そして、エミヤも含めた二組全員が参加するビーチバレー大会が開始する。
三人一組となる今大会で、エミヤはギイブル・カッシュの二人とコンビを組むことになった。
チームの決定方法はくじ引きなので、決まってしまったチームにとやかく言うことは出来ないのだが、その三人に対して周囲から最警戒チームと認定されてしまったのは間違いない。
一つの懸念材料は、ギイブルとカッシュの連携だったが、案の定正確な連携をすることが出来ないまま、それでも最終的には各々の身体能力のゴリ押しで並み居る敵をギリギリで踏破していった。
ギリギリの戦いを続けながら、それでも勝ち進むエミヤチームは遂に決勝戦にまで辿り着く。
「遂にここまで来てしまったな。私としては、予選で負けるのが関の山と思っていたのだがね」
「だから言ったじゃないですか。僕とカッシュが良いコンビになれるはずがないと」
エミヤの言葉に不愉快そうに鼻を鳴らして答えたのはギイブルだ。
最初コンビを組んだ時、肯定的な結果を視野に入れていたカッシュにギイブルが真正面から反対するなど、スタートラインから躓いていたこのチーム。
確かにギイブルの言葉に異論は無い。
連携では無く、完全な個の力で勝ち上がったチームが、このエミヤチームなのだから。
「まあまあ。そこまで先生に反抗する必要ないだろ、ギイブル。何だかんだ言って勝ってるんだからさ」
「何だかんだ、ね。だったら、僕達は次に相手に負けることになるだろうね」
次の決勝の相手は、ギリギリの勝利を掴み取ってきたエミヤチームとは正反対の戦績を残してきたチームだった。
陣容は、このクラスでエミヤという規格外を除けば容易で首位に立てる運動能力を担う大砲リィエル。
魔術の戦績は勿論、的確な指示やポジショニングでチームを勝利に導く司令塔システィーナ。
そして───、
「……テレサ=レイディ。彼女が最も厄介だろうな」
エミヤの言葉に首肯する二人。
今更ながら説明すると、このビーチバレーは普通の代物と少しルールが違う。
それは魔術を行使することが出来るというポイントだ。
遠隔物体操作の魔術である白魔【サイ・テレキネシス】によってボールを拾う事が出来る為、遠隔操作系の魔術に才能を見せるテレサは驚異の防衛率をこの大会で誇っていた。
「テレサがレシーバーを務めた時は、まだ失点していないんだよな……」
三人一チームのバレー。
その役割は、アタッカー・サポーター・レシーバーの三つに分けられ、一ゲームごとにローテーションする。
なお、エミヤはサポーター固定であり、残りの二人がアタッカーとレシーバーを交替しながら回している。
「彼女の防壁をどう攻略するかが鍵になるだろう。では、そろそろ試合開始だ。私達も準備をしないとな」
既に並んでいたリィエル達のチームに遅れてエミヤ達もポジションに就いた。
「もう作戦会議は終わりで良いんですか?」
「良いとも。修正は、試合と共に施していくさ」
システィーナとエミヤの軽い言葉交わしが終わり、審判を務めるルミアが試合開始の合図をする。
まずはカッシュがレシーバー、ギイブルがアタッカーの役割で相手の出方を見る。
合図と共に放物線を描いたシスティーナからのサーブをカッシュが拾う。
「先生!」
「了解した」
サポーター固定と言えど、エミヤの正確無比なトスはギイブルの前に落ちてくる。
完璧のタイミングで上げられたトスを、ギイブルもまた、己が身体能力を全て注ぎ込みスパイクを放つ。
だが───。
「そこ───!」
鉄壁の防衛を誇るテレサを、拙い連携が根底にある個の力全振りのチームが凌駕出来る訳が無い。
難無く拾われ、システィーナがトスを上げる。
その先に待ち構えたのは、リィエルだ。
「えい」
気が抜けるような音頭と共に周囲に巻き起こったのは、ひしゃげるボールが地面に着弾し間欠泉の如く天へ舞い上がる砂の雨。
対応を任されていたカッシュとて、リィエルに次ぐ身体能力の持ち主だが、それでも掠ることすら叶わなかった。
「……俺、初めてビーチバレーで死ぬかと思ったぜ」
魂が抜けたかのようなカッシュの弱々しい声が惨劇の証左だ。
前に立っていたギイブルも砂を浴びながら瞠目する。
やはり、リィエルが相手では分が悪いか。
「どうですか、私達のチームは?」
「最悪な相手だと実感させられたよ。質ではこちらも負けて無いと自信を持って言えるが、連携が必須なチーム戦では差が顕著だな」
やれやれと肩を竦めるエミヤ。
だが、システィーナはそこに疑問を持つ。
「先生は、あまり現状を悲観しているわけではないんですね。どちらかというと、希望を持っているみたいに見えます」
