バークスに引率され、エミヤ達は研究所内部に足を踏み入れた。
そこは至る所に水路が張り巡らされており、建物内部にも拘らず植物が生い茂っている。
人工物と自然の恵みが融合している、というのが率直な研究所の意見だ。
偉容に感心するはするが、今エミヤが置かれている状況を考慮すればそんなものに忘我はしない。
最後尾から生徒達全員を視野に入れつつ、先頭で説明を入れながら案内するバークスを警戒の糸で拘束する。
「……それにしても、研究の為とはいえ足を踏み入れたくないものだな、これは」
視野の端に映る
それは嘗て兵器として運用が出来ないかと研究されていた残滓であった。
命を弄ぶ背徳感を、本物の研究者は感じはしないのだろうか。
とはいえ、その研究の成果が今の魔術学に齎した功績は少なくない。
他者の命を削り、発展の道を歩む。これはどの世界でも変わらない事実なのだろうな。
「ねえエミヤ、少し良い?」
「む? 何かあったかリィエル、それに君達も」
声のする方を見れば、リィエルがちょこちょこと魔術講師の外套を引っ張っていた。
後方にはルミア、システィーナが居る。
一瞬だけ全身に緊張が迸ったが、続くリィエルの言葉で別のベクトルの緊張が脳裏に突き刺さった。
「さっきシスティーナとルミアが話してた内容がよく分からないから、教えて欲しい」
「ほう、それは感心した。それで二人は何の話をしていたんだ?」
「話していた、というには漠然としすぎているんだけど……あの、死者の蘇生・復活に関する帝国の一大プロジェクトだった研究があったじゃないですか? それの名前が何だったかなって話をしていたんですけど……どうにもあと少しの所で名前が出てこないのよね……」
「ああ……それは、『
「そう、それよっ! でも、漠然と理解してはいるんですけど、本質までは良く理解できなかったのよね……」
「……ふむ。では簡単に説明をしようか」
一瞬だけ、目の前で困惑しているリィエルに視線が移ってしまったのは己の鍛錬不足だろう。
ここは敵の術中と言っても過言ではない場所で、刹那の不覚。
エミヤはその単語が出た瞬間にこちらへ泥漿の如く視線を向けたバークスを尻目に、説明を開始する。
「『
生物の三要素。
それは、肉体たる『マテリアル体』、精神たる『アストラル体』、霊魂たる『エーテル体』のことだ。
死を迎えた生物はこの三要素が分離し、円環へ帰るとされている。
これがこの世界における死の絶対不可逆性を理論で説明したものだ。
故に死者を復活させるのは、感情的にも、魔術理論的にも不可能とされてきたのだが。
「別の物で置き換える……?」
「復活させた人間の遺伝情報から摂取した『ジーン・コード』を基に代替肉体を錬成し、他者の霊魂に初期化処理を施した『アルター・エーテル』を代替霊魂とし、復活させたい人間の精神情報を『アストラル・コード』に変換して代替精神とする。最終的にこれら三つの代替物を複合させて、本人を復活させるというものだ。とはいえ、それで完成した存在が望んだ本人と全てが合致する訳では無い。倫理的に言えば、完璧にコピーした別人というのが結論とされている」
「むぅ。よく分からない……」
「すまない、専門用語を多用し過ぎてしまったな。そうだな……食堂に君の好物である苺のタルトが無かったから、私の手作りで我慢したというのが分かりやすいだろうか? 確かに同じ苺のタルトを食してはいるが、中身は別物だろう?」
「ん。それならエミヤの手作りが食べたい……!」
「……別の意味で相応しくない例だったか」
期待に満ちた瞳を輝かせているリィエルが、例を理解できたと仮定して話を進めよう。
「別に理論上では不可能ではないから、帝国はこのプロジェクトを進めた。死者を復活させることが出来るというのは、極論過去の英雄を復活させることも出来る。そういう意味では強力な武器となるわよね」
「そうだ。だが、先にも言った通りルーンの機能限界が夢物語を現実にすることを許さなかった。前に授業で扱ったと思うが、ルーンとは杜撰な条件を基に成り立っている術式と話したな?」
「はい。ルーンは『原初の音』に近い言語ではあるものの、所詮人が作ったものだから精緻な天使言語や竜言語に比べて杜撰と」
「今回はその杜撰という問題を抱えたが故に実現が不可能だったという訳だ。ルーンのポテンシャル・スペックでは、三要素を一つにする関数と式が構築できなかった」
