突然の編入生を迎えた二年次生二組は、そのまま授業へと突入した。
エミヤによる教科書に縛られない授業をリィエルも受けていた。
本日の授業は魔術の構造を取り扱った代物であり、それなりの難易度を誇る授業内容でありながらも難無く内容を理解していく生徒達。
だが、リィエルはその内容を覚えるのに苦労している様子だ。
当然だ。リィエルは求められる水準を大きく下げた位置に存在するのだから。
だが、それを見かねた生徒達は、男女問わず全員が分かりやすい説明をしようと試行錯誤を繰り返す。
周囲の生徒達に手助けしてもらいながら、半信半疑・理解半分で内容を脳に刷り込んでいった。
完全暗記のみならず、理解にしようと努力する姿。
それを見ていたエミヤは、あえて分かりやすい説明をせずに協力を促す。こういう過程が、彼女を受け入れる準備を整えていく。
時間通りに授業を終えたエミヤは、次の時間は魔術競技場での実践型授業と告げる。
そして休み時間を挟み、魔術競技場へ。
「では、これから遠距離魔術を行使しての実践だ。なお、遠距離であれば何の魔術を使っても構わない」
「いやいや先生。何の魔術を使っても構わないって言いますけど、俺達遠距離型じゃ【ショック・ボルト】しか使えませんよ~」
カッシュの軽口にほんのりと温かくなる周囲の雰囲気。
リィエルはルミアやシスティーナと共にこの、魔術競技場へ来たようだ。
道中でも二人や、それ以外の生徒から話しかけられていた様子なので、今の所順調だ。
「カッシュ、そう決めつけるのは感心しないな。提示された自由を偏見のみで自ら縛る行為は、いずれ己の首を絞めることに繋がりかねないぞ」
「な、なるほど……。今のは先生のネタじゃなくて、結構大事な情報だったなんて。でも、俺達に適応される情報なんすか?」
「無論だ。まあ、屁理屈と呼ばれるかもしれないがね。だが、私はそれを許容しよう」
「分っかりましたっ! 俺、屁理屈も重要な手段としてこれから活用していきたいと思いますッ!」
「良い心がけだ。是非とも、課題を忘れた際にでも使いたまえ。私相手に通じるようになれば、それは立派な武器と成ろう」
「……ねえ、これツッコミ待ちかしら?」
もはや日常茶飯事となったカッシュとエミヤの会話。
最初こそシスティーナも口を挟んでいたのだが、今では呆れるばかりになっていた。
ため息を聞いたエミヤは潮時を悟った。
「さて、システィーナに怒られる前に始めるとしよう。ここから数メトラ先にあるゴーレムに遠距離魔術を中てるのが今回のテストだ。ただし体の各部に的を設置しているので、そこを狙うように。ゴーレムに当ろうとも着地点が的でなければポイントに換算しないので注意を。回数は六回だ」
エミヤの説明を聞いた生徒達は次々にゴーレムと向き合った。
生徒達の命中回数を記録しながら、エミヤは生徒達の動きや癖を細部まで見ていた。
完璧なのは、やはりシスティーナだ。
六回中六回命中という突出した記録は勿論、動きは学生と考えれば合格点を容易に凌駕している。
癖で目立ったのはウェンディだ。
先の魔術競技祭で上位陣に位置しながら、決闘戦に起用しなかった理由を見事体現している。
重要な場面でケアレスミスをするのは勿体ない。
そのせいで、今回も六回中五回という記録であった。時が来れば鍛錬を施す必要があるかもしれない。
その中でも一番エミヤの目を引いたのが何時もカッシュと共に行動している、小柄な少年セシルだった。
今でもカッシュとギイブルとの間に板挟み状態となっている彼だが、その遠距離に関する才能は嘗ての同僚であるアルベルト=フレイザーに通じるものがある。
魔術競技祭以来その才能を開花させているのは嬉しい誤算だ。
そのまま一人、また一人と結果を出し、遂に最後の生徒のみとなった。
「ん。わたしの番」
「そうだ。ルール確認は不要だろう?」
「勿論理解してる」
するとリィエルはそのまま前へ。
ゴーレムと向き合う姿は、人形の如く可愛らしい姿からは想像できない清廉な空気を纏っている。
先ほどまではしゃいでいた生徒達もリィエルの番と分かると、静かにその姿を見守っている。
