神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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第4話「迷探偵と、ゆらぎの声」

「む~……」

 

 草葉の陰から、チラチラ。

 

「むむ~~…………」

 

 こそこそと近くにまで寄って、障子に唾で濡らした指をもって穴を開け(後で喧吾お祖父ちゃんにしこたま怒られました)、ジロジロ。

 大好きな姉を連れて行く誘拐犯の正体をつきとめるため、探偵となった私は産屋敷耀哉の動向を常にうかがいます。とはいっても所詮は子供のやること、相手には完全に筒抜けとなっていました。

 

「炭十郎の娘さんは面白いことをするね?」

 

 自分にあてがわれた部屋で、親友と共にお茶を楽しむのは。

 面白い見世物とばかりに笑顔の、私の標的である産屋敷耀哉さん。その隣で苦笑いを浮かべているのは私のお父さんである炭十郎パパです。

 

「……久遠はお前のことを、姉を誘拐する極悪人だと思い込んでいるからな」

「あながち間違いじゃないトコロが、困ったもんだねえ」

 

 口でそんなことを言いながらニコニコ、まったく気にした風ではありません。

 

「いっそ久遠ちゃんも東京に呼んじゃおうかな。そうすれば炭十郎も本部に来るだろうし」

「ふざけたことをぬかすな。それにお前、久遠に何をした?」

 

 炭十郎パパが怪訝な視線を向けています。それを産屋敷耀哉は心外そうに苦笑しました。

 

「苛められているのは、私の方なんだけどねぇ」

「お前が黙って苛められるタマか」

 

 そう言いながらも、炭十郎パパは内心で冷や汗をかいていたそうです。父の部屋から持ち出した三種の神器である「隠れ傘・隠れ(みの)」は人の眼に映りません。だからこそ耀哉や護衛の隊士も、私を人間であると疑いもしません。

 そう、普通の隊士なら。しかして自分を親友と呼ぶ、この御館様だけは何を考えているか分からないらしく。私の正体が見破られたのかと、肝が冷えたそうです。

 

「むむむ~~、何だか楽しそう。あまねお姉ちゃんを連れて行く誘拐犯のくせにぃ、怪しすぎるっ!」

 

 どう見ても怪しいのは私の方ですが、当の本人はまるで気づいていません。それどころか二人のぼそぼそとした会話が聞こえず、障子の穴にかぶり付いてしまいます。

 

「お父さんも何よぉ、親友だか何だか知らないけど。誘拐犯なんかと話してぇ!」

 

 今の私は名探偵。

 あまねお姉ちゃんがお嫁入りするのは防げません。ですが、この誘拐犯がもし悪人ならそれもご破算になるはずです。そうなれば華音お母さんも喧吾お祖父ちゃんも、私の正しさに気づいてくれるはずっ!

 

「……産屋敷耀哉。久遠は貴方を、ぜったいに認めないんだからっ!」

 

 

 ◇

 

 

 私はこの産屋敷耀哉という男が、神藤神社に到着してからの動きを観察し続けてきました。大切な姉を奪おうという張本人なわけですから、何か弱みを見つけて追い払ってしまおうと考えたわけです。

 

 しかしてそんな私の企みは、そうそうに揺らぎ始めてしまいます。

 観察すればするほど、産屋敷耀哉という人物は、私にとって意味不明な存在でした。

 神藤神社で働く誰に対しても平等で、誰に対しても優しく。私がいくら挑発したところで絶対に笑顔を崩したりはしません。

 護衛の女性剣士とも仲良く話しますが、そこに色恋の()の字もありはしません。なんだったら炭十郎パパとの会話の方が親しげです。もしかして男娼を好むのでしょうか?

 そう思ってしまうほどの仏っぷりに、私は逆に恐怖を覚えてしまいます。

 

「いつの間にか、すっかり神藤神社へ溶け込んじゃった……」

 

 ここまでくれば、もう天性の才としか言いようがありません。この神藤神社で彼を嫌っているのはもはや、私くらいのもの。

 

 名探偵:久遠、一世一代の大窮地ですっ!

