普遍的にして特異なコンビ
硝煙が、日常を汚していく。
立ち込める気迫が、ここは地獄と嗤っている。
頬を伝う汗は本物で、されど夢想を願いたい。
駆ける両足に力を込めて、青年は一人で地獄に潜り込む。
「───畜生。結局俺一人で食い止めなくちゃいけねえんだよな……!」
ここにエミヤの生徒が誰一人戻ってきていなくて安心した。
もし、彼らを己が力不足で傷つけてしまったとしたら……一生後悔する。
いやいや少し待て。その言葉は自分が誰も守れないという証左なのではないのか?
「少し落ち着けよ、俺……! 確かに今は危機的状況だが、悲観する程じゃねえ。実際俺の目的は現在進行形で達成出来てるだろ?」
ここで深く深呼吸をする。
普段からエミヤが言っていたことを思い出す。
敵の奸計に嵌った場合、思考すべきは逆転の一手のみ。ネガティブな思考・感情は忘却の彼方へと投げ飛ばせ。
そうしてようやく銃把を握る力が存外鋭くなっていたことに気付いた。
「さて。じゃあ、こっからどうしたものかねぇ……」
青年───グレン=レーダスはただ一人残された宿舎において、敵対者との相対を為していた。
相手はバークス=ブラウモン。先ほどまでエミヤ達が見学していた白金魔導研究所の所長であり、魔術の闇に呑み込まれた外道魔術師である。
グレンとて帝国宮廷魔導士団特務分室の一翼を担う存在だ。数値的に見れば下級の魔術師かもしれないが、立派な魔導士である。
そんな彼が現在、所長という役職を担っていることから考えるに戦い慣れていなさそうなバークスに追い詰められていた。
「ったく、敵が異能の使い手なんて聞いてねえぞ……!」
召喚【コール・ファミリア】で呼び寄せた小動物を使役し、周囲へ計画の糸を張り巡らせる。額に流れる汗は、ただの疲労のみが理由ではない。焦燥も幾ばくか紛れていた。
グレン=レーダス。それはシロウ=エミヤと並び、対魔術師に特化した魔導士として知られていた。
彼が担う
それを起動すれば最後、魔術は自他共に起動不可能となり、魔術師はただの人間へと成り果てる。
斯様な反則じみた力を有しているというのに、グレンの心象は曇天に包まれていた。
「とにかく、時間稼ぎだッ! アルベルトは接敵したらしいが、リィエルを捜索しているエミヤは見つけ次第来てくれるはずだ。あいつが妨害に手間取るなんてことは───」
「さて、それでどうだろうな?」
「───え?」
緊急回避を為せたのは、偏に普段の経験故だろう。
思考が危機を察知する前に反射で敵の位置、状態を一目で確認し、体を回転させて逃げる間隙に銃弾を三発放つ。
それらは寸毫のズレなく敵の双肩、右足を穿った。
「全く。その程度の攻撃でやられる訳が無いだろうに。それすら理解できないのか?」
「ンなのてめえのはったりかもしれねえだろうが! それに、時間をかければ自分の方が不味い状況だっていうのは理解してんのか?」
「ああ。無論理解しているとも。ここで待っていれば、我が怨敵シロウ=エミヤが姿を見せるとな。だが、奴を殺すのはこんな序盤じゃない。文字通り私が持ち得る全てを以て奴の命脈を穿つ。それでようやく、私のこれまでの研鑽が間違いでないと証明される……!」
「へッ……彼奴も、面倒な奴に執着されたもんだな」
するとバークスを穿った銃創がみるみるうちに回復されていく。
グレンは何度目か分からない異能『再生能力』の偉容を視界に収める。
同時並行で握っている銃に銃弾を装填していく。
「執着? 何と言うかと思えば。私が奴に執着なんて感情を抱くはずがなかろう? 奴のような三流魔術師、私が高みを目指す一障害に過ぎん。そうとも……! 私のような高尚な人間が、奴程度の溝鼠になど負けるはずが無いのだ……!」
「あーはいはい。そうだな」
混濁する瞳は既にグレンを映していない。
この身を通過した遥か先に位置する『死神』を、盲目的に睨み続ける。
とはいえ、エミヤを魔術師という普遍的な窪みで測ろうとしている時点で、バークスに勝ち目は万に一つもないだろうが。
「まあ良い。まずは貴様を前菜にしてやろう。感謝し感涙に咽ぶが良いぞ、三流?」
瞬間、爆発するが如く噴出する火炎の螺旋。
バークスの体を中心に彼を護るようにして展開されるそれは、形容するならば焔の膜だった。
「異能……!」
「そうとも。貴様程度には役不足だろうが、奴を殺す前の準備運動と考えれば合理的だろう?」