「«雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ»」
三節の詠唱を唱え、指先から紫電が迸る。
飛翔する微少の雷撃はそのままゴーレムに設置された的へと───ぶつかることなく、当たり前のように逸れると彼方へと着弾した。
そのまま続けて四発。一発だけ右足に着弾したものの、それ以外は的に掠る訳でもなくゴーレムを置き去ってしまった。
リィエルの反応を見ると中った一発も目標は別の的だった様子だ。
「リィエルちゃん頑張れ!」
「そうそうっ! ああっ、惜しい!」
「大丈夫。焦らないで!」
「お、一発中ったぞ!」
「残念ながら、カッシュ。全て外した君が最下位みたいだね」
「ギイブル……そこまで俺が嫌いかよ……」
最初は緊張の面持ちで見ていた生徒達も最後には応援をしていた。
先の座学でこの結果は予想できたのか、特に驚いている様子も無い。
「どうだ、リィエル?」
「やっぱり難しい。エミヤに教わって少しは上手くなったけど、でもまだ駄目……」
感情表現の起伏が乏しいので分かりにくいが、リィエルは落ち込んでいるようだ。
それを見たエミヤは一つ提案をする。
「リィエル、私は最初にこう言ったはずだ。遠距離であればどんな魔術を使っても構わないとな」
「……?」
「分からないか? 以前、君が私に教えてくれたじゃないか。錬金術で錬成したものも立派な
「……良いの? あれを使っても」
「君の素性を知っている者として止めるべきなのかもしれないが、根底が違うものであろうと私も似たような物を既に彼らの前で披露してしまっているのでね。耐性は出来ているだろう」
「ん、分かった。じゃあ、全力で行く───」
すると静かに瞳を閉じるリィエル。
実は隠密に徹し、護衛任務を任されているはずの彼女に技を使わせる理由はしっかりとある。
それは緊急事態時に、リィエルが魔術を行使しても両者共に驚くことがないという事だ。
以前の襲撃者事件の如く何時如何なる時に魔の手が生徒達に忍び寄るかはエミヤも予測不可能。
仮にエミヤが居なく、リィエルのみがその場にいたとして魔の手と対等に戦えるのは現時点ではリィエルのみだ。
だが、自衛できる程度の精神は保ってもらわないとリィエルも防衛一辺倒で、力を出し切れない。
そんな時リィエルに驚くという事が無いように、リスクは減らしておくべきだ。
「───«
……一つ、この詠唱には言いたい事がある。
確かにエミヤとリィエルの行使する魔術は表面上のみは似ている。
その構造は全くの別物だが、一見するのみではその違いを理解することは叶わないだろう。
リィエルもそれを理解しているはずだが、何故かこうして己の魔術を結び付ける詠唱にそれを選んだらしい。
過去にエミヤの詠唱を聞いている生徒達はリィエルの言葉にざわつき始めたが、それを気にする様子の無い本人は身を屈めて手を地面に触れさせる。
そこを中心的に紫電が一体に迸り、地面に大剣のくぼみを残しながら両手に
彼女お得意の高速錬成である。
「今のって、先生の詠唱だよな……?」
「それに出現する剣こそ違うけど、同じく剣が出現したぞ……!」
「ああ。リィエルと先生が旧知の関係というのも本当の意味で理解出来た。恐らく過去に師弟関係でもあったんだろうね」
推察を進める生徒達。
やはりエミヤの魔術で耐性が出来ていたらしい。
その両手に大剣を握ったリィエルは、その異様な空気に触れて心配そうにエミヤを見る。
そして頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。もし怖がらせてしまったのなら謝る」
「そんなことないぜ、リィエルちゃん。俺達は高速で何かを作るのは見慣れてるからな」
グッと親指を立てるカッシュ。
その他の生徒も頷いて同意を示す。
「とのことだ。心配する必要は無い、リィエル。それと私達の関係は先ほどギイブルの言葉の通りだ。彼女は私と同じように魔術への普遍的な素養が欠けていてね。錬金術への適性は人並み以上なのだが、それ以外は黒魔術を行使できない私ほどではないにしろ、苦手分野らしくてね。良かったら君達が支えてやって欲しい」
