それからも二組の快進撃は続いていった。
『魔術狙撃』に参加したセシル等の平凡な成績であった生徒も順調に三位以内という上位を守り続け。
『暗号早解き』に参加したウェンディ等の優秀な生徒は首位に君臨した。
エミヤの指導もあるのだが、それ以上にクラス全員が一体となって勝利を目指すという構造が引き起こした心理的な応援がこの結果を齎したのだろう。
一時的に独走が期待された一組を抜かしてしまい、それが原因で焦り、らしくない失敗をしてしまうというアクシデントをしてしまう生徒もいたが、そこはしっかりとフォローをする。
予期しなかった結果に対応が遅れたエミヤの責任だろう。
とはいえ、午前最後の種目が残された時点で、順位は二位。
ハーレイの一組に抜かされてしまったが、まだまだこれからである。
そして、これから『精神防御』が始まろうとしていた。
「あの、先生……少し、大丈夫ですか?」
「む? どうした、システィーナ」
始まる前の空き時間にて、エミヤはシスティーナに声をかけられていた。
「その……今からでも、ルミアを他の子に変えませんか?」
「……なるほど。確かにルミアには少々過酷な競技かもしれないな」
はい、と不安と後悔が織り交ざった表情で頷くシスティーナ。
親友である彼女は、辞退という結末は見たくなくても、危険な競技へ対する心配があるのだろう。
『精神防御』。
端的に言えば精神汚染攻撃への対抗だ。
精神汚染攻撃への対処法はアルザーノ帝国魔術学院で必須技能の一つであり、それを競うというもの。
精神作用魔術である白魔【マインド・アップ】を己へ施し、攻撃者であるツェスト男爵を前に精神の安定を維持するという耐久戦がこの競技の内容だ。
肉体的な負担は少ないが、精神へ直接攻撃が下るという過酷さは、周知の事実である。
「ですから……!」
「とはいえ、このレベルで勝利するのは彼女にとって造作も無いだろう」
「……え?」
自信気に勝利を予期したエミヤ。
予想外の反応にシスティーナが忘我していると、その声を聴いたギイブルが鼻を鳴らす。
「確かに先生は今まで適切な采配を行ってきました。ですが、ここに来て重大なミスを犯しましたね」
「重大なミス? 一体、何の事だろうか」
「……良いでしょう。先生は去年居なかったから知らないんですよ、この競技の過酷さを」
ギイブルは壁に体重を乗せ、腕を組みながらその説明をする。
「去年は軽度の精神崩壊を起こし、三日間ぐらい寝込んだ生徒もいるんですよ? 流石に知ってますよね?」
「勿論。確かにこれは危険な競技と思う」
「……随分と、反応が軽いんですね?」
「ああ。私はルミアを信じているからな。彼女なら確実に、勝てる」
真剣な表情のエミヤに、ギイブルは口を閉ざす。
彼もこんな反応をしているが、勝利を目指している一人である。
それはエミヤが一番よく分かっている。
そんな彼がこんなことを言ったのには理由があるのだろう。
「君は恐らく、私がルミアを捨て石にでもしたのかと思ったのだろうが、それは間違いだ。はっきりと言うが、二組の中でルミア以上に精神が整っている生徒は居ない。むしろ私が驚いているくらいだ。どうしてそこまで、彼女は強いのかとな」
「じゃあ……本当にルミアは、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だ。私も勝利を望んで送り出した。その決断は今でも間違っていないと確信しているよ」
それでも不安げなシスティーナ。
希望を崩壊させることは簡単だが、不安を払拭させるのは難しい。
相手が親友ともなれば当然だろう。
「大丈夫だ、システィーナ。必ず彼女は勝てる。だから───君も、ルミアを信じてあげて欲しい」
「……分かりました。ルミアを、信じます」
ああ、と頷くエミヤ。
ギイブルもその会話に何も言ってこなかったことから、一応は信用してくれたという事で良いのだろう。
いよいよ始まる『精神防御』。
会場に登場したルミアを、システィーナは両手を合わせて祈るようにして信じる。
エミヤは、その背中に絶対の自信を感じていた。
***
「不味いな……」
どんどん進んでいく『精神防御』。
他クラスの代表選手が次々と落ちていくのを尻目に、最後まで残り続けたルミア。
合計二十以上の魔術が彼女の精神を攻撃していたが、毅然と心を保ち続ける。
その光景に、なんら不満点などあるはずが無い。
エミヤの言葉に疑問を持ったシスティーナは問う。
「不味いんですか? 私としては、あの子がここまで強かったのが驚きなくらいなんですけど……」
「不味いさ。私もルミアの強さを信じてはいるが、隣のジャイルという少年を甘く見積もり過ぎていたらしい」
己の失態を恥じるようにしてエミヤは顔を曇らせる。
現時点で残っているのは、二組の代表であるルミアと、五組のジャイル。
両者共に冷や汗を流しながら、次々とツェスト男爵の精神攻撃を凌駕していくが、それにも限界が見えてきた。
その差は寸毫。だが、一歩ばかりルミアの方が早いか……?
