赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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王室親衛隊

 その後、午後の競技が始まった。

 安定的な成績を残す一組と、快進撃を続ける二組との戦いは他クラスの生徒も巻き込んでヒートアップしていった。

 そんな中で、エミヤは観客席ではなく会場から離れていた。

 

「少しケアが不足していたか……? 立ち向かう切欠を与えられたと思っていたのは、私の思い上がりだったか」

 

 競技が開始され、生徒の応援をしていたエミヤに、システィーナが告げた言葉。

 曰く、ルミアの姿が見えない、と。

 継ぎ接ぎだらけだった心に火を灯すことが出来たのかと思ったが、まだ思い詰めていることがあったのだろうか。

 とにかく、天の智慧研究会が動いている現状でルミアの単独行動は許されない。

 合流してから話を聞くことにしよう。

 エミヤは尖塔に登ると、卓越した瞳に映る視界を凝らす。

 

「───そこか」

 

 エミヤは飛び上がると、屋根を駆けてその場所へ移動する。

 学院敷地の南西端。学院を取り囲む鉄柵にもたれかかるようにして、ルミアがそこに居た。

 周囲への警戒を怠らず、エミヤはその場所へ降り立った。

 

「───わっ!? え、エミヤ先生……?」

「……ロケットを見ていたんだな」

 

 エミヤは物憂げな表情で手に持っていたロケットを見ていたルミアに話しかけた。

 彼女は突然の出現に驚いた様子だったが、その言葉に首肯した。

 

「……はい。先生にもう一度話せば良いってアドバイスを貰ったんですけど……やっぱり、怖くて」

 

 搾り出すようにしてルミアは言葉を続ける。

 

「あの人と、話したいっていう気持ちは本物です。でも、また突き放されるんじゃないかって不安にもなるんです。この、空虚なロケットみたいに、私の事を無かったように、扱うんじゃないかって……」

「あくまで私は第三者としての立場だが、少なくとも陛下は君の事を想っているように感じたが?」

「ええ……はい。私もそう感じました。でも、それがいつまで続くか分からない」

「いつまで続くか分からない……?」

 

 こくり、静かに頷いたルミア。

 その様子には何処か怯えているようにも感じられた。

 

「あの人は……とても優しかったんです。私の事をとても大切にしてくれて、私もあの人の事が大好きだった……でも、ある日、突然豹変したんです」

「───」

「昨日までの優しい表情が嘘なんじゃないかって……そう思ってしまう程、冷たい視線をあの人は私に向けたんです……」

 

 ───そのことは、良く知っている。

 ルミア=ティンジェル、彼女の運命を逆転させた黎明。その日の事を、エミヤは決して忘れない。

 未だ幼き王女をとある一室に呼び、そこで全ての簒奪を命じる。

 大人であっても受け入れることが出来ないような出来事なのに、未熟な子供にとってはどれ程悲痛な出来事だったか。

 

「……私も、ダメですね。もう忘れよう、って何度も思ったんですけど……忘れられない。夢に見る程魘されるんです。でもそれは、私が過去を捨てることが出来ない証拠。結局私は、考えないふりをして、あの人に対して怒っているんだと思います」

「気持ちは分かる。そこに如何なる理由があろうとも、親が子を棄てた事実に違いは無いからな。とはいえ、陛下にも退くに退けない事情があったんだと理解してほしい」

「……はい。あの人にも、立場があったんだということは分かります。王国の為、未来の為、私という異分子は切り捨てなければならなかった……それは、分かるんです」

 

 アリシアにも退けない理由があった。

 全を導くため一を切り捨てる。その選択に、エミヤが異議を唱えることは出来ない。

 その選択の重さは知っている。それが当事者であり、ましては親であるアリシアからすれば、どれほど重く圧し掛かった選択だったのかを。

 ルミアも理由や理屈は理解しているのだ。それでも───、彼女にも抱えている思いがある。

 それを蔑ろにすることも出来ない。

 

「───人生とは、やはり難しいものだな」

「え……?」

「一つ昔話をしよう。まあ、下らない男が居たんだなと笑ってくれて構わない」

 

 そう言ってエミヤは話をする。

 愚かにも壮大な理想を追いかけ、その理想に溺死した一人の人生を。

 

「……まあ、何だ。結局人生なんて選択の連続なんだ。一方を救いたければ、もう一方は見捨てなければならない。陛下の選択もそうだろう。決して簡単に決められたものではない。それは、私が一番よく知っている」

「あの……先生って、もしかして」

「元軍人として、陛下に仕えた過去があってね。君は知らないとは思うが、私は君のことを知っていたりする」

 

 上層部との軋轢が生じた原因の一つでもあるのだが、エミヤはその行動に後悔はしていない。

 お陰で、アリシアの本心を知ることも出来たしな。

 

「ほ、本当ですか……!?」

「ああ。まあ、その辺りは直接陛下に聞いた方が分かるだろう」

 

