「すまない、少々事情があり遅れた。今はどんな状況になっている?」
「あ、先生……! 実は───」
午後の競技が始まって幾ばくか。
遅れて戻ってきたエミヤとルミアは近くにいたシスティーナに状況を聞く。
「なるほど。失速してしまったという事か」
「……はい。一応先生の掲げた上位三位以内を死守、という目標は維持できてますが、それもいつ崩れるか分からない状況で……」
見れば午後の競技も最初こそ優勝・二位を獲得できていたが、今ではギリギリ三位に滑り込む、という形になってしまっている。
全体的な順位も三位に転落しており、二位との差こそ微々たるものだが、優勝を狙うには少し厳しい現実となっていた。
「……ごめんなさい。本当は先生に任せきりじゃなく、私達だけでも勝ちきれるようにならないといけないはずなのに……こんな結果になってしまって」
悔しそうに拳を握って頭を下げるシスティーナ。
ルミアはその姿に手を伸ばす。
「大丈夫だよ、システィ。まだ、負けたわけじゃないから」
「ルミア……」
「ルミアの言う通りだ。確かに午前の勢いと比較すれば衰退しているかもしれないが、元来君達は三位以内の上位を狙うという目標を達成すること自体困難と思われていた過去がある。それが、今は私が居なくとも上位を死守できているじゃないか。ならば、君達に落ち度はない」
そうだ。これまで全競技で優勝争いを繰り広げていたから、何時の間にか全員が勘違いしていた。
エミヤの姿を見たクラス全員が近くに戻ってくる。
その表情には優勝が遠のいた事への悔しさと、エミヤが帰還したことへの少々の希望が見えている。
「ここから、君達を優勝に導くのは私の役目だ。なに、心配はいらない。まだ優勝の希望は失われていないのだからな」
まずは現状の泥沼を払拭し、心火を灯す。
モチベーションというのは人間に思いがけない能力を齎すものだ。
それがポジティブなものか、ネガティブなものか。両者共に齎すのがモチベーション、感情というものであり、それが逆ベクトルなままでは優勝なんて夢の果て。
「───良いか。君達は優勝できる実力がある。ならば、こんな所で諦めるなんて真似は出来ないだろう?」
その問いかけに、クラス全員が呼応を以て返答を為した。
取り戻された優勝への活気。
これがあれば、後は優勝を目指して猛追するのみ。
後は───裏側で躍動する三人の、その健闘を祈る。
現状最高戦力を敢えて囮として使う作戦を提示したアルベルトと、それに賛同したグレンとリィエルを信じる。
そうしてエミヤは一度、卓越した瞳で観客席全体を映した───。
***
時は少し遡る。
弛緩した空気を拭うようにしてアルベルトが真剣な表情で作戦を伝える。
『俺が考えた作戦はこうだ。まず、エミヤとルミア嬢にはこのまま普通に表舞台へと戻ってもらう』
『あ? 変装とかしなくて良いのかよ? そうなれば二人を狙って親衛隊は兎も角、天の智慧研究会は動くんじゃねえのか? つーか、こういう逆境こそエミヤの出番だと思うんだが?』
グレンの疑問は当然だ。
想定通りの言葉にアルベルトはその返答と共に作戦を続ける。
『現状こちら側最高戦力はエミヤ、お前だ。それは俺も理解している。だがそれはこちら側だけでなく相手も重々承知している情報だ。聞くに、お前は王室親衛隊の前で『双紫電』と一度ぶつかったらしいな?』
『ああ。最も、私が見せたのはゼーロスの不意打ちを制止し、真正面で封爆ナイフを投擲しただけだがな』
『十分だ。奴らも防衛に関しては第一線で活躍出来ている実力がある。一目見ただけで、エミヤの相手は一対一では対応できないと悟るだろう』
『なるほどな。つまり、わざとエミヤが表舞台に出る事で親衛隊の奴らも下手に突けねえって訳か』
シロウ=エミヤの相手は一筋縄ではいかない。
相手が表舞台に戻ってしまえば、それを狙う親衛隊もまた表立った行動をしなければならない。
現状警邏と見せかけて表参道を封鎖しているが、それがいきなり魔術競技祭に突入する訳にはいかないだろう。
当然、王室が誇る部隊が突入すれば競技祭に与える影響は計り知れない。
