神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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第3話「鬼女医、再び」

 折りよく愈史郎君のお出迎えを受けた私達は、村はずれにあるらしい珠世先生の診療所へと向かっていました。他の民家とは離れているらしく、私と炭十郎パパは今しばらくの徒歩をよぎなくされます。

 他の民家と離れているからといって、別にさけられているというわけでは決してなく。色々な薬品を扱う職務上、この方が望ましいと珠世先生自身が要望したんだそう。

 

「ふ~~ん。てっきり人間嫌いなのかと思った」

「珠世様にその傾向はない。お前だって知っているだろう。本当に、底抜けに、お人よしだからな。あの人は……、はあぁ~~~」

 

 おおっ、なんとも深い溜息です。相変わらずの苦労人ですね、愈史郎君は。

 

「それでも、久しぶりに会えて久遠は嬉しいよ? 愈史郎さん」

「俺は嬉しくない、今度はどんな厄介ごとを持ち込まれるのか。今から胃が痛いぞ」

「やだなあ、ちょっと私の愛娘を迎えにきただけだよー」

「……、愛娘??」

「うん。知ってるでしょ? 女の子なのに茶々丸なんて名付けられた三毛猫。私、その子のお母さんなんだ」

 

 そう言って、ニッコリと。途中から私達の案内をしてくれた珠世先生の犬、じゃなかった助手の愈史郎君へ、私は満面の微笑みを見せたのです。

 

 

 

 

 

「あらあらまぁまぁ、これまた懐かしいお客さんをお出迎えしたわね、愈史郎。さっそく上がってもらっ――――きゃああああああああ!??」

 

 どんがらがしゃ~~ん。

 静かなる村はずれの夜闇に、医療器具が散乱する騒音が木霊します。

 本職の大工さんが建てたとも思えない粗末な一軒家。それが六年前から続く村医者の、珠世診療所でした。

 六年ぶりに見る珠世先生は、これもまた見事なまでに変わりなく。これこそが鬼である証とばかりに、若々しい美貌を披露してくれています。

 それどころか、ドジっ娘属性さえ新たに身につけたようですね?

 

「ひ、久しぶりね、久遠ちゃん」

「う、うん。おひさし、ぶり……デス」

 

 転倒した拍子に銀皿を頭にのせ、それでもニッコリと笑う珠世先生。対する私は片言での挨拶になってしまいました。

 やはり六年前の苦手意識は拭いきれておりません。反射的に私の身体は冷や汗をかき、脳は用がすみしだい即撤退しろと指令を送ってきます。

 しかして私は愛娘である茶々丸に、仕事をお願いするために来たのです。このままシッポを巻いて帰るわけにはいきません。

 床に散乱した医療器具を拾い集めながら、私は問いかけました。

 

「あのっ、泥穀が連れて来た猫は元気ですか?」

 

 すると、お客さんである私にだけ拾わせるわけにはいかないとばかりに、珠世先生も器具を拾い始めます。

 

「ああ、茶々丸ちゃん? あの子ならもうそろそろ帰ってくるはずよ。ちょっとした用事をお願いしただけだから……。ああ、噂をすれば、ね」

 

 カコン。

 障子戸の下部に丸く開けられた猫専用の通用口。そこを頭から潜り抜け、ねこ改め茶々丸が家の中へと入ってきました。久しぶりに見た我が娘は、私の姿を見つけると喜び勇んで足元へ擦り寄ってきてくれます。

 

「ひさしぶり……、元気だった?」

 

 私はそう問いかけると、ひょいを持ち上げ胸の中へと迎え入れます。すると勝手知ったる家だとばかりに、娘は四年前と変わらない定位置へとおさまりました。

 返答など必要ありません。この満足そうな寝顔が何よりの答えです。

 

「猫は孤独を好む生き物と言いますが、それでも自分の親ばかりはしかと覚えているようですね。泥穀殿の指導によって忍びの技を会得できたのも大きいでしょうが」

 

 第二の親とも言えるだろう珠世先生が、私の胸の中におさまった茶々丸を見て満足そうに微笑みます。

 しかして私には親として、娘の実力を知る義務があるのです! わくわくっ。

 

『ねえねぇ、泥穀!』

 

 私は踊る心を抑えつけながら、心の中で無限城に居る部下へ語りかけます。

 

『はいよ、無事に茶々丸と再会できたようで何よりだぜ』

『それよりそれよりっ、この子は忍びの猫になったんだよね? 何の術を覚えたの?? 雷を落としたり、水ですべてを押し流したり、口から火を吐けるの???』

『…………へっ?』

 

 瞳をキラキラ輝かせながら問う私に、向こうの泥穀はしばし絶句したようです。

 子供の考える忍術なんて、そんなものでしょう。曰く、火遁・水遁・雷神といった、絵物語にでてくる忍びの技。江戸の世なら市民に隠されていた隠形も、今の大正の世ともなれば創作絵巻の一幕です。この私、神藤久遠もそんな物語に夢中となった一人でした。

 

 ですが現実は夢想よりも寂しく、地味そのものです。

 私の期待を裏切るかのように、泥穀は忍びの現実というものを教えてくれました。

 

『あのなぁ、おひいさま。期待してもらっているところ悪いが、忍びってのは言わば間諜だ。決して戦の表舞台には立たず、裏で支える縁の下の力持ちだ。そんな俺らに派手な技は無いし、いらねえよ』

『ええ~……』

『俺ら忍びは誰にも気づかれることなく、誰よりも情報を集めて、まるで忍術を使ったかのような状況を作り出す。戦において情報は何よりも強大な武器だ。火を吐くより、洪水を起こすより、それこそ雷を起こすよりもな』

 

 泥穀の言っていることは理解できなくもありません。ですが地味です、面白くありません。

 

