赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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日常の一歩

 そこからエミヤとリィエルは会話をしながら学院へと向かった。

 時間の流れとは残酷なもので、楽しいものほど流れを早く感じるものだ。

 学院に到着した二人は時間までエミヤの案内で学院内を紹介する。

 興味深そうに見ていたリィエル。そうしてすぐに朝の時間になる。

 教室へと去っていった登校した生徒達の居ない廊下を二人で歩き、二年次生二組の教室へと向かった。

 扉の前にリィエルを待たせると、まずはエミヤが扉に手をかける。

 

「───おはよう。突然だが、今日は驚きのニュースがある」

 

 扉を開け、中へと入ったエミヤは開口一番にニュースがあると伝えた。

 

「ニュースですか?」

「そうだ。リィエル、入ってきて良いぞ」

 

 未だにエミヤが発した言葉の意味を理解していない生徒達。

 だが、その疑問は独りでに開いた扉と、その先に待っていたリィエルによって掻き消された。

 沈黙が支配する空間の中で、リィエルはちょこんとエミヤの隣に立つ。

 

「という訳で、突然だがこのクラスに新しい仲間が加わった。リィエル、自己紹介を」

「ん。わたしは、リィエル=レイフォード。えっと……よろしく?」

 

 何故か疑問符を浮かべるも、名前と挨拶を済ませたリィエル。

 とはいえ、自己紹介と言うには少々情報が足りないのではないか。

 

「待て。本当にそれだけなのか、リィエル? 他にも何か言う事は無いのか?」

「他にも?」

 

 フォローを入れるエミヤだったが、その質問の意図を理解していない模様。

 確かに自己紹介の練習とかはしていなかったが、そこはセラの仕込み済みを期待した場面だったのだが。

 まるで小動物の如く首をかしげるリィエルにさてどうしたものかと逡巡している中、耳を澄ますと観客からの反応が聞こえた。

 

「リィエルちゃんっていうのか……」

「可憐だ……」

「なんだか……お人形さんみたいな子ね」

 

 戸惑っている様子では無いらしい。

 生徒達は現在リィエルの外見に魅了されている様子。

 確かに同世代に見えるとはいえ、同級生の中ではどう見ても前から数えた方が早い程の身長だ。

 そこに魅力を感じるのも分かるが、と少し考えて今はこの武器を使用することに決めた。

 

「では、何か質問がある者は居ないだろうか?」

「じゃあっ! はいはい!」

「積極的だな。ではカッシュ」

 

 こういう時、いの一番に手をあげてくれる生徒というものは素直に有難い。

 よっしゃー!とカッシュは喜びながら立ち上がった。

 

「じゃあ、リィエルちゃんの好物って何かな?」

「好物……? それって、何でも良いの?」

「私に問う必要は無かろう。君の好きなものを答えれば良い。果物とか、野菜とか、そういう漠然としたものでも構わない」

 

 リィエルは一瞬悩む素振りを見せた後、カッシュに向かって答えた。

 

「わたしの好物は、エミヤの作ったご飯」

 

 ほんの少し、場の雰囲気が一変する。

 聞いた張本人であるカッシュは何故か恐る恐る問いかける。 

 

「……それって、先生の手作りってことだよな? リィエルちゃんって、先生の手作りご飯を食べた事があるのか……?」

「ん。最近はエミヤが忙しくなって食べれてないけど、少し前は毎日食べてた」

 

 ───瞬間、女子の歓喜の悲鳴と、男子の屈辱の咆哮が鳴り響く。

 突然投下された爆弾発言に、エミヤは珍しく瞠目する。

 

「……待て。少し落ち着こう、リィエル」

「? わたしは常に落ち着いてるけど?」

「いや、確かに君は落ち着いているだろうが、今の発言では語弊が生じるというか……」

「ちょっと待て、先生っ! 先生ってリィエルちゃんとどういう関係なんですか!?」

 

