神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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二日連続ゲリラ投稿、今回も長いです。
活動報告も書いてるので覗いてみてねっ!


第3話「その命は誰のせいでもなく」

 鬼ヶ島に迷い込んだ猫が、無事に出産を終えてからしばらく。

 ――みぃ、みぃ、みぃ、みぃ。

 ようやく目が開いたばかりの子猫達も、どうやら私を二人目のお母さんだと思いこんでくれたようです。

 

「あはは、私の指からお乳は出ないよぉ」

 

 指を出せば、小さな舌がお乳を求めてペロペロしてきて。

 五匹の子猫達は元気にお母さん猫から母乳をもらい、元気にすくすくと育ってゆく。

 

 かに、思われました。

 

 無限城でこのような幸せに満ちた光景など、決して長続きはしません。

 ここは所詮、鬼の住む鬼ヶ島。鬼が生きる世界です。此処での生活に慣れきってしまった私は、知らず知らずのうちに一人と一匹にかけている負担に気づけずにいた――

 

 

 

 ――そんなある日の、ある朝。

 何時もとは違う調子での鳴き声で、猫は私を目覚めさせました。

 

「む~~、どうしたのぉ?」

 

 枕のすぐ隣には竹で編まれた簡素な作りの寝床があり、私は眠い眼を擦りながら中を覗き込みます。するとそこには、必死にお母さんの胸に吸い付く五匹の子猫と、それにピクリとも反応しない母猫の姿があったのです。

 

「えっ、……うそ」

 

 このお母さん猫に何があったのか、私にはまったくもって理解できません。そして五匹の子猫は、私が見ぬ間にすっかりやせ細っていました。

 

 当時の私には分かりませんでしたが、もし珠世先生が診たのなら、隔たった食事による栄養失調が原因だと断言するでしょう。

 この鬼ヶ島で私が分け与えられる食事はお菓子や、果物のみ。身体の成長に必要な、動物性たんぱく質が圧倒的に不足しています。

 皆様の時代であれば、栄養配分を十分に考えられたキャットフードなる完全栄養食があるのですよね。しかして明治の時代において、ペットに与える食事などは食べ残しの残飯が普通です。ですが私の食事では、その残飯さえも分けてあげることができません。

 同じ理由で、青年にも分けてあげることができません。

 

 それがどうしてなのか、私は知りません。青年が、自分にも猫にも与えぬよう拒否していたのです。

 ですが皆様なら、薄々気づかれているでしょう。

 

 私の食事に使われているお肉には――。

 

 

 

 ――鬼にとっての完全栄養食である、人肉が用いられていることに。

 

 

 

 昔の人々は、人肉喰らいを当然の禁忌として戒めてきました。

 それは倫理的な意味も当然あります。ですがそれ以上に、幾度もの飢餓をへて人肉が人体へ重度の病をもたらすと知っていたからです。

 しかしてその要因は不明のまま。ただ料理の中に含まれた肉だけを取り除けばよいという話ではありません。染み出した肉汁が毒の可能性だって十分にありえます。

 その事実を察していたらしい青年は、自分や猫に肉を含んだ料理を望みませんでした。

 

 でも、青年ではなく、猫なら。この栄養が足りなくて死の淵をさ迷っているお母さん猫なら、神様も、許してくれるのでしょうか?

 

「久遠ちゃんは、響凱さんから朝ごはんをもらってきてくれるかい?」

「……たんじゅうろう。なに、するの?」

 

 まだまだ体力が回復しきれていないはずの青年が立ち上がり、お母さん猫へと近づいてゆきます。

 

「気づいているだろうけど、お母さん猫はご飯が足りないんだ。普段であれば耐えられる栄養状態であっても、出産を経て母乳を出さなきゃならないとなれば、今の量ではとても足りない」

「……お肉が、ひつようなんだよね? どうして、たんじゅうろうもネコも、これまで全然食べてくれなかったの?」

「…………」

 

 これまで美味しく頂いていた料理に、青年の体と同じ肉が使われているなど私は夢にも思いません。だからこそ、青年は確とした答えを返せずにいました。それは当然と言えば当然すぎる反応でしょう。

 たとえ猫でも大切な家族に変わりなく、自分の体とおなじ肉を与えたくはありません。しかし今は母猫と五匹の子猫の命がかかっています。

 

 迷っている暇は、ありませんでした。

 