 一応話のネタになりそうなものを残しておく。

 歴史に翻弄され、訣別を運命づけられた親子にとって、再開は簡単に受け入れることが出来るものではないだろう。

 短くとも整理の時間が必要だ。その先で、困ったのならこのネタを使ってもらいたい。

 とはいえ、まずはそこへ至る障壁が存在する訳だが───。

 

「───そこ、姿を見せろ」

 

 エミヤは鋭い一声と共に振り返る。

 その視線に先に居たのは、本来であればこんなところに居てはならない部隊、王室親衛隊だった。

 体の要所を軽甲冑で固め、象徴である陣羽織を靡かせ、細剣を佩く。

 総勢十一騎の精鋭がエミヤとルミアを囲むようにして陣容を為していた。

 その中の一人、中央に鎮座する男が話しかけてきた。

 

「久しいな、『死神』」

「……何用だ、『双紫電』。貴様らは陛下を守護するのが任務のはずだろう?」

 

 とても安泰な状況では無いことは確かだ。

 まずは情報を得る為、王室親衛隊、その存在意義をもう一度問いかける。

 

「そうだ。だが、時として陛下の元を離れ、自ら帝国に仇為す罪人を誅殺することもある」

「守護だけが取り柄の貴様らがか? 冗談は止してくれ。慣れない事に手を出すものではないぞ?」

「貴様のような半端者に言われたくないな。上層部へ楯突いた勇気は認めてやらんことも無いが、結局の所後先考えずに突貫する馬鹿であった貴様には」

「反発を忘れ、唯々諾々と状況に流されるだけの人間に言われるとはね。どうやら己が歩いてきた惨劇を見返すことも出来ないらしい」

 

 エミヤはその手に投影した双剣を握りながら、ルミアを守るようにして立つ。

 相手は王室親衛隊。陛下の警護を第一とし、それを長年にわたり成し遂げてきた少数精鋭部隊。

 その中央で、エミヤと対峙するのが『双紫電』と呼ばれし初老の男だ。

 名をゼーロス=ドラグハート。親衛隊の総隊長を務める程の実力者である。

 

「……相変わらず気にくわない男だな。まあ良い、貴様の戯言に付き合う時間は無いのでな」

 

 怨敵を睨むような視線をした後、ゼーロスはルミアに向き直った。

 

「貴様がルミア=ティンジェル……で、間違いないな?」

「……え? あ、はい……そうですけど……」

 

 そうか、と静かに呟いたゼーロス。

 本当はルミアの事を知っているのに、名を問いかける行動にエミヤは不気味な何かを感じていた。

 そして、その憶測は的中する。

 風を斬る一閃。

 ゼーロスは一糸乱れぬ音速で佩いた細剣を抜くと、ルミアを穿つ───。

 

「───させると思ったか?」

「思う訳なかろう。貴様の異常さは熟知しているからな」

 

 割り込んだエミヤの双剣によって止められる細剣。

 だが、ゼーロスはその行動に瞠目は無かった。

 

「ゼーロス、その行動の意図は何だ? 貴様の剣は陛下を守るための剣であって、人を殺す為の剣では無いだろう?」

「いや、私の剣は一貫して陛下を守るために振るわれる。その理由を今示そう」

 

 至近距離で向き合う両者。

 ゼーロスがエミヤから距離をとる。

 

「ルミア=ティンジェル。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその大罪、命を以て償ってもらう。なお、この命令は女王陛下の勅命である」

「国家転覆だと……? 何を馬鹿な事を言っている。彼女が、そんなことをするわけが無いだろう? そもそも、彼女の真実を知っている貴様ならその疑惑が欺瞞であることは理解できるだろう?」

「ルミア=ティンジェルの真実だと? 貴様の方こそ何を馬鹿な事を言っている。私が、そのような大罪人と面識があるはずがない」

「貴様、冗談にしては質が悪いな」

「冗談なわけが無い。そもそも、貴様の言う真実とは何だ? まさかとは思うが、陛下とその娘に何かしらの関係がある、などという戯言を言うのか?」

 

 侮蔑の笑みを浮かべ、己の言葉を一蹴するゼーロス。

 

「私は確認した。陛下にとって、ルミア=ティンジェルという娘は己の命を狙った罪人であり、面識はないとな」

 

 静謐に言葉を述べるゼーロス。

 その一つ一つがルミアを穿つ言弾と成り、絶望に濡れる。

 

「その証拠は?」

「陛下の勅命がその証拠だ。元軍人として、貴様にもこの一言の重さは十分理解できるだろう?」

 

 皮肉に歪ませるゼーロス。その行動の余裕さには、どうも不気味なものを感じる。 

 では、本当にアリシアが命じたのか───?

