神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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突然のゲリラ投稿。
※6000文字ありますので時間のある時にどうぞ。


第2話「新しい命」

「おひいさまにもお教えしたはずですぞ。この者は鬼殺隊士、我ら鬼の宿敵でありまする。その腰にある、おぞましい日輪刀が何よりの証拠。ソイツでひとたび首を斬られれば、例えおひいさまとてただでは済みませぬ!」

 

 とは半天狗お爺ちゃんや堕姫お姉ちゃんに代わって、私のお目付け役となった鼓鬼:響凱(きょうがい)ことデンデン丸。

 

「俺もオススメしねえ。鬼殺隊ってのは鬼に対する憎悪で飯を食っているような連中だ。……ほぼ間違いなく罠。もしそうじゃなかったとしても、よほどの変人に違いねえ」

 

 と同意するのは、この無限城に来て二年間の間に色々と経験したらしい沼鬼:泥穀(でいこく)ことドロ助。

 二人の心配はごもっとも、至極当然すぎる意見です。でも、私はこの一匹と一人をどうしても見捨てたくはありませんでした。

 もし今、ここで見捨ててしまえば。私は今度こそ、間違いなく鬼の心に支配されてしまうでしょう。そうなってしまえばもう、人の世に帰る希望さえ消えうせてしまいます。

 

 私の必死な説得の甲斐もあり、なんとか一人と一匹との奇妙な同居生活がはじまりました。

 確かにこの無限城(おにがしま)で人間を、しかも鬼殺隊士をかくまうなど前代未聞の珍事にほかなりません。ですが今の私の状況は、そういう意味では好都合でした。

 なぜなら、これまでワガママの限りをつくした私は今。これまでの報いとばかりに、ほとんどの鬼に恐れられ……孤立していたのです。

 

 

 

 

 

「猫の手も借りたいほど忙しい、なんていうけど。ぷにぷにの肉球を楽しむぐらいしか役に立たないの」

 

 覚えたばかりの言葉をこれ見よがしに口にして、つんつん。

 

「みぃ?」

「お前は食べて寝るだけなんだから、せめてお母さんに肉球をつんつんさせろなの」

 

 これまでの自分を棚にあげて、ぶつくさと文句を言いつつも。胸の中で惰眠をむさぼる猫をかまいながら、ぷにぷに。

 

 炭十郎と名乗った青年への看護は続いていました。なんとまあ、私は六歳にして猫と青年のお世話をする「お母さん」なのです。

 とは言っても出来る事は限られていました。とりあえずは寝床を貸し、安静にさせるぐらいのことしかできません。二年前の家出劇で出会った鬼女医の珠世先生ならばともかく、この私に医療の知識などあろうはずもなく。

 

「ミィッ!」

「めっ、これはこの人の食べる果物なの! お前のご飯はこっちだよ」

 

 くわえて、食べなければ生きていけないのは万物に共通した(ことわり)です。

 私のために用意された食事をより分け、一人と一匹へ分け与える。もともと私はご飯を沢山たべる方だったので、一人分と言っても量は多めです。それでも一食分を三等分するのですから、量的に満足できるはずもありません。

 

 更に言えば、一人と一匹はたいそうな偏食家でもあったのです。 

 

「……ごちそうさま。いつもすまないね、久遠ちゃん」

 

 体調がまだまだなのか、元からなのか。男のくせに小食すぎる青年は、消化の良い果物をゆっくりと何度も咀嚼(そしゃく)して飲み込み、いつも申し訳なさそうに食事を終えます。対して私は「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」とはかえしてあげません。

 私の朝昼晩の食事には、肉の他にも果物や菓子といった甘味もならびます。これらは私にとっても楽しみなオヤツだったのですが、今や「お肉」が食べられない一人と一匹にとっての貴重な栄養源となっていました。

 

「私の部屋で死なれても迷惑なの。ただ、それだけなんだからっ!」

 

 そんな青年の感謝を、私は嬉しさ半分、照れ隠し半分で跳ねつけます。

 実を言えば、私だってなぜこんなにも甲斐甲斐しくお世話をしているのか良く分かりません。人間なんて助けちゃって、下手をすればこの鬼ヶ島からも居場所を無くしかねないのに。

