神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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ゲリラ投稿4日目。ここまでくるとただの毎日更新ですね。
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第5話「鬼の子」

 気づけば私は、自分の部屋がある奥殿へと戻ってきていました。

 意識が暗転する前後の記憶が曖昧で、誰かに話しかけられたような気もするのですが思い出せません。

 

 そんな曖昧な記憶とは真逆に私は、これから自分が()()()()()()()をハッキリと理解していました。

 

 もうシロのために、私ができることなど一つしかありません。

 

 私はゆっくりと、猫達の眠る箱へと近づいてゆき、

 

「……シロぉ。いま、お母さんが助けてあげるからね」

 

 ゆったりとした言葉をかけてあげます。今思い返しても慈愛に満ちていたかは分かりません。もしかしたら、悪魔の囁きに似ていたのかもしれません。

 この行為の結果、私は感謝されるのか恨まれるのかさえ分かりません。

 

 それでも、私はシロという子猫に生きていてほしい。その想いだけは本当だったと、今でも胸をはって言えます。

 

 近くにあった食器棚からナイフを取り出して、自分の指へそっと当て。

 

 ゆっくりと引き斬り。

 

 真っ赤な液体が、傷口から玉となって浮かび上がりました。

 

 見た目だけを言うなら、人間であるあまねお姉ちゃんと何ら変わらない真紅の血液。ですがこの中には私だけがもつ異分子が含まれています。

 

 私は鬼舞辻久遠。

 この世でたった一人の、人間と原初の鬼との間に生まれた混血児。

 

 一人ぼっちな私のワガママ、なのかもしれません。もしかしたら、炭十郎パパに嫌われるほど怒られてしまうかもしれません。

 

 でも、それでもシロが助かる可能性があるならと。

 私は己の血に染まった指先を、シロの口内へ刺し込んでゆきました。

 

 

 

 変化は劇的でした。

 ここまであからさまに変わるとは夢にも思いませんでした。

 

 それまで兄弟達と共にお母さんの胸の中で眠っていたシロが、真っ赤に充血した瞳を見開きます。それはまるで、私の血で染め上げたかのような色合いでした。

 

「Gaアアあ、あアアアぁあ……」

 

 これまでは何とも愛くるしかった鳴き声も、息を潜め。シロはもはや獣でさえない奇声をあげています。

 

「ほら、シロ。ご飯だよぉ……」

 

 今にも胸の中から飛び出そうなほどバクバクしている心臓を、必死になだめながら。私は他でもない、自分自身に「落ち着け」と言いきかせて。

 

(……だいじょうぶ。最初は暴れるかもしれないけど、これを食べれば大人しくなるって『あの人』が言ってたもん! だいじょうぶ、だいじょうぶったら大丈夫)

 

 念仏のように大丈夫を唱えながら、私は懐から一欠けらの肉塊を取り出します。すると、シロは私の指ごと喰らい尽くす勢いで食べ始めました。

 ですがシロは、「誰か」の助言どおり大人しくなることありません。

 

「GyAaぎゃあアアああ……!!」

「どうしたの? 苦しいの?? シロぉ!」

 

 ……やっぱり、この方法は間違っていた? 私の心は掻き乱れます。私はまた失敗してしまったのかと。大切な家族をまた、守れなかったのだろうかと。

 とっさに抱き上げ、自分の胸の中へと導こうとした私でしたが……シロの暴走は止まりませんでした。

 

 腹が減った、肉を……もっと肉を。

 そんな魂の叫びが聞こえるかのようです。だらだらとヨダレをたらし、怪しく光る真紅の爪と牙の向く先は。主犯である私ではなく、何の罪もない、シロと共に生まれた兄弟達へと向けられていました。

 

 

 ◇

 

 

 目の前の光景を、信じたくありませんでした。

 生後一ヶ月にして無理矢理鬼化させられたシロが最初にとった行動は、実に狂気的で、対する四匹の兄弟達はまだ生後一ヶ月程度。鬼化したシロから逃げられるものではありません。

 

 それからの音はもう、文字にして表現するのも憚れるほどの異音でした。

 語りたくはありません。思い出したくもありません。どこの世界に我が子が、実の兄弟を喰らうさまを言葉にできる人がいるでしょうか。

 しかしてこれは、私の罪。アイツの助言を真に受け、万が一の可能性にかけて実行してしまった私の罪です。

 

「……こんなつもりじゃない。くおんはただ、シロに元気になってもらいたかっただけなの……、に」

 

 言い訳。

 そう、こんな言葉はただの言い訳です。それでも私は口に出さずにはいられません。

 それでも口にしなければ、六歳児の心には到底受け止められぬ現実が目の前にありました。

 

 にちゃ、にちゃと。

 

 ぼき、ゴキと。

 

 閑静な私の自室に、行儀の悪い咀嚼音だけが響き渡り。私はすべての力を放棄して、呆然と見守ることしかできません。

 

 そして、ついに。

 

 兄妹達を喰らいつくしたシロの毒牙が、私の助けたお母さん猫にまで伸びようとした時。

 

 私の身体は、ようやく動いてくれたのです――。

 

「だめ、シロ。それだけは……、だめえええええええええええっ!!!」

 

 すべてはもう、手遅れにもほどがあるというのに。

 

 

 

 

 

 炭十郎パパの寝床は、当時の私の部屋から少々離れた場所に用意されていました。

 十以上年が離れているとはいえ、義理とはいえ親子の契りを交わしているとはいえ。男女同衾など、私の親代わりを自任するデンデン丸が決して許してはくれません。

 