簡単にフォローを施す。
それを聞いた生徒達はエミヤという前例を知っているため、驚くことなくその申し出に応じる。
すぐさま生徒達がリィエルに声をかける。
静かにその光景を見ていると、隣でルミアが小声に話しかけてきた。
「先生。もしかして、ここまで計画通りですか?」
「そんな事は無い。全て偶然だよ、ルミア」
「ふふっ。じゃあ、そういうことにしておきますね」
何か察した様子のルミアと共に、エミヤはリィエルを中心としたクラスを遠目に見ていた。
これで彼女が腫物扱いされる事は無いだろう。
順調にこのクラスへの適応を為した。
後は、このまま友人としてこのクラスの一員として卒業してほしいというのがエミヤの願いだった。
すると隣から視線を感じた。
「む? 何かなルミア」
「なんか先生って、今みたいに私達を何か眩しいものを見るかのように見るなと思って。何か理由があるんですか?」
「……そうかもしれないな。私は今まで、あまり日常を謳歌することが出来なかったのでね。せめて君達には今ある日常を楽しんでもらいたいと思ったというのが理由かもしれないな」
するとルミアは目の前に立って朗らかに微笑む。
「私達だけじゃありませんよ? 先生も、一緒に楽しみましょう」
「───ああ、そうだな」
日常から手を伸ばしてくれた少女の手を、血で濡らさないように掴み取る。
彼女らと共に、このまま日常を謳歌するという過ごし方も悪くはないのかもしれない。
「では行こうか。リィエルの雄姿を見るとしよう」
「はいっ」
ルミアと共に歩き出す。
血に濡れた背中を照らす、一条の光。
彼女もまた、薄幸の人生を歩みながら己だけの光を心に灯している。
それが先へ進むことを恐れず、成長を続ける人間の強さなのだろう。
エミヤが隣で支える必要は無い。彼女は自分で歩いて行ける。
その後、大剣を投擲したリィエルは案の定ゴーレムを真っ二つに切断し、ポイントを一稼いだのだった。
***
昼休み、リィエルの歓迎会を行う事になった二組。
場所は中庭で行うらしく、学食を購入しそこへ向かう事になっていた。
ギイブル等不参加の生徒も居るのかと思ったが、結局全員参加に落ち着いたらしい。
それは良かった。
エミヤが心配することなく彼女はクラスの輪に溶け込んだようだ。
自分の出る幕は無いな、と思っていると───、
「そう言えば、エミヤは一緒に来ないの?」
クラス全員が持参した弁当やら、学食へ購入に向かい誰も居ない教室内で。
一人残っていたエミヤに声をかけたのは主役であるリィエルだ。
「私は不要だろう。君達だけで行うと良い」
「……わたしは、エミヤも一緒に来て欲しい」
「リィエル……」
彼女はそう言うが、やはり生徒のみで行う方が色々と気を遣わずに済むだろう。
すると扉の向こうからシスティーナが声をかけてきた。
「どうしたの、リィエル? もう皆行ってるわよ? って、何かあったみたいね」
「丁度良かったシスティーナ。エミヤが一緒に来てくれない」
「私がいる必要は無い。私がいる事によって気を遣ってしまう者もいるだろうしな」
「ふぅーん。ねえリィエル、どうやら先生は貴女の歓迎パーティーには興味無いみたいよ?」
小悪魔的な笑みを浮かべるシスティーナ。
途端に嫌な予感が過ったエミヤ。
「待て。そんな事は言っていないだろう? 私は君達の事を思って───」
「エミヤ……そうだったの……?」
「そんな顔をするなリィエル。……分かった、私も同伴しよう」
結局はエミヤが折れる結末となった。
それを聞いたリィエルは親しい人間にしか分からない程の微小な変化だったが、パッと笑みを見せた。
「そうそう。最初からそうしていれば良いのよ。というか、先生に気を遣う生徒はもう居ないと思うわよ?」
「それはそれで、喜んで良いのか分からない事実だな……」
教師の沽券に関わる事実なのかと思ったが、こうして生徒との距離が少ないのも一つの道なのだろうか。
在り方に揺れるエミヤは二人と共に中庭へと向かった。
***
道中で昼食を購入し、中庭に到着したエミヤ。
普通に歓迎され驚いたが、そのまま歓迎会は進んでいく。