 

 それでもなんとか奴の弱みを探そうと必死になった私でしたが、敵も守りだけに徹するつもりもないようです。

 なんと、あの、産屋敷耀哉という男は。

 未来の妹と仲良くなる、というお題目を掲げて私という大将を標的に定めたのです。

 

「ほらほら~。久遠ちゃん、私とも遊ぼうよ~~」

「ふしゃああ――――っ!!」

 

 なんなの、なんなのこの人!?

 私は全力で威嚇しながら、心の中で泣き叫びます。

 名探偵とは論理をもって犯人を追い詰めるもの。しかして私は、犯人からの直接的な攻撃に晒されていました。

 

「ねえねぇ、お姉さんと一緒に東京へ来ないかい? 久遠ちゃんなら大歓迎だよ」

「ふざけるなっ、誘拐犯のくせにいい!」

 

 あまねお姉ちゃんが巫女の仕事で忙しい時を狙って、炭十郎パパに用事をわざわざ言いつけて、私のところへ忍び寄る魔の手。

 

「ふむ、では誘拐犯らしく久遠ちゃんも攫っちゃおうかな?」

「ぎゃああああああっ!? 触んな、なのおおおおおおお!!?」

 

 なぜか姉の婚約者:産屋敷耀哉が私を求めて追いすがる異常事態。私は何がどうなっているのか理解できません。全力で逃げ、全力で嫌がる。その前には腕力に訴えてしまったことだってあります。

 ですが、それでもこの男は。私への笑顔を決して崩さなかったのです。

 

 

 

 

 

 相手はもやしのような優男、この神藤久遠が本気で逃げれば追いつけるはずもありません。それなのに、それなのにです。不思議も不思議、摩訶不思議という他ない怪現象が私の体を襲っていました。

 もしかするとあの男、生粋の女たらしなのでしょうか? あの男の顔を見ているだけで奇妙な動悸がおさまらず、逃げる気がうせてしまうのです。

 

「なんなのっ、なんなのこのひとおおおををををっ!?」

 

 動きたくないと駄々をこねる両の足を叱咤し、私は叫びながら逃げ惑います。

 私は助けを求めました。ですが誰の手も、今この場で登場する理屈はありません。それこそ当たり前、あの産屋敷耀哉という名の悪魔がそういう舞台を築き上げているのですから。

 

 それでも自宅兼社務所の廊下を右へ左へ、私は折れかけの心に鞭をうって逃走を続けます。伊勢神宮の一角とはいえ、神藤は百二十五もある神社の一つにしか過ぎません。鬼ごっこをするには逃げる側が不利な狭さです。

 私は自室に逃げ込むため、最後の力を振り絞って廊下の角を曲がろうとした

 

 その時、

 

「――――あら?」

「ふえっ?」

 

 意外な人物と鉢合わせてしまいました。

 私の視界を埋め尽くすは雄大な双峰。その頂きは姉や母よりも一回り高く、これほどの高嶺(こうれい)さは、無限の月日を積み重ねた珠世先生にも匹敵します。

 なんにせよ、衝撃を和らげるには十分すぎるほどのたわみでした。私はそれ以上の声を出すことなく、頂きの谷間へ吸い込まれてしまいます。

 

 暖かくも柔らかい、まっくらな視界のまま。私は自室への避難に成功したようでした。

 しかして、そんな不確かな表現を用いるのは、決して私の意思で最後の数歩を踏破したわけではなかったからです。

 

「ウチの御館様が迷惑をかけたみたいで、ごめんなさいね」

「ン――――っ、ン――――っ!!」

 

 謝罪よりも早く離せと必死に抗議する私を、華麗に無視して。誰かさんは、私の身体をぬいぐるみのように楽しんでいるようでした。

 

