赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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広がるは魔獣の群れ

 巨大蟹の襲来を退けたエミヤ達はその後、順調に内部探索を進めていた。

 合成魔獣(キメラ)の追撃を常に念頭に置いて意識を散布していたのだが、拍子抜けするほど無音と暗澹の空間が続くのみとなっていた。

 

「どういう事だ……? ここまで何もないもんなのか?」

「戦力を集結させているという線もあるが、こちらの慢心を穿つ可能性もあるな」

 

 いずれにせよ、現在進行形で訪れている平和に浸ってはいけないということだ。

 エミヤも鷹の瞳と謳われし超越の双眸を駆使し常闇を映しているが、何も見えない。

 ───敵は何が目的だ?

 過信する訳では無いが、客観的に見てこの戦力を内部にまで引き寄せる余裕が相手にあると思えない。

 そろそろ最奥部に到達する。そこで待ち受けているのであれば、それはそれで構わないが───。

 エミヤはグレンに告げた二つの可能性と共に乱戦となった場合の救出優先の行動も思考に連ねていた中、唐突に思考の端が真実を以て警鐘を鳴らした。

 

「───ほう。如何なる思惑があるかは読み取れないが、来るぞ」

 

 先行していたエミヤは隣で並んで警戒をしていたリィエルの前に左手を出して動きを制止させる。

 常闇から生まれ落ちたが如く、忽然と出現した敵影。

 その背景には視界を埋め尽くす合成魔獣(キメラ)の群れが、宛ら軍隊のように敵影───バークスを主としてこちらに殺気を飛ばしている。

 

「これは想像以上の数量だな」

「具体的には?」

「大小合わせて百は超えている。大規模な魔術を行使すれば掃討できるだろうが、立地が問題だな」

 

 上を見上げるエミヤ。

 ここは四方を常闇と人工的な壁に覆われている。

 一対多の戦闘をするのであれば、立地を蹂躙する超火力を展開すれば早いのだが、ここは空気があるとはいえ水の中だ。

 ここにいる三人は緊急事態でも各々潜り抜けられるだろうし、エミヤが何があっても救い出す。

 だが、囚われの身となっているルミアは? 

 救い出せる絶対の確証は、無い。

 

「つまり、奴さんは時間稼ぎを目標としてるって訳か?」

「恐らくな。救出を急ぎ過ぎても自然が私達を吞み込み、逆に慎重になり過ぎても我々の敗北だ。全く、面倒な状況を作り出されたものだ」

 

 事態の解決には急がば回れ、というやつだ。

 バークス=ブラウモン、敵ながらこちらの弱点を正確に狙う戦力配置をしてくる。

 後方にはルミアを誘拐した謎の人物と、卓越した外道魔術師であるエレノアが最低でも居ると考えると、ますます厄介だ。

 

「───残念ながら、私の目的は時間稼ぎなどという下等な策ではない。正真正銘貴様らの墓標を見届けに、ここへ来た」

「ほう、盗み聞きとは趣味が悪いのではないかね?」

「何とでも言うが良い。とはいえ、斯様な態度をとっても良いのかね? 私の推察から導き出されるに、こちらの状況の方が貴様にとっても渇望しているものであろう?」

 

 確かにこちらとしては有難い。

 中途半端な策ではなく、明確な殺意を拵えているのは些か脅威となり得るだろうが、それでも守備に回られるよりかはやりやすい。

 とはいえ、容易に踏破できる敵でもなさそうだが。

 

「さあ、刮目せよ! 我が最終傑作の宝物庫を!」

 

 大仰に両手を広げるバークス。

 後方の常闇から現れたのは、四つん這いでなお人間の体格を凌駕する巨躯を有した大亀。それが己が権威を示すかのように二本足で立ち上がる。

 大亀の大音声(だいおんじょう)に呼応し四方を埋め尽くす小型中型の合成魔獣、正面は大型の魔獣の群れが包囲する。

 

「……おいエミヤ、こいつは流石にやべぇんじゃねえの?」

「厳しいだろうな。特にあの大亀は厄介だろう……一つ問いたいのだが、君のとっておきでアレを崩せるか?」

「ん~正直な所、五分五分って感じだろうな……。エミヤの一撃と連携できれば、結構確率は高まると思うが……」

「ほう? では止めは君に一任しよう。そこへ至る過程は私が築く」

 

