 

 しかし、なんて言わなくてもいい。

 

 わかってる、分かってるから。

 

「……分かってる。私が鬼だってこの人が気づいて、敵意を向けられたなら。

 私は容赦しないよ。この爪で、あの細い首を――真っ二つに切り裂く」

 

 これは偽りの宣誓でした。

 心底私を想ってくれるデンデン丸を心配させないための、偽りの言葉。

 

 本音で言うなら、まだまだ私の心は殺生を受け入れられずにいます。そんな優柔不断さが、私の心に人の温もりを思い出させてくれるなど。

 

 この時はまさか、考えもしなかったのです。




 最後までお読み頂き有難う御座いました。
 第二章の開幕です。そしてなんと、竈門兄妹の父である炭十郎パパが登場してくださいました。
 彼と久遠の物語はどうなってゆくのか、今後の更新をお待ちください。

 
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