グレンの返答を待たずにバークスは座標を動かす。
火を纏いながら肉薄する姿は、火達磨そのものだ。
本来であれば包み込む存在を焼夷し、人と背反の関係を続ける焔が敵の仲間になっていることが唯一にして致命的な違いであるのだが。
「ち、っくしょう!」
銃口から火を噴くが、成傷機転がバークスの体に刻まれる事は無い。
距離が近づくごとに周囲が熱せられ、グレンの皮膚を焦がすがそこに対する痛痒はあっても反応はしない。
佩いていた剣を軸にバークスの軌道を後方に逸らし、その運動エネルギーをそのままに吹き飛ばす。
「幾度と……猪口才な……!」
「生憎と、抜刀術だけはエミヤにも負けないぐらい使えんだよ!」
比較対象が魔術で剣を投影するが為に抜刀術自体を使わないというツッコミは無しだ。
なのにも拘らず、グレンに抜刀術を教えることが出来るエミヤ。
本当───理想の背中は遥か先に居る。
「魔術戦を生業としない私に対して逃げの一手を選び続ける事に、プライドは傷付かないのか!」
「へッ、傷付かねえよ! それに、俺に口撃は通用しねえぜ? なんせ今までエミヤに鍛えられてきたからな!」
格下に対して口を使った攻撃はしないでいただきたい。
そのお陰で免疫をつけることができたので、恨みばかりという訳では無いが。
「じゃあな、おっさん! 俺はもう一度逃げさせてもらうわ!」
そう言って何の躊躇いも無しに去ってゆくグレン。
バークスは曲がり角の先に消えた青年を侮蔑し、思い通りに動く姿に嘲笑しながら、耳に込めた通信機を起動する。
「───グレン=レーダスはそちらへ消えた。不要な方を眠りから覚まさせてやれ。それと、人払いは順調だな? ……ああ、それは結構」
こちらからの指示を了承し、確認した事項を滞りなく進めている事を確認した。
「ハッ。正義の味方だか、正義の魔法使いだか知らんが……救いあげる他者が足手纏いになる事を、無論貴様らとて理解しているのだろう?」
誰かに問いかけたわけではない。
バークスの心の底に拘泥する感情を、食道を通じて外界に吐きだしただけだ。
***
「やっぱついてくるよな、そりゃ!」
グレンが後方を見れば距離はあるもののこちらを逃がす様子のないバークス。
不敵な笑みを浮かべる彼の姿は、気味が悪い。
グレンが放った小動物は既に身代わりとして焼夷され、氷結の檻に閉じ込められた。
そんな事実も加味してより一層その笑みに恐怖を抱いてしまう。
「……何笑ってんだ、あいつ。それに……間違いなく、俺を逃がしてるよな?」
笑みを浮かべながらこちらを早歩き程度の速度で追いかけるバークス。
だが、その姿には何処か余裕が見える。
グレンとて過去に幾度も修羅場を潜り抜けてきた。故に、敵の思考を行動から読み取る程度は可能だ。
「まあ良い。取り敢えず……時間を稼ぎながら───」
グレンが今後の退避路を脳裏の地図に当てはめていた時、前方のドアが独りでに開かれた。
このホテルに、それも現在進行形で戦闘が起こっている階に人間がいる事に驚愕する───己にグレンは驚いた。
それもそうだ。グレンはこのホテルに人払いなどしていない。
故に、今の今まで誰とも会わずにバークスとの戦闘が続けられた事に、今更ながら気付いた己を呪う。
「んもう……何なのよ、一体……」
扉の先から現れたのは、銀髪の少女だった。
エミヤが教員として勤めているアルザーノ帝国魔術学院の制服に身を包み、艶やかな銀髪を纏めるカチューシャ。
半開きの瞳を眠たそうに擦る少女が、よりにもよって同僚に似た少女がこの場に現れたという事実を苦虫を嚙み潰したような表情をして受け止める。
「え、バークスさん……?」
「おや、再び会いましたね」
駆けるグレンを無視して後方のバークスに声をかける少女。
───その姿が酷く同僚に似ていたから、自分を無視して他人に声をかけたという事実が少し心にきた。
とはいえ、はっきり言って二人の関係は他人だ。少女はエミヤの生徒であって、自身の知っている同僚と何の関係は無いのだ。
矍鑠とした笑みを浮かべたバークスに近づこうとした少女を、されどグレンは腕を引っ張り強引に連れ戻す。
別に他意はない。今のバークスに、エミヤの生徒を近づかせる訳にはいかない、それだけの理由だ。
「え……?」
「説明は後だシスティーナ=フィーベル、取り敢えず俺と来いっ!」
