神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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投稿が不定期で申し訳ありません。それでもなんとか完結まで書ききろうとは思っていますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。


第2話「女の子の友情」

「――――せいっ!」

 

 ――ギィンッ!

 

 丑三つ時の神藤神社に、私の気合と金属音が響きわたります。

 

「なんのなんのっ!」

 

 対する喧吾お祖父ちゃんの口調や槍捌きにはまだまだ余裕がみえ、私の薙刀術もまだまだだと言わざるをえません。

 これは毎日の日課。そして私と喧吾お祖父ちゃんの絆を深める、鍛錬という名の儀式でもあります。

 思えば私は、これまで自分の力に振り回されてきました。

 自身の身体に巣くう鬼の血を忌避し、恐れ、認めずにただ、視線をそらしてきました。ですが、老いてますます堅剛な喧吾お祖父ちゃんを見て思ったのです。

 素質はあくまで原石のようなもの。ならばそれをどう研磨し、輝かせるかは「これからの私次第なのだ」と。

 

 私は自分の身の丈よりも長い薙刀をいかに動かすか、それだけに神経を集中させていました。今は力よりも、技を磨く時なのです。

 

「ほっほっほ、久遠も中々の動きを見せるようになったのう」

「そんな好々爺じみて見せても、もう騙されないんだからっ!」

 

 薙刀の利点は、槍さえも凌ぐ長大な間合いです。ならば問題は相手に懐へ潜り込まれること――、

 

 しかし。

 

「ほいっ。――中、外、中っ!」

「ふえっ、ひえ!?」

「上、中、下、下っ!」

 

 喧吾お祖父ちゃんの変幻自在な槍捌き。間合いの遠近に加え、上・中・下段をもって私を翻弄させてきます。まるで二本の槍で突かれているかのようでした。

 

「ひゃあああ!??」

 

 避けきれずに姿勢を崩し、尻餅をついた私の喉元に突きつけられる、槍の切っ先。

 

「ふむ、前言撤回じゃ。まだまだよの……」

「むう~……」

 

 本日の修練でも、私はあの世行き。これで丸々三年の月日分、私は死んだことになります。

 

「久遠や。儂の槍やお前の薙刀は、得物の先にしか刃は付いておらん。じゃがそれは、先端でしか相手を打倒できぬという意味ではないぞ? コレは刺突武器であると同時に、こん棒のごとき打撃武器にもなるのじゃ」

 

 そういうと喧吾お祖父ちゃんは、槍の真ん中を支点にしてクルクルと回して見せてくれました。その捌きようは、まるで大道芸人のようです。現代ではテコの原理というらしいですね。この時代にそのような言葉はありませんが、経験をもって知る達人は確かに存在しています。

 

「己の可能性を常に探れ。使えるモノは何でも使え。その結果で、自分と誰かの命を救えるなら躊躇(ためら)うな」

「む~……、何それ。じゃあ騙まし討ちをしたり、人質を取ったりしてでも勝てってことなの? それじゃあ『勝てば官軍』じゃない」

「然り。世の善悪など、人が勝手に決めた価値観じゃ。神は人を慈しむが、虐げもする。その自由さこそ、人が神の子たらん証じゃて」

「………………」

 

 人が、神の子。

 

 じゃあ、鬼は?

 

 私はそう問い返せませんでした。

 とっくに癒したと思っていた、心の傷。それはまだ、瘡蓋に覆われているだけなのかもしれません。

 私はその傷痕を必死になって隠し、忘れようとしていたのです。

 

 

 ◇

 

 

 諦めに近い境地で頷いたとはいえ、任されたからには最低限の努力はしねばなりません。

 人長舞はゆったりとした、落ち着きのある舞。だからこそ、僅かなる間違いも許されません。どちらかといえば、最近の流行である西洋風の激しい「だんす」の方が正直私の性にはあっていました。

 

 しかして神藤の娘として、それは許されません。

 二千年近くの伝統を誇る伊勢神宮に、私の代で汚点を作るわけにはいかないのです。

 今日の私は白衣に紫色の袴をはき、腰まで届く黒髪を後頭部で結って烏帽子で隠し、男装の宮司を演じます。

 すると、外野から黄色い野次が。

 

男子(おのこ)な久遠ちゃんも、カッコええの~」

 

 美奈子ちゃん、うるさい。

 

「思わず久遠さまーって、世の女の子達が黄色い声援をあげそうね。御国に奉仕する方々も注目してくださるそうよ?」

 

 祈花(きっか)さま、疲れるから勘弁してください。なんですか国って。ああそうか、伊勢の荒祭家ともなれば、お嬢様である祈花さんも政府官僚との付き合いがあるって言ってたっけ。

 

「この勢いで、私の担当する倭舞も代わってくれないかな~」

 

 月読輝夜(つくよみのかぐや)、アンタは仕事しろっ。私はその倭舞も兼ねてんのよ!