 青年は無言で私が持ってきたお皿を手に取り、指先程度の肉片を一つ、箸でつまみあげました。

 それをそっと、お母さん猫の口元にまで運んでゆきます。

 

 ですが――。

 

「食べてくれない、なんで!?」

 

 お母さん猫は鼻でくんくんと臭いを嗅ぐも、口を開いてくれません。その原因が分からず混乱する私でしたが、青年は見当が着いているようです。

 

「肉を食べる力さえない、……予想以上に衰弱している。しかも、私では警戒させてしまうのか?」

 

 独り言のようにブツブツと現状の把握に努める表情は、これまで私が見た事もないほどに厳しく。

 残る手段は一つだけと、結論づけたようです。

 

 そして実行できるのも、一人だけ。

 

「――久遠ちゃん」

「ふえっ!?」

 

 青年の声に、私の肩はビクリと跳ねました。

 

「今、この子達を救えるのは久遠ちゃんしかいない。この子猫達とお母さん猫、どちらのお母さんでもある君だけがお肉をあげられる」

「くおん、だけ」

 

 私は青年から箸を受け取ると、お皿からお肉を一つ、お母さん猫の口元へと運びます。

 

「お願い……たべて、ねこ!」

 

 私の言葉を理解したのか、再び鼻でくんくんしたお母さん猫はゆっくりと口を開けました。しかして噛むまでに至らず、ポロリとお肉を零してしまいます。

 

 ……ならばっ!

 

「――ん。んぐ、……むぐ」

「久遠ちゃん?」

 

 私の突然の行動に、青年は驚いているようでした。

 お母さん猫にあげるはずのお肉を、私は自分の口へと放り込み。飲み込まないように注意しながら、何十回と噛みしめます。

 お母さん猫はもうお肉を噛み砕く力も残っていません。なら、飲み込むだけで良いようにしてあげなくてはっ。

 

「――――ん、れろ……」

 

 どろり、と私の口からお母さん猫の口へ。

 固形物か流動物となったお肉を少しだけ垂れ落とします。

 これが最後の希望でした。明治の世に点滴などという便利な医療道具はありません。生きたければ、自力で食べて栄養を取らねばなりません。

 

(おねがいっ、食べて……!)

 

 生まれて初めて、私は神様という存在へ祈りを捧げました。

 

 心から。

 

 私の大切な家族を、どうか天上へ連れていかないで――と。

 

 

 

 

 

 …………チロリ。

 私の願いを、神様は聞き遂げてくれました。

 チロリと小さな舌が伸び。少しずつ、本当に少しずつではありますがお母さん猫は肉を口に含み、コクリと喉を動かしてくれます。

 私の判断は間違っていませんでした。鬼の血を引く私が、命を断つのではなく。逆にか弱い命を救ったのです。

 私はその事実に喝采の声を張り上げます。

 

「食べた、食べてくれた。ねえ、たんじゅうろうも見たっ!?」

「ああ、私も見たよ。たしかに、食べてくれた。久遠お母さんのおかげだね」

 

 すると青年の大きな手が、なでなでと私の頭を撫でて祝福してくれます。

 この瞬間、間違いなく私達は親子でした。ちょっと乱暴で、でも優しいその感触に。私はどうしようもなく父性を感じてしまって。

 

「……お父さん」

 

 くたびれた着物の(すそ)をぎゅっと握って。

 私はそう、呟いていました。

 

「……もしかして、そのお父さんって。……私のことかい?」

「………………いや?」

 

 突然のお父さん宣言に、青年は少しだけ困った顔を浮かべました。

 もし嫌などと言われていたら、私はこの場で盛大に泣き叫んでいたかもしれません。ですが炭十郎パパは優しいのです。

 私の身体をぎゅっと抱きしめ、耳元で優しく囁いてくれました。

 

「イヤじゃないよ。こんな可愛い長女が出来るとは、さすがの私も想像できなかったなあ」

 

 というわけでこれより先は正式に、炭十郎さんのことを「青年」ではなく「炭十郎パパ」とよびますね。

 これで私は正式に竈門家の義娘(ぎじょう)となり、禰豆子ちゃんのお姉さんにもなったです。まあ、私は炭治郎お兄さんのお嫁さんですから、どちらにせよお姉さんにはなるんですけどね、禰豆子ちゃん。

 

 

 ◇

 

 

