神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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第5話「神藤宮の後継者」

 どうやら産屋敷耀哉という名の追っ手は、この胡蝶カナエお姉さんが追い払ってくれたようです。

 しかして、私は気づいていませんでした。ミイラ取りがミイラになるように、助けてくれたお姉さんもまた、私を愛でるのに躊躇(ためら)いがない人物なのだということを。

 

「え、何? 久遠ちゃんは御館様の弱みが知りたいの??」

 

 どうしてこうなった。

 

「そういえば、固いお肉はお嫌いでしたわね? 久遠は大好きだけど」

 

 どうしてこうなったぁぁ……。

 

「生まれつき、身体がお強いわけではいらっしゃらないから。だからこそ、あまね様にはぜひ東京に嫁入りして頂きたいわけなのですが」

「というより久遠、なぜ耀哉さんの弱みが知りたいの?」

 

 そんなの、言えるわけがないでしょ~。

 

 私は今、法廷の場へ連行される罪人の気分を存分に味わっていました。問答無用とばかりに二人のお姉さんに連れられて、神楽舞の練習舞台場へと向かっています。

 右腕をカナエお姉さん、左腕をあまねお姉ちゃんにしっかりと掴まれて、両の足は地を離れてプランぷらん状態です。

 

「奴は変人に違いないもん。アイツと話していると、私の中を見透かしてこようとする。変態だもん」

 

 私は無駄と知りつつ、僅かばかりの抵抗を試みます。

 

「久遠!」

 

 もちろん、姉の叱責も合わせて頂戴するハメになるわけですが。

 

「ああ、そういう意味では久遠ちゃんの言も的を得ていますね。御館様の言葉は、万人の心を魅了しますから」

「カナエさんまでっ!?」

 

 当時の私は心の中で、カナエさんの評価を改めました。思ったより話が分かりそうなお姉さんです。少なくとも実姉のような堅物ではありません。

 

「けど御館様も、意識してそうしているわけではないのよ? ……ここだけの話ですが、産屋敷家は代々、摩訶不思議な力を受け継いできたの。だからこそ千年もの間、鬼殺隊という組織を維持できてきた。

 ……でも、代々の当主様はみな三十まで生きられない、下手をすれば二十までも。だからこそ、一刻もはやく あまね様の輿入りが望まれているのです。伊勢の御力が、御館様の身体には必要不可欠なのですから」

 

 その言いぶりはまるで、姉自身よりも「伊勢の巫女が持つ癒しの御力」と結婚したいかのようでした。ですが姉自身、それは納得の上だったようです。

 

「……承知しております。耀哉様は今の時代に無くてはならない御方。私の力でどこまで叶うかは分かりませんが、全力を尽くしましょう」

 

 私の脳裏に、珠世先生が教えてくれた姉の|能力《ちからが思い浮かびます。治療が不可能と診断された難病をもたちどころに癒すその御力は、今の私からすれば世の権力者が放っておかないほどの奇跡です。

 それを千年もの間占有しつづけた家が、他ならぬ鬼殺隊当主:産屋敷家なのですから。

 

「…………なんか、ずるい」

「……久遠っ」

「でも~~」

 

 それが私の率直な感想でした。姉もそれは自覚しているのか、今度ばかりは注意する言葉に力がありません。

 不老長寿は万民の宿願です。それを我が物にしたいと願うのは当然の理でしょう。それくらいは十歳の私にだって理解できます。

 

「それもまた、御家同士のしがらみの一つと言ったところでしょうか。ですがお互いの情まではそこに含まれませんよ、あまね殿。御館様はその御力に関係なく、貴女をお望みなのです」

 

 確かに妹の私が言うに及ばず、姉の美貌は伊勢神宮一であると評判でした。次点で言えば他ならぬこの私なのですが、二十歳のあまね姉さんの美しさはもはや精もかくやといった勢いです。あの産屋敷耀哉が女としての姉を欲するのも、男して当然のことでしょう。

 

「……承知しております」

 

 あまねお姉さんは、頬を赤らめながら頷きます。すでに両家の契りは三年前のお見合いで決まっているのです。あの男は姉を愛し、姉もまたあの男に好意をもっている。それだけはもはや、私がどう手出ししても変わりません。

 