「無論だ。最初から諦められる程、彼我の差は無いと考えているのでね」
二人と対照的にポジティブな観測をしているエミヤ。
システィーナは疑問を持ちつつも、己がチームの為に動き続ける。
確かに彼我の差は無い、それを理解しつつも同意は出来ない状態のまま、漠然とした不満を抱えたシスティーナ。
だが、彼女の予想に反してエミヤチームは次々と点を入れられていき、どんどん追い込まれる結果となった。
***
「これは不味い。これ以上差を広げられるわけにはいかないな」
「そんなの、言われなくても分かってますよ……!」
苛立ちが見えるギイブルと、ぜえぜえと息を切らすカッシュ。
満身創痍のエミヤチームに対して、システィーナチームは楽しむ余裕があるようだ。
スコア差は歴然。エミヤチームは残り三回ポイントを奪取されれば敗北に直結する。
そろそろ、動き出す必要があるか。
「何とかしてリィエルの剛速球を拾えれば、チャンスはあるのだがな」
「そのチャンスを作るのが難しいんだよな……。先生がレシーバーに回ることが出来れば、難無く突破できる障壁なんですよね」
「残念ながら私がそちらに回るのはフェアではないのでね」
何度目か分からないカッシュの提案を、エミヤは変わらず却下する。
ですよねー、と苦笑いを浮かべる彼だが、今の提案は結構本気であったのだろう。少し肩を落としている。
その横で静かに後ろへ下がったギイブルに声をかける。
「次はギイブルがレシーバーか。一つ問いたいのだが、そろそろリィエルの球を拾えるのではないのかね?」
「そろそろ拾えるって……そう簡単に言いますが、あれを拾うなんて無理な話ですよ。僕は先生みたいな動体視力は持っていないので」
「それだ。誰が真正面からリィエルの剛速球に対応しろなんて言った。普段の君であれば、あれを突破するのに力技ではなく規則性を見破る術を選ぶはずだが?」
「規則性……。まあ、確かに彼女のボール軌道を予測することは不可能では無いですけど───」
「ではやれ。死に物狂いで剛速球を空へ上げてみせろ。拙くても良い。微少でも構わない。それが君の任務だ。なに、ギイブル=ウィズダンの本気を見せれば不可能な事ではないはずだ。そうだろう?」
「……無責任な」
やれやれと肩を竦めながらも、何処か笑みを浮かべるギイブル。
良くも悪くも身体能力が己よりも格上の二人とチームを組まされ、劣等感に拘泥していた彼は本質である負けず嫌いを展開できずにここまで来てしまった。
これが別の人間と組んだ時であれば、一人でそこへ踏み出すことが出来たのだろうが。
ギイブル=ウィズダンという聡明な少年の自己完結で一番の適任者をエミヤ達は失う事になってしまった。
間違いなく、このクラスでリィエル=レイフォードの剛速球を拾えるのはギイブル唯一人。
だが、ボールを拾うだけのディフェンスでは勝利できない。最強の防壁を突破できる、一本槍が必要だ。
それを任せられるのもこの舞台に立っている。
呆然と二人の会話を見ていた役者を手招きで呼び作戦会議をする。
「良いか、カッシュ。君の任務はギイブルが拾い、私が上げたボールを相手のコートに叩き付ける事だ」
「一言で言うと簡単そうに聞こえるけど、相手が強すぎるんですよね。……ギイブルがやる気を出してる手前で恥ずかしいですけど、テレサに拾われる未来しか見えないです……」
「そうか? 少なくとも、私にはテレサはそれほど大きな障害には見えないがね?」
「いやいやっ! 先生だって今まで俺達のボールが難無くテレサに拾われてたの見てましたよねっ!?」
「見ていたさ。とはいえ、それは彼女の卓越した魔術センスと驚異的な運が味方したことによる結果だ。それ以外では何一つこちらの汚点は無い」
鋭く相手コートを睨むエミヤの視線につられるように、カッシュもネットを隔てた相手コートを見る。
「我々は相手にリィエルが居るが為に、剛速球を放つことに拘りすぎてしまった。だが、その結果テレサと真正面から勝負することになってしまい全戦全敗だ」
「う……じゃあ、どうすればいいんですかね?」
「簡単な話さ。テレサと真正面から勝負をしなければ良い。テレサは確かに魔術が使えれば厄介な存在だろう。しかし、身体能力勝負にしてしまえば我々に分がある」
「……要するに、搦め手を使えって訳ですか」
首肯したエミヤ。
汚いと言われるかもしれないが、相手が正々堂々正面から戦いを挑んでいる以上こちらも本気でやらねばならない。
ただ、本気のベクトルが少々ずれるだけだ。
「作戦会議はもう良いんですか?」