リィエルへの質問を中心に据えられ、そのまま各々の詳しい自己紹介へ発展する。
完全暗記を得意とする彼女だ、本人にやる気があればクラス全員の名前を覚えることなど造作も無いだろう。
質問の一つにリィエルの好物を掘り下げる者がおり、挙句の果てにエミヤが全員に手料理を振舞う事になったが、まあ異論は無い。
無論システィーナ、ルミア、リィエルの三人との約束は守る。彼女ら三人とは別の日に約束を交わした。
歓迎会は終幕を迎え、クラスの絆がより一層強まることになった。
そして数日後。
先の歓迎会を経てだろう、リィエルもクラスの一員として日々周囲の協力を得ながら勉学に励むようになった。
成績優秀ではなく、むしろレッドラインに足を踏み入れているが、今はそこまでは求めない。
そして放課後、一部の生徒はリィエルの机の周辺に集まっていた。
「で、ここがこうなって……この場面でここの元素配列式をマルキオス演算展開して……こんな感じで
何とも、以前見せたリィエルの高速錬成のやり方を教えて欲しいという事になり、教えることになったという。
偶然エミヤもその場に居合わせたので、机を囲む生徒達の一歩後ろで羽根ペンによって刻まれる術式を睨んでいた。
物凄く簡単に言えば元素配列変換の錬成式と、それを制御する魔術式がびっしりと紙を埋め尽くしているのだ。
そしてこの世界に順応する過程にて、魔術理論を理解したエミヤはリィエルの書き連ねる術式を見て苦虫を嚙み潰したような表情をする。
いつ見ても外道な術式に、吐き気を表に出さない事で精一杯だ。
その間に書き終えたリィエルはペンを机に置くと、周囲に生徒達に問いかけた。
「……わかった?」
「いーや、全く分からん」
カッシュは爽やかに白旗を掲げた。
その他の生徒も理解できない者が過半数だ。
しかし、それでも優秀な成績を有している者は目の前に展開された机上の空論に冷や汗をかくしかない。
これは、当然のことながらエミヤの言葉が必要だ。
「どうだろう? 必要であれば、解説を付け加えるが?」
エミヤの言葉に大多数の生徒が頷いた。
一部の理解した生徒もその話を聞くらしい。
それを確認したエミヤは口を開く。
「まず、この術式は学院の授業で扱われているような普遍的な代物ではない。ではカッシュ。この学院で扱っている、魔術式の構築方法は何だったかな?」
「うお、いきなりですね……。ちょっと待ってください。確か魔術公式と魔術関数の組み合わせ……だった気が……?」
「正解だ。しかし、今リィエルが見せたこの術式はその魔術公式と魔術関数を一からルーンで組み立てている。そこの常識からこの術式は逸脱しているのだ。大多数が理解できないのも無理はない」
途端に事の難解さを理解した生徒達が驚愕する。
当たり前だ。定められた公式を使用せず、公式や関数すら一から自分で構築することでこの術式は行使することが可能となる。
数学の公式を暗記し、定められた位置に数字を配置するのが一般的な方法とすれば、リィエルの術式はまず公式から自分で組み立てる必要がある。
「そして、セシル。理解している君に問うが、リィエルは如何にしてウーツ鋼という希少鋼材を高速錬成することを可能とした?」
「……魔術言語ルーンの仕様に存在するバグを利用している、と言うのが正解でしょうか?」
セシルの答えに首肯した。
これはゲームの方が理解できるだろうか。
数多に存在するゲームがどうしても内包してしまうのがバグというものだ。
その都度修正をし、一つ一つ潰していくのが普通だが、今回の術式はそのバグを利用しなければクリアできないというものだ。
「とまあ、これが普遍的な魔術式で無い事は理解出来ただろう。確かに強力な代物ではあるのだが、これを使用することは君達に勧めない。配列変換を一つ一つ説明していたら日が暮れてしまい、とても実戦用ではないというのもあるが、それ以外の絶対的な理由がある。それはなんだろう、システィーナ?」
「これが、術者の事を何も考えていない術式だからです。深層意識野のデタラメな使い方からも分かるように、安全性が何一つ保障されていません」