 ほら、こういう事になる。

 確かにリィエルの言葉に間違いはない。

 エミヤは特務分室の面々に日頃の癒しにでもなればと手料理を振舞っていた過去がある。

 まあ、リィエルには基本任務で外に出かけていなければ毎日振舞っていたので、間違いではないのだが。

 とにかく訂正しなくては。

 

「別にやましい関係は無いし、君達の期待するような展開も無い。ただ私とリィエルは旧知の仲というだけだ」

「ん。エミヤとは昔からの縁」

「え……? あ、なあんだ良かった。危うく先生を殺しちゃうところだったぜ」

 

 ふう、と安堵の息を漏らすカッシュ。

 ……恋する男子生徒というのは、時に悪鬼羅刹すら凌駕するのだろうか。

 始まりの襲撃者事件からエミヤの実力は見ているはずなのだが、一目見てリィエル派なる組織を設立・所属する生徒からの殺気が途端に消え失せた。

 というかカッシュはリィエル派では無かった気がするのだが。

 あれか。それとこれとは話が違うというやつか。

 不穏で穏便な空気が流れ始めたので、エミヤは空気を取り戻すために咳払いをする。

 

「少々不穏な言葉が聞こえた気がするが、ここでは流そう。さて、他に質問はないだろうか?」

「では、私からリィエルさんについて一つ疑問が御座います。質問よろしくて?」

「ん。大丈夫」

「リィエルさんは何処のご出身でしょうか?」

 

 お淑やかに手を挙げたのはウェンディだった。

 お、これは良い質問だ。

 確かに何処から来たのか、というのは気になるものである。

 転校生相手に前に所属していた学校を問うのと同じような感覚だろう。

 

「わたしは、イテリア地方が出身」

「まあっ! 随分と遠くのご出身ですのね。ですが、そうなるとご家族の方はどうなされているんですの?」

「家族……わたしの、家族は……」

 

 今まで人形の如く表情を大きく動かさなかったリィエルだったが、その疑問を聞くと同時に酷く瞳を震わせる。

 その変化に気付かないエミヤではない。

 確かにリィエル=レイフォードに『家族』の疑問は禁句だ。それは彼女の根底に関わる問題であり、他人が土足で踏み入って良い領域ではない。

 ───故に、ここがターニングポイントだ。

 彼女が既にその領域を踏破できているのであれば、大きく狼狽える必要は無い。

 静かに震えていたリィエルだったが、一度エミヤを見る。

 その瞳には確かに怯えがあるが、同時に踏み越える為の勇気も宿っている。

 心火を信じ、エミヤは大きく頷いた。

 するとリィエルは安心したように深呼吸をすると、質問をしたウェンディに向き直った。

 

「わたしには、兄がいた」

「兄がいたって……もしかして」

「ん。もう何年も会ってないけど、わたしには兄がいた」

 

 その言葉で察したのだろう。

 質問をしたウェンディはすぐに頭を下げる。

 

「も、申し訳ございません……! 私、リィエルさんになんて質問を……!」

「大丈夫」

 

 するとリィエルは儚げに微笑む。

 

「確かに兄とはもう会えないけど、すぐ近くにいるから───」

 

 そう言って胸を優しく押さえる。

 目に見える存在ではなくなったとしても、リィエル=レイフォードという人間の中で確かに彼女の『兄』は生きている。

 儚くとも、何処か崇高なリィエルの祈りに、エミヤも思わず目を奪われてしまった。

 

「それに、わたしにはエミヤが居たから」

 

 太陽のような周囲を巻き込む輝きではなく、黄昏の如く涵養な煌めき。

 間違いなく薄幸な運命を辿ってきたはずなのに、そんな煌めきをリィエルは持っている。

 

「───あ、俺駄目かもしれない」

 

 そうだろう、と。

 誰が発したか分からない心からの呟きに、エミヤも心の中で静かに首肯した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 休み時間。

 リィエルを連れ、ルミアとシスティーナを呼び出す。

  

「改めてリィエルの事を紹介したい。彼女はリィエル=レイフォード。現役の軍人であり、今回ルミアの警護の為に政府から派遣された私の元同僚だ」

 