魔術式を作るには、魔術関数を作成しそれらを組み合わせる必要がある。
だが、ルーンに高尚な三要素を任せるには力不足であった。
これがルーンの機能限界。道筋に出現した、攻略不可能の障害だった。
「まあ、それ以外にも問題はあったわけだがね。先にも話した完成した存在が厳密には本人ではないという倫理問題もそうだが、一番の問題は復活に必要な三要素の一つ、『アルター・エーテル』を作成するためには何の関係もない複数の人間から霊魂を抽出して加工・精錬する必要があるという点だ」
「それって……」
「一人を復活させるのに、複数の無関係な他人が生贄になる。だがそれを許容出来るほど、この国も馬鹿ではない。こうして机上の空論は幻想へと成り果てたという訳さ」
最後は自嘲気味に結んだ。
死者を復活させる術式は夢物語。原理は違うが、それに異を唱えることが出来る存在がそれを夢物語と断じるのか。
エミヤの言葉に感化されたのかシスティーナとルミアも深く考えているようだ。
残る一人はというと───、
「?」
「あまり理解できなかったようだな。とはいえ、君が私に説明を頼むとはどういう料簡だ? 興味のある話ではないだろう」
「それは……ん」
リィエルが指さす先に居るのは朗らかな笑顔で生徒の質問に答えているバークスだった。
「なんか……二人と話してる最中に、ずっと見てきて心配だったから」
「なるほどな」
客観的監視をするエミヤを掻い潜るバークス。
これは、随分警戒されているという事だ。
リィエルと強固な協力関係を結んだのは正解だったと言っても良いだろう。
***
遂に研究所見学も終わりがやってきた。
バークスの丁寧な説明や、部外者立ち入り禁止区域に立ち入ることが出来た興奮。
生徒達は得ることが出来た経験を零さないように魔術議論を繰り広げていた。
宿舎に到着する頃には空に黄昏の絵具がぶちまけられ、斜陽が体を照らす時間帯。想定内とはいえ思った以上に長居していたらしい。
「さて、ここからは自由時間だ。部屋に戻るも街へ向かうのも自由だが、時間を守って行動するように。では解散!」
散逸していく生徒を尻目に、エミヤはこれからもう一度研究所に向かおうと思っていた。
理由は簡単、バークス=ブラウモンへの接触だ。
耳に仕込んである通信機に手を伸ばし、アルベルトにこれからの行動を伝えようとすると、何やら走りながらこちらへ駆け寄る影が二つ。
手を引っ込め、システィーナとルミアの話を聞く選択を為す。
「先生、大変ですっ! リィエルが、リィエルが……!」
「少し落ち着け。リィエルが、どうした?」
息を切らしていたシスティーナとルミアの肩に手を置き、正確な情報を求める。
「リィエルが、見当たらないです!」
「見当たらない、だと?」
「はい……! さっきまで一緒に行動していたんですけど、気が付いたら近くにいなくて……!」
「あの子、何も言わずに何処かへ行くような子じゃないから……それで心配で」
「……分かった。とりあえずリィエルの件は私に任せてくれ。大丈夫、心配は不要だ。リィエルは強いからな。そして……君達は先に宿舎に戻っていて欲しい」
現時点で二人だけの行動を許せるほどエミヤは楽観主義ではない。
エミヤの言葉の真剣さと意図を読み取れた二人は、その言葉を承諾してくれた。
「ごめんなさい、先生」
「謝る必要は無い。リィエルが居なくなったことに、君達の落ち度はないのだからな」
「いえ、違います……その、一緒に探しに行けなくて、ごめんなさい。そして、リィエルの事お願いします……!」
己の力不足を嘆いているシスティーナ。
彼女は最近共に鍛錬をしている事が故に、ここで肩を並べられない事を悔いている。
だが、エミヤからすればシスティーナにはルミアの元に居てもらいたい。
「任せてくれ。それとシスティーナ、君にルミアの事を任せる。私がリィエルを探索する間、君が最後の砦だ」
「え……あっ、はい!」
その返事を聞いてエミヤは黄昏の空へ跳躍する。
如何なる意図かは読み取れないが、リィエルの身が危険だ。
「───アルベルト、聞こえるな」
通信機でルミア警護の人員を増やすよう指示し、エミヤは島中を駆け抜けていく。
この時点でエミヤ、アルベルト、グレンの三者が思ったことは偶然にも一致した。
───奴らに、先手を奪われた……!
