赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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第3巻
突然の編入生


「さて、私に何の用だろうか、学院長。再び面倒事に巻き込もうとしているのであれば、すぐさまここを立ち去る用意は出来ている」

「ふぉふぉふぉ。そう警戒しなくても大丈夫じゃよ。今回は本当に重大な話じゃ」

 

 先の魔術競技祭からしばらくして。

 突然学院長室に呼ばれたエミヤ。

 室内には誰も居なく、エミヤとリックの二人だけだ。

 

「はたしてそうだろうか。以前も重大な任務と言われて来てみれば、幽霊退治を任される結果になったことがあったのでね」

「とはいえ容易に他の人間に任せることも出来んのじゃよ。本当はセリカ君辺りが実力的には適任じゃろうが、何せ魔術の規模が激しくての。容易に動かせば一日で学院が崩壊する結末へまっしぐらじゃ。そこで君がそういう面倒事には精通しているとセリカ君に聞いたんじゃよ」

 

 セリカには少々言いたい事があるが、一先ずはリックの話を聞くべきだろう。

 エミヤは警戒を解くと、話を聞く姿勢に入る。

 

「それで、改めて問うが私に話とは?」

「それがな、エミヤ君。明日からこの学院に編入される生徒を君達のクラスで受け持ってほしいのだよ」

「随分と急な話だな。とはいえ、その程度ならばわざわざこうして私を学院長室へ呼ぶ理由にはならないだろう?」

「話が早くて助かるよ。君には先にこれに目を通してもらいたい」

 

 そう言ってリックが取り出したのは筒形の封筒だった。

 その形状や、外面を覆う高級な皮にエミヤは見覚えがあった。

 一応その疑問を表に出さず渡された封筒を開けると、一枚の羊皮紙が姿を見せる。

 

「やはり、帝国政府の公文書か……!」

 

 鷹の紋章が示す書類の高尚さは言うまでもない。

 エミヤは内容に目を通すと、そこには確かにエミヤのクラスへ編入生を迎え入れるように書かれた帝国政府直々の指令書だった。

 

「エミヤ君。その編入生と言うのはルミア君の周辺警護として派遣されることになった帝国宮廷魔導士団の魔導士じゃよ」

「なるほど───確かに、この指令は合理的と言えるだろう」

 

 ルミア=ティンジェル周辺の事情は喫緊の課題だ。

 天の智慧研究会が本気を出して彼女を殺害にくるのであれば、エミヤ一人ではカバーしきれない部分がどうしても存在する。

 エミヤはその存在も知られており、何より教員と言う目立つ役割を担っている。

 それが学友としてもう一人帝国宮廷魔導士団の魔導士が派遣されるのであれば、より盤石な陣容となるだろう。

 とはいえ、奴らがルミアを狙う理由については理解できない部分が多々あるのだが、それは護る過程で見つけていけば良い。

 

「ほう? では───」

「喜んで私のクラスに迎え入れよう。この申し入れは、私としても有難いものだ」

「そうかそうか。それは良かった。では、その書類に編入生の詳細が記載されているから参考にしてくれ」

 

 そう言われエミヤは再び書類に目を落とす。

 しかしエミヤにはある程度編入生の詳細は予想できていた。

 今回のルミア=ティンジェルの警護だが、当然普遍的な魔導士に務まる任務ではない。

 エミヤと連携をとりつつ、ルミアに信頼され周辺を警護する。

 予想通りであれば、今回の任務はエミヤの嘗ての職場である『特務分室』から選出されると見ていた。

 魔術絡みの案件や事件を専門に処理する秘匿性の高い特殊部隊、それが彼らなのだから。

 

「───リィエル=レイフォード」

 

 書かれた名前を読み上げた瞬間、エミヤは思わず感嘆の息を漏らしてしまった。

 

「む? どうしたのかね?」

「ああ、すまない。何でもない」

 

 確かにその名前はこの任務に合致するだろう。

 エミヤとの交流もあり、ルミアと違和感なく接することが出来る外見だ。

 だが、そのこと以上にリィエルがこの学院へ来るという事実にエミヤは喜びを感じていた。

 家族の温かみを知らず、内包された戦いへの才能のみで人生を歩んできた少女が、ついに日常に触れることが出来るという奇跡を喜んでいた。

 

「これは───少々為すべきことが多くなったな」

 

 任務も大事だが、日常に触れることが彼女の成長にもつながるだろう。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「───遅くなってごめんなさいっ!」

 

 翌日の早朝。

 エミヤはフェジテのそこらにある自然公園の一つで、ベンチに座りながらその声音を聞き届けた。

 こちらへ向かって銀髪を揺らし、息を切らしながら走ってくるのはシスティーナ。

 そう。今回は彼女にエミヤが呼ばれたのだった。

 

