神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》 作:みかみ
除雪の仕事が忙しく、連日投稿は難しいので生存報告がてら一話だけ更新しておきます。後に変更を加えるかもしれませんので、暫定版としてお楽しみ下さいな。
第一話「神嘗祭(かんなめさい)」
姉が産屋敷家へ嫁入りして、季節は三週ほど巡りました。
この私、神藤久遠も十三歳となり、男でいえば元服間近といった年頃で。今では日の光の当たらぬところ、という条件付きではありますが巫女の仕事も始めており、神藤宮秘蔵の奉り巫女などと吹聴される始末です。
自分でいうのもなんですが、この時の私は神がかった美しさが伊勢神宮中の評判になっており、世の男共が私の顔目当てに神藤神社へと訪れていました。
「まったく、私を拝むんじゃなくて神様を拝んでよね。あまね姉さんもこんな感じだったのかしら?」
今日も今日とて、私はぶつくさと文句を言いながら朝の身支度を整えます。
自室で純白の布地に朱色の糸で編まれた千早に腕を通し、腰にまで届く清流のごとき黒髪は丹念に櫛ですき、準備を整え。ふと、鏡棚の奥に懐かしい一品を発見しました。
「ああ、こんなところに仕舞い込んでいたのね。なつかしい」
手に取ったそれは、懐かしくも苦い思い出が染み付いた、一つの子袋。けれども今の私にとっては無用の長物です。それをそっと元に戻し、棚を閉めると、ピシャリと両手で自分の頬に気合を注入しました。
「さて、それじゃあ今日も一日頑張りましょうか!」
ズンズンと己の戦場へ足を踏み込み、ガラリと戸を開ければ、目の前にはすし詰めの参拝客がいます。男の比率が圧倒的に多いのは、気のせいなんかじゃありません。
更に言えば、この男共の目的がお札やお守りではない事も明白でした。
「あらあら。私達の久遠が可愛いのは当然なのだけど、お婿さん候補が沢山で迷ってしまうわね♪」
と、脇から顔を見せながらも、ふわふわな空気をかもし出すのは母の神藤華音さん。母親としては嬉しい状況なのでしょうが、当の本人にとっては鬱陶しいの一言です。
「やめてよね、ママ。行き遅れになるつもりもないけど、一切の妥協をするつもりもないわよ? 私」
これでも私、男の評価は厳しいのです。
すくなくとも、炭十郎パパと同じくらいの優しさと、喧吾お祖父ちゃんと同じくらいの強さを持っている男じゃなきゃ問題外。出直してきなさいと、見合い相手を玄関先で蹴り飛ばしてやりましょう。
と、以前夕飯時にそんな愚痴をもらしたら。
『ガッハッハっ、なら儂が第一の壁じゃのう! 腕を訛らせるわけにいかぬわ!!』
と、もう七十も半ばの喧吾お祖父ちゃんが更に元気になりました。この調子では当分、私の手で見送る日は来ないでしょうね。私が生まれる前に亡くなってしまったお婆ちゃんに、あの世から憎まれ口を言われそうです。
そして、そんな冗談のような会話は。
何時の間にか神藤神社の名物として、私の前に実現してくれやがったのです。
「はいはい、お守りもお札も沢山あるから。押すんじゃないわよー」
男共は私からお守りやお札を買うと、脇の広場で待つ試練へ真っ向から挑んでゆきます。表向きは、宮司である喧吾お祖父ちゃんが信者の皆さんと相撲で交流する。という名目ですが、
「最近の若いもんは、まったくもって鍛え方が足らんの。その程度では可愛い孫娘はやれんぞっ!? 次ぃ!!」
その実、過激なほど危険なお見合いでもありました。
結果は火を見るよりも明らか。歴戦の僧兵である喧吾お祖父ちゃんにかなう男性など、そうはいません。
私はそんな屍の山を横目で眺めながら、心の中でため息をつきました。
(まったくもって情けない、もう少しまともな男はいないのかしら?)
