赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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記憶の糸口

「……こりゃすげえな。流石というかなんというか」

 

 場所は切り替わり、時間は巻き戻る。

 エミヤ達と別れたグレンとアルベルトは文字通り総力戦、残され託された者としての責務を果たそうとしていた。

 正対するバークスもまた奥の手である異能を起動していた所だった。

 緊迫感と緊張感が支配していたその空間を、螺旋の一条が蹂躙するまでは。

 

「こ、これはッ!? お、おおっ! 私の最高傑作が、こんな無残な姿にッ!?」

 

 飛来した螺旋。

 それはグレン達を苦しめていた大亀の甲羅と衝突し、その堅牢に皹を走らせていた。

 頑丈故にその一撃で大亀が崩れる事は無かったが、今の状態ではとても先ほどのようなこちらの攻撃を無視してのビームなど撃てやしない。

 

「……彼奴、強い癖にこういう不意討ち得意だからな。ってか、元来そっちが本職だったよな?」

「そうだ。とはいえ、暗殺者に収まる器ではない気がするがな、奴は」

「全くだ。正直な話、強い奴が更に慢心しないとか鬼に金棒だろ? 大体物語とかじゃ、ああいう規格外の強者ってそういう戦力以外の要素で決着がつくのが定石なのによ、なあ?」

「つくづく敵でない事の有難さを実感するな。さて、一つ疑問だが、お前は現状で正面から彼奴に勝てると思うか?」

 

 その疑問に、グレンは変わらず気軽そうに答えた。

 

「無理無理、そういう化物はお前の領分だろ? 俺に出来るの何て、精々小手先の技術とあの魔術だけだ。正面からの『試合』なんて俺のやり方じゃねえよ。元来それしか持ち合わせていねぇんだ」

「そうか、であるならお前はお前にしか出来ない事のみをやれ。俺がそこに届ける橋と成ろう」

 

 周囲一帯を蹂躙する一矢。

 最高傑作たる大亀を狙った一撃は正鵠し、その上周辺の小型合成魔獣(キメラ)も風圧に巻き込まれて血潮と共に消し飛んでいった。

 確かに小型を減らしたところで相手には大きなダメージとはならないかもしれないが、代役無しの大亀が致命傷レベルの傷を負ったのが一番の損害だ。

 だからだろう。グレンとアルベルトの行動は、敵であるバークスには慢心に映った。

 

「貴様ら、我が最高傑作を潰した時点で勝利したと思っていないだろうな───ッ!? であれば、その慢心、容易にうが───」

「───ンな訳ねえだろ?」

 

 瞬間、バークスの双肩を計六発の弾丸が穿つ。

 銃口から溢れる煙がその証左、グレン=レーダスが普遍的に持ち合わせている早撃ち(クイックドロウ)、それが今、火を噴いた。

 普遍的な人体であれば致命傷の傷も、異能を起動したバークスには通じない。

 憤怒と余裕さが見え隠れする表情で彼は告げる、最後通牒を。

 

「貴様の一撃など痛くも痒くもない。それしか出来ないのなら、貴様に私の突破口は見いだせない」

 

 グレンの一撃が通じないのは事実。それが以前の敗戦だ。

 だが、今回は一人じゃない。

 

「ンなの知ってるよ。だから、お前の相手は俺じゃあない」

「ほう───?」

 

 その言葉を皮きりに、二人が位置を変更する。

 アルベルトは前、グレンは後ろ。先ほどまでとは真逆の布陣に、バークスは疑問符を浮かべる。

 とはいえそんな疑問は然したるものだ、二人纏めて沈めるのみ。

 その果てに≪死神≫が待っているのなら、この程度の障害塵芥の如く消し炭と化そう。

 

「貴様が私の敵か、精々アップ程度は持ち堪える事を期待する」

「───」

 

 頬を蠢動させ暗澹たる笑みを浮かべるバークスに対し、アルベルトは精悍に前方を見据える。

 その反応の無さにバークスは朧気に期待外れを感じていた。()の男であれば何かしらの返答をするものなのに、と。いや、所詮その程度の男という訳か。

 

「まあ良い、貴様らには然程期待はしておらんからな───」

 

 そして始まる、もう一つの戦い。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 先に動いたのは、完成品と呼称されたリィエル達だった。