「あ、貴方は一体……? それに、何を急いでいるんですか? 廊下は走るものでは───」
「だーッ! うっさい! 俺はお前達の担任であるエミヤの元同僚だ。これである程度察してくれ!」
流石に無茶が過ぎたか、とグレンは思ったが返答を聞かずにバークスとは逆方向に逃走する。
すると少女───システィーナはこちらを真剣な瞳で見つめる。
「……何かあった、ということですか?」
「そうだ! だから一刻も早く逃げるぞ! そうすれば、エミヤがこっちに来てくれるはずだ!」
システィーナという少女が、理解の早い少女で助かった。
エミヤの元同僚という単語が通じたのも、エミヤ本人が既に伝えていたということだ。
そういえば、この少女はリィエルとも仲良く過ごしていた姿を思い出す。グレン達の警護対象であるルミア=ティンジェルとの三人でいつも一緒に居たので、そこでエミヤから聞かされたのだろうか。
いや、理由なんて何でもいい。一先ずここからの脱出を図ろうとするグレンだったが、突然システィーナが足を止めた。
「───少し待ってください。私はあの部屋から離れる訳にはいきません」
「何だ? 忘れ物がある、みたいな馬鹿げた理由じゃ……ねえようだな」
システィーナの様子にグレンも足を止めた。
「あの部屋にはルミアが居るんです。先生の元同僚である貴方が、バークスさんから逃げている理由は今の私には分かりませんが、ルミアを残して私だけ逃げるわけにはいきません」
「は───?」
真剣に伝えるシスティーナだったが、その大切過ぎる情報にグレンは───思考演算が停止する。
「……待て。ルミア=ティンジェルの部屋は、あそこじゃねえはずだろ?」
「それは……先生の様子がおかしかったので、万が一を考慮しクラスメイトの部屋に隠れていました」
グレンの想定以上に、この少女は聡明らしい。
故に───グレンの計算が全て狂った。
「……ホント、情報戦で負けるとこうなるんだな」
まず言っておくが、システィーナの行動に間違いはない。逆に正解を凌駕した回答であった。
だからグレンにシスティーナを責める資格はないし、責めるつもりもない。
常日頃からエミヤの教育を受けている賜物だろう。既知の情報を偽りにするのは、非常に有効的な手だ。
最も、それを仲間が知らなければいけないという前提付きだが。
「ハハハ───ッ! 残念だったな、グレン=レーダス?」
気付いた時にはもう遅い。
バークスは何時の間にかシスティーナが出てきた扉の前に陣取っていた。
システィーナが去り際に扉を無意識のうちに閉めていたのが唯一の救いだ。
薄い障壁であるが、奴を遠ざける壁が出来た。
「───その扉に触れるな」
「おおっ! 怖い怖い」
わざとらしく両手を上げるバークスだが、その表情に焦燥等のネガティブな感情は皆無だ。
銃口を向けるグレンだったが、その実有効な手な何一つ持ち得ていなかった。
いや───奥の手を除けば、という条件下の話になるが。
「えっと……貴方は───?」
「グレン。グレン=レーダスだ。一先ず俺はここでアイツをここで縛る。その間にお前は逃げろ。とてもじゃないが、一学生が戦える相手じゃねえ」
背中で隠すようにしてグレンはシスティーナの前に立っている。
そのまま目を向けずに話しているが、聡明な彼女だ。きっと分かってくれるはず。
だが、聡明で勇敢な少女はここでもグレンの計算外に居た。
「いえ───私も戦います。戦えます」
「な!? 言っとくが、ここは学園でやってるようなルール有りの柔な魔術戦とは訳が違うんだぞ!」
「分かってます。ですが───」
システィーナは一度、覚悟を決めるように深呼吸をした。
「───私は、エミヤ先生にルミアを託されましたから」
「───ッ!」
その一言は理由にはならない。
だがその一言の重みを、同じような境遇に置かれていたグレンは理解できてしまうのだ。
理想の背中がこちらを見てくれたという喜び。
そんな者から、信頼されて託されるという喜び。
それは───グレンが幾度も感じていた、達成感だった。
「お願いします。確かに私はグレンさんと共に肩を並べて戦うことは出来ないと思います。ですが、私だって普段から先生に鍛えられているんです。少なくとも、補助程度であれば出来ますっ!」
頭を下げるシスティーナだが、この願いを聞き届けるのはグレンの選択すべき道ではない。
正義の魔法使いを目指すのであれば、彼女が生き残る可能性の一番高い道を選ぶべきだ。