 切り込み隊長のリィエル、狙撃手のアルベルト。

 二人には別の役割を担ってもらいたかったので、大亀の止めにグレンが適任するのであれば有難い事は無い。

 ちなみにエミヤの返答を聞いたグレンが焦ったように制止の声を上げるが無視だ。元来こちらは出来ると思って問いかけているので、その卑下は戦場に必要ない。

 エミヤの視線は常に頼れる後方ではなく、敵愾心剥き出しの前方に向けられた。

 彼我の戦力差を量で埋めるのは常套手段だが、これは流石に本気でやらねばこちらが喰われるか。

 

「───ここが分水嶺だ。逃げ道を塞ぐ魔獣は無視、前衛をグレンとリィエルで受け持ち、後衛にアルベルト、双方のカバーを私が行う。我々の最優先事項はルミア=ティンジェルの救出だ、一点突破でこの状況を打破するぞ」

「「「了解」」」

 

 途端にエミヤとグレンの位置が逆転、前衛を託した二人が臨戦態勢を刹那にて整える。

 先ほどまで頼りない声を上げていたグレンも一度スイッチが点火すれば、泣き言は言っていられない。慣れた手つきで準備を整えながら、リィエルとの情報共有を為していた。

 その光景を見て、エミヤは呟く。

 

「久方振りだな、君と肩を並べて後衛を行うのは」

「それだけお前が二人を信頼するようになったという事だ。何もかも自分で受け持つ以前と比べれば、良い顔になったんじゃないのか?」

「かもしれないな」

 

 後衛の二人も客観的に見れば談笑の様子だが、その脳裏には互いの戦闘倫理が脳裏に刻まれ起動前状態となっている。

 アルベルトは魔術を、エミヤは黒い洋弓を投影する。客観的に見ればこの程度の準備でも、それ相応の準備は既に並行して整えられているのだ。

 

「流石だな、一連の流れに隙が無い」

「そう言うお前こそ、現役を退いて既に半年を経ているにも拘らず、その動きが堕ちた様子は無いな」

 

 英霊故に、成長は無いが、退化も無い。

 停滞を運命付けられた人生なので、そこまで喜べるものではないのだがね。

 

「それはそれは、彼のエース殿に言われるとは私もまだ捨てたものではないという事かな?」

「戯言だけは治らぬ癖だな」

 

 生憎と、そう返答したエミヤはバークスに向き直る。

 深淵を具現化したかのような笑みを浮かべる彼は、エミヤの視線に怖気づくことなく対照的な反応を見せる。

 

「───漸く私を見たな、『死神』。嘗ての私では貴様にとって路肩の礫であっただろうが、此度は違う。既に雌雄を決するこの場所が、無機質に鎌を振るうだけでは到達し得ない領域と知れ!」

「無論だとも。悉くの慢心を封殺し、全霊でお相手しよう」

 

 ───そして、興廃を決する緞帳が開かれた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一方、生徒達はというと───。

 

 現在爆破事件?事故?が発生した旅籠とは別の旅籠に移動していた。

 無論各自部屋を与えられてはいるのだが、そこへ籠る者は誰一人いなかった。

 理由は至極当然、終ぞ「大丈夫だ」としか話さずこの場から去っていったエミヤの事だ。システィーナが追加の説明をし、状況は理解出来たのだが……それでも生徒達は心配だった。

 

「先生、大丈夫かな……」

「……大丈夫、だろ、多分……」

「そうだよ! エミヤ先生なら、絶対顔色一つ変えずに解決するって、だからさ……でも……」

「俺達も行った方が良いんじゃないのか……?」

「でも……」

 

 意気消沈する者、周囲に漂う暗澹たる空気を一変しようと試みる者、行動を起こそうとする者、何も喋らない者。

 各々の反応を見せるが、その心象に漂う感情は一つのみ。

 

 ───先生は、大丈夫だろうか。

 

 まるで不文律であるかのようにロビーに集まってしまった生徒達は全員、一人になる部屋を選ばず一番先生に近い場所で、闇夜に濡れる街並みを呆然を見ていた。

 普段の彼らを知っている者がそこにいたのなら、間違いなく忘我するほどの変貌。口を出さずにはいられない、見ていられない姿であった───。

 

「───フンッ、下らない。君達、そんな意味のない事をくよくよ考えて、一体何になるんだい?」

「なっ……お前、ギイブル……」

 

 その中で一人、静かに本を読んでいた眼鏡の青年カッシュが呆れたようにため息をついた。

 全員の驚愕したような視線が一身に注がれる中、彼とビーチバレー大会でチームを組んだカッシュが問いかける。

 

「先生が心配だって言う感情は、そんなに可笑しいか?」

「ああ、可笑しいとも。先生が心配? 君達、何時からそんなに強くなったんだい?」

 

 右手で支えていた本を閉じると、カッシュはクラス全員を見渡す。

 普段の姿では考えられない程の落ち込みぶりだ。そんな雰囲気のクラスでは、無いだろう?