 

 騒がしい外野のおかげで、私は修練に集中できません。確かにもう倭舞の修練は終わり、帰宅するまでは彼女達の自由時間です。つまりは男装した私を愛でるのも自由……ってそんなわけあるかいっ!

 

「そういえば、私の人長舞に続く蘭稜王の舞い手は誰なの? 修練の場にも、さっぱり姿を見せないけど……。まさかぶっつけ本番なんて言わないでしょうね?」

「さてなあ。内宮のお偉いさんが選抜するってお話やったけど。祈花っちが知らんならお手上げやな」

 

 祈花さまと美奈子ちゃんの会話は、私の耳にも入っていました。

 私達は演者側、自らに託された舞いを舞うだけで運営側ではありません。そもそも、私達は伊勢神宮の最高権威者が誰なのかさえよくしりません。

 

「伊勢神宮なんだから~、天子様が頂点じゃな~い?」とは輝夜さん。

 

 天子様とはつまり、天皇陛下のことです。

 

「いや、それはそうやろうけどもなぁ。天子様は東京の皇宮におられるわけやし、実質的なって意味で言えば誰やろか? 内宮の筆頭である荒祭の宮司様かいな?」

「お父様? う~~ん。それなりの役職にはいるだろうけど、全てを取り仕切っているってわけではないと思う。何か、女性の視点から全てを見ているかのような……」

 

 美奈子ちゃんの推測を、祈花さまが否定します。内宮のお嬢様でさえご存知ないのであれば、この疑問は迷宮入りに間違いありません。

 

「まあ、人を心配する前にまず自分よね」

「「「そう(せや)ね」」」「え~……、今日はもう終わりにしようよ~」

 

 いきなり正論ごもっとも。祈花さまの〆に、私と美奈子ちゃんは同意します。……若干一名は、空気を読んでいないようですが。

 幸いと言っていいのか分かりませんが、人長舞と蘭稜王の舞いには繋がりがありません。それぞれが独立している以上、私は急遽押し付けられた人長舞を極めなければならないのです。

 

 だ~か~ら~……。

 

「さっさと解散しなさい! 気が散るでしょ、この暇人どもっ!!」

「キャアアアアアアアアッ、久遠さまああああああああっ――!!!」

 

 以前の男共に代わり、私の男装に惹かれて集まった女の子達。まるで本番であるかのように群がる人垣に向けて、私は苛立った感情を爆発させてしまうのでした。

 その男らしさが、かえって女の子達の興奮を掻き立てるものだとは知りもせずに……。

 

「久遠は人長舞じゃなくて、蘭稜王を舞った方が似合うんじゃない? もちろん、仮面なんて無粋なものは付けないで」

 

 ――祈花さんの言に興味のある方は、古代中国の偉人「蘭稜王」を調べてみてくださいねっ。

 

 

 

 そしてあっという間に月日はすぎ、神嘗祭の夜がやってきました。

 

「結局、蘭稜王の舞い手は修練場に姿を見せなかったわね。よほどの自信を持つ達人か、それとも只の馬鹿か」

「馬鹿の方じゃないことを折るわ……。私達の評価にまでとばっちりがきかねないもの」

 

 ひそひそと会話する私達が居るのは、衣裳部屋と化した小神社です。もちろん男女で分かれているので、修練は勿論、本番である今この時まで蘭稜王役の舞い手を見ていません。

 この先は純白の足袋が汚れぬよう、誰かにおぶってもらい本殿の壇上脇まで向かうのです。

 

「久遠ちゃん、きっかっち、かぐやん。準備はええか?」

 

 倭舞の頭を努める美奈子ちゃんが、皆に号令をかけます。

 今の私達は四人で一人。巫女の正装である千早に赤袴を身につけ。頭には金の冠に、桜の花を飾り。右手に若木をもって、壇上へと乗り込みます。

 もう、ここまでくればあとは度胸。やってやるぜとばかりに身を任せる他ありません。これまでの三年間で、私達の身体はとっくに舞いの動きを染み込ませているのですから。

 

「これが私達四人で踊る最後の舞いでもあるのよね」

 

 と、感傷的になっているのは祈花さま。

 

「せやね。来年は下の子に任せて、アタシらはそれぞれの宮にそった道を歩まねばならん。長いようで、短い三年間やったわ」

「う~~~…………」

 

