神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》   作:みかみ

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第8話「ちがう、あなたじゃない?」

「お待ちくだされ、おひいさま! もうすぐ、もうすぐ朝日が昇りまする……!」

 

 駆け続ける私の背中に、慌てた様子のデンデン丸が声を投げかけます。

 

「四天王のおうちは岩穴でしょ? なら、お日様に当たらないよう入っちゃえばいいの!」

 

 しかして私の足は止まりません。

 私の心に渦巻く藤原の四天王と呼ばれる鬼への好奇心が、ひなが一日を小屋の中で過ごさせなかったのです。

 東を見れば漆黒の星空が薄れかけ、もうすぐ朝焼けが始まろうかという時間帯。只人であれば到底たどり着けぬであろう道なき道を、私達は一足飛びで駆け抜けました。鬼ヶ島での鬼ごっこで鍛えた足は伊達ではないのです。えっへん。

 一方の珠世先生は足に自信がないらしく、愈史郎(ゆしろう)くんに抱きかかえられながらの進軍となりました。

 ええ、はい。俗に言う御姫様抱っこというヤツですね。

 

「重くはありませんか? 愈史郎」

「もっ、もちろんですっ!」

 

 申し訳なさそうに心配する珠世先生でしたが、彼女以外の誰がどう見ても、愈史郎君は顔を真っ赤にして喜んでいます。

 まったくもう、見せ付けてくれますよね。

 幸せそうでなによりです。

 

 

 

 こうして私達はドロ助の案内により、青山高原の山中奥深くにある千方窟へとたどり着きました。

 明らかに自然の産物ではないその人工物は、かつて巨人の居城が鎮座していたかのような巨大な石垣によって形作られています。その根元には、まるで私達を飲み込みそうな暗闇の大洞穴が待ち受けていました。

 

 洞穴の奥から吹きつける風と共に感じるこの、ピリピリとした感じ。

 間違いありません。ここに平安の世から生き続ける大鬼が潜んでいるのです。まるでかつての主、藤原千方の城を数百年を経て今だ守り続けているかのような、そんな雰囲気。

 

「こっ、これは……。ドロ助、貴様なんという場所におひいさまをお連れしたのだ!」

「い、いやっ。俺だって人であった頃にお参りしただけなんだ。まさか、こんな大鬼の気配がするなんて……」

「おひいさま、今からでも遅くはありませぬ。戻りましょうぞ……!」

 

 臆病風に吹かれたデンデン丸達が情けない声を上げています。四歳児の背中に隠れて、ブルブルと震えて情けないったらありゃしません。

 まぁ、無理もないですけど。この気配、明らかに上弦に匹敵するほどの迫力です。下弦ですらない二人には未体験のものでしょう。流石に父ほどではありませんけどね。

 ですが当時の私は我がまま娘。この程度では決して止まらないことも、ご存知の通り。

 

「ふっふっふ――……♪ それでこそ、くおんの家来にふさわしいの。これなら、お父さんの家来、上弦にだって……」

 

 更に言えば、私の気分はただいま絶好調。

 デンデン丸やドロ助は確かに特異な力を持っていますが、残念ながら荒事には向いておりません。対して荒事専門で頭をつかう事が苦手だった当時の私にとって、二人は実に都合の良い家来でした。ならば最後の家来「キジ」は、この私と肩を並べて戦える大鬼こそ相応しい。

 

 私は一人、あぎとのごとく開いた大穴へと歩を進めつつ、後ろへ声をかけました。

 

「デンデン丸達も珠世先生も、ここでお留守番ね? ふじわらの四天王がくおんの家来になってくれなきゃ、あぶないの」

「久遠ちゃん……。どうか気をつけてね? 命の尊さは人も鬼も変わらないのよ」

「うんっ!」

 

 ニッコリと微笑んだ私へ、珠世先生も心配そうな声をかけてくれます。

 私は家来がほしい。珠世先生は「万能薬」を作るべく、平安の世より生きる大鬼の叡智(えいち)が欲しい。お互いの目的のため、射るべき的は決まっていました。だからこそ、危険を承知で同行してくれたのです。

 もし藤原の四天王が知恵を持っていたとしても、聞く側にも知識がなければ意味がありません。

 それに、私が五体満足で済む保証もありません。半人半鬼の私にとっても、珠世先生という鬼医者は必要なのです。

 