 それは有り得ない。

 少なくとも、あの人の下で仕えその人柄を知っているエミヤにとってその揺らぎは微々たるものだ。

 でも、ルミアはそうではない。

 

「厄介なことになったな……」

 

 天の智慧研究会と、王室親衛隊。

 その両者が、ルミア=ティンジェルの命を狙う為に立ちはだかるというのか。

 生半可な心持では、厳しい戦いになることは予想できるだろう。

 

「わ、私が……陛下の暗殺を、企んだ……?」

「動揺する演技をしても無駄だ。同情を誘うつもりなのかもしれんが、その程度で揺らぐ我々ではない」

「これが演技に見える、だと?」

「ああ。事実を塗り覆そうとする行為だ」

 

 瞳を痙攣させるルミア。

 ゼーロスは淡々と物事を進め、その刃をルミアの首元へあてがおうとする。

 

「貴様、それほどまでに墜ちたか」

「何とでも言え、シロウ=エミヤ。なお、これ以上の抵抗を続けるのであれば、いくら既知の間柄と言えどもその命脈を断つことになる。言動は慎むが良い」

 

 視線を交差させる両者。

 共に握る武具へ握力を加え、両足はいつでも動けるようにと準備されている。

 緊迫感が向上し、一触即発の雰囲気をその場に居る誰もが気づき始めた、その時。

 

「───分かりました。仰せの通りに致します」

「……ほう?」

 

 一歩前に出るルミア。

 逼迫感で押しつぶされそうになる胸を両手で押さえ、ルミアはその欺瞞を認めた。

 

「ごめんなさい、エミヤ先生。私───」

「……感心しないな。それは、己の命を簡単に投げ出す行為だぞ?」

「はい。でも、これ以上先生に迷惑をかけるわけにもいかないので……」

 

 やはり、か。

 以前も見られた、彼女の美徳であり異常なまでの精神力。

 他者に迷惑をかけるのであれば、命を捨てるのも厭わない、という行動原理から為される幼き修羅場が齎した異常性。

 だが、その行為を看過する訳にはいかない。

 少なくとも、その瞳に人間としての雫が見られる限りは。

 

「何を言うかと思えば。私に迷惑をかける訳にも行かない? 笑わせないでくれ、君は何を言っている」

「え……? だ、だって……」

「私は先生だ。故に、君達生徒に迷惑をかけられるのは当たり前だ。その分、君達が成長してくれれば教師としてこれ以上の幸福は無い」

 

 エミヤは前に出たルミアを、再び背負うようにして前に立つ。

 

「それに、私は君を陛下の元へと連れていかねばならないのでね。それが果たされるまでは、何があっても私は君の味方だ」

「陛下の元へその大罪人を連れていく、か。だが、その結果を為すには我々王室親衛隊を突破しなければ為し得ない奇跡だ。貴様程度に為せるはずが無い」

「本当にそう思うのであれば、是非手を抜いてもらいたい。言葉を汲み取るのなら、私一人など雑兵と同義なのだろう?」

 

 双剣を握った両手を構えることなく、泰然と相対する。

 その構えとも言えない事前準備に、されどエミヤの戦い方を知っているゼーロスは万全の態勢で腰を落とす。

 

「だ、ダメです先生……! 先生が強いのは知っていますが、相手は王室親衛隊ですっ! それに、一番前に居るのは───」

「『双紫電』ゼーロス=ドラグハート。約四十年前の戦争で活躍した英雄、と言いたいのだろう?」

 

 不安げに見上げるルミアへニヒルに笑う。

 

「安心して見ておくと良い。そして、悟るんだ。君の味方は、簡単な障害には負けないのだとな」

「先生……!」

「随分と舐められたものだな、若造。確かに全盛期と比べれば身体能力の劣化を感じるが、その分修羅場を乗り越えた技術がこの身に宿ることを忘れるな」

「フッ。若造、そして技術か……」

 

 守護者としての裏側を知らないゼーロスにとって、その言葉は必然か。

 

「では、来ると良い『双紫電』ゼーロス=ドラグハート。是非とも未熟な私に、君が誇るという技術を叩き込んで頂きたい」

「ハ───ッ! その言葉、寸毫先の未来にて後悔させてやろう───ッ!!」

 

 駆けるゼーロス。

 泰然と待ち受けるエミヤに、防衛体制を整える様子は見えない。

 当然だ。劣化が見えるゼーロスと言えど、その身体能力は常人のそれを大きく凌駕している。

 両者の間に繋がる距離など、数歩で吹き飛ばすことが可能だ。

 

「覚悟───ッ!!」

 

 細剣を振り上げた、その瞬間。

 口元を歪ませたエミヤはいつの間にか空虚になっていた片手に、とあるナイフを握った。

 投擲か。その行動の先読みを為したゼーロスは、防衛に立ちまわる。

 エミヤの手を離れ、飛来するナイフ。

 ゼーロスの全神経をつぎ込んで、ようやく視認できる速度で駆け抜ける剣先を細剣で逸らそうとして───、

 

 

 瞬間、辺り一帯を包み込む爆発が忽然と出現した───。

 


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