 矮小な両手に身体を凌駕する大剣を担うと、三者全員がエミヤへと突貫する。

 流石に互いの邪魔だけはしないと立ち位置は離れているが、それでもエミヤに対するカードとしては物足りない。

 

「そこだ───」

 

 一糸乱れぬ連携、そうとはお世辞にも呼べない。

 単に出足が一番早かったというフェイントも無い順番で、まずは前方から大きく振りかぶる大剣。

 それを両手で煌めく双剣で軽く往なす。

 次、右からくる横薙ぎを跳躍して回避。空に流麗な一線が何の化粧も無しに浮かび上がる。

 最後に左から投擲される大剣、これもまた回避は容易。何ならこの軌道上に居る右から来たリィエルにぶつけ無効化を計るのも可能だ。

 普通では有り得ぬ軌道。余計なものを削ぎ落したとは言っていたが、生物では普遍的な道徳心までかき消す必要は無かろうに。

 

「全く、嫌になるな」

 

 確かに人類、空を戴く翼は無い。

 故に我らは二足歩行の利点が生かされる地面にて王者となっているのだ。

 発想は果てに空へ人類の手を届かせたが、そこへ至る橋が必要だ。

 そして橋が無い現在、跳躍をするエミヤはその肉体を支える地面が無い。

 勝利を確信したように笑みを浮かべるリィエル兄の姿を尻目に、苦笑いを浮かべる。

 

 ───流石にこの程度でやられてやるほど、この身は甘くなどないのだがね。

 

 エミヤは咄嗟に体から一つの銀光を取り出し、迫る大剣に投げつけた。

 刹那の先、剣先同士をぶつけ合った両者はエミヤの放った封爆ナイフ───爆昌石を加工して創り上げたエミヤのオリジナルだ───によって身に纏う勢いを殺されていた。

 中空に舞う漆黒の煙幕、だがその腹部を切り裂き姿を見せるのは回転する大剣だ。

 

「当然か、模倣とはいえリィエルの戦闘倫理が刻まれている。それを熟すのに、あの膂力は必要不可欠」

 

 視界の中で段々と存在感を増していく大剣だが、既に最初の勢いは無い。

 空中でその柄を掴み取ると、エミヤは手持ち無沙汰になっているリィエルへ返却した。

 下手に飛ばして壁に亀裂でも刻んでみろ、そこを起点に我らが死ぬ可能性が生じる。

 であれば余計な不安要素は残さないべきだろう。

 地面に無傷で着地したエミヤ、その姿を忌々し気に見守るリィエル兄が遂にその憤怒に包まれた口を開く。

 

「貴様、今の行動は何だ? どうして大剣を返却するなんて真似をしたっ!?」

「理由なんて単純さ。君が完成品と謳うリィエル達と、壁から飛来するであろう危険。その二つを天秤にかけて、後者の方が危険と断じたまで」

 

 飄々と告げるエミヤだったが、内心では千切れそうなほど脳裏を回転させていた。

 流石にリィエルを三人相手にするのは骨が折れる。今の一瞬、連携の隙を穿って包囲網から脱出したがそれは彼女らが誕生したばかりで体が思考についていけてないからだ。

 時間をかける程彼女らは連携を見出し、エミヤに裂傷を刻むのも容易くなるだろう。

 なので、エミヤは告げる。正面から彼女らと戦うのは、心情や戦況その他諸々の理由から避けたいが故に。

 

「どうだ? 君は意気揚々と彼女達の勝利を信じていたが、それは叶わぬ理想かもしれないと目の当たりにした心情は?」

「チッ───やっぱ、木偶の坊は何処までも木偶の坊か……!」

「それは酷いのではないか? 彼女達は君の為に全霊を尽くしてここに立っている。その土俵にも立てない君に、彼女達を侮蔑する権利は無いと思うのだが?」

「……事実は事実だ。ったく、何が足りなかった……? ()の完成品に足りない要素は何だ? とどのつまり、このままじゃ駄目なのは確かだが……」

 