***
「守りの比重を増やしていたのが間違いだったか……! それとも、私が慢心していたか……?」
屋根を蹴り飛ばし、新たな家へ飛び移る。
卓越した瞳が映す視界を頼りに、リィエル=レイフォードの姿を模索する。
「先にアルベルトとグレンにバークス=ブラウモンを確保を任せるべきだったか? いや、森の中で襲われれば全員を守ることは不可能だ。それに敵の人数も計り知れない」
圧倒的に情報が足りなすぎる。
こちらが得ている情報は、精々バークス=ブラウモン一人のみ。
天の智慧研究会が関わっているのは想像できるが、人員が割れない以上生徒の周囲を警邏するのは当然だ。
故にこちらが後手に回ってしまっているのだが。
「グレンが敵の拠点を見つけた瞬間、計ったようにリィエルの行方が分からなくなった。我々は完全に、敵の奸計に陥ったという訳だ……!」
これでエミヤが離れる事も相手の掌の上だ。
アルベルトとグレンに宿舎へ戻ってもらったが、そこを妨害しない敵ではないだろう。
二人が共に居れば大丈夫とは思うが。
「───ッ! そこか!」
思考と視界が目まぐるしく回転する中、エミヤはリィエルを捕捉した。
観光街の更に北端、人目の無い旧開発区域にリィエルの姿ともう一人、彼女に話しかけている男の姿が見える。
「全く、リィエル探索に私が向かったのは正解だったな」
エミヤは英霊としての身体能力を遺憾なく発揮し、二人との距離を詰める。
徐々に大きくなる二人の影と共に、両手に干将・莫那を投影。
リィエルに話しかけている男が纏っている外套は天の智慧研究会の証左だ。
ならば───ここで一人、潰しておく。
「───リィエル、そこを離れろ!」
「エミヤ……!?」
音速すら凌駕する速度で両者の間に舞い降りる。
突如出現したエミヤの姿に、目の前の男は瞠目する。
「クソッ、『死神』……!? いくら何でも到着するのが早すぎるだろ……!」
「逃がすと思っているのか?」
体を反転させ退却姿勢をとる男へエミヤが詰め寄る。
二歩、一歩───接敵。
瞬間的な速度で相手に肉薄し、神速にまで近づいたエミヤは何の容赦もなく双剣を振るおうと手を下ろそうとして───、
「エミヤ、待って───……」
リィエルの声に体が硬直した。
その間に男は距離を引き離し、エミヤの前から逃げていく。
「───どういう意図だ? 何故私を止めた」
最悪の可能性、スパイを視野に入れて鋭い口調で問いかけたエミヤだったが、リィエルの姿を見て言葉に詰まってしまう。
「待て、リィエル……どうして君は、泣いているんだ?」
「え……?」
確かめるように指で瞳に触れると、真実を伝える雫が指先で弾けた。
「……どうして、わたし……?」
「───何があった。先ほどの、天の智慧研究会の外道魔術師に何を吹き込まれた? 言うのは苦しいかもしれないが、話してみるのも手だ。力になれるかもしれん」
投影していた双剣を霧散させ、リィエルに近づく。
人心掌握でもされていた場合は彼女を一人にするのは危険だ。
人間としての心苦しさを叩き伏せ、掃除屋としての姿が顕現する。
選択は慎重に。最悪の場合、ここで拘束する可能性も十分に有り得るのだから。
「……実は、兄さんに会ったの」
「なに……? では、先ほど逃げた外道魔術師が君の兄だったと、そう言うのか?」
リィエルから伝えられた言葉はエミヤですら驚愕する言葉であった。
彼女の兄が天の智慧研究会に居た、なんて生半可な理由ではない。
リィエル=レイフォードの兄が現世に出現した。これが、エミヤを驚かせた情報に他ならない。
「……そう。でも、わたしは兄さんの誘いを断った……」
「誘い? それは、天の智慧研究会への誘いという意味で合っているな?」
首肯される。
……なるほど。それは確かに、盲点だった。
天の智慧研究会が自ら人員を揃えるのではなく、こちらの戦力を削ぎながら己の戦力を充実させる一手。
彼女が裏切れば、こちらが劣勢に立たされるのは想像に難くない。
未だ涙を垂れ流すリィエルは、見失った己を捜すように両手で自身を抱きしめる。
「最愛の兄に出会い、その誘いを断った。それが君の泣いている理由か?」
「……よく、分からない。兄さんとまた出会えたのは嬉しい……だから、本当に誘いを断った方が良かったのか、まだ揺れてる……」