 すうう――っと、胸いっぱいに空気を吸い込み。私は大洞穴の奥底にまで(とどろ)くよう、おもいっきり声を張り上げました。

 

「やあやあ、われこそは鬼ヶ島のあるじたる鬼舞辻 無惨のそくじょ、名を久遠っ! へいあんの世より生きし大鬼、ふじわらの四天王よ。いさぎよくあらわれ、われのぐんもんへと下るがよい!!」

 

 え? こんな口上、四歳児の私がよく言えたねって? たしかに確かにその通り。実はコレ、ただの丸暗記です。此処に至るまでの最中に予め格好の良い口上をデンデン丸に考えさせておいただけで、私はあまり意味を理解してはいません。

 ですがまあ。主人と成る者にとって、見栄えというものも大切なのですよ。うんうん。

 

 もう羞恥心なんて、遥か彼方へ投げ捨てましたからっ。

 

「こたえぬかっ! ふじわらの四天王とはふぬけの集まりかっ!!」

 

 度重なる口上が大洞窟の中へ、そして反響して奥へと伝わってゆきます。

 もし何の反応もなければ、コレ幸いと突貫する腹積もりでした。お互いの強大な気配がハッキリと感じられる今、居留守などという姑息な真似は通じません。

 私の後ろではデンデン丸とドロ助がコソコソと状況を見守っていました。

 

「……出てこぬな。おひいさまの威厳に(おく)したか?」

「てか逆じゃねえの? おひいさまの声じゃまだまだ、迫力がないぜ。よくて子供の悪戯だ」

 

 はい、ドロ助。あとでお仕置き決定です。まったくもって懲りない家来ですね。この可愛らしい姿でオジサンのような野太い声を出したら逆に怖いですよ。

 ですが二人の指摘通り、中に潜んでいる大鬼は一行に姿を見せません。もしかして本当に侮られているのでしょうか?

 私が痺れを切らし、もうこうなれば無理矢理にでも引きずりだそうかと洞窟内へ足を踏み出そうとした、その時。

 

 なんとも聞き覚えのある声が、洞窟の奥から反響して聞こえてきたのです。

 

「ヒイィ……。なぜここに、おひいさまがぁ…………?」

「――――――――。……ふえっ、ふええええええええええええ???」

 

 その特徴的な、悲鳴から始まる声に思わず戸惑いの悲鳴を上げてしまいます。ですがそれも無理のないこと。この悲鳴、忘れるわけがありません。私は真実を確かめるべく、洞窟の奥へと駆け出しました。

 

「どうして、どうして貴方がここにいるの? ……半天狗のお爺ちゃん!」

 

 

 ◇

 

 

「まさかこんな場所でもおひいさまに出会うとは……、楽しいのうたのしいのう!」

「儂も喜ばしいぞ? こんなところでまで、かの御方の息吹を感じられる。ただただ喜ばしい……!」

「お前ら、儂を守るのじゃ。か弱い儂を守れっ!」

 

 突然の再会に、私も驚きましたが相手はそれ以上に混乱しているようでした。

 

 私がたどり着いた大洞窟の最奥は、幾本もの鍾乳石が天井から垂れ下がる大広間。

 鍾乳石から垂れ堕ちる水滴と岩壁の隙間から流れ出る地下水が川をつくり、更なる地下へと流れ落ちてゆく。これこそ正に自然が作り出した絶景です。周囲は蛍のような虫が燦々(さんさん)と光りを放ち、周囲を見渡すのに不自由はありません。

 

 そんな絶景の中に居たのは三人の鬼。

 いつも困り顔な半天狗のお爺ちゃんと、その分身である楽しげな鬼。もう一人は私もまだ見た事がない、喜びの笑みをうかべる鬼がいます。

 舌には「喜」の文字。背中には猛禽類の羽が生え、四肢にいたっては鱗に覆われて鍵爪が延びた鳥類の足がありました。

 

 そう、私が最後の家来にと願った。念願の「キジ」役にピッタリな人材がそこにいたのです。

 

 しかして願いが叶った時に訪れるはずだった喜びが、私の中で急速にしぼんでゆきました。

 いえ、むしろ失望と共に抑えがたい怒りの感情が沸きあがっていると言ってもよいでしょう。

 なぜなら――。

 