『精鋭を数体送られる可能性があるが、逆に親衛隊全てを相手にするよりかは楽になるだろう。後は、天の智慧研究会だが───』
『そちらの方が問題だろうな。奴らは表裏関係なく目的の為なら人命ですら軽視する。競技祭も、逆に行動を起こすことで中止に持っていければ自分たちに動きやすい状況になることを狙う可能性もある』
『故に三重の構えでこちらも対応をする』
エミヤの情報は周知の事実だ。
それを口に出すことで奴らの特徴をもう一度脳裏に浮かばせる。
『まずグレンとリィエルが共に行動し、会場内部の捜索だ。主に密かに侵入した親衛隊の無力化を行いつつ、天の智慧研究会へ特務分室二人が動いているということを思い知らせる』
特務分室はその手の道のプロフェッショナルだ。
それが二人も相手となれば、天の智慧研究会も簡単には動けない。
存在を以て行動の邪魔を為せる。
『エミヤはルミア嬢と共に表舞台へ帰還。そして囮としての役割を全うしつつ、観客席全体を監視してもらう。不審な動きがあればすぐに知らせろ』
『了解した。連絡はアルベルトにすれば良いのだろうか?』
『ああ。俺はグレンとエミヤとの間を繋ぐ連絡係をしつつ、遠距離で両勢力の無力化を図る』
これがアルベルトの作戦。
防衛をエミヤ一人に任せ、攻撃を三人で行うという編成だ。
アルベルトは最後に全員を見渡す。
『何か異論は?』
『私からは特にない。理に適った作戦だろう。それに、何かあれば各々臨機応変に対応することも可能だろうしな』
エミヤの言葉にグレンとリィエルは首肯した。
『あの……本当にごめんなさい。私のせいで皆さんに迷惑をかけてしまって……』
『なに、心配はいらない。逆に君を守るという命令は、私達にとってはやりがいのある仕事だからな』
それは本当だ。
今回はルミアを守るのであり、暴走した親衛隊や計り知れない天の智慧研究会の殺害が目的ではない。
誰かを守るために力を振るう、それが如何に得難いものなのか。
『……ありがとうございます。でも、無理だけはなさらないでください……!』
その言葉に四人は頷き、各地へ分散。
行動を為すためにこちらも動き始めていた。
***
そうして、エミヤは耳に仕込んだ通信機でアルベルトと情報交換をしつつ、大本命である優勝を目指して戦った。
アリシアと話すには授与式で、優勝者という称号を持って出会わなければならない。
強行突破は最後の手段。現状、ゼーロスと何故か動かず傍観者に徹し敵味方分からないセリカが居る以上容易な手段ではない。
「次は『決闘戦』か。ここを落としたら優勝は無いな」
エミヤは静かに己のスコアボードを見る。
一時三位まで転落していた順位を二位へ戻し、独走状態だった一組との差も縮めた。
『変身』ではリンが時の天使へ変身し、『グランツィア』は仕込んでおいたカウンターを成功等、様々な形で競技優勝をもぎ取ってきた。
この『決闘戦』で勝利すれば逆転できるスコア差だが、逆に一組に敗北すればその時点で二組の優勝は無い。
生徒達との約束、裏で蠢動する勢力打破、そして鍵を握るであろう陛下との相対を為さねばならない状況。
故に、優勝は確実にこの手にしなければならない。
「とはいえ、既に教える事は教えた。情報も仕込み済みだ」
ここからエミヤが為す事は無い。
後はただ、生徒を信じる。
***
次々と勝ち星を挙げ、勝ち進んでいくカッシュ、ギイブル、システィーナの三人。
そして、ついに決勝まで駒を進めた。
相手は当然一組。優勝第一候補であり、最大の障壁だ。
特に一組対策は抜かりなくこなしてきたが、それを凌駕するのが学年主席を争う者達だ。
「……駄目だったか。いや、最初と比較すれば良くやったと言うべき内容なのかもな……」
先鋒戦。
エミヤが鍛えたカッシュは一組のエナ相手に死力を尽くして戦ったが、あと一歩及ばず。
初戦から蓄積されていたダメージを完全に回復させることが叶わず、カッシュは戦場を後にした。
エミヤはその雄姿に良くやった、と言ったが、少し考えてその言葉は撤回する。