それに、グレンにはシスティーナをバークスから絶対に守り切れるという確証は無い。
それでも───システィーナ=フィーベルの瞳が、どうしてか嘗ての、エミヤを追いかけ続けていた姿に重なってしまった。
「……分かった。とはいえ、前には出過ぎるなよ? 俺だってお前を守り切れる保証はねえ。命が危険と思ったら、すぐに逃げろ」
「あ、ありがとうございますっ!」
まるで花が咲いたか如くの笑みを見せるシスティーナ。
とはいえ、完全に打算なしで彼女を引き入れたわけではない。
エミヤから貰った資料にも書いてあったが、彼女はエミヤが受け持つクラスの中で随一の成績優秀者だ。
学生レベルの補助魔術であれば難無く行使できる。
悲しい事に、魔術の適性が無い自分よりも多岐の魔術を効率的に行使することが出来るだろう。
完全に皹一つ許されない諸刃の剣だが、誰かとコンビを組むのは初めてじゃない。
エミヤにも鍛えられた事だ。カバーリングとリスク管理を怠らず、時間稼ぎをすれば良いだけの話だ。
「……まあ。お陰で切り札の一つは使えなくなったんだけどな」
グレンは脳裏から『愚者の世界』を消滅させる。
即興で効果範囲を血文字で書き換える事も出来るが、その間にバークスに動かれたら意味が無い。
「ほう……まあ良い。先に貴様らを殺すまでの事。さすれば、奴の絶望も膨れ上がるだろうしな」
「んな簡単に負ける訳ねえだろうが───ッ!」
グレン=レーダスとシスティーナ=フィーベルが二人だけで手を結ぶ。
それは、イレギュラーが降り立ったこの世界において奇跡に等しい事象なのだろう。
突貫するバークスを迎え撃つようにグレンも疾駆する。
後方に控えるシスティーナはエミヤとの鍛錬、授業を思い出しながら、最適な補助道筋を完成させる。
そして───両者がぶつかった衝撃は、周囲の普遍的な音すら呑み込んで轟いた。
***
「何だ、この騒ぎは?」
エミヤとリィエルがホテルに到着した時、宿舎の周りには人が集まっていた。
上を見上げる野次馬につられてエミヤも視線を上に向ければ、窓が割れ焦げ付いた臭いが周囲を支配する。
「戦闘があったと見るべきだな……」
やはり狙われたか。
とにかくまずは情報収集が先決だ。この戦闘によって齎された被害を確認せねばならない。
「ん。どうする? やっぱり、倒す?」
リィエルが指差したのは野次馬を外で留めている警備員であった。
聞くに既に鎮火され、内部に人が突入しているようだ。
早急に突入せねばならないのは間違いないが───。
「いや、この場で騒ぎを起こすのは危険だ。今は爆発事件として片づけられているみたいだからな。余計な火種を投げ込む必要は無い。とすれば───」
「裏口を使う?」
「それが一番だろうな。そこを警邏している警備員は……どうやら一人のようだ」
目立たないように行動し裏口へ移動する。
正面の騒ぎが大きい様で、そこに野次馬は誰一人いなかった。
ほとんどの警備員が正面に連れ出されたか。とはいえ、一人で警邏するのは感心しない。
「───こうして、私のような存在も居るのだからな」
エミヤは一瞬で警備員に肉薄すると白魔【スリープ・サウンド】を行使し微睡に堕とす。
膝から崩れ落ちていく警邏を支えると、起こさないように隅に寝かす。
「さあ行くぞ。時間は無い」
「ん。分かった……!」
内部に侵入を成功させたエミヤとリィエルは廊下を駆けていった。
さてさて、遂に始まりました第四巻!
ではまずは謝罪を。年内に始める事が目標だったんですが、準備する時間が確保できない日が続き新年に突入すると同時に始める事になりました。ここからは準備も完了しているので、最低週一回投稿を続けられると思います。早急に投稿することを心掛けながら、無理のない範囲で進めていくのでお付き合いいただければ幸いです。
記念すべき四巻第一話は、グレンとシスティーナのコンビがほんの少しだけ見える話になりましたね。とはいえ、戦闘部分は全てカットします。はい。
この二人の戦いはやはり原作が一番ですね。テンポも考慮しカットです。時系列的にバークスとの初戦は既に決着がついています。
一応簡単に内容を話すと、互いに時間稼ぎをしているためリスクを回避する戦いでした。グレンとバークスが徒手空拳でぶつかり合い、頃合いを見てシスティーナが回復、補助をするという展開が終始続くというものです。