「すまない。待たせてしまったな」
システィーナの挑発じみた言葉に冷静な声音で返答するエミヤ。
短いやり取りの後、エミヤチームの三人が耽々と構える姿を見てシスティーナも思考を切り替えた。
「どうやら、有意義な作戦会議になったみたいね」
ネットを飛び越えて返球されたボールをギイブルに託す。
サーブはこちらから。一撃目で仕留めなければ、リィエルの剛速球が襲ってくるのは自明の理。
だが、既にその恐怖からは逸脱している───。
「テレサ!」
テレサがギイブルのサーブを拾い、システィーナへ。
「リィエル───!」
「ん」
高く飛び上がったボールへ、追随するリィエル。
そのまま、高く掲げた手を振り下げる。
「任せたぞ、ギイブル!」
「分かってるさ───ッ!」
ひしゃげるボール。
音速すら凌駕した飛来速度を、ギイブルは軌道予測を以て凌駕する。
「な───?」
悲痛に震え、両手を真っ赤にした状態で拾い上げたボール。
驚愕の声をあげたのは誰なのか、それすらも置き忘れてエミヤは駆ける。
その雄姿を途切れさせないように、空へ。
「君が決めろ、カッシュ!」
「了解です!」
まさかリィエルのボールが拾われるとは思っていなかったのか、緊張が途切れた相手二人。
エミヤの的確なトスを捉えたカッシュは全身をバネのように撓らせると、筋力を総動員してスパイクを敵陣地に叩き込む。
未だ忘我から脱出できないテレサが、それを拾う事は叶わず、そして───。
「よっしゃああああああ───っ!」
カッシュの歓声で観客が我に返る。
そこにはシスティーナチームの砂場にめり込んだボールの姿。
背水の陣で、エミヤ達は一矢報いることに成功した。
「嘘でしょ……? これが、先生達の本気だっていう事……?」
システィーナが驚きのあまり独り言を漏らした後、近くにいたエミヤに駆け寄る。
「どうだ? 私達の本気は」
「正直驚きました。よりにもよって、今まで崩されたことの無いポジションでポイントを奪われたので」
「ああ。良いタイミングだっただろう?」
「……本当に、良いタイミングだったわ。でも、これで勝ったとは思ってないわよね? まだまだ私達のリードは揺らいでいませんよ?」
「理解しているさ。だからこそ、ここからの逆転劇が最高に盛り上がるとは思わないかね?」
ニヒルな笑みを浮かべるエミヤに、同じように笑みを返すシスティーナ。
「……良いわ。絶対に、負けないから」
「そう来なくてはな」
ここから、ビーチバレー大会は大きな盛り上がりを見せることになる。
***
最後の最後で覚醒した優勝候補。搦め手と正攻法を織り交ぜながら繰り出される攻撃は、脅威以外の言葉が見つからない程強力だった。
だが、盤石を誇るチームから逆転するには遅すぎて。
結局強力な布陣を敷いたシスティーナチームに屈することになってしまった。
怒涛の勢いも遅すぎれば風前の灯火だ。とはいえ、思い出に残る一時となったのは間違いない。
ビーチバレー大会が終わった後もクラス全員で日が暮れるまで遊び惚けて、空が暗く染まった頃。
エミヤは一人で海に戻っていた。
「さてと、やはり研究所に隠しは無かったか……」
生徒達は既にホテルで夢の中だ。
エミヤは一人で釣り糸を水面に垂らしながら、先ほど合流したアルベルト、グレンの二人から得た情報を並べる。
「政府の公的機関であるが故に、盤石の守りを誇る研究所を使うという考えは相手を買い被りすぎたな。しかし、バークス=ブラウモンの正体は暴けた」
下ろした視線の先には、白金魔導研究所所長バークス=ブラウモンが今まで犯してきた悪逆非道の限りが克明に刻まれた報告書。
それはエミヤも不愉快な気分になる文字列だった。
「私に追い込まれてもなお、外れた道を歩み続けるか。その探究心を別のベクトルに曲げてくれれば良かったのだがね。まあ、天の智慧研究会の思考など私には理解したくもない代物だ。生徒に何の被害が無いよう、二人と連携せねばな」
白銀魔導研究所に流れる資金の齟齬を追えば自ずと理解できるが、奴はもう一つ別の研究所を秘密裏に構築している。グレンとアルベルトにはそこを捜すために動いてもらっている。
バークス=ブラウモンという男の研究分野は綺麗な水が必須となる等の条件から絞れば大体の場所は掴んでいるが、それでも相手を舐める慢心は不要だ。
万全の力を以て排除する。
「───ここで何をしてるの、エミヤ?」
突然の声に驚くも、犯人が分かるとエミヤは平然と問いに答える。
「リィエルか。見て分からないかね? 日中に出来なかった釣りの続きだ。生徒達と遊んでいたので、疎かになってしまったのでね」