 何とも戦場に慣れない研究者らしいじゃないか。敵を前にして、脳髄を曝け出しながら脳漿をひっ繰り回している。

 完成品と述べる三人のリィエルが何やかんやでエミヤを防戦一方に追い込んでいるのもまた、彼にその行動を為させる余裕となっているのか。

 確かにその行動は大切だ。準備段階に用意したもので敵を倒せるほど、戦場と言うのは甘くない。

 盤面を修正し、次善の策を打つのも大事だ。

 炯々と逡巡するリィエル兄を前に、そして思考を奪われたが故に次の命令を待つリィエル達を前に。

 エミヤもまた、言葉を操ることにする。

 

「───そう言えば、ふと思ったのだが」

 

 まるで友人にでも話しかけるような気軽さで、この空間の盤面を引っ繰り返す情報が齎される。

 

「以前に君と会った時は、今のような一人称はしていなかったと思うのだが、違うか?」

「───ッ!?」

 

 反射的に口元を抑えるが、既に遅い。

 むしろ唯一対抗できる言葉の攻撃を止めてしまうのは、この場面では愚策だ。

 そんな行動をするぐらいであれば、リィエル達を嗾けた方が何十倍も有効だ。まあ、こちらは戦闘中であろうとも口を弄すことを止めはしないが。

 

「お前……!」

「どうした、いきなり怒るとは君らしくない。嘗て会った頃の君は、もう少し理性的であったのだがな」

「……もう良い、お前の戯言に付き合う時間なんて俺には無いッ! お前ら、この俺の目の前で不遜な態度をとるこの男を、殺せ!」

 

 その合図と共にリィエル達は動き出す。

 流石だな、一瞬で彼我の物理的差を消し飛ばし肉薄する。

 袈裟斬りをしようとする一太刀を、再び往なす。双剣で受け止めるのも良いが、両手が塞がるのはそのまま致命傷に繋がる。

 

「酷いじゃないか。親しくなかったとはいえ、旧知の仲だろう?」

「知るかッ! 俺とお前が旧知の仲だって? 戯言を弄するのもその辺にしとけよ、≪死神≫!!」

 

 次いで左右同時の一閃。

 往なすタイミングを見計らっての一撃だ、流石に学習能力は余計なものとして取り払われてなかったか。

 連携も拙いながらも完成し始めている。

 迫る両隣の脅威を、それぞれ双剣で受け止める。それで、エミヤの足が止まった。

 

「───ッ!!」

 

 先ほどの往なしを受け後ろへと移動させられたリィエルが、その須臾を狙って大剣を振りかぶる。

 体を覆う影、その存在が大きくなると共にエミヤの命脈は漸減的に縮まっていく。

 

「さて───困ったな」

 

 避けるのは容易い。

 双肩に込められる裂帛の気迫、それを逸らしさえすればエミヤと左右を覆うリィエルの立ち位置は逆転する。

 それは後方から迫るリィエルに彼女らを傷つけさせることに繋がるだろう。いやなに、最高の結末じゃないか。

 どうして躊躇う必要がある、こちらの手を汚さず彼女らの自滅を以てこの戦いは幕を閉じる───。

 そんな最善を選ばない、理由は無いだろう───?

 

「───ッ!!」

 

 逡巡する必要は無かった。

 エミヤは左右から迫る力に迎撃する膂力を緩め───る事なぞ出来ず、腰を拉げさせ後方の剣を足裏で押し返す。

 

「───!?」

「生憎と……教員なんて、身に余る職業に就いてしまったんだ。生徒の前で、格好の悪い真似は出来なくてね……!」

「へッ……流石は過去に祝福されるべき戦果を残した男だ。とはいえ終わったな、お前」

 

 まあ、厳しいな。

 現在軸となる足で三方向からの膂力に対抗しているが、流石に厳しい。

 心底侮蔑した視線をするリィエル兄。焦燥と余裕が混ざる表情と言うのは、正しく今の彼を言うのだろうな。

 

「ぐ───ッ!」

 

 安定しない姿勢、三方向からの均等な膂力を頼りに何とか姿勢を保っている、が。

 キリキリと筋肉が千切れていく。骨が軋みを上げ、関節が潰れていく。

 一瞬で劣勢に立たされてしまったなこれは。

 だがまあ、この展開も悪くは無い。何せ、こうすることで彼女らを抑えることが出来る。

 