「いや、指定された時間の十分前だ。君が謝るような事は一つもない」

「それでも、先生を待たせてしまいました……!」

「なに、私もつい先ほど来たばかりだ。気にする必要は無い」

 

 本当は数時間前に来ていたのだが、それを言う必要は無い。

 睡眠が不必要なエミヤは直近に被った襲撃を警戒し、フェジテを毎晩駆けている。

 英霊という存在から睡眠が必要ないエミヤに対してシスティーナは人間だ。

 むしろ早朝でありながら約束の十分前に来たことへ賛辞を贈るべきだろう。

 

「それで、魔術戦を教えて欲しいという要件だったな」

 

 その言葉に頷くシスティーナ。

 

「お願いします……! 私一人でも、あの子を守れるようになりたいんです……!」

 

 頭を下げて頼み込んでくる。

 あの子───ルミアの事情を知る数少ない人物として、その一助になれればと思っているのだろう。

 ルミアを助けたい。その漠然とした理由は、確かに真面目で魔術の素養があるシスティーナを突き動かすには十分なものだ。

 とはいえ、その一言の重みを知る人間として、エミヤは簡単には頷けない。

 

「システィーナ、君の言いたいことは理解できる。とはいえ、ルミアを守るという事は、奴ら───天の智慧研究会とも衝突する可能性が浮上する。確かに君の才能は素晴らしいが、半端に力をつけたところで奴らへの対抗策には成り得ない。もしかしたら、そのせいで逃げ出す事も出来ず目の前でルミアを殺される可能性もある」

「───っ!」

 

 少々意外な反応だったのだろう。

 目を見開くシスティーナだったが、その言葉の意味はしっかりと理解しているようだった。

 

「確かに、先生の授業で魔術が齎してきた凄惨な過去は知っています。それを引き起こしてきたのが天の智慧研究会だっていう事も……。でも、私はあの子が危険にさらされている中で、一人だけ安全な場所で待っているなんて事はしたくない……!」

 

 その願いは、確かにきれいな物だろう。

 正義の味方などという普遍的に理解されない理想を我武者羅に追いかけてきた人生を背景にするエミヤは、システィーナの気持ちは痛い程理解できる。

 自分だけ待っている、自分は何も出来ない。その時ほど、己の無力さを呪った事はない。

 少し空を仰ぐ。

 広大に広がる青空を前に、空高く浮遊する『メルガリウスの天空城』は泰然とこちらを見下ろしている。

 空に手を伸ばす程の馬鹿げた理想を走り抜けたエミヤに対し、システィーナの願いは友人を救いたいというもの。

 善良な人間が抱える、ごく当たり前な願いだろう。

 

「君の気持ちは理解できる。だが、君が自分の為に傷付くことをルミアは優しく微笑まないだろう」

「それは……」

「守られる側が歯痒い思いをするのはいつだって同じだ。君もそんな思いから私に特訓をして欲しいと申し出たのだろう? しかし、それはルミアとて同じ事だ。良いか? 守る側に立つという事は、己の生死に対する責任は当然の事、守られる側に対しても何かを背負わせてしまっているということを理解しなければならない」

 

 まあ、それを終ぞ理解できなかったのが目の前に居る男なのだがな、と。呟くことなく虚空へ。

 システィーナはエミヤの言葉を受け、視線を下に向ける。

 

「……先生の言葉は、ごもっともです。でも、私は……!」

 

 そう言って拳を握る姿に、懐かしいものを見る。

 

「どうしても、君はルミアを助けたいと言うのだな?」

 

 静かに頷くシスティーナ。

 彼女を死地へ送り込む事は無いのに、こう言ってしまうのはその願いが美しいものだからだろうか。

 他人へと向けられたベクトルの願い。それが尊いものならば、魔術の道を踏み外す事は無いだろう。

 その過程で踏み外したとしても、それは教師としてエミヤが導いてやればいい。

 それに、彼女が強くなるのは悪い事じゃない。

 自衛する程度の力があれば、最近動きが読めなくなってきた天の智慧研究会の襲撃も凌ぐことが出来るだろう。

 その間にエミヤが駆けつければ、二人共助かるという訳だ。

 

「そうか───では、早速始めようか。時間は有限だからな」

「え……? 良いんですか?」

「両手を広げて歓迎するとは言えないがね。君には血に濡れた魔術戦を経験してほしくないという気持ちは一貫して変わっていない。だが、君が力をつけることに異論はない。その結果救われる命もあるだろう」

 

 そう言って少し歩き出したエミヤ。

 