普段は気丈な姿を見せる彼女の、弱った姿。
それは暗闇の中に独りで残されたか弱い人間の姿だ。
ここでエミヤは、過去の自分を恨む。
結論を先送りにすることで、彼女に真実を伝えていなかった。故にリィエルは今もまだ、兄と仲間の狭間に揺れている。
「それに、兄さんはわたしに言った……お前は邪魔な存在だって……っ」
「だから、どうすれば良いのか分からなくなった、と」
「わたしには……どっちかなんて選べない……っ! 兄さんも大事、でも友達を裏切るなんてこと……出来ない」
二つとも大切か。
その願いは余りにも傲慢だ。
人生なんて取捨選択の毎日だ。それは戦場でも変わらない。
どちらか一方を救うのなら、もう一方は見捨てなければならない。
それが自然の理で、当然の帰結だ。
だが、目の前で迷子の子供の如く震える彼女にそれを伝えるのは酷だろう。
見た目は十数年の経験を積んできたかに見えるが、内面は───未だ子供だ。
数年の接点が無くとも、家族に会えた感動が日常に勝る可能性は十分に有り得る話だ。
ならば、その傲慢な願いを叶えてやるのも夢があるだろう。
子供は何時だって夢を追うものだ。それを支えるのが、大人の使命。
「ならば二つとも選べば良い」
「え……?」
「君の兄が、何故天の智慧研究会に居るのかは分からないが、ならばこれから向かって連れ戻せば良い。こうすれば誰も裏切らなくて、誰も捨てるような真似にはならない。違うかね?」
「良いの?」
「良いに決まっている。微睡に堕ちた兄を妹が救いに行く。そんな王道が現実にあっても、誰も文句は言うまい」
エミヤの言葉は、確かにリィエルの心に染み渡った。
瞠目は数秒。すぐに心身共に立ち上がると、エミヤの瞳を力強く見つめ返した。
「ん。じゃあすぐに行こう」
「待て待て。私と君の二人で行くのも一興だが、敵はそこまで甘くはないだろう。先にグレンとアルベルトと合流だ。そこから本拠地に乗り込む」
「? グレンとアルベルトがここに居るの?」
「最初から居たがね」
「……気付かなかった」
まあ良い。
とにかくここからが反撃だ。
リィエルという戦力の確保に失敗した奴らが、次に如何なる手を打ってくるかは分からない。
「すぐに宿舎に戻るぞ。二人はそこに居る」
「分かった……!」
駆けだす二人。
ベクトルは正しい方向を向き、敵との相対を可能とした。
常闇に外套を靡かせながら、エミヤは肩を並べるリィエルの横顔を見る。
彼女は兄を取り戻すというモチベーションを確保し、普段以上の実力を見せてくれるだろう。
故に、兄を取り戻すなんて有り得ないシチュエーションを悪用するような真似を選択したことに対して謝罪を。理由はただ一つ。
既にリィエル=レイフォードの兄は、この世に居ないのだから───。
***
動き出した歯車。
別々の方向へと回転していたそれらが、この一瞬を以て合致した。
これから反撃だ、そう思っているエミヤは知らない。
現在進行形で、アルベルト=フレイザーが森林で足止めを喰らっている事実を。
向かう宿舎に、災厄が降りかかっているという事態を───。
「てめぇ……どうしてここに居る、バークス=ブラウモン……!」
「残念ながら私が用があるのは貴方ではありません、『愚者』。今の私を止めたいのであれば、それこそ『死神』を呼んで頂かなければ」
「エミヤの出る幕はねえ! ここで、俺がお前を逃がすと思ってるのか?」
「逃げられますとも。ついでに言えば、貴方達が守護していた魔術姫も連れ去りますがね?」
「抜かせ───ッ!」
銃撃と硝煙が宿舎を彩っていく。日常の透明は、生徒達に一番近い場所から血みどろの非日常へと塗り替わっていく───。
───撃鉄は既に起きている。
リィエル=レイフォードの確保が、本命では無かったら……?
その真実に至るには、少しばかり遅すぎた───。
ついに三巻終了です!
長かった前哨戦も幕を閉じ、これから戦闘展開に突入。久方ぶりの戦闘描写で私にもモチベーション向上の兆しが……!
なお、ここから四巻開始に向けての準備を行いますので投稿が遅れます。年内に四巻を始められることを目標にはしていますが、どうなるか……。
ええい! やっぱり、未来の自分に託します!
頑張れ、自分。今の私には何も出来ないけど、過去から応援してるからな!