『むぅ……』

『そういう意味では、茶々丸はもう免許皆伝の実力だぜ? もともと猫って生き物は気配を消すのが得意だからな。何処へなりとも忍び入り、聞いた情報を主の下へ届ける。この一芸に関して言えば、俺なんぞよりよっぽど優秀だ』

 

 抜き足、差し足、忍び足。

 そんな風に描写される歩みが、人より猫の方が優秀なのは皆さんも想像に固くないでしょう。他でもない、猫が生きるために覚える狩りのやり方そのものなのですから。

 

「泥穀さんの説明は終わったかしら?」

「うん。でも…………」

 

 突然黙り込んだ私を見守りながら、珠世先生はすべてを察しているようでした。今の私の望みを叶える存在はこの子、茶々丸以外にいません。それでも、私の心から心配の二文字は消えません。

 この子に、遠く危ない場所へ行けなんて命令を下したくない。そう思ってしまったのです。私はこの子の赤ちゃんを救えませんでした。それどころか、この手で殺めてしまいました。

 そんな私が死地へ行けなんて、どの口が言えるものでしょう。そんな自分の罪と向き合う私に決断を促したのは、他ならぬ茶々丸でした。

 

 ぽこ。

 

「…………ふえっ?」

 

 この疑問符のついた声ばかりは、歳を重ねても変わりません。

 

 不思議な表情を浮かべた私に、またもや、ぽこ。

 

 茶々丸の前足から繰り出される猫拳が、私の頬にくり出されます。その様子を面白そうに見ていたのは珠世先生と炭十郎パパです。

 

「遠慮するな」

「え?」

「私にはそう、茶々丸ちゃんが言っているように聞こえるけど?」

「そうだね、私も同意見だよ」

「お父さんまで!?」

 

 周囲を包囲された私に、逃げ場はありません。おそるおそる、茶々丸に語りかけてみます。

 

「……茶々丸。東京にあまねお姉ちゃんがお嫁にいっちゃうの。久遠の傍から、離れちゃう。だからね、東京が危なくない場所か調べて泥穀に知らせて。そうすれば私も跳べるようになるから、……できる?」

「にゃっ!」

 

 不安げな私をよそに、茶々丸の鳴き声は頼もしいものでした。まるで自分に全て任せておけと言わんばかりの勢いです。

 茶々丸は私の胸の中から飛び出すと、再び障子戸へと足を向けました。どうやら即座に出発する意気込みのようです。

 

「茶々丸ったら張り切りすぎですよ。せめて兵糧丸くらい持っていきなさい!」

 

 慌てて珠世先生が首に巻きつけた、弁当箱代わりの竹筒。後から聞けば忍者の保存食として有名な兵糧丸を猫用に改良したものだそうです。材料としては薬用人参、そば粉、小麦粉、山芋、甘草、ハト麦、もち米、酒など多岐に渡る食材が練りこまれ、たいそう栄養豊富なのだとか。

 

「いいですか? 身に危険が迫ったと判断したらすぐに逃げるのですよ?」

 

 手のかかる子を言い含めるかのような口調で、珠世先生は茶々丸に語りかけていました。その横では私が、ウンウンと首を縦に振って同意しています。

 そんな、親達の心配を理解しているのかいないのか。茶々丸は勢いよく珠世家を飛び出したのでした。

 

 

 ◇

 

 

「そういえば、六年前に言っていた病気の少年は元気になったの?」

 

 我が娘:茶々丸を送り出したのち、愈史郎君が淹れてくれたお茶で落ち着くと。私は六年前に聞いた珠世先生の言葉を思い出していました。

 あの時、たしか珠世先生と愈史郎君は難病の少年を助ける特効薬を作り出すために青山高原へ赴いていたはず。私達は、その結末を知ることなく別れてしまいました。

 だからこその問いだったわけですが、珠世先生は逆に驚き、問い返してきたのです。

 

「あらま、聞いていないの?」

「誰に?」

「誰にって……、貴方のお姉さんよ。神藤あまねさん」

「あまねお姉ちゃん!?」

 

 以外な人物の名前が珠世先生の口から飛び出し、私は眼をめいいっぱいまん丸にします。今の会話の、どこに姉の名前が出てくる余地があったのでしょうか。

 私が何がなんだか分からないという風な表情をしていると、珠世先生は意外そうにしながらも教えてくれました。

 

「あれから結局、私と愈史郎は特効薬を見つけることも、作り出すこともできなかった。医師として『もう手立てがありません』と、少年の親御さんに宣告しなければならなかったの。

 そんな時、奇跡がおきたわ。何をかくそう、その奇跡を起こしてくれたのが……神藤あまねさんよ」

 

 それ以降のお話は、すべてが驚きの連続でした。

 何でも、お伊勢さんの神社から生まれる巫女は時折、不思議な力を持って生まれるのだそうです。全部で百二十五社もある神宮のうち、何時、何処に生まれるかは誰にも分かりません。ただ一つ確かなのは、今代においてその力を持って生まれたのが他ならぬ、神藤あまね姉さんだという点です。

 その不思議な力というのは「癒しの御力」。ある代償をもって、先端医療でも不治となる病を癒す、神の御力。それこそが、伊勢神宮の威勢を今日まで保ち続けた秘術でもありました。

 

 そしてそれこそが、あまねお姉ちゃんが嫁ぐ「産屋敷家」が欲する御力でもあったのです。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 珠世先生も、動かしていて楽しいキャラの一つですね。原作通りではなく、ドジっこ属性を付与してしまったせいか元気が良すぎるくらいです。

 そして、あまねお姉ちゃんの力もなんとなくではありますが開示されましたね。というか、本編の方を見ていただければ描写しているので、気になるかたは確認してみてください。
 今後とも、よろしくお願いいたします。
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