 父の子として、他の誰よりも力を持って生まれた私は、何よりも孤独を恐れていました。

 

 鬼の世界は単純明快。強ければ正義で、弱いこと自体が悪。

 なら鬼舞辻 無惨の娘であり、上弦の鬼さえも手玉にとる私は、間違いなく正義の人なのでしょう。

 しかして、私の半身たる人の部分はそんな鬼の法則を頑なに拒絶しています。

 

 他の何よりも、今の私は。

「温もり」というものを切望していたのです。

 冷たい鬼の肌ではない、青年や猫が持つ暖かさを求めて彷徨い。今思えば、私はこの青年を救うことで「暖かく人間らしい自分」でいたかったのかもしれません。

 

 たとえそれが、一時的な。

 

 錯覚でしかなかったとしても。

 

 

 ◇

 

 

 そんな生活がまたしばらく続き。何時しか青年は、何時までもタダ飯を頂くわけにはいかぬと、私にいろんな知識を教えてくれる先生となっていました。

 二年前の家出を除けば、私は神藤の神社と鬼ヶ島での生活しか知りません。日本と言う国、そして世の中の広さをこの時、初めて青年から教わったのです。

 

 それに加え、人間として当たり前に持っているはずの一般常識をも含めて。

 ようやく布団から上半身を起こせるようになった青年は、足元の掛け布団に寝転んだ私へ優しく語り掛けてくれます。

 

「……しきぃ?」

「そう、四季。春には桜が舞い吹き、夏には太陽がジリジリと照りつけ、秋には色とりどりの紅葉と果実がなり、冬には真っ白な雪が銀世界を作り出す。

 人はね、その四季それぞれに感謝と畏怖の念を抱きながら生きるんだ。決して自然の理に逆らっちゃあ、いけない。一人の人間に与えられた力なんて、本当にちっぽけな、限りあるものなんだから」

 

 青年の話はとても新鮮で、私は食いつくように聞き入っていました。

 この鬼ヶ島(むげんじょう)に四季はありません。そもそも屋外という概念も、昼と夜という変化すらありません。

 それゆえに私は二年前の家出劇にて暴れまわった時、季節は夏真っ盛りであるという事実さえも認識していなかったのです。

 

「たんじゅうろうには、お嫁さんがいるの?」

 

 話は盛り上がり、青年の身の上話にまで発展しておりました。

 

「うん、他にも炭治郎っていう長男と禰豆子という長女がいてね。ひとつ季節が移り変わればもう一人、弟か妹が生まれる予定なんだ」

 

 家族の話をする青年はとっても楽しそうで、それでいて幸せそうでした。そしてこのお話を聞いて、私は初めて炭治郎君と禰豆子ちゃんの存在を知ったのです。この時は炭治郎君が四歳で、禰豆子ちゃんが三歳の頃でしょうか。これから生まれ出るのは次男の竹雄君ですね。

 

 

 ここまで語れば、もう皆さんお分かりでしょう。これより十一年もの先の未来に、浅草へ来た兄妹へ私が声をかけたのは、偶然なんかじゃあありません。この時点でもう私と炭治郎君は、運命の赤い糸で繋がっていたということです♪

 

 うむ、そうに違いありません。こうなれば青年という一人称もやめて、炭十郎パパ(おとうさん)とでも呼びましょうかっ!

 やがて炭治郎君と私はこの先の未来においては互いの愛を誓い合って夫婦となり、鬼と人間の垣根を越えた最初の偉人として後世の歴史書に名をきざむのです。鬼舞辻久遠でも、神藤久遠でもない。そう、竈門久遠としてっ!! 竈門夫人でもいいですねぇ、キュリー夫人みたいで偉人感が半端ないです。

 そこ、竈門久遠は語呂が悪いとか言わない! この程度の困難に私達の愛は負けませんよ!! そしていずれ、二人の間に愛の結晶が育まれるのです。それが男の子と女の子の双子で鬼の血と人間の血をひく第二世代ということでそれはそれは特異な能力を――――(以降十分ほど、暴走した久遠さんによる家族計画が続く)。

 

 ――――――――――――――――。。。。。

 

 ――えっ、満足したかって? まだまだ序盤ですし、それこそ一昼夜は語れそうですけど。ちゃんと書きとめてますか、響凱。異種族恋愛物語として本にまとめて売り出せば、大評判間違いなしですよ?

