神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》 作:みかみ
「――――せいっ!」
――ギィンッ!
丑三つ時の神藤神社に、私の気合と金属音が響きわたります。
「なんのなんのっ!」
対する喧吾お祖父ちゃんの口調や槍捌きにはまだまだ余裕がみえ、私の薙刀術もまだまだだと言わざるをえません。
これは毎日の日課。そして私と喧吾お祖父ちゃんの絆を深める、鍛錬という名の儀式でもあります。
思えば私は、これまで自分の力に振り回されてきました。
自身の身体に巣くう鬼の血を忌避し、恐れ、認めずにただ、視線をそらしてきました。ですが、老いてますます堅剛な喧吾お祖父ちゃんを見て思ったのです。
素質はあくまで原石のようなもの。ならばそれをどう研磨し、輝かせるかは「これからの私次第なのだ」と。
私は自分の身の丈よりも長い薙刀をいかに動かすか、それだけに神経を集中させていました。今は力よりも、技を磨く時なのです。
「ほっほっほ、久遠も中々の動きを見せるようになったのう」
「そんな好々爺じみて見せても、もう騙されないんだからっ!」
薙刀の利点は、槍さえも凌ぐ長大な間合いです。ならば問題は相手に懐へ潜り込まれること――、
しかし。
「ほいっ。――中、外、中っ!」
「ふえっ、ひえ!?」
「上、中、下、下っ!」
喧吾お祖父ちゃんの変幻自在な槍捌き。間合いの遠近に加え、上・中・下段をもって私を翻弄させてきます。まるで二本の槍で突かれているかのようでした。
「ひゃあああ!??」
避けきれずに姿勢を崩し、尻餅をついた私の喉元に突きつけられる、槍の切っ先。
「ふむ、前言撤回じゃ。まだまだよの……」
「むう~……」
本日の修練でも、私はあの世行き。これで丸々三年の月日分、私は死んだことになります。
「久遠や。儂の槍やお前の薙刀は、得物の先にしか刃は付いておらん。じゃがそれは、先端でしか相手を打倒できぬという意味ではないぞ? コレは刺突武器であると同時に、こん棒のごとき打撃武器にもなるのじゃ」
そういうと喧吾お祖父ちゃんは、槍の真ん中を支点にしてクルクルと回して見せてくれました。その捌きようは、まるで大道芸人のようです。現代ではテコの原理というらしいですね。この時代にそのような言葉はありませんが、経験をもって知る達人は確かに存在しています。
「己の可能性を常に探れ。使えるモノは何でも使え。その結果で、自分と誰かの命を救えるなら
「む~……、何それ。じゃあ騙まし討ちをしたり、人質を取ったりしてでも勝てってことなの? それじゃあ『勝てば官軍』じゃない」
「然り。世の善悪など、人が勝手に決めた価値観じゃ。神は人を慈しむが、虐げもする。その自由さこそ、人が神の子たらん証じゃて」
「………………」
人が、神の子。
じゃあ、鬼は?
私はそう問い返せませんでした。
とっくに癒したと思っていた、心の傷。それはまだ、瘡蓋に覆われているだけなのかもしれません。
私はその傷痕を必死になって隠し、忘れようとしていたのです。
◇
諦めに近い境地で頷いたとはいえ、任されたからには最低限の努力はしねばなりません。
人長舞はゆったりとした、落ち着きのある舞。だからこそ、僅かなる間違いも許されません。どちらかといえば、最近の流行である西洋風の激しい「だんす」の方が正直私の性にはあっていました。
しかして神藤の娘として、それは許されません。
二千年近くの伝統を誇る伊勢神宮に、私の代で汚点を作るわけにはいかないのです。
今日の私は白衣に紫色の袴をはき、腰まで届く黒髪を後頭部で結って烏帽子で隠し、男装の宮司を演じます。
すると、外野から黄色い野次が。
「
美奈子ちゃん、うるさい。
「思わず久遠さまーって、世の女の子達が黄色い声援をあげそうね。御国に奉仕する方々も注目してくださるそうよ?」
「この勢いで、私の担当する倭舞も代わってくれないかな~」
騒がしい外野のおかげで、私は修練に集中できません。確かにもう倭舞の修練は終わり、帰宅するまでは彼女達の自由時間です。つまりは男装した私を愛でるのも自由……ってそんなわけあるかいっ!