「えっと、じゃあまずは何からやるんですか?」

「無論、体力作りからだ。手札が揃っていようとも、担い手が息切れでは意味が無いからな」

 

 瞬間、システィーナの表情はネガティブなものへと変わった。

 魔術戦を教えて欲しいと頼み込むほどだ。何か魔術を会得することが出来ると思っていたのだろうが、生憎エミヤは魔術以前の基礎から磨き上げる。

 なお、黒魔術が使えなくとも、他人に魔術を教えることは出来るのでそこは勘違いしないよう。

 

「う……頑張ります」

「それで良い。さて始めようか」

 

 脳裏に構築したメニューは特別厳しいものだ。

 過去に特務分室へ入室が叶った程の逸材を育て上げたメニューと同等以上のものを組む。

 その過程で彼女が折れるか、それとも生涯見失わない光沢の道を見つけ出してくれることを願う。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 システィーナとの早朝特訓が終わり、疲れていた彼女を家へ送り届けてからエミヤは学院に向かっていた。

 伽藍堂な家へ戻る理由も無い為、職員室で何か作業、授業の準備でもしようと画策していた。

 道中でシスティーナのトレーニングメニューを構築しながら歩いていると、泰然とこちらを待ち構える人影があった。

 

「───あれは」

 

 常人では視認できない距離だろうと、エミヤであれば容易である。

 人影の正体を視認した。

 青い髪を後ろで一つに結い、アルザーノ帝国魔術学院の制服を身に纏うその姿。

 華奢な体からは想像もつかない戦闘経験が蓄積された少女の瞳を、エミヤが知っていないはずがない。

 とはいえ、一応確認の為そのまま隣を素通りする。

 

「───待って、エミヤ。挨拶もしないで通り過ぎようとするのは酷いと思う」

「ああ、すまない。君の素性を知っている人間として、一応何かの任務中であったら迷惑をかけてしまう可能性があったのでね」

「ん。確かに任務中だけど、今は平気。たぶん、エミヤもわたしの任務を知ってるはず」

「そうだな。すまない、少し君を試すような真似をしてしまった」

 

 彼女はエミヤの嘗ての同僚の一人だ。

 エミヤは軽く謝罪をすると、青髪の少女───リィエル=レイフォードは満足そうに頬を緩ませた。

 特務分室、そこの一席を戴くリィエルとはいえ、最近は物騒な世の中だ。

 任務を任せる人間として、一応変装ではない事を看破しておく。まあ、視認しただけで十中八九本物と理解してはいたが。

 

「ん。エミヤが何を試していたのかは分からないけど、謝るのは大事」

「大事だな。さて、では君はこれからどうする?」

「どうするって?」

「私はこれから学院へ向かう途中だ。とはいえ、まだ早い時間帯なのでね。ここで簡単に挨拶することが目的であれば、このまま一時帰還しても構わんが?」

「いや、わたしもエミヤと一緒に学院に行きたい」

 

 これは少々驚きの返答だった。

 感情の起伏をあまり見せない彼女は、常に睡魔と戦っていそうな表情をしている。

 緊急時であればその変貌を刮目出来るのだが、それを知らない者からすれば物静かな少女と勘違いするだろう。

 エミヤはその正体を知ってはいるが、今のリィエルは本当に眠そうな表情だったのでその提案をしたのだが。

 

「えっと……一緒に登校? っていうのをしてみたいと思って」

「───ほう? ちなみにそれは誰から聞いた?」

「セラから。確か……学院に行くんだから、やっぱ一緒に登校しないとねって」

「……なるほど。彼女らしい提案だな」

 

 リィエルの言葉から出たのは、セラ=シルヴァースというこれまた嘗ての同僚。

 特務分室という扱っている内容が重い組織の中で、誰よりも日常を愛したのが彼女だ。

 とはいえ、特務分室に入室が許される程の実力は持っており、風の魔術に対する適性は室内でも最上位に君臨するものだ。

 これがセラという少女。誰よりも日常を、目の前に広がる平和を好んだ風の巫女。

 余談だが、彼女はシスティーナにそっくりだったりする。エミヤもシスティーナを初めて見たときは驚いた。

 と、少々忘我し過ぎたか。

 遅れるようにして、エミヤはリィエルの言葉に首肯をした。

 

「では、一緒に登校するとしよう」

「良いの?」

「断る理由はなかろう。それに、まずは日常への一歩だ。ここから特務分室との違いに少しずつ慣れていけば良いさ」

「分かった。じゃあ、何の話をする?」

「そこまで刷り込み済みか。では、簡単に私から学院で学ぶ内容について話しておこう」

 

 こうしてエミヤとリィエルは日常の話をしながら、和気藹々と学院へ向かっていった。

 

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