 お肉を食べてくれたといっても、まだまだ予断を許さない日々は続き。私は寝る間も惜しんで、必死にお母さん猫の看病にあたりました。

 その甲斐もあってか数日後、お母さん猫は自分でお肉を食べられるほどにまで回復し、無事にお乳も出るようになってくれたのです。

 今ではお母さん猫の胸の中で、五匹の子猫達がお腹一杯で満足そうに眠っています。そしてそんな猫達の横で見守るのは、お母さん猫のお母さんであるこの鬼舞辻久遠です。

 私は確かにこの猫達の命を救ったのだと、とても誇らしい気分でいっぱいでした。……じゃあお婆ちゃんじゃんとか言ったら、ぬっころしますよ?

 

 そして猫達と同調するように、炭十郎パパの顔色も少しづつよくなってきて。

 

 私は同じ過ちを繰り返してしまいます。いえ、今になって考えても避けようのない事態でした。

 

 ここは無限城(おにがしま)

 鬼の楽園であると同時に、人間にとっては地獄でもある、その理不尽さとは関係なく。

 

 私達は、

 決して全ての命が祝福されるわけでもない、自然界の厳しすぎる(おきて)の中で生きているのだと思い知らされるのです。

 

 

 

 

 

 そんな事はつゆ知らず、それからの一月は、全てが順風満帆。もはや我が前に立ち塞がる障害もなし! な勢いでした。

 優しいお父さんが傍にいて、五匹の可愛い子猫達(こどもたち)も幸せそうです。

 

 お母さん猫のお乳をゴクゴクと飲んで、

 

 すくすくと育って……、

 

 え――――?

 

 

 

 

 異常、

 

 いえ、これは異常と言えるのでしょうか。それともコレが、自然そのものの姿だとでも言うのでしょうか。

 

 それは、当然と言えば当然すぎる結果と言えました。

 お母さん猫が持つおっぱいの数は個体差があります。普通で八個、もしくは六個~十二個が相場だそうで、なぜそこまで大きな数の差があるのかは、読み手の皆様の時代に至っても解明されていません。

 それでもハッキリしているのは「心臓に近いおっぱいほど母乳の出が良い」という一点のみです。

 お母さん猫のお腹から出てきた時には、もうすでに厳しい生存競争は始まっています。それは同じ母から生まれた兄妹の間でも変わりません。

 

 兄妹の中で誰が一番多くの母乳を飲み、大きく頑丈な身体を手に入れられるか。

 そこに勝者と敗者はいれども、善と悪は存在しません。生まれでたからには全ての命が、長く生きたいと思うのは当たり前すぎることです。

 

「強い者が生き、弱い者が死ぬ」

 

 それを罪悪だと断ずる傲慢は、人間にしか持ち得ないものなのですから。

 

 

 これはおそらく、父方の血なのか。

 三毛猫のお母さんから生まれた五匹の子猫は、そのまま三毛柄な子が三匹に真っ黒な子が一匹、そして最後の子猫は真っ白な体毛に包まれています。

 もはや序列は形成されてしまったようでした。黒い子猫が一番心臓に近いおっぱいを確保し、間に三毛の三匹。そして白い子猫はもはや、お母さん猫の後ろ足に密着するような位置にいます。

 当然、お乳の出が良いわけもなく。その大きさは、黒子猫の半分ほどしかありません。

 

「ほらっ、クロが飲み終わったよ。こっちにきなよシロぉ!」

 

 お腹一杯、もう入りませんとばかりに満足した黒子猫が離れると、私は白子猫を出の良い場所に移動させてあげます。ですがシロは、けっしてクロのくわえたおっぱいを口にしようとはしません。それどころか、元の出の悪いおっぱいへと戻ってしまいます。

 

「なんで!?」

 

 私は困惑の声をあげました。ですが後ろで見守る炭十郎パパは、やはりそうかとばかりに頷きます。

 

「これが野生の本能なんだよ久遠。弱者が強者の位置を奪おうとするなら、戦いに勝たなくてはならない。それは本当に命掛けで、弱者が一番最初に学ぶべきは…… 理不尽に耐えることなんだ」

 

 弱者ならば弱者らしく、身の程をわきまえて生きろ。つまりはそう言うことなのでしょう。私が納得するしないに関わらず、種の保存とは強者の保存でもあるのです。

 

 それを非道だと非難する生き物など、この地上で人間だけ――。

 

「お父さん、このままじゃシロは……」

「……うん、自然界に出て行った時に淘汰されるだろうね」

 

 炭十郎パパはワザと難しい言葉を使い、誤魔化そうとしてきます。ですが私は自分の予想が肯定されたと判断しました。

 

 このままじゃ、シロが死んでしまう。

 

 急がねばなりません。

 幸い、すでにお母さんの母乳から離乳食に移る時期でもありました。これまで食べられなかったのなら、これから食べれば良いのです。

 

 他の猫達に負けないくらい、たくさん!