まぁ、仮に祖父の眼鏡に叶う男が現れたって、今度は私がボコボコにしてあげますけどね。
私の容姿しか見ないような男共では、決して私の心は動かせない。彼等はその事実に何時気づくのでしょうかねぇ。
しかして最近は喧吾お祖父ちゃんの活躍もあり、挑戦者の数も減ってきています。ですが巫女姿の私からお守りを買う男共の数は減っていません。
その代わりと言ってはなんですが、男達の私を見る目が何故か妙な感じに変わりつつあるのはどういう事態なのでしょうか。
「ん~~、なんていうか観音様? 菩薩様?? というか、女神様???」
そんな私の悪い予感を、ひょいと売店に顔を覗かせた華音ママが的確に言い当てます。
「やめて、鳥肌がたつから本当にやめて…………」
「お伊勢さんの女神様♪ その名も神藤久遠ちゃん! 良い呼び名じゃない?」
「内宮から本気で怒られるわよ!」
ウチは外宮なのです。内宮より目立ってどうすんのって話なのです。
何より、語り部の私からすれば運命の相手など分かりきっているのですから。こんなところで運命の出会いがあるわけもなく。
時は神無月。
私にとっても、一年の総決算とも言える大舞台がせまっていました。
そう、
◇
神嘗祭という言葉に馴染みのない各々方もいらっしゃるでしょうし、少しだけ説明させていただきます。
神嘗祭とは伊勢神宮が毎年十月に行なう一番のお祭りで、まぁ簡単にいえば収穫祭です。その年に収穫された新穀を最初に天照大御神へささげて、御恵みに感謝し。内宮、外宮一緒になっての神事が、二日から三日に分けて行なわれます。
私の出番は以前と変わらぬ、四つ目の御神楽です。一概に御神楽と言っても演目は様々あり、巫女である私が舞うのは「
一年の総決算ともいえる舞、いやがおうにも気合が入るというもので。
だからこそ、境内に充満する男共の欲望の視線が鬱陶しくもあるわけで。
舞いの鍛錬をすべく、壇上へと上がる前にすべき事があるようにも思えてしまいます。
「……冗談じゃなく、あそこに居る男共全員。蹴り出してやろうかしら」
祖父の活躍(?)もあり、今では私に求婚しようなどという挑戦者はなりを潜めていました。ですがその代わりとばかりに女神様と崇められては、ウザさ倍増です。
「久遠ちゃん、それこそ内宮に怒られるで~?」
物騒な私の呟きにも律儀に反応するのは、一緒に倭舞を披露する仲間の一人。同じ外宮の長女である
「分かってるわよ。こんなつまらない事で、神藤家が御宮取り潰しになったら大変だもの」
私の力が常人の範疇を超えている事実は、皆様もご承知のとおりです。ですがこの友人達にその説明はしておりません。信用していないというワケでは決してないのですが、言わざることで安寧があるなら暴露する理由もありません。
「大丈夫やって。久遠ちゃんが路頭に迷ったら、ウチが神藤一家まとめて面倒みたる。多賀商会の宣伝塔として文句なしやさかいなぁ」
本気か冗談か分からない笑顔で、美奈子ちゃんは勧誘話をふってきます。実はこの大正という時代、もはや伊勢の神事だけでご飯を頂けるほど楽ではなくなっておりました。多賀家は美奈子ちゃんの父が大阪の商家よりお嫁さんを頂戴し、兼業宮司として商売を始めていたのです。
「そもそも、アイツ等の目当ては久遠だけだしね。アタシらは所詮、『お伊勢さんの女神様』の引き立て役。添え物扱いよ」
そんな私達の冗談話に口を挟んできたのは、正真正銘のお嬢様。
百二十五ある伊勢の宮すべてを統括する内宮:荒祭家の直系さん。その名も、
「あの、祈花さま? そういう発言は冗談でも拙い噂を作りかねませんので……」
あくまで、やわやわと。発言を取り消していただけるよう、私は言葉を紡ぎます。しかし御上の方というものは、下々の言葉など気にせぬものです。
「まったく男ってのは、女を見た目でしか評価しない生き物なのかしら? ウチの親父殿もどこで見つけてきたのか、若い隠れ妻なんて囲い始めて……」
「……やめてください。お偉方の内情なんて知りたくもありません!」
あ、これは聞いちゃいけない。と言うより聞きたくない話題だ。私は瞬時にそう判断し、自分の耳を塞ぎます。
話が変な方向へとずれてきました。元の道に戻さないといけません。そんな時は、この子の出番ですっっ!