 ……むう、仕方ありませんね。なぜか進行管理役の響凱が泣きそうなので、そろそろ物語を進めましょうか。

 

 

 青年の話は現実ではありますが、まるで御伽噺(おとぎばなし)のようでもありました。

 それも私が想い描いた桃太郎のような英雄譚ではなく、平凡な家族が普通に幸せな生活を送る日常譚です。他の子が聞くなら日常と変わり映えのない、つまらない物語と切り捨てたでしょう。ですが私にとって人の世のお話は、荒んだ心に温もりを与えてくれました。

 

 会話のできる相手が居るというのは有りがたいものです。

 それまでふさぎ気味だった私の心も、次第に開いてゆき――。

 

 ――本当に、楽しいひと時でした。まるで、まるで神藤のお寺に居た時のように。あまねお姉ちゃんに絵本を読んでもらっているかのように。

 

 ――人間の温もりというものを、思い出したような気がして――。

 

 私は久しぶりに半人半鬼なこの身体にも、確かに人間の血が流れているのだと実感できたのです。

 

 

 

 そんな平穏きわまる生活が続いた、ある日。

 事件は発端は、意外なところから始まりました。

 

 ……みぃ、みぃ、みぃ。

 

「ねこ、起き上がらないのなんで? それに、ぷっくりとお腹が膨らんでるよ!」

 

 朝から猫の悲しそうな鳴き声で起こされたかと思えば、どうやら寝床から動けなくなったようでした。いえ、動けないというよりも動きたくないといった感じです。

 原因が分からない私は、こめかみからじっとりとした汗が垂れ落ちるのを実感しました。そういえばここ最近、私の胸の中に潜り込もうともしてきませんでしたし。

 私の脳内に、一つの悲観的な考えが駆け巡ります。

 

 もしかして、これが人間がかかるという「病気」というものなのかと。

 

 私は生まれてこのかた、病気というものにかかったことがありません。

 神藤の実家に居た頃も身体が弱いというふれこみでしたが、それは日の光に当たれないという一点のみでのこと。風邪にすらかかったことはありません。

 それはもちろん、私の身体に流れる原初の血のおかげ。というかそもそも、鬼はたかが病原菌程度には負けません。

 ずるすぎる? ええ、まったくもってその通り。これだけでも人間からすれば垂涎(すいぜん)(まと)でしょう。

 

 なにしろ人間の死因における殆どは病によるものです。

 特にこの明治の世において、老衰による大往生などほとんどありえません。第一位の死因は消化器諸病で全体の二割を占め、次いで全身病や神経系諸病、呼吸器諸病や小児病と続きます。

 

 ですが、本当に幸せなのはどちらでしょうか。

 確かに病にかからないという鬼の特性は何物にも変えがたい天啓です。ですがその代わり、鬼は生きるために殺し合いをしなければならない生き物でもあります。

 生きる為に争う、喰らうために戦うように宿命づけられた鬼達は、布団の中で死ぬことなど許されません。野生の掟に従い、生きるなら喰らい、死ぬなら喰われる。倫理的に言えば、おおよそ人間らしい生き様とは言えません。

 

 そんな弱肉強食の戦いを宿命づけられた私達にとって、目の前にあるか弱い命は取るに足らないものであるはずでした。

 ですがそれは逆に、私の感情へ恐怖を刻み込むものだったのです。

 

「どうしよう、どうしようどうしよう……っ! 助けないと、どうにかして、猫を助けないとっ!!」

 

 顔面に冷や汗を浮かべながら、私はその場を歩き待ってうろたえます。

 思わず伸ばした手は、猫の毛に触れる直前でビクリと止まりました。

 

 助けたい、でも触れない。

 

 もとより片手でひねり殺せそうな猫が今は、指でこづいただけでどうにかなりそうな弱々しさです。鬼の血を引く私が触れようものなら、簡単に潰れてしまうような気がしてなりません。

 私は救いの手を求めました。

 そしてそれは、もう一人の病人と言っても過言ではない人物から差し伸べられたのです。

 

「……たんじゅうろう?」

「安静にしていれば大丈夫だよ。……おめでた、だ」

 

 やさしく猫のお腹を撫でる青年は、私とは正反対で仏のような笑顔を浮かべていました。

 逆に私はその言葉が理解できず、ポカンとしてしまいます。

 

「おめでた?」

「そうだよ、この子はもうすぐお母さんになるんだ。赤ちゃんが、生まれるんだよ」

「ふぇ? ってことは久遠、お祖母ちゃんになるの!?」

 

 狼狽するのも無理はありません。

 一匹と一人のお母さんを自任していた私は、悲しくも嬉しくも。若干六歳にして突如、孫が出来てしまったのです!

