神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》 作:みかみ
「よろしいですかな、おひいさま。あの白毛の子猫はもう、いつ死んでしまってもおかしくないほど衰弱しております」
……いや、死んじゃいや。
「ならば、新たに頑強な身体を用意してやらなくてはなりませんなぁ」
がんきょうな、からだ?
「おひいさまは他でもない、鬼舞辻 無惨様のご息女。ならば貴方様の血には、鬼を創造する奇跡が宿っているのもまた当ぉ然」
おにを、つくる。
「そうです。人間などよりはるかに優れた、世を支配し、治めるに相応しき種族:鬼ぃ。貴女様はこの先、多くの鬼を生み出す新世界の母となられる御方なのですぅ!」
――――氷と火。
二人の呼吸と血鬼術はまったくの正反対であるがゆえに、もしかすると惹かれあうのかもしれません。
属性も、性格も正反対。だからこそ、二人の戦いはまるで演舞のように美しい。炭十郎パパはともかく、童磨の奴を褒めるのは業腹ではありますが、そう表現するほかありません。
「楽しい、たのしいねえっ竈門炭十郎! 君もそう思わないかい? 殺し合いの中にこそ、真の悦楽があると!!」
「こんな涙と血飛沫のあふれる戦場など、できるなら二度とゴメンこうむりたいねっ!」
童磨の扇と炭十郎の黒き日輪刀がぶつかり合い、火花を散らし。
周囲は氷と火が縦横無尽に舞い、真夏と真冬がひっきりなしに移り変わってるようで、ただその場にいるだけでも体がまいってしまいます。
それは身体が決して丈夫ではない炭十郎パパなら尚更でした。
額から汗がたらりと垂れ、凍り、溶け、そしてまた垂れる。そんな氷炎地獄は炭十郎パパの体力を確実にけずってゆきます。
「最近の寝たきり生活が祟っているみたいだぁねえ。……鬼殺隊の柱ともあろう御方がなんてザマだい」
心底殺し合いが楽しくはあるが、少々相手が物足りないとばかりに童磨は溜息をもらし。それを証明するかのように炭十郎パパは地に膝をつき、息が荒く苦しそうです。
「そう思うなら……はぁ、見逃してくれないかい。君の言うとおり、鬼が至高の種族であるのなら、はぁ、弱い者イジメなんてかっこ悪いだろう?」
そんな軽口を受けても、童磨は楽しそうです。
「俺を他の馬鹿鬼と一緒にしてもらっちゃ困るね。君は最高の鬼狩りだ、どんな状況でも、どんな状態でも、どこからか勝ちの目を探し出してくる。
俺は決して、そんな君を諦めない。
ねえねぇ、……鬼になろうよ炭十郎。そしてずっと、未来永劫、俺と楽しく
「……断る。俺と久遠は鬼になどなったりはしない、――――これから先の限りある人生を、人間として生きるのだっ!!」
灼熱の黒刀と極寒の鉄扇はぶつかり合い、金切り声を上げながら、いつまでもどこまでも舞い続けます。それは、これこそが上弦と柱の一騎打ちに相応しき一幕なのだと証明しているかのようでした。
◇
そんな二人の演舞を中断に追い込んだのは、他でもない
先ほどまであれほど叫び、あばれていた子猫のシロは、私の胸の中でもはや鳴き声一つ発しません。
「どうまぁ……、お父さん…………」
代わりにシロのシッポを伝って垂れ落ちるは、大量の血液。
誰がどう見ても、生きているとは思えませんでした。
しかしてシロは鬼です。ならばこの程度の傷、すぐさま再生して――。
「――再生、しない?」
「ごめん……、ごめんね。シロ、助けてあげられなくて……ごめんねぇ」
呆然と呟く炭十郎パパに、謝罪の言葉をひたすら並べる私。そして、どうやら童磨は「私が何をしたか」を理解していたようです。
もはや私の腕にはシロの重さも、温もりも感じられません。
鬼の最後なんてものは、実にあっけないものです。故人を惜しむ余韻さえも感じさせず、ただ自然へと還る。あったはずのものが、ないはずのものになる。それが鬼という異端になってまで生きようとした者の末路でした。