「そういえば、私の人長舞に続く蘭稜王の舞い手は誰なの? 修練の場にも、さっぱり姿を見せないけど……。まさかぶっつけ本番なんて言わないでしょうね?」
「さてなあ。内宮のお偉いさんが選抜するってお話やったけど。祈花っちが知らんならお手上げやな」
祈花さまと美奈子ちゃんの会話は、私の耳にも入っていました。
私達は演者側、自らに託された舞いを舞うだけで運営側ではありません。そもそも、私達は伊勢神宮の最高権威者が誰なのかさえよくしりません。
「伊勢神宮なんだから~、天子様が頂点じゃな~い?」とは輝夜さん。
天子様とはつまり、天皇陛下のことです。
「いや、それはそうやろうけどもなぁ。天子様は東京の皇宮におられるわけやし、実質的なって意味で言えば誰やろか? 内宮の筆頭である荒祭の宮司様かいな?」
「お父様? う~~ん。それなりの役職にはいるだろうけど、全てを取り仕切っているってわけではないと思う。何か、女性の視点から全てを見ているかのような……」
美奈子ちゃんの推測を、祈花さまが否定します。内宮のお嬢様でさえご存知ないのであれば、この疑問は迷宮入りに間違いありません。
「まあ、人を心配する前にまず自分よね」
「「「そう(せや)ね」」」「え~……、今日はもう終わりにしようよ~」
いきなり正論ごもっとも。祈花さまの〆に、私と美奈子ちゃんは同意します。……若干一名は、空気を読んでいないようですが。
幸いと言っていいのか分かりませんが、人長舞と蘭稜王の舞いには繋がりがありません。それぞれが独立している以上、私は急遽押し付けられた人長舞を極めなければならないのです。
だ~か~ら~……。
「さっさと解散しなさい! 気が散るでしょ、この暇人どもっ!!」
「キャアアアアアアアアッ、久遠さまああああああああっ――!!!」
以前の男共に代わり、私の男装に惹かれて集まった女の子達。まるで本番であるかのように群がる人垣に向けて、私は苛立った感情を爆発させてしまうのでした。
その男らしさが、かえって女の子達の興奮を掻き立てるものだとは知りもせずに……。
「久遠は人長舞じゃなくて、蘭稜王を舞った方が似合うんじゃない? もちろん、仮面なんて無粋なものは付けないで」
――祈花さんの言に興味のある方は、古代中国の偉人「蘭稜王」を調べてみてくださいねっ。
そしてあっという間に月日はすぎ、神嘗祭の夜がやってきました。
「結局、蘭稜王の舞い手は修練場に姿を見せなかったわね。よほどの自信を持つ達人か、それとも只の馬鹿か」
「馬鹿の方じゃないことを折るわ……。私達の評価にまでとばっちりがきかねないもの」
ひそひそと会話する私達が居るのは、衣裳部屋と化した小神社です。もちろん男女で分かれているので、修練は勿論、本番である今この時まで蘭稜王役の舞い手を見ていません。
この先は純白の足袋が汚れぬよう、誰かにおぶってもらい本殿の壇上脇まで向かうのです。
「久遠ちゃん、きっかっち、かぐやん。準備はええか?」
倭舞の頭を努める美奈子ちゃんが、皆に号令をかけます。
今の私達は四人で一人。巫女の正装である千早に赤袴を身につけ。頭には金の冠に、桜の花を飾り。右手に若木をもって、壇上へと乗り込みます。
もう、ここまでくればあとは度胸。やってやるぜとばかりに身を任せる他ありません。これまでの三年間で、私達の身体はとっくに舞いの動きを染み込ませているのですから。
「これが私達四人で踊る最後の舞いでもあるのよね」
と、感傷的になっているのは祈花さま。
「せやね。来年は下の子に任せて、アタシらはそれぞれの宮にそった道を歩まねばならん。長いようで、短い三年間やったわ」
「う~~~…………」
美奈子ちゃんがこれからの未来図を語り、輝夜さんが唸っています。皆の想いは違えど、言いたいことは一つ。寂しいのです。