「随分と酷い事を言ってくれるじゃないか。昔の誼として、応援を送ってくれても良いと私は思うのだがね?」

「お前……まだ余裕があるんだな。だが、ンな戯言ほざけるのもこれで最後だ」

「酷いな君は……と、そう言えば旧知の仲なのにも拘らず、君と呼ぶのは可笑しいか。とはいえ……すまない、君の名は何だっただろうか?」

 

 途端、リィエル兄、そう名乗る男の目の色が変わる。

 慢心、余裕、焦燥。そう言うものが見えた瞳は、一瞬で切り替わる。

 精悍な物へ。いや違う、あれは隠したいものを前に気丈に振る舞う、人間の性質だ。

 

「……別にそんなの今じゃなくても良いだろうが。あの世から現世を見上げる時にでも、恨み恨み述べてろよ」

「そう言う訳にも行かないさ。自分を殺す者の名くらいは、思い出して逝きたいものだ───」

 

 嘘の演技は然程得意では無かったはずだが、何時から斯様に舌が偽りを吐く事が普遍になってしまったのだろうな。

 諦観の念を仮面と共に顔に貼り付け、エミヤは目を細めて言葉を述べる。

 その先にはリィエル兄は居ない。壁に磔にされていたルミアを前にしてエミヤのコートを渡す以上の事を出来ずにいる、彼女にだ。

 

「リィエル、優しい君に頼みたい。旧知の仲であるにも関わらず彼の名前を忘れてしまった愚鈍な私に、もう一度彼の名前を教えてはくれないか───?」

「え───?」

 

 瞬間、時が止まる音がした。

 彩りに包まれていた日常が剥がれ落ち、曇天模様のモノクロが視界を覆いつくす。

 故障した人形の如く。エミヤの問いに、リィエルはただ何も答えられずにいた。 

 

「……どうした、リィエル?」

「兄さん、兄さんの名前は……」

「───黙れ、口を開くな出来損ないッ! お前が為すべき事はそこで大人しくしている事だ。あの男の言葉を耳に入れるな!」

「で、でも……っ! 兄さんの名前は……!」

「別に良いだろ、そんな事。頼むからお前は大人しくしていろよ……!」

 

 亀裂は生じたか、とはいえそろそろ体が持たない。

 左右背後、等しく強大な膂力を前にエミヤは遂にその身を維持させることが困難な事を認めた。

 

「ハ───ッ!」

 

 全霊を込めて背後からの大剣を片足で圧倒、体勢を崩して後方のリィエルは後退する。

 だが、当然拮抗していた勢力を崩してしまえばどうなるのか、そんなの火を見るよりも明らかだ。

 蹴り飛ばした勢いのまま拓かれた背後、後ろ蹴りのような姿勢のまま今度は体を捻る。

 双剣を軸に、次は大剣を逸らそうとするが───後ろ蹴りという不安定な姿勢をするエミヤと、万全の姿勢であるリィエル達。勝者は当然、後者だ。

 

「───やはり無傷とはいかないか」

 

 巧く力を逸らさせるも、その時片足は空中。

 腹部を裂く一閃を受け入れるが、最善の結果だろう。

 折角の魔術講師の正装が、ほんの少しだけ紅く染まっていく。

 漸く両足を地面につけて、エミヤは一呼吸。

 

「それで、思い出したかリィエル?」

 

 肩を揺らして息をする。

 空間に広がる呼吸の音は、一体誰のものなのか。

 頭を抱えるリィエルはその双眸に雫を浮かべ、まるで自分が何者か分からないかのような悄然さでエミヤを見つめた。 

 

「分から……ない」

「では、私が思い出させよう」

「な───止めろ!!」

「君の兄の名は、『シオン』だ」

 

 これは、過去のエミヤがリィエル=レイフォードを信じられなかったが故の清算だ。

 肉体的にも、精神的にも幼かった彼女に告げられなかった、一つの真実。彼女を形成する一欠片。

 驚愕に揺れる眼前の雫と共にこちらを見つめるリィエルを、エミヤもまた見つめ返す。

 

 ───さあ、過去に残した忘れ物(記憶)を取り返しにいこうか。

 




 一言、投稿じゃいっ!
 後書きを書く時間は無い、時間があるうちにこの作品を進めねば……!
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