「なんとまあ、おひいさまも残酷なことをしなさるねぇ。まさかまさか、鬼を死ぬまで殺し続けるなんて……っ!」
パラパラと、砂のように。
あるいはサラサラと、灰のように。
シロの身体は少しづつ塵となり、私の胸の中から飛び立つと。
空の彼方へキラキラと輝きながら、霧散してゆきます。
私はその光景を、ただ呆然と見守ることしかできなかったのです。
「ああ……、ああああああああ………………っ」
言葉にならない嗚咽の息。短い間ながらも母としての愛情を注いだ子を、私自身が殺してしまった。
鬼のように情け容赦なく、鬼のようにあっさりと、鬼のように…………。
「ごめん、ごめんね」
私は謝罪の言葉を繰り返します。
それは自分のしでかした事への謝罪か、子猫を救えなかったことへの謝罪か。
母猫を助けるには、殺すほかありませんでした。
力いっぱい子猫を抱き締め、頭を、胴体を潰し、再生しようとする効力さえも阻害させる力で力いっぱい抱き締める。
私は知っていました。鬼が鬼を殺すには「喰らうか、死ぬまで殺すしかない」のだと。自分が犯した罪は、自分で拭い去る他ないのだと。
「やっぱり久遠は、鬼なんだ。人間になんか、なれっこない」
母猫の命を救った喜び以上の絶望が、私の心を支配します。
「久遠はもう、この無限城でしか生きられないっ。もう心まで鬼になっちゃえば、こんな悲しい想いをせずに済むんだ。もう、人間になることなんて。諦めちゃえば。こんなに苦しむことも――――」
私の心はまっさかさま、奈落へと落ち続けます。
二年前と同じく、この父から受け継いだ力をふるって。鬼達を力でねじ伏せて。恐怖をもって従わせれば、こんなにも楽なことはありません。
この世は弱肉強食。愛情や情けなんて、もう。いらな――
「この子はもう、この無限城に居てはいけない。このままでは、この子の心が壊れてしまう」
――あ、これ。
炭十郎パパの声。あたたかくて、とってもやさしい、だいすきなこえ。
「もう、良いから。もう何も考えず、今は眠りなさい」
「…………うん。なんだかもう、……つかれ、た」
視界いっぱいに映る炭十郎パパのやさしい顔が、私の心に安心をもたらしてくれます。そして涙ながらに私が意識を手放すと。
これまで見た事のない、鬼殺の剣士がそこにはいました。
「しのぶちゃんから持っていけって渡された眠り薬、すごい効き目だねえ。……さてさて、さすがの私も怒髪天だよ? ……よくも私の娘を、これほど苛めてくれたもんだ」
阿修羅のような憤怒の表情で、炭十郎パパは童磨を睨みつけていました。しかしその程度で弱腰になる童磨でもありません。殊更心外だとでも言いたそうな表情で対抗してきます。
「……勝手に
「知っている、それがどうした」
「どうしたって……」
「久遠は私の娘だ。この子がそれを望み、私は喜んで受け入れた。その事実があれば他に何がいる!」
私の前ではほんわかとした笑みを絶やさない炭十郎パパですが、ひとたび怒ると閻魔大王のような形相へと変貌します。
私が気持ち悪いほどに不気味と称した腰の黒刀を抜き放ち、灼熱の焔を呼び起こし。その勢いは、まるで刀身に油でも塗りこんでいるのかのようです。
「ははっ、その独善的な理屈は嫌いじゃないねぇ。鬼殺隊の柱様でもしょせんは人間、欲しいものは力づくってワケかい!?」
童磨の挑発はしっかりと炭十郎パパの耳にも届いていました。それでも、彼の信念は揺るぎません。
「ああ、そうだ。分かりやすいだろう? 私は、私の欲望を叶えるために……娘を救い出すのだっ!」
「ああ、分かりやすい。実にわかりやすい。鬼も人間も、やはり自分の欲望には忠実じゃなきゃ……楽しくないものねぇ!!」
――火の呼吸『ヒノカミ神楽』壱ノ型 円舞――。