 それが、今回だけは仇となってしまいました。

 鬼殺隊士:竈門炭十郎。これまでの歴史上決して存在することはなかった、「火柱」。

 そんな彼が、「鬼の発する血の臭い」に反応しないわけがありません。ただ致命的に、距離が離れているせいで気づくのが遅れてしまいました。

 

「――――これは、久遠の部屋からっ!??」

 

 気づいてからは光陰矢のごとし。

 素早く日輪刀を掴んで自室を飛び出すと、炭十郎パパは自分を父と慕う娘の窮地へ駆けつけます。そこがもはや、地獄と化していると覚悟をきめながら。

 

「久遠!」

 

 愛しき娘の名を叫びながら、バシンっと音をたてて開いた障子戸の先は、

 

「……お父さん、どうしよう。シロが暴れて、みんな、みんなぁ!!」

 

 鼻が曲がりそうなほどの、血の臭いが充満していました。

 そしてその臭いを作り出した犯人は今、娘の胸の中で暴れ続けています。

 

「Nyヤヤがガあガ――――っ!!」

「……………………」

 

 なんとか抜け出そうと爪を立て、牙をむいて。それでも娘は大切な我が子を離そうとはしません。もう肘から手首にかけての腕は爪に引き裂かれて血だらけになり、炭十郎パパは絶句するほかありません。

 血の流れた腕の痛みよりも、この子の身体の中で痛み続ける心が、悲鳴をあげている。

 

 それでも炭十郎パパは大人でした。今、この場でやらねばならぬ決断を、覚悟をもって行動に移せる人物です。

 

「……久遠。その子を、シロを渡すんだ」

 

 これまで聞いた事もないほど厳しい、そんな声。その声には鬼狩りの、鬼殺の隊士としての覚悟がこもっています。たとえ私が泣こうとも、未来を見据えた決断。

 

 明確な、――殺意。

 

 自分自身に向けられているわけでもないのに、私は振るえが止まりませんでした。ハッキリと分かるのです。今、シロを炭十郎パパに渡せば。この子は、死ぬ。

 

「ダメ、それだけはダメ! お父さん、シロは悪くないの。悪いのはくおん、アイツに騙されて血を飲ませちゃった久遠が悪いのっ!!」

 

 炭十郎パパは私の言葉にあった「アイツ」にピクリと反応しますが、それでも行動を曲げようとはしません。

 

「くおん」

「……いや」

「久遠っ!!」

「いやあああああああああっ!!」

 

 どこへ逃げれば良いのかも分からず、シロを抱き締めたまま駆け出します。此処じゃない何処かへ、炭十郎パパの手の届かない場所まで逃げないと。

 

 シロが、死んじゃう!

 

 私のせいで、シロが殺されちゃう!!

 

 私のせいで、炭十郎パパに家族を殺させちゃう!!!

 

 もう何も考えられない。ただ、これ以上。誰にも。

 

 死んでほしくない、 だけなのに――――。

 

 

 ◇

 

 

 少女と青年の鬼ごっこは、意外にもそれほど長くは続きませんでした。

 なぜならこの無限城は蟻地獄のように奥へいくほど狭くなり、私の住んでいた奥殿は文字通り最奥に位置する主の館です。逃げる先も隠れる先も、その選択肢は多くなく。

 そして何よりも、私が抱いているシロから漂う血の臭いが目印となっていました。

 

「やあ、竈門炭十郎。まさか無限城の奥殿にまで入り込むとは、鬼殺隊初の火柱様だね、無惨様(えもの)の首はとれたかい?」

 

 そんな私達を追う道すがら、聞きたくもない声が耳に届きました。元はといえば、炭十郎パパはこの鬼を追って無限城にまで辿り付いたのです。

 

「今回も、また貴様のしわざかっ! 上弦の弐:童磨っ!!」

 

 ゆえに、この邂逅がまったくの偶然などとは考えられません。この傾奇者(かぶきもの)は何も考えていないようで、実に計算高いことを炭十郎パパは知っていたからです。

 

「しわざって、酷いなあ。俺はただ、おひいさまに教えて差し上げただけさ。あの真っ白な子猫の命を救う方法を、ね?」

 

 ニヤニヤと笑いながらの弁明は、確信犯であることを何よりも雄弁に物語っています。

 

「鬼化させることが救いの道かっ!?」

「間違ってる? むしろ皆、なぜ鬼にならないのか俺には理解できないよ。歳を取らずに、怪我も再生し、病気にかからず、加えて超常の能力が手に入る。明らかに人間を超えた新人類じゃあないか!」

 

 童磨の言いぶりはまるで、文明開化を成し遂げた革命家のような口ぶりでした。そう、確かに鬼にはあって人間にはないものは多いです。しかし鬼となることで失ってしまうモノもまた、確かに存在するのです。

 

 それは私が猫達によせた想い、人としての温もり――。

 

 炭十郎パパは信じていました。

 人の持つ愛情こそが、鬼となって不死を得るよりも大切な宝物なのだと。

 

「久遠は人の世へ連れて行く。久遠は、私の娘は人間だ!」

「何を言う、おひいさまは我ら鬼の世の姫様だ。今回の件で、ご自分がどのような存在であるか、しっかりと理解してもらえただろうからねぇ」

 

 自分は正しいと信じて疑わない童磨の態度に、炭十郎パパは更に激高します。

 上弦の弐と、仮初の火柱との生死をかけた一騎打ち。勝敗のゆくえは誰にも分かりません。

 

 ならば、決断するのは。

 

 決断しなければならないのは。言うまでもなく、私自身の方だったのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 この章が終わるまでは毎日投稿できそうですので、もうちょっとだけお付き合いくださいね? 宜しくおねがいします。
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