 美奈子ちゃんがこれからの未来図を語り、輝夜さんが唸っています。皆の想いは違えど、言いたいことは一つ。寂しいのです。

 もちろん、それは私とて同じ。鬼ヶ島にいた頃には、こんな親友が出来るとは思ってもみませんでした。だからこそ、どうでもいい点が気になったりもします。

 

「ところで美奈子ちゃん? 前から気になっていたんだけど……」

「ん? なんや、久遠ちゃん」

「祈花さまは『きっかっち』で、輝夜さんは『かぐやん』なのに。なんで私は久遠のままなの?」

 

 呼び方なんて、他人から見れば本当にどうでもいい事かもしれません。ですが私からしてみれば、多少の疎外感を覚えてしまうのも無理はないかと思います。美奈子ちゃんの関西風な人懐っこさがあるなら尚更です。

 

「なんや、久遠ちゃんも仇名ほしかったんかいな?」

 

 びっくりしたように瞳を見開いて、美奈子ちゃんが問い返してきます。どうやら私は拗ねているようです。

 

「別に、欲しいわけじゃないけど? ……なんか、ずるい」

 

 久しぶりに子供らしい感情を表に出せたような気がしました。そしてそんな私は、三人の友人にとって珍しいものであったようです。

 その証拠に、三人娘の持つ六つの胸が。突然、むぎゅっと私の視界を覆い隠します。

 

「――――っ、むぐっ!?」

 

 顔面はお饅頭のような感触に支配され、口も満足に開けられません。

 

「なんやねん、この可愛い生き物はっ! お持ち帰りしてええんか!? ええんやなっ!!?」

「あらダメよ。ここは荒祭宮の権限において、私が保護しますっ! 美奈子さんでは商売道具として見世物にしかねませんからねっ!!」

「むう。くるしい~……」

 

 今の私は、ぬいぐるみ同然でした。只々、二人のオモチャにされて尽くし、飽きてしまうのを待つほかありません。輝夜さんは自ら行動したのではなく、ただ巻き込まれただけのようです。

 

「せやな。久遠ちゃんの仇名かあ、せっかっちは名案あるか?」

「んー、しょうじき久遠に仇名って思いつかないのよね。なんか女神様を略称で呼ぶようで、罰当たりな気分になると言うか……」

「ふがっ! ふがふがふがぁ!!」

 

 私は暖かい膨らみの中で、必死に抗議しています。確か、「勝手に人を神様扱いするなぁ!」と言っていたかと。

 

「あー、それでウチも『久遠ちゃん』どまりにしとったんかも」

「でもまあ、ご本人のご希望だしねぇ。ありきたりかもしれないけど、『くーちゃん』辺りが無難かも?」

「うむ、時間もないことやし、それでええか。ほな『くーちゃん』で決定や」

「むぅ――――っ、むいぅ――――っ!!」

 

 まさかの一案のみでの採決に、私は必死に抗議の声をあげます。しかし被告には何の弁論の機会も与えられません。

 なぜなら、そうこうするうちに祝詞奏上が終わり、舞楽奉奏の音が鳴り始めたからです。私達の倭舞はその後すぐ、もはや問答の余地などありません。

 

「よっしゃ、じゃあ改めて。用意と覚悟はええな? きっかっち、かぐやん。んでもって『くーちゃん?』」

 

 美奈子ちゃんの悪乗りは、今この時になっても終わりがないようです。それでもようやく柔らかな連峰より開放された私は、こう言うしかありませんでした。

 

「もう、今は『くーちゃん』で妥協するけど。神嘗祭が終わったら、再考してもらうからねっ! ぜったいよ!?」

「はいはい、私達の女神様はぜいたく者よね」

「……はやく終わらせて、甘酒のも~」

 

 纏まっていないようで、それでもこれが私達「お伊勢さん四人娘」の絆です。

 

 この倭舞をこなして、私は続けて人長舞もつつがなく努めて。

 輝夜さんのご要望どおりに甘酒で一息つきながら、私達のこれからを語る。

 

 そうです。別にそれぞれの道を歩み始めたからといって、会えないわけじゃありません。この友情は五年、十年、三十年と続き。それこそ黄泉の国でさえ途切れないでしょう。それほどまでに私達の絆は固く、解けぬように結ばれておりました。

 

 ならば、この絆を鋭利な刃で断ち切ろうとする者が現れるのも、また。

 

 私達の、

 

 いえ、この私「鬼舞辻久遠」の宿命だったのです――。




 
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