「いいなあ、アタシもモてた~~い。楽した~~い。三人の誰でもいいから、私を養って、ぐ~たらさせてぇ~~」
「「「おいっ!」」」
あんまりな発言で全員のツッコミを受けたのは、内宮のぐ~たら巫女とも呼ばれる
この御三人方に私を含めた四人娘が、伊勢における若手のまとめ役でした。私達より上の先輩方は、そのほとんどがお嫁に行かれてしまいましたしね。
十三歳の巫女という立場は、伊勢巫女としての総決算とするべき、最後の年です。こうやって気兼ねなく集まり、笑いあえる最後の年なのです。
三人とも三年前にあまね姉さんが輿入れし、神藤宮の後継となった私と共に舞い続けてきてくれた戦友とも呼べる皆さんで。
そう、この私。神藤久遠はこの時期に、生まれて初めて。
人間の、友達ができていたのです。
「えっ? 今年は
それからまた、しばらくの日が過ぎて。
舞いの稽古中、噂好きの美奈子ちゃんから伝わってきたのは、そんな情報でした。
人長舞とは、神嘗祭における御神楽の一つです。私達四人娘が舞う倭舞の後に行なう男性一人用の舞で、女人禁制の舞いなのは言うまでもありません。その後に続く蘭稜王も男性一人の舞で、これまた私達には縁のない話です。
「せや。なんでも神職になるべき男らまでも軍に志願しとるんで、人が不足してるっつー話やなぁ」
そういえば、あれほどウザかった男共も最近は少なくなってきたように思います。
時代は明治から大正へと移り代わり、日本という国は日清・日露という大きな戦に勝利を収めて勢いづいている時代です。そんな背景もあるものですから血気盛んな若者ほど徴兵され、御国のために戦う事こそ正しき行いなのだと信じて疑いません。
後から聞くなら、あの男共は皆、戦地からの帰還を祈念して私の元へ押しかけていたそうです。そうだと知っていれば、もう少しだけ優しくしてあげても良かったやもしれませんね。
「そんなこと言われても、他に人長舞の修練を積んでいる人はいないの?」
とはいえ、いま直面している問題も難関です。思えば去年の人長舞も、随分年配の男性が舞っておりました。もしやあの方さえも、徴兵されてしまったのでしょうか。
「みたいやな。そんでな? 蘭稜王の方はなんとかなるらしいんやけど……」
「ちょっと待って。なんだか、もの凄く嫌な予感がする」
話しの流れ的に、これは間違いなく自分に面倒事が降りかかってくるな。と私は確信してしまいます。
「なんや、豊受大御神様からの天啓かいな? そう、今年の人長舞は久遠ちゃんに任せようって話になってるみたいでな。かといって倭舞も欠員をだせへんから、連続の舞になるみたいやね」
「じょ、冗談じゃないわよっ! そんなの間に合うわけないでしょ!?」
倭舞だって、一年を通じての稽古で培った成果を見せる場なのです。それを、本番直前で急に踊れといわれて気軽に了承できるわけがありません。粗末な舞で恥をかけと言っているに等しい提案です。
「第一、私は女よっ! 男の舞いを舞えというの!?」
「んでも、舞わないという結論はもっとない。なら『お伊勢さんの女神様』に、いっちょ賭けてみようやないかと。そんな具合らしいで?」
「…………頭いたくなってきた」
確かに私は父の、鬼の血をひくだけあって他の娘達よりも身体能力は高いです。舞を覚えるだけならば、一晩のあれば十分に可能でしょう。
ですが、ですがです。だからと言って、すぐ熟練した舞手になれるかと言えば、んなわきゃなかろうと言わざるを得ません。達人の技術は、一朝一夕で得られないからこそ、達人と呼ばれるのですから。
「外宮の私より、やはりここは歴史ある内宮のお嬢様である、荒祭祈花さまに……」
「内宮の祈花様がやったら、ぶったおれんで? ただでさえ、身体がつよーあらへんのに」
ぐ、確かに。
近年まで内宮の家系は近親とはいかずとも、近しい血脈で系譜を作り上げています。その弊害が、確実に祈花さまの身体にも出ているのは私としても承知のところ。友人として、無理を言うわけにはいきません。
「がんばって~や、女神さま♪ 久遠ちゃんなら、男装してもカッコイイの間違いなしや」
そんな友情厚き私の隣には、薄情すぎる友人が一人。
「あんたね~……」
「そんかわり、倭舞の頭はアタシがやったるわ。久遠はそれに続くだけでええ。それなら人長舞に集中できるやろ?」
まあ、倭舞の女神様を待ち望んでいた男共は、泣き叫ぶかもしれんけどな。などという不可思議な台詞は聞こえません。
私はもう覚悟を決めなければならないトコロにまで、完全に追い詰められていました。
最後までお読み頂きありがとうございました。
前章から言っている通り、本来の伊勢神宮とは違うトコロが多々ございます。なので寛大なお心でお付き合いくださいな。
では、また明日から寒波がきそうで嫌気のさしている作者でした。