 励ますなんて柄ではないけど、それを任せられる人間は全員この雰囲気を作り出すのに一助してしまっている。

 忌々し気に口を開くと、そこから出てきたのは何時もみたいな憎まれ口だった。

 

「あの人が大丈夫だと言ったなら、僕達はそれを信じてここで待っているべきだ。違うかい?」

「それはまあ、そうだけど……」

 

 平常時はあんなに、五月蠅い程に元気なカッシュも返答に困っている様子だ。

 何だそれは。憎まれ口を突きつけられても、飄々と潜り抜けるのが君の特性では無いのか?

 行動を起こすのは素晴らしい。だが、その判断が正確ではないのなら、只の無謀者だ。

 それが分からない、君では無いだろうに───。

 

「───大丈夫さ、先生はきっと戻ってくる。何より一緒に居る時間の長い僕達だ、今まで何を見てきた? 馬鹿馬鹿しいと思ったことを、本当に実現する姿じゃないのかい? ……一番近くにいる僕らが、先生を信じなくてどうするのさ───……」

 

 それだけを言い残すとギイブルは再び本に視線を落とした。

 確かに彼の口から出てきたのは変わらぬ憎まれ口だけど、それでも言葉以上にエミヤ先生を信用している心がその空間に涵養する。

 一番初めに立ち上がったのはシスティーナだった。

 

「ええ、そうね。大丈夫って先生が言ってくれたんだから、私達は信じて待とう? それに、こんな雰囲気のまま待ってたらまた先生に笑われちゃうかもしれないしね?」

「そうだな! よし、俺達は信じて待つぞー!」

「カッシュ、それギイブルとシスティーナの言葉をそのまま言っただけじゃない?」

「そ、そうか?」

 

 雰囲気は一変した。

 深海の底にまで沈んでいた意気は、今や空元気かもしれないが戻りつつある。

 カッシュの言葉に全員が笑っているのも、空元気からくる無理矢理空気を入れ替えようとしている証左なのかもしれない。

 それでも、空元気でも、一歩前に進もうと思えたのは大きな進展だ。

 その輪から離れて、静謐に艶やかな銀髪を揺らすシスティーナは今も変わらず本を読んでいるギイブルに声をかけた。

 

「……まさか、ギイブルが一番先生を信用していたなんてね?」

「別に一番信用してたわけじゃない。ただ……この空気が、気に入らなかっただけだ」

「うん。じゃあ、そう言う事にしておくわね……」

 

 変わる二組の中で、システィーナは思う。己が力不足を。

 確かにエミヤに鍛え始めてもらって時間は全然経過していない。

 一朝一夕の修行で強くなれるなんてシスティーナ自身思っていないし、それほど甘い世界ではない事は自分自身が一番よく分かっている。

 それでも───多少の向上はあるのではないかと、思い上がっていた。

 泣いてばかりでは終わらない、私も先生と一緒に、補助だけでも出来ると思っていた───。

 

「……でも、私は何も出来なかった」

 

 思い返すはエミヤの元同僚と名乗ったグレン=レーダスとの共闘。

 システィーナはそこで、何も出来なかった。先生にルミアを託されたのに、いざ戦場に降り立てば継ぎ接ぎだらけの決意は脆く崩れ去った。

 今の自分では、ルミアを守り抜くなんて以ての外。先生の隣に立つことも、出来るはずが無い……。

 

「……今のままじゃ駄目。もっと……もっと強くならなきゃ、いけない……!」

 

 そう胸の前に両手を握りしめて、誓ったのであった。

 




 既に二月に突入しているのに、まだ四巻は中盤だと!?
 申し訳ございません。本当はもう少し進める予定でしたが、これ以上投稿しないのも不味いなと思い今回はここまでとさせていただきます。
 おのれリアル、とことん邪魔してくれやがって……!(誘惑に負けたお前が悪い)
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