「そうとも。例えば【ショック・ボルト】なんかもそうだが、指先から発せられる紫電が担い手に降りかかる事は無い。それは魔術における不文律の一つである、担い手の安全性が保障されているからだ」
リィエルの術式を通じて授業みたいな事が始まった。
とはいえ、これは絶対に知っておいて欲しい事なのでこのまま伝える。
「以前に行った
「……確かに、言ってました。あの時はあんまり気にしてなかったけど……」
「魔術の暴走事故なんていう事件は普通発生しないのでね。気にする方が変なのかもしれない。だが、この世には教科書に載っているような安全な魔術しかない、なんて事は無い」
唾を飲み込む音がする。
静寂が支配する教室で、魔術世界の常識を告げる。
「術者の事を考えなければ、強大な魔術を構築するのは容易だ。無論、誰でも出来るとは言わないが、安全性を考慮した場合と比べればその差は歴然となるだろう。これは危険が伴うので実践はしないが、知識として知っておいて欲しい」
放課後に話す内容としては少し重すぎただろうか。
最後にフォローを入れてこの場での話を切り上げよう。
「という訳で、間違ってもリィエルの術式を真似しようとは思わない事だ。これは彼女の
「……ま、急がば回れって訳ね。私達は普遍的なやり方で錬金術を極めましょう」
「だな。あ、そうだ。最後に聞きたかったんですけど、リィエルちゃんの術式と先生の使う術式って同じ代物なんですか?」
「違うものだな。いや、似て非なるものと言った方が良いかもしれない。先ほども言った通り、リィエルの術式は彼女の
簡単にリィエルのと、自分のは違う代物と伝える。
先に黒魔術が使用できるリィエルと、使用できないエミヤでは魔術特性が違うと話しているのでその一言で理解できるだろう。
すると問いかけたカッシュが驚いた様子を見せる。
「先生って、
「そうとも。故にその分野に多少精通していると言っても良い。他の先生に、
まあ、これを伝える段階には至っているだろう。
有り体に言えば、彼らの知識が蓄えられてきており、誤魔化すのもそろそろ限界を感じていたのである。
「さて。そろそろ下校時間だ。日が暮れる前に帰路に就きたまえ。私の話は、後日授業を通じて話すさ」
はーい、と返事を聞いて己の荷物を整え始める生徒達。
リィエルはルミアとシスティーナと共に帰るらしい。もう普通に接することが出来る関係になったと見て良いだろう。
ぐるりとエミヤは教室内を一瞥し、一人この場には似つかわしくない人物に声をかける。
「ギイブル。君もリィエルの話には興味があったのかね?」
「別に興味はありませんよ。ただ、耳に入ったから聞いていただけです」
「そうか。現実的な君も、こと錬金術分野の話に関しては夢物語も耳に通す価値があると判断した訳だな」
「特に反論はしませんよ。先生相手に真正面からの口喧嘩では、まだ経験が足りないので」
「私は君と口喧嘩をした覚えはないのだがね? ただの一方的なものだったと記憶しているが」
一瞬こちらを睨んできたかと思ったが、一度深く深呼吸をすると心を落ち着ける。
「失敬、冗談だ。しかし、精神安定の術を使えるようになったとはな。それは私への対策かね?」
「ええ。そしていずれは先生を凌駕してみせますよ」
「それは是非楽しみにしておこう。ところで話は変わるが、君はリィエルの術式を見て嫉妬に駆られないのだな」
「……駆られない、と断言することは出来ません。ですが、夢物語を現実と思い込むほど僕も馬鹿ではありませんから」
静謐に、されど克明に。
力強く述べた静寂な一言は、ギイブル=ウィズダンの成長を感じられた。
「それに、摩訶不思議な現象は先生で見慣れてるので。それが
そう言い残すと彼は荷物を持って教室を後にした。
既に残っている生徒は居なく、今はエミヤだけが教室の斜陽に照らされている。
「ギイブルも、リィエルも、人間誰しも成長するものだな───」
そうしてエミヤも教室の扉を後ろ手に閉める。
廊下を叩く足跡が静寂を切り裂く黄昏の校舎。
人影は見えず、まるで世界にただ一人残されたのではないかと錯覚してしまいそうだ。
その中でエミヤは未だ独り、永久に続く道を歩む。