 

 

 ◇

 

 

「あわわ、あわわ……。赤ちゃんが生まれる準備って何するの? どうするの!??」

 

 事実を知ったお祖母ちゃん(わたし)の狼狽ぶりは、先ほどに輪をかけてそれはそれは酷いものでした。

 若干六歳である当時の私に、出産の難しさなど理解できるはずがありません。ですがこの母猫にとっての一大事だということだけは理解できます。

 自分のお部屋であっちに行ってはウロウロ、こっちに行ってはうろうろ。私の無意味な行動は止まりません。

 

「そこまで慌てなくても大丈夫。久遠ちゃんはただ、出産に最適な柔らかい寝床を用意してあげるだけで良い」

 

 さすがに挙動不審が過ぎたのか、苦笑しながらも青年が声をかけてくれます。二児の父だけあって、出産の対応には手慣れているようです。

 

「ほんと?」

「本当だよ。野生動物は自らの力だけで子孫を残せるんだ、人間とは違って産婆さんも不要だしね」

 

 お母さん猫の陣痛はすでに始まっていました。

 私が慌てて用意した寝床にうずくまったまま身体を振るわせ、あらたな命を誕生させるべく奮闘しています。

 時間にするなら、半日も過ぎていないでしょう。ですが猫のそばで見守るしかない私にとっては、永遠にも思えるほどの長さでした。ただ心の中で「がんばれ、がんばれっ」とお母さん猫を励ますくらいしかできません。

 

 それゆえに赤ちゃん猫の産声を五匹分すべて聞き届けた時には歓喜よりも、安心感と脱力感のほうが強かったように思います。

 ミィミィと、お母さん猫のお乳を探す赤ちゃん猫達はどうしようもなく弱々しく、同時に力強い生命力がみなぎっていました。青年はそのうちの一匹を宝物のように優しく持ち上げると、私の顔の前へもってきます。

 

「これが、生命の誕生というものだよ。触ってごらん?」

 

 しかして親猫の時以上のか弱い存在に触れる決心が、なかなかつきません。もし鬼の力を持つ自分が力加減を間違えたらと思うと、振るえが止まらないのです。

 

「……でも」

「だいじょうぶ。命というものは、久遠ちゃんが考えているほどか弱くも、はかなくもない。むしろその生きる意志には敬服するほかないものだよ」

 

 おそるおそる、毛のみを触れるかのように。私は細心の注意を自分に課しながら、指先で、まだ瞳も開かない赤ちゃん猫をなでてみました。その温もりは、お母さん猫に触れた時以上の温もりと、柔らかさをもっています。

 

「あったかい……」

 

 いつのまにか、振るえは止まっていました。

 続いて手の平にちょこんと乗せた命はまだまだ弱々しく、誰かの助けがなければ消し飛んでしまうかのようです。だからこそ守らねばならぬと思い、人は赤子に庇護欲を感じるのかもしれません。

 

 瞳をキラキラと輝かせながら、生まれたばかりの赤ちゃんを見つめる私を見守りながら。お父さん、竈門炭十郎は複雑そうな笑顔を浮かべてしました。

 

「そう、それこそが。……どの生き物でも持っている、愛情という名の温もりなんだ。久遠ちゃん、それはやはり、君にだって――」

 

 赤ちゃん猫に夢中だった私は、彼の心が揺らぐ機微に気づきません。

 

 私が鬼と人の狭間で思い悩んでいるように、鬼狩りの青年もまた。

 鬼を斬り刻まなければならぬ運命に、これ以上なく疲れ果てていたのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 殺伐としたこの物語の中で、少しでもほんわりして頂ければ私の勝利(?)です。
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