もちろん、それは私とて同じ。鬼ヶ島にいた頃には、こんな親友が出来るとは思ってもみませんでした。だからこそ、どうでもいい点が気になったりもします。
「ところで美奈子ちゃん? 前から気になっていたんだけど……」
「ん? なんや、久遠ちゃん」
「祈花さまは『きっかっち』で、輝夜さんは『かぐやん』なのに。なんで私は久遠のままなの?」
呼び方なんて、他人から見れば本当にどうでもいい事かもしれません。ですが私からしてみれば、多少の疎外感を覚えてしまうのも無理はないかと思います。美奈子ちゃんの関西風な人懐っこさがあるなら尚更です。
「なんや、久遠ちゃんも仇名ほしかったんかいな?」
びっくりしたように瞳を見開いて、美奈子ちゃんが問い返してきます。どうやら私は拗ねているようです。
「別に、欲しいわけじゃないけど? ……なんか、ずるい」
久しぶりに子供らしい感情を表に出せたような気がしました。そしてそんな私は、三人の友人にとって珍しいものであったようです。
その証拠に、三人娘の持つ六つの胸が。突然、むぎゅっと私の視界を覆い隠します。
「――――っ、むぐっ!?」
顔面はお饅頭のような感触に支配され、口も満足に開けられません。
「なんやねん、この可愛い生き物はっ! お持ち帰りしてええんか!? ええんやなっ!!?」
「あらダメよ。ここは荒祭宮の権限において、私が保護しますっ! 美奈子さんでは商売道具として見世物にしかねませんからねっ!!」
「むう。くるしい~……」
今の私は、ぬいぐるみ同然でした。只々、二人のオモチャにされて尽くし、飽きてしまうのを待つほかありません。輝夜さんは自ら行動したのではなく、ただ巻き込まれただけのようです。
「せやな。久遠ちゃんの仇名かあ、せっかっちは名案あるか?」
「んー、しょうじき久遠に仇名って思いつかないのよね。なんか女神様を略称で呼ぶようで、罰当たりな気分になると言うか……」
「ふがっ! ふがふがふがぁ!!」
私は暖かい膨らみの中で、必死に抗議しています。確か、「勝手に人を神様扱いするなぁ!」と言っていたかと。
「あー、それでウチも『久遠ちゃん』どまりにしとったんかも」
「でもまあ、ご本人のご希望だしねぇ。ありきたりかもしれないけど、『くーちゃん』辺りが無難かも?」
「うむ、時間もないことやし、それでええか。ほな『くーちゃん』で決定や」
「むぅ――――っ、むいぅ――――っ!!」
まさかの一案のみでの採決に、私は必死に抗議の声をあげます。しかし被告には何の弁論の機会も与えられません。
なぜなら、そうこうするうちに祝詞奏上が終わり、舞楽奉奏の音が鳴り始めたからです。私達の倭舞はその後すぐ、もはや問答の余地などありません。
「よっしゃ、じゃあ改めて。用意と覚悟はええな? きっかっち、かぐやん。んでもって『くーちゃん?』」
美奈子ちゃんの悪乗りは、今この時になっても終わりがないようです。それでもようやく柔らかな連峰より開放された私は、こう言うしかありませんでした。
「もう、今は『くーちゃん』で妥協するけど。神嘗祭が終わったら、再考してもらうからねっ! ぜったいよ!?」
「はいはい、私達の女神様はぜいたく者よね」
「……はやく終わらせて、甘酒のも~」
纏まっていないようで、それでもこれが私達「お伊勢さん四人娘」の絆です。
この倭舞をこなして、私は続けて人長舞もつつがなく努めて。
輝夜さんのご要望どおりに甘酒で一息つきながら、私達のこれからを語る。
そうです。別にそれぞれの道を歩み始めたからといって、会えないわけじゃありません。この友情は五年、十年、三十年と続き。それこそ黄泉の国でさえ途切れないでしょう。それほどまでに私達の絆は固く、解けぬように結ばれておりました。
ならば、この絆を鋭利な刃で断ち切ろうとする者が現れるのも、また。
私達の、
いえ、この私「鬼舞辻久遠」の宿命だったのです――。