「うーん、小さな子の身体は温かくていいわねぇ。このところ、しのぶちゃんにもかまってもらえないし。カナエさん、欲求不満かも?」

 

 んなこと知るかっ、という抗議さえも豊かな膨らみに邪魔されて口にできません。もしかして、私はとんでもない危険人物に捕獲されたのではないでしょうか。別の意味で産屋敷耀哉よりも厄介です。

 

「――――っ、ぷはっ。誰なの!?」

「ああん、もう。もうちょっと抱きしめていたかったのにぃ」

 

 そう残念がるこの女剣士は、腰に炭十郎パパと同じく身の毛がよだつ刀をぶらさげています。つまりは彼女こそが産屋敷耀哉の護衛として随行した鬼殺隊士。

 その名も、

 

「ああ、そうね。妹君には名乗っていませんでした。私は御館様の護衛として東京から来た鬼殺隊士、花柱の胡蝶カナエお姉さんですっ。今後とも宜しくね? 『神藤』久遠ちゃん?」

 

 今、神藤の苗字だけが強調されていたのは気のせいでしょうか。もしかして私のもう一つの苗字である「鬼舞辻」を知っているのでしょうか。

 そんな私のドキドキを無視して、胡蝶カナエと名乗ったお姉さんはまたもや私はぬいぐるみ代わりにしようと企んできます。しかしそうは問屋がおろしません。

 

「でたな、産屋敷の囲い女っ!」

 

 そう、この女性と私は初対面ではありませんでした。いつも産屋敷耀哉の隣にはべり、周囲に気を配るその姿は、まごうことなき姉の好敵手に違いないと目星をつけていたのです。

 しかして私が望むのは姉の敗北です。そもそも、このカナエという妾があの男をしっかり囲っておかないから――――、

 

 ごちんっ!!

 

「こら馬鹿久遠っ! なんて失礼なこと言うのっ!?」

 

 天空から舞い落ちた白磁の拳が、私の脳天に衝撃をもたらし、

 

「うきゃっ!? あ、あ、あ。あまねお姉ちゃん!?? お仕事のはずじゃ……」

「もう終わったわよ。あとは久遠の神楽舞いを見てあげるだけ。なのにアンタは遊びまわってばかりだし、カナエさんに失礼なこと言うしいいいいいっ!!」

 

 そのままぐりぐりと、私のつむじをえぐり回します。

 

「あうあうあうあうあう…………」

「ふふふっ、お二人は相変わらずの仲良しさんですね」

 

 ってアレ? 姉はともかくとして、私は初対面な筈なのですが……。そんな私の思考と同調したあまねお姉ちゃんが代弁してくれます。

 

「あうう、久遠を知ってるの?」

「ええ、もちろん。護衛役としては御館様の奥方となられる、あまね様の家族構成は把握して当然ですわ」

 

 その会話は、間違っても恋敵同士の会話とは思えない温厚さでした。どうやらこの二人、昨日今日で知り合った仲ではなさそうです。

 

「それより久遠! ごめんなさい。が、まだでしょ!?」

「あう~~~………………」

 

 ぐりぐりぐり。姉の拳ドリルが私の脳天をえぐり続けます。

 そんな私達姉妹を目の当たりにして、カナエお姉さんは行儀の良い笑みを浮かべ続けるのでした。




 最後までお読み頂きありがとうございます。
 だんだんと、役者がそろってきました。今回のお話は、文脈以上に久遠ちゃんがピンチに陥っていましたね。ギャグテイストに収めましたが、下手をしたら久遠ちゃんまでもが御館様の「ゆらぎの声」に支配されるところだったのです。
 では、姉のあまねさんは「声」に支配されているのでしょうか? 護衛のカナエさんは? 
 本編でネタバラシは済ませているだけに、謎は深まるばかりですね。
 この第三章は四章・五章に向けての準備回。次の五話でおしまいです。

 よろしければ、今後ともお付き合い下されば幸いです。
 ではまた、明日の更新か活動報告にて。
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