「どうして、お爺ちゃんが藤原の四天王……なの? 最初から……お父さんの家来じゃなかったの?」

 

 この洞窟に居る大鬼は、藤原千方という大昔の将軍に忠義を尽くした鬼のはず。私の父、鬼舞辻 無惨の腹心である上弦の鬼が居るのは、どう考えてもおかしいのです。

 

「ヒイィ……いかにも。ワシ等はかつて、藤原の千方様に忠義を尽くす『天狗の四天王』であった者。じゃが朝廷に主を屠られ、仇を討たんと鬼に成り果て数百年。今となっては墓守しかできぬ半端者と成り果てもうした。

 それが我ら半天狗『半端者の天狗』と成り果てた儂らの姿なのですじゃ」

「……じゃあ、お父さんの家来になったのも?」

「もはや仇の一族も滅び去り、成すべき事を無くしたワシを……あの御方は再び拾ってくださったのですじゃ。我ら鬼と人間共の争いは、何方かが滅ぶまで終わりを見せませぬ。あの御方の血を頂戴して強くならなければ……『鬼殺隊』に殺され、千方様の墓守さえままならぬのです!」

 

 人間であっても妖怪である天狗と称される。それは四天王と呼ばれるだけの実力は伴っていたと言う事なのでしょう。それほどの猛者が鬼となれば、上弦にまで上り詰めたとしても不思議ではありません。

 ですが喜びの文字を持つ若い鬼さんも、鬼ヶ島で鬼ごっこをしていた「楽しい鬼さん」も、この件に関しては決して楽しいとか喜ばしいとは言いませんでした。それだけの無念が、懺悔が今だ心の中に燻っているに違いないのです。

 

 ですがそんな事情でさえ、当時に私にとってはどうでも良いことでしかありませんでした。そう、鬼を殺す組織である「鬼殺隊」という言葉さえ、この時の私にはどうでもよかったのです。

 

 私が求めるはただ一つ。

 まるで視線を隠すようにうつむきながら、私は最後の悪足掻きをしてしまいます。結果は、聞かずとも解っているというのに。

 

「…………半天狗のお爺ちゃんは、久遠の、『久遠だけの家来』になってくれる? なってくれるなら、久遠はなんでもお願いごとを一つ叶えてあげるよ?」

 

 デンデン丸とドロ助にも提示したきびだんご。二人は私の条件を受け入れて久遠だけの家来になってくれました。しかしてそれは、言葉以上に覚悟のいる決断。つまりは「父である無惨を裏切る」ことに他なりません。

 デンデン丸は下弦ですらない下等鬼であり、ドロ助に至っては鬼ヶ島に入ることさえ許されていない野良鬼でありました。 

 対して半天狗は上弦の肆。鬼達の誰もが認める父の腹心、上弦の鬼の一角です。私の家来になるという選択肢などあるわけがなく。

 

「……あの御方が、なぜ貴方様を御産みになったのか。儂程度ではそのお考えを図ることさえできませぬ。おそらくは深い、深いお考えがあってのことでしょう。

 儂にそのお考えを妨げることは、……出来ませぬ」

 

 返答は、まったくの予想通り。

 どこにも居場所がなかった鬼ヶ島の鬼がまた、私の前に立ち塞がります。

 

「……久遠はお父さんの家来じゃないし、おとうさんでもないよ。お父さんは久遠のこと、何にも見てくれない。久遠はいらない子なんだ。だから久遠は……、久遠だけの家族を作るの。それを邪魔するやつはっ、絶対に……ゆるさないっ!!」

 

 ドロ助の時とは違い、私の堪忍袋の緒は三度も耐えられるほどの強度を取り戻していません。

 

 自分の思い通りにならないという現実が。

 自分の命に従わない存在への理不尽な憤りが。

 

 暴虐の限りを尽くせと父から受け継いだ血脈を駆け巡り、脳天から足のつま先にまで満ち満ちてゆきます。

 私が今、何よりも欲していたのは「家族」でした。

 

 それを受け入れない者は、例外なく敵でしかなかったのです。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 今後ともまったり続けていきますので、よろしくお願いします!
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