 誰も居ない事を確認した空き教室で、エミヤはリィエルの本当の紹介をした。

 しかし帝国宮廷魔導士団とか、特務分室とかは話さない。

 休み時間という限られた時間の中で扱えるような内容ではないからだ。

 

「元同僚、ですか……?」

「ああ。ルミアには既に話したが、少し前まで私は軍人でね。驚いたか?」

「いえ。確かに少し驚きましたけど、でもなんか納得です」

 

 特に大きな反応をすることなく納得したシスティーナ。

 流石は優等生。突然の情報にも冷静に対応することが出来る。

 

「今までの先生の行動を見てれば納得というか、普通の人間があんな無茶出来る訳ないわよね」

 

 どうやら彼女が簡単に納得するのは道理だったようだ。

 

「リィエルの実力は本物だ。必ずや心強い存在になるだろう。その為、君達にはこれから共に行動をして貰いたい」

 

 とにかく、まずはこの二人との関係を凝固なものへと結んでおきたい。

 最近はシスティーナも自分から強くなりたいと言っていることだし、ルミアも緊急時における冷静さは一級品。

 リィエルはそもそも存在がチートである。

 そんな三人が深い関係を結べば、エミヤも加えて陣容はより盤石と成る。

 

「分かりました。じゃあよろしくね、リィエル」

「ん。よろしく、ルミア。あと……」

「システィーナ=フィーベルよ」

 

 そう言ってリィエルに名前を教えるルミアとシスティーナ。

 良かった。システィーナは警戒しているようだが、ルミアは普通の友人みたいに接してくれている。

 このまま本物の友人になれれば良いのだが、そこはエミヤが介入する場面ではないだろう。

 心の中でリィエルを応援する。

 

「そういえば、先生って料理作れるのよね?」

 

 突然システィーナが思い出したかのように問う。

 

「ん。エミヤの料理はとてもおいしい」

「へえ……じゃあ、私達も是非食べてみたいわね。そうよね、ルミア?」

「え……? あ、うん。そうだね。でも、迷惑じゃ……?」

「そんなことはない。君達が望むのなら、振舞う用意を整えよう」

 

 これは恐らくシスティーナの助け舟なのだろう。

 リィエルとルミア・システィーナを繋ぐ関係を構築する一助に、自分の料理が意味を為すのならそれを振舞う事に異存はない。

 

「本当に、良いんですか?」

「勿論だ」

 

 ルミアは最後まで遠慮がちであったが、その言葉を聞いて微笑む。

 本心は別なのに、彼女は他人の迷惑を考えて行動を控える癖がある。

 それを理解しているエミヤは、最後までその問いかけに真摯に向き合った。

 

「じゃあ、エミヤの家に行ってみたい」

「別に構わんが、ここから近くないぞ?」

「平気。体を動かすのは慣れてる」

 

 リィエルが言えば確かに信憑性がある。

 エミヤは残る二人に確認する。

 

「君達はどうだろう? 遠いのが嫌であれば、別の場所でも良いのだが」

 

 流石に基準をリィエルにするはずがない。

 問いかけに応じた二人だったが、何故かルミアの顔が少しずつ赤く染まっていった。

 苦笑いを浮かべたシスティーナは、ルミアに声をかける。

 

「ルミア?」

「へあっ!? ど、どうしたのシスティ?」

「いや、ルミアも先生の家で良いのかっていう確認をしようと思ったんだけど」

「だ、大丈夫だよっ? うん。大丈夫、大丈夫……」

「という感じなので、私達も大丈夫よ先生」

 

 最後は念を押すような強い気迫でシスティーナが答えた。

 ルミアの様子がおかしいので心配だが、とりあえず反対ではないようだ。

 

「了解した。君達の舌に合うかは分からんが、私の全力を以て振舞うとしよう」

 

 このくらいの手助けはしよう。

 だが、この先はリィエルの頑張りに次第である。

 休み時間終了まで残り数分の所で、エミヤ達は教室へと戻っていった。

 

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