最初から最後まで勝利を目指した彼に、敗北への労いは不要だろう。
続く中堅戦はギイブルと一組のクライス。
後が無い二組だったが、地力の差で戦況を逆転しギイブルが勝利を掴む。
単純な魔術戦を展開しながら、各地に魔術罠を敷設するという戦い方にまんまと翻弄された形となった。
そして、大将戦。
二組が誇る最高戦力システィーナと、一組が誇る最高戦力であるハインケルの一戦。
互いに学年主席を争う好敵手であり、それがこの場でぶつかるのは必然だろう。
先ほどのカッシュのような耐久戦では無く、ギイブルのような仕掛けも無い、真正面からぶつかり合う魔術戦。
一進一退の攻防が繰り広げられ、一時は無限に続くのではないかとも思われた。
だが、そこでホームアドバンテージが作動する。
二組の健闘を見守ってきた他クラスの生徒もシスティーナを応援、その波に呑まれるようにハインケルはらしくないミスを連発してしまう。
それでも必死にしがみついていたが───そんな状態で勝ち星を拾えるほど、うちのシスティーナは弱くない。
後手に回った対応のまま何とか耐え凌いでいたが、最後の一撃がハインケルの体を場外へ追いやった。
『き、決まったあああああ───ッ!! ハインケル選手、場外です!!』
流麗に磨いてきた風の魔術が決まり、システィーナの勝利。
これで、二組の優勝が決まった。
「「「「いよっしゃあ───ッ!!」」」」
まずは男子生徒達が観客席を飛び出し、続くように喜びを嚙み締める女子生徒達。
会場の中心で一人、見事な戦いを演出し、二組に優勝を齎したシスティーナを囲むようにして二組全員が集まっていく。
興奮冷めやらぬ中、ふとエミヤの耳に仕込んでおいた通信機が起動する。
『流石、というべきか』
「どういうことかね?」
『とぼけるのは止せ。あれはお前が育てた生徒達だろう? 防衛を軸としながら、攻撃の一手を模索する、という戦闘方法が一貫されていたからな』
「……なに、私はその才能を開花する手伝いをしたに過ぎない。彼らが勝利を収めたのは、間違いなく各々の努力の結晶だ」
『ではそういうことにしておこう。とはいえ、『翁』以外の特務分室メンバーの成長に携わった者としての実力、見させてもらった。───では、ここからはお前の出番だ』
「無論承知しているさ。周囲の警戒はそちらに一任する。閉幕式は必然的に全生徒が一か所に集まる場面故に、テロ活動にうってつけの時間だからな」
ああ、と返事を貰って通話を切る。
視線の先には会場の中心で喜びを体現する生徒達。
その光景は、やはり夢の如く美しいものだ。
「先生───ッ!! 俺達、やりました───ッ!!」
カッシュの言葉が世界に響き渡る。
夢ならば、せめて美しいままで終わらせよう。
エミヤは観客席を下り、生徒達が集まるその場所へ向かう道中で、そんな事を考えていた。
***
二組の優勝で魔術競技祭は終幕する。
現在開幕式が恙なくその工程を一つずつ完了させていく。
そして、全ての舞台が整った。
アリシアが表彰台に立つ、後方には腕を組むセリカ=アルフォネアと、寡黙に威圧感を放っているゼーロス=ドラグハートが居る。
『それでは、今大会の優勝者である二組の代表者は前へ出てきてください』
「───準備は良いな、ルミア」
こくり、と静かに頷くルミアを連れてエミヤは前へ。
アナウンスが終わると同時に会場中から拍手喝采が鳴り響く。
羨望や嫉妬の視線を一身に受けながら、前へ。
階段を一段一段丁寧に上りながら、道中でセリカと視線が交差する。
その意図が掴み取れないまま、エミヤとルミアは舞台に登った。
───瞬間。
「───ッ!?」
突然無数の光の線が地面に迸る。
表彰台を中央にした、遮断結界が高速で構築され、エミヤ達を取り囲んだ。
「どういうことだ、セリカ。この行動に何の意味がある?」
「……悪いが、私から言う事は特にない。お前がどれだけの情報を集めてここに来たのかは知らんが、その顛末見届けさせてもらう」
セリカは終始腕を組んだままエミヤと視線を合わせようとしない。