「やはり君は鬼になるべきだ、竈門炭十郎! 鬼になりさえすれば、その欲望は無限に叶う。迷うことなどないだろう!?」
身体中を火の呼吸で斬り焼かれながら、それでも童磨の高笑いは終わりをみせません。それは、最高の逸材が目の前に居るからです。
が――。
「……悪いね。私は、君が思っている以上に、強欲なんだ。人間のままで、すべての、欲望を叶える。……それこそが、ゴホ。最高のワガママというものだろう?」
対する炭十郎パパの身体も凍りついていました。指先が凍傷によって黒ずみ、血が通っていない悲劇を明確に表しています。咳混じりの乱れた息遣いが、冷気によって肺を痛めた事実を物語っています。
それでも、炭十郎パパは。己の願いを叶えようとしました。
私を、鬼舞辻久遠ではなく、神藤久遠を。新たな長女を竈門家に連れ帰るという願いを叶える為に 残り少ない命をけずったのです。
「おお、コワイ怖い。鬼殺隊史上、初めての火柱様は伊達じゃあない。じゃあお言葉に甘えて、ここらで退散といきましょうかね」
童磨も、やぶ蛇をつついたと感づいたのでしょう。この辺りが手の引き時だと判断します。炭十郎パパの執念は鬼の童磨から見ても異常でした。
そう上弦の弐に思わせるほど、炭十郎パパの持つ日輪刀の火は勢いを増し続けます。それはまるで、彼の命そのものを燃やしているかのようでした。
◇
「……火柱とは言っても、正式に認められた柱ではないのだけどね。火の呼吸も壱ノ型しか扱えないし、ポンコツというヤツだよ私は」
童磨が逃げ去り、事態は一応の決着をみたところで。炭十郎パパは、溜息のような自虐の言葉を口にしました。
胸の中には、未来の柱と噂される天才薬師に持たされた眠り薬を吸い込んで、ぐっすりと眠りこむ私の姿があります。
「響凱殿、泥穀殿。
誰も居ない背中へ向けて言葉を送ると、沼と化した床板から二人の鬼が姿を見せました。
「あの童磨様に目を付けられたとなれば、確かにそうでしょうな。だが人間、いえ炭十郎殿。そなたは、おひいさまと共に生きるという意味を理解しておられるか?」
泥穀が厳しい表情で沈黙し、その代わりに響凱がその覚悟を問います。
私をかくまうという事は、鬼と生きるということ。それは人間社会への裏切りに他なりません。
それに何より、炭十郎パパは鬼殺隊士。鬼狩りの剣士なのです。
「……鬼殺隊士は引退するほかないだろうね。そもそも身体的にも、この任務が最後だと覚悟していたんだ。退職金として、最後のワガママくらいは聞いてもらうとするよ」
「そのように簡単なものではないでしょうに。貴方は、お味方からも裏切り者として断罪されるに違いない」
そんな響凱の忠告に、炭十郎パパは部屋の隅にいた母猫を抱き上げて、それからゆったりと微笑み。
「その時はその時さ。まあ、多分なんとかなるよ。きっとね」
と、のたまったのです。
そして、またもや「あの音」が聞こえてきたのは、そんな時でした。
炭十郎パパと母猫がとつぜん私の部屋に現れた時にも聞こえた、「ジャン」という琵琶の音。それはなぜか空気を伝わらずに各々方の鼓膜に直接響くような、不思議な音色です。
しかしそれとて不思議がる間もなく、私達の身体は無限城から姿を消してしまいました。
……ふぅ。長い間の御清聴、感謝の言葉もありません。
ではどこへ行ってしまったのかと言うお話は、また次回に致しましょうか。そろそろこの第二章も終盤です。自身が鬼であることを再び自覚させられた幼き私が、どうなるのか。よろしければ最後まで見守っていただければ、私共も至上の喜びでございます。
さあ、舞台を人の世へとうつしますよっ!
最後までお読みいただきありがとうございました。
この第二章もあと1話、ここまできたら炭十郎パパとその娘である久遠ちゃんの結末を見届けてあげてくださいな。
第三章もあるよっ!