「愛する人と添い遂げたい。それもまた人が持つ原始的な欲求の一つです。あまねさんは御心のままに、輿入れしてくだされば良いのですよ。それがお互いの為にもなるのですから。それに……」

 

 もう練習舞台場は目の前です。到着すれば神楽舞いの練習に忙殺され、私は息つく暇もないでしょう。その前にこれだけは伝えんと、カナエお姉さんは話の終わりを一言だけ引き伸ばしました。

 

「だからこそ、久遠ちゃんも自分の意思を大切にしないとね。ここに残って神藤神社を守るも、東京に出て姉の行く末を見守るも。自分の人生を選ぶ権利があるのは、鬼にはない、人間だけの特権なんだから」

 

 

 ◇

 

 

(あのお姉さん、案外良い人かも……?)

 

 私はシャリン、シャリンと神楽を舞いながら、胡蝶カナエお姉さんが発した言葉を思い出していました。自身の意志を貫き通せというお姉さんの言葉は実に鬼らしく、それ以上に人間らしい言葉です。

 少なくとも、何を考えているか分からない上に、人の心へ摩訶不思議な術で忍び込んでくる。あの産屋敷耀哉よりは信頼できそうです。

 珠世先生の診療所から出発した茶々丸が戻るまで、あと数日は必要でしょう。ならば私は、それまでに決断しなければなりません。他の誰でもない、私自身の人生の、歩むべき道というものを。

 

 とか言いながら。

 

(まあ、茶々丸が帰ってくれば響凱と泥穀の血鬼術で東京に行けるんだし? そこまで思いつめる事でもないかな?)

 

 なんて、すさまじく事態を楽観視していた。

 

 そんなある日。

 

 ついに花嫁修業を終えた、あまね姉さんの輿入れする日が来てしまいました。

 

 迷探偵は、ついに名探偵となることはありませんでした。私の暴走を危惧した祖父と母は、姉が輿入れする日取りを隠していたのです。

 そもそも寺子屋にさえ通ったことのない私が、無限城で少々炭十郎パパから一般常識を習った程度の私が。

 あの鬼殺隊当主:産屋敷耀哉から一本とるなど、出来るわけがありません。

 

「ほら久遠、いつまでもふてくされてないで。あまねお姉ちゃん、とっても綺麗よ?」

 

 そう華音お母さんに言われて、私は一切の光を通さぬ大手の布の中で、不満げに顔をあげると。

 風に吹かれ、散る桜吹雪のなか。

 

 産屋敷耀哉の手に引かれて、純白の着物に包まれた白樺の精が歩いてきました。

 

 行く道の先には、これまで見た事もない黒塗りの馬車。いえ、馬を繋ぐ場所がないという点からして、これが自動車という乗り物なのでしょうか。よほどの大商人か華族でもない限り、個人が所有することなど叶わないシロモノです。

 

「ふえええ…………」

 

 見るものすべてが、新しく、そして美しく。姉が、私の姉じゃなくなるような気がして。

 これまでの楽観的な気持ちが一気に吹き飛び、自然と両目から涙が零れ落ちてきます。

 

「「久遠(ちゃん)?」」

 

 そんな私を心配してくれたのか、母と祖父の声が重なって聞こえてきました。

 別に会おうと思えば会えるよう、移動手段は確保済みです。更にいえば、東京で住む選択肢だって私にはあります。

 

 なのに、なぜ。姉の苗字が「神藤」から「産屋敷」に変わるというだけで。

 私はこんなにも寂しく、そして悲しいのか。それは自分にさえ分からないモヤモヤした気持ちでした。

 

「くおん」

 

 そんな私の前に、毎日見ていた顔のようでいて、別人のように化粧を施した姉の顔があります。

 その口紅をひいた幻想的な桃色の唇から、本当に私の名が出たのか怪しんで。でもやはり姉は、神藤あまねから、産屋敷あまねに変わってしまったのだと思い知り。私の涙はとめどなく、あふれかえってしまいます。

 

「……くおん、わらって?」

「おねぇぢやあん……、いっぢゃやあなのぉ…………」

 

 今更になって駄々をこねてしまう私。

 そんな妹を、姉はふわりと抱きしめてくれます。

 