 

「待っててね。今、久遠お母さんが食べ物をもってくるから」

 

 決めたからには即行動、これもまた実に当時の私らしい判断です。

 

「ドロ助、デンデン丸っ!」

 

 迷いなく、私は腹心の家来の名を叫びます。

 

「小生らは御身のそばに」

「まったく、アンタに仕えてると退屈しないよな」

 

 二年前の家出劇以降、この二人は私の専属。それは他の誰でもない、私の決定です。

 

「無駄話は後でゆっくりね。……デンデン丸、私が毎日たべている食事は『どこで作られているの?』」

 

 お母さん猫のように私が咀嚼して食べさせることはできません。あれは大人の猫だからできたやり方です。このシロには、キチンと調理した離乳食が必要でした。

 

「…………」

 

 主人である私の問いに対して、二人は無言でした。つまりはそこに、見せたくない「何か」があるということです。

 

「答えて」

「おそれながら、おひいさまの行かれる場所には相応しくないかと小生は愚考いたしまする」

 

 驚きました。あのデンデン丸が、私の命令を拒否したのです。

 

「毎日のように私の口に入る食べ物を作っているにも関わらず、不浄な場所だというの?」

「……御意」

「教えなさいっ!」

「…………お許しをっ」

「でんでんまるっ!!」

 

 時は一刻を争います。前回のお母さん猫と同じように、シロはもう栄養失調の兆候が出始めていました。緊急ではありませんが、このままでは手遅れになりかねません。

 

「響凱殿、私からもお願い致します。今、この子猫を見殺しにしては久遠の心に傷がつきましょう」

 

 後ろから、炭十郎パパの援護射撃です。ですがそれは、デンデン丸の怒りを買うものでした。

 

「これまで好き勝手させていたからと、自惚れるな人間。貴様が今生きているのは、おひいさまの寵愛あってこそだという事実を忘れるでない」

「勿論の事です。しかしこと久遠に関しての愛情は、私と響凱殿に違いはないと確信しております」

「……貴様っ!」

 

 目の前で繰り広げられる大人の喧嘩に付き合っている暇はありません。私はもう一人の情報源に頼ります。

 

「ドロ助は、知ってる?」

 

 真っ黒のお手製忍び装束を身に纏い、下手をすれば存在さえも気づかないほどに気配をけした泥穀に、私は問いました。この二年の間にもっとも成長したのは、このドロ助でしょう。もっとも、ナマイキな口調は直っていませんが。

 

「知ってるか知らねぇかで問われれば、……知ってる。だが響凱の旦那もよ、意地悪で教えないって言ってるわけじゃねえぜ? おひいさま」

「分かってる、私が食べているのはお肉だもんね」

「それだけの認識だから、連れて行きたくないんだが……。まいったねこりゃ」

 

 ドロ助もまた、ボサボサの頭をガリガリとかきながら教えてくれません。

 こうなれば強硬手段です。

 

 私は一度、聞き分けの良い振りをしたのちに。その日の深夜、二度目の家出を決行します。

 

 目指すは無限城の上層にあるという食料庫。

 私とてこの二年、ただ怠惰に時間を消費していたわけじゃありません。この無限城に関してはすくなくとも、ドコに何があるかぐらいは把握していたのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 半人半鬼の久遠をデザインした時に、まっさきに障害として脳裏に浮かんだのは「食料問題」でした。
 鬼の血を引くがゆえに、人肉を食べねばならず。人の血を引くがゆえに、人食は禁忌となる。この矛盾した問題を書かないわけにはいきません。
 この問題を解決しないかぎり、久遠さんは人間の世では生きてゆけないのです。

 さあ、久遠ちゃんはこの問題をどう乗り越えるのでしょうか? まて次号!

 ……頑張って明日も17時に更新、できるかなぁ?(不安げ
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