「ん。それは分かる」
「分かる、か……。ではどうしてそんな質問をしたんだ、リィエル?」
「えっと……」
背中からトコトコと駆け寄ってきたリィエル。
だが、何か様子がおかしい。
質問の意図を問うても、答えをすぐに見つけられない所は彼女らしくない。
もじもじと視線を泳がせていたリィエルだったが、一度覚悟を決めるように深呼吸をするとエミヤに再び向き直る。
「一緒に……釣りをしちゃ、ダメ?」
「……そうであれば、最初からそう言えば良い。私に断る理由はないのだからな」
エミヤは苦笑いを浮かべながら投影した釣具をリィエルに渡す。
彼女は嬉しそうに「ありがとう……」と礼を言うと、エミヤの横にちょこんと座る。
そのまま二人して、暫く夜風に当たっていた。
「そういえば、君と共に釣りをするのは久しいな」
エミヤは懐かしそうに呟くと、リィエルもそれに首肯する。
特務分室に在籍していた時代。暇な時にエミヤは釣りに向かっていたのだが、そこに彼女がついてきていたのだ。
「あの時は朝が早くて大変だった。今日みたいに夜にやればいいのに」
「夜は寝る時間だ。君と夜の釣りに繰り出すのも楽しいとは思うが、セラが許さないだろうしな」
むぅと頬を膨らませるリィエルだったが、セラの名前を出されれば従うしかない。
過去にエミヤがリィエルを拾った時、特務分室の部屋にいない事が多かったエミヤの代わりに一番近くで彼女の成長を見守っていたのがセラ=シルヴァースだった。
親代わり、といった関係で関わってきた二人だ。そこに生まれた絆は本物の親子に勝るとも劣らないだろう。
「それに、夜出かけるとイヴに色々な事を聞かれてね。最後には呆れられてしまうのが落ちなのだが、これ以上彼女からの印象を下げる訳にもいかなかっただろう?」
「それは大丈夫、だと思う。イヴはエミヤの事を嫌ってない。むしろ、一番頼りにしてる」
「頼りにしている、か。本当にそうであれば良いのだがね」
こうして二人で釣りをしていると、色々な事を思い出す。
非日常も多かったが、仲間と過ごした日常はかけがえのない宝物だ。
そう、こうして二人で朝日が照らす水面を見ながら一日の始まりを体感していたんだった。
「そういえば、どうしてリィエルは早朝に私と共に釣りに向かったんだ? 君には有意義な時間では無かっただろう。逆に退屈させてしまったのではないか?」
エミヤの疑問に首を振るリィエル。
「退屈じゃない。エミヤと居れる時間全てが、わたしにとって楽しい時間。だから、眠くても頑張った!」
「眠かったのは否定しないのだな……」
確かに舟を漕ぎながら釣り竿を持っていたな。
最後は彼女を背負いながら帰路に就いていた。
全然眠気には勝てていなかったとは思うのだが、本人が頑張ったというのだから頑張ったのだろう。
結果でなく過程を重視する場面だな、これは。
色々と逡巡していると、リィエルは突然エミヤを見る。
「───だから、またエミヤと一緒に過ごすことが出来て良かった。エミヤは、わたしの事を迷惑に思っているかもしれないけど……」
「迷惑になんて思ってないさ。私も、君と共に日常生活を謳歌できて良かったと思っている」
「ほんとう……?」
「本当だとも。迷惑に思う? とんでもない。私は君の全てを愛おしいと思っているよ」
心からの言葉を伝える。
薄幸の定めを退け払い、他人を心配することが出来るようになったリィエル=レイフォードの優しさは、成長の過程を見てきたエミヤにとっては嬉しいものだ。
満足そうに頷くエミヤだったが、対照的にリィエルは瞠目して視線を逸らした。
「むぅ。エミヤはずるい……」
リィエルは赤面しながら頬を膨らませるが、エミヤには何故ずるいと言われたのか分からない。
こほん、と咳払いをすると話題を切り替える。
「リィエル、この学院はどうだ?」
先生として、何より仲間として。
彼女の心境を探りたいと思ったのだ。
今の今まで非日常に体と心を置いていた状態から、場面が切り替わるかのように日常へ放り込まれたリィエル。
遠目から大丈夫とは思っているが、念のため。
「ん。とっても楽しい」
「そうか」
それは、紛れもなくリィエルの本心なのだろう。
彼女の口から出る言葉を、何一つ聞き逃さないようにエミヤは耳を傾けた。
いよいよ終盤に突入する第三巻。年内に三巻部分を終わらせる、ということを目標にやっていきますよ!
今回はビーチバレー大会の前半と、リィエルとの釣りの後半の話となりました。本当はここでリィエルとの会話も終わるはずだったんですが、如何せん長くなってしまい分けさせて頂きました。続きは次回にて!