「お願いだから、なきやんでよぉ。そんなんじゃ、私もお嫁にいけないでしょ?」

 

 そういう姉の瞳からも透明な水滴が浮かび上がっていました。

 あれだけ今生の別れではないと確認し、言い聞かせたのに。いつかこんな日がくるのだと、覚悟していたというのに。

 滝のように流れ落ちる涙が、私の瞳を真っ赤に充血させ。頬をふにゃふにゃにしてしまいます。それを察したのか、あまねお姉ちゃんはそっと、右手をかざして。

 

 あの御力を、私に使ってくれたのです。

 

 まるでお風呂にでも浸かっているかのような温もりでした。ずっとまどろんでいたくなるような絵物語の世界に居るようでした。

 そして姉は、そっと私に一冊の絵本を手渡したのです。

 

「ぐす。これ、……桃太郎の、絵本?」

「ええ。三歳の貴女に、毎日のように読み聞かせていた絵本よ」

 

 ですが私は、こんな時にこんな本が出てくるとは想像もできませんでした。そしてまた、あまねお姉ちゃんの真意も。

 

「いい、久遠。私はこれから神藤ではなく、産屋敷の人間となる。つまりはこれからの神藤を支えねばならないのは、私ではなく貴女よ」

「くおんには、無理だよぉ。おねえちゃんがやってよ……」

「無理言わないの。そのために、この絵本を渡すのよ?」

「???」

 

 姉が何を言っているのか、感情の波があふれる今の私では理解できません。

 

「今度は貴女が、新しい子供達にこの絵本を読んであげるの。近所の子でもいいし、何時か旦那様を迎え入れ、子宝に恵まれた時でもいい。

 

 今度は久遠が、私に代わって。お姉ちゃんと、お母さんになるのよ」

 

 それは何千、何万と人間が繰り返してきた、命の受け渡し。子が親となり、子を生み、そしてまた子が親となる。当たり前の、種としての連鎖。

 そして私もまた、その長すぎる連鎖の一部分にしか過ぎません。

 私は一度、母として大きな失敗をしました。自らの娘を守るため、五匹の孫達を犠牲にしてしまいました。

 

 だからこそ、あまねお姉ちゃんの言葉の重みも分かろうというもので。

 

「貴女に、この神藤の家を託します。……お母さんと御祖父ちゃんを、お願いね」

「うん。………………うんっ!」

 

 私は姉の言葉に夢中で頷き続けます。

 

 舞台はすでに整っていました。

 これが私の、神藤宮の巫女としての初仕事。私が千早姿で神楽を舞い、それをもって厄を払い、姉のこれからを祈願する。

 場所は神藤神社内の外宮神楽殿、横戸をすべて取り外し、紅白の幕を貼り。正面に仰ぐは伊勢の外宮(げくう)が祭りし豊受大御神(とようけのおおみかみ)

 

「……神藤久遠。本日をもって、伊勢外宮(げくう)神藤宮(かみふじのみや)の正当な後継者としての指名を受け入れ。これより、厄払いの神楽舞いを舞わせていただきます」

 

 私の手に握られた神楽鈴が、清廉な音を奏でて万民の、そして姉の未来を祝福し。そして私もまた人たらんと祝福を仰ぐ。

 半身の鬼たる自分が、中で暴れています。己の半身を否定するのかと、欲望のままに生きることになんの罪があるのかと。

 

 しかして私は、今なら真っ向から反論できます。

 ならば私という名の鬼よ、満足なさい。

 

 私は、私の思うがままに生きている。

 

 鬼舞辻久遠ではなく、神藤久遠として。人間として。

 

 私は姉の意思を継ぎ、この暖かな神藤家を守護する事こそ。私の望み、欲望、信念、決意、ああもうどれでもよろしい。

 とにもかくにも、私は守るべきモノを見つけたのです。

 

 この決定は私の意志、誰にも文句は言わせません。

 

 それこそ、父である鬼舞辻無惨にも。……それこそ、私自身にだって――――。

 

 

 

 ところ変わって無限城。

 そこには本来、私に平伏すべき家来が額を床にこすり付けていました。その相手もまた、当然この私ではありません。

 

 響凱、泥穀。

 この二人の前で仁王立つのは私の、本当の父:鬼舞辻無惨。

 

「私の娘は、人の世で随分と楽しくやっているようだな」

「「ははっ」」

 

 そう答える二人の身体は、小刻みに震えていました。私の部下となって、すでに六年という月日が経過しています。それまでに何の音沙汰もなかったという事は、許されているのだという認識でいたのです。

 それなのに今更、何故――?