「最悪の場合を考慮しなければならないかもしれないな。ルミアは耐えられて、残り数回だろう。それまでにジャイルが折れてくれれば良いのだがな……」
全く、ここまで苦戦するとは思わなかったと苦笑いを浮かべるエミヤ。
だが、その笑みが真剣に通ずる代物であることを、隣で静謐にその双眸を見上げていたシスティーナには理解できていた。
「……お願い、無理だけはしないで……!」
精々自分が出来るのはこれくらい。
神ではなく、正面で毅然と戦っている親友に向かって祈りを奉げるシスティーナを尻目に、エミヤもその戦況を精悍に睨む。
ルミアの不調を真っ先に察せるように。
最悪の場合であろうとも突き進んでしまうであろう彼女を助ける為に───。
***
回数は熱狂と共に増えていく。
一騎打ち。絶対的勝者であるジャイルへ食らいつく、ルミア=ティンジェル。
彼女の雄姿に、一つ、また一つ、魔術を乗り越えるたびに起こる拍手。
そこへ至らずとも、過程は称賛されるべきものだ。
───そして、ルミアもまた、それを為せるのではないかという期待が会場を渦巻き始めた。
「ねえ、先生……本当に大丈夫なんですよね……?」
「───」
一つ、また一つと魔術を乗り越えるたびに劣化するルミアの精神。
そのダメージが肉体にも顕現し、覚束ない両足と、歪む表情のまま、それでも彼女は前を向く。
勝利という道を見続ける為に、その道を見失わないように。
───ラウンド、第三十一。
均衡を察したツェスト男爵は、より強力な一手を放つ。
怒涛の勢いで放たれる精神汚染攻撃は、まるで濁流の如く防衛者二人を呑み込んだ。
「───っ」
ぐらり、とルミアの体が傾いた。
均衡を打ち破る為に放たれた一撃は、閂を凌駕し、その門を踏破した───。
その結末を見届けたエミヤはスッと立ち上がり、隣のシスティーナに向かって告げる。
「……なるほど。これで、競技終了だな」
「先生……それって……」
悲痛な表情をするシスティーナ。
彼女はエミヤの言葉に、親友の敗北を悟ったのだろう。
「彼女は良くやったよ」
危険状態でありながら、実況の問いに続行を選択してしまうルミア。
残念ながら、その願いは叶えられない。
当たり前だ───既に、勝者は決したのだから。
「───少し待て!」
エミヤの声に、会場の空気が入れ替わる。
競技という泡沫の夢が覚める。
『ええっと、エミヤ先生? どうしたんでしょうか?』
「続行する必要は無い」
観客席から降りて、ルミアの元へと向かうエミヤ。
その後ろからシスティーナもついてくる。
『続行する必要がない、というのはつまり棄権ですか?』
その実況を聞いた観客からブーイングが鳴り響く。
それを気にせずエミヤはルミアに声をかける。
「良く頑張ったな、ルミア」
「ま、待ってください!! 私は、まだ……」
「……? どうして待つ必要があるんだ?」
抗議を続けるルミア。
エミヤはその頭に疑問符を浮かべた。
「私はまだ、大丈夫です! 皆が頑張ってるのに、私だけこんな中途半端じゃ……」
「だから、何が大丈夫なのかが分からないな。勝者は君だというのに、どうしてこれ以上競技を続けなければならないんだ?」
「───え?」
本当に分からない、という風に首をかしげるエミヤ。
だが、その言葉の意味を瞬時に理解できたのは誰も居なかった。
その空気を察したエミヤは苦笑いと共にツェストへ話しかける。
「ジャイルは既に気絶しているだろう? よって、ふらついたとはいえ耐え凌いだルミアの勝利と思ったのだが、違うのかね?」
「───な。何を言って……待て。本当に、気絶している……?」
ツェストの驚きが、会場全体に伝播する。
ジャイルの気絶。その事実が周知のものとなる。
『と、言う事は……?』
「……この勝負は、ルミア君の勝利。よって、一位は二組!!」
ツェストが宣言する。
その声音を拾った実況が響き渡り、観客の興奮は最高潮へと引き上げられる。
前代未聞の格上殺し。
誰も予期していなかった未来が現実と成り、拍手の波が会場全体を凌駕する。
「「「「「うおおおおおおお───ッ!!」」」」」
二組の生徒達も、その喜びを分かち合おうと観客席を飛び降りた。
そのままルミアの元へと直行し、彼女を一目散に取り囲む。
ルミアは困ったような顔をしていたが、エミヤが一つ背中を押す。
「良く頑張ったな、ルミア」
先ほどの言葉をもう一度繰り返す。
その言葉を聞き、現実を知ったルミアは満面の笑みで、先ほど言うはずだった言葉を紡ぐ。
「───はいっ!!」
頷いて、ルミアはクラスの皆に向き直る。
「ありがとう、みんな!」
途端に見えなくなるルミアの姿。
クラスの皆に囲まれて、その中心で花のように微笑む彼女がそこに居た。
「───」
それを離れた場所から見ていたエミヤ。
薄幸を命じられた少女が、陽の光が当たる所で日常を謳歌している奇跡。
その道を守るためならば、この身は障害を悉く排除することを約束しよう。
───らしくない、な。
フッと儚い笑みを零したエミヤは、こんな事を思ってしまった張本人へ視線を送る。
「───さて。まさか、君達が居るとはな」
エミヤは視線を観客席の方向へと投げる。
そこには誰も居なかった。その事実が視覚を通じて脳裏へと送られる。
だが間違いなく、見渡す限りに広がる観客の姿ではなく、見知った視線を感知した。
その事実が覆ることはない。
それは───嘗て、共に仕事をしていた同僚が、近くにいるという事実だった。
次回から展開が大きく動き出します。