彼女が展開したのは音すらも遮断する結界術式。外界では異変を察知した親衛隊が結界を叩くが特に反応は無い。
「親衛隊すらも弾きだすとはな。セリカ、君の立ち位置はどちら側だ?」
「どちら側でも無いさ、今の所はな」
意味深な言葉を残すセリカ。
これ以上は答えるつもりは無いのか再び傍観者へと徹した。
「まあ良い。ではこちらも為すべきことを為すとしよう。陛下、授与式の前に少々時間を頂く」
エミヤはセリカとアリシアから視線を外すと、ゼーロスを見る。
「一体どういうことだ、ゼーロス=ドラグハート。貴様がルミアを殺そうとした事実は、如何なる手管を駆使しても覆らない叛逆だ」
「…………」
「まあ良い。では陛下、この事実に対しての処分は如何様に? 社会から抹殺されていようとも、そこの男は貴女の名前を不当に利用し娘を殺そうとしたのだからな。とはいえ、こちらも極刑を望んでいる訳では無い。二度と危害を加えなければ、話し合いの余地はあると思っている」
寡黙を貫くゼーロスを棄て、女王陛下アリシアへ上申する。
「それに、協力者から聞いた話によれば親衛隊は忠誠を誓うはずの陛下に対して拘束行為を為したとな」
「貴様、何処まで知っている……!」
「さあな。そちら側に話す義理は無い」
焦りを見せたゼーロス。
それは競技の最中にグレン・リィエルのコンビが掴んだ情報をアルベルトを通じて手に入れたものだった。
暴走行為も彼が主犯と考えることが出来るだろう。
何が目的なのかは知らないが、裏側で力に屈服していようとも表側の権力はアリシアの方が遥かに上。
それに、この場で敵はゼーロス一人。セリカは中立と見れば敵ではない。逆転不可能のチェックメイトだ。
あとはアリシアがゼーロスに対して勅命を下せばよい、それで全てが終わる───。
「───ゼーロス」
「……はっ」
「……その娘を、ルミア=ティンジェルを討ち果たしなさい」
空気が逆転する。
ゼーロスに対しての罰則を下すはずの勅命は、ルミアの殺害命令へと切り替わった。
「……馬鹿な。陛下、貴女は自分が何を言っているのか理解しているのか?」
「ええ、理解しています。その娘は私にとってはあってはならない存在。一時の幸運で助かり、その存在が再び私と相対したのであれば、殺害を命じるのは当然では無いですか? エミヤ、貴方は何時も危険因子は早急に取り除くべきと言っていたでしょう?」
「じゃ、じゃあ……あなたの、あの言葉も、あの温もりも、全てが嘘だったと言うんですか……!?」
ルミアの悲鳴にも似た問いかけがアリシアに向けられる。
「ええ。ただの戯れですよ」
その瞬間ルミアが崩れ落ちる。
「正義は決したな」
「───」
ゼーロスが声高々に宣言する。
そうして彼は唯一、この場で諦めの視線を持っていない反逆者を睨みつける。
「残念だったな、シロウ=エミヤ。強力な協力者を得たようだがその行動は全て水の泡と化した。何かを掴むためにここまで来たのだろう? 救うために良かれと思った行動が全て裏目に出た心境はどうだ?」
「───陛下、それが貴女の、本心で良いのだろうか?」
「はい。これが嘘偽りない私の本心です」
「フッ……なるほど。すまないな、セリカ。どうやら私はこの土壇場を突破する情報を未だに掴み切れてはいないようだ」
ゆっくりを細剣を抜くゼーロスに合わせるように、エミヤも双剣を投影する。
セリカへと言葉は空気と共に消え去ったが、それが答え。現状打破が叶わない答えだ。
まるで痛痒に歪む表情をしながら嘘偽りない、と話したアリシアの行動から見るに何かあるには違いない。
「───果てるが良い、『死神』。その英雄譚も最期は叛逆を以て終焉と為そう。貴様の功績を讃え、一瞬で終わらせてやる」
「随分と勝ち誇った宣言をしているが、何か勘違いしていないかね? 全盛期の貴様であればいざ知らず、老獪さのみを磨いた貴様程度に敗れる程この身は朽ちていないさ」
「言うではないか、貴様……!」
途端、両者の姿が消える。
そこは壇上の中央、少々後方寄り。
『死神』と『双紫電』の衝突が、数刻遅れた音と共に周知へ知れ渡った。