 

「せっかく芽吹いた新芽を刈り取る馬鹿はいないが、よい具合に強風には吹かれたようだな。下につくお前達も見知っておるだろう?」

「「……御意」」

 

 これまでの全てを見透かしているかのような主を前にして、響凱と泥穀は口を挟めません。お目付け役という立場がある、私の時とは違うのです。下手に口を開こうものなら、己が身に巣くう呪いが牙を向くに違いないのです。

 

 何か、自分達に主を怒らせる不手際があったであろうか。二人の脳裏にはその想いだけが荒れ狂います。

 

 しかして展開は、意外な方向へと傾いていきました。

 

「しかしてそれは、お前達二人の献身があってこそだろう。あの我がまま娘に、よくぞ付き合ってくれたものだ」

「「…………ははっ。………………は?」」

 

 一度は肯定したものの、あまりに意外すぎるお褒めの言葉に二人は驚きを隠せません。

 

「どれ、褒美をやらねばな。何が良いか――」

 

 あの、閻魔様もかくやと地獄を作り出す主が。自分達の働きを労おうとしている――? 後日、二人の思い出として聞くなら、あの時は空から日輪刀の雨が降ってきても不思議とは思わなかったそうです。

 

 そんな主を前にして、ただ二人は黙って頭を下げている他ありません。

 やがて、父は名案が浮かんだかのように声を張り上げました。

 

「そうだな。久遠の髪の毛を喰らえたお前達は、十分に十二鬼月の一角を支えられる素質があろう。これから私の与える任務を遂行するため、貴様達二人には『アレ』をやろう」

「「――――っ!?? ぐあああああああああああああっ!!!」」

 

 突然、二人の両目に衝撃が走ります。

 鬼が、更なる鬼へ至るための試練でした。人では決して耐えられない、不死に限りなく近い鬼だけが許容できる激痛は三日三晩続き……、

 

「さあ、誓え。平伏せ。この日ノ本に生きる鬼は全て、俺の子であり、俺の僕よ。

 下弦の陸:泥穀。下弦の肆:響凱。改めて問う、貴様等の主は……誰だ?」

 

 答えなど、言うまでもありません。

 

 二人の、主人は――――。

 

 

 ◇

 

 

 ………………ふぅ。

 

 本日は第二章と第三章をお届けました。いかがでしたでしょうか?

 本当なら第二章でも一区切りをつければ良かったのでしょうが、無限城での思い出はあまりに辛いものです。なので幸せな神藤神社との思い出と合わせれば、良い塩梅になるかと愚考した次第です。

 

 今の私は十七歳。

 この思い出話はまだまだ続きます。そうですね、次は私が十三歳の時におきた出来事でも語りましょうかね。

 神藤神社に残り、後継者としての道を歩み始めた私。東京へと嫁入りした姉。

 そして、父の手により十二鬼月となってしまった響凱と泥穀。

 私達の運命を、どうかこれからも見守って頂ければ幸いに存じます。

 

 それではまた、次の物語にて。

 

 語り部はこの私、神藤久遠でございました。

 またのお越しをお待ち申し上げております。ではでは……。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 これにて第三章が終了し、後半戦となる第四章へと入ってゆきます。

 三章の始めにも書きましたが、この物語での伊勢神宮はフィクションであり、もちろん神藤神社なんて外宮の神社も存在しません。世襲制なのかも知りません。この物語の進行上、必要だったから改変している箇所も沢山あります。
 そしてそれは四章に行くと更に声を大にせねばなりません。調査不足と言われればそれまでですが、今のご時勢長旅も躊躇われますからねぇ。伊勢にも一度行ってみたいのですが。
 もはや原作の鬼滅要素はどこやねんな外伝ではありますが、よろしければ今後とも宜しくお願いします。
 
 第四章再開は活動報告にて告知します。進行状況等も日記形式で書いていますので、時間があれば覗いてみてくだしあ。
 ではでは、良いお年をっ。
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