赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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不穏な空気は対立から

 ───レオス=クライトス。

 クライトス伯爵家の御曹司にして、クライトス魔術学院において卓越した手腕を見せている名講師。

 そんな人物が到来するとなれば、否が応でも学院の噂を搔っ攫う。

 どんな授業をするのだろう。

 どんな人物なのだろう、と。

 アルザーノ帝国魔術学院という名門校が擁する優秀な生徒達から羨望の眼差しが向けられた。

 期待という名のプレッシャーは、背負う人間にとってはとても重いものだろう。

 ただし、レオス=クライトスは完璧にその期待に応え続けた───。

 

 所で話は変わるが、アルザーノ帝国魔術学院には二種類の授業がある。

 一つは、必修授業。

 文字通り必ず履修しなければならない科目であり、開講されている授業も魔術の基礎を広く学ぶ代物ばかりだ。

 これは各クラスの担当講師が行う事となる。

 

 もう一つは、専門講座。

 これは、学院の各講師が独自に開講する授業の事だ。

 その講師が専門とする事柄についての授業が行われることとなり、内容も必修授業と比べて高度な物となっている。

 これは履修者の貴賤を問わず、如何なる学年だろうと構わない。

 履修したいと望めば誰であろうと履修可能というものだった。

 

 なお、エミヤは専門講座を開講していない。

 そもそも、学術的に魔術を学んできた訳ではないので、生徒に教える事柄が無いというのが理由だ。

 時折、専門講座を開講してほしいという要望を受けるのだが……必修授業で手一杯と受け流している。

 

 そんなエミヤには関係が殆どない専門講座だが、レオスは病欠の講師の代わりに必修授業を受け持つ傍らに、早速専門講座を開講したという。

 

「───先生。一緒に、レオス先生の専門講座を受けませんか?」

 

 そう、ルミアに提案されたのを切欠に、エミヤは現在彼の授業を受けていた。

 親友の婚約者について、彼女も心配だったのだろう。

 揺れる瞳を前に、エミヤもまたその誘いを了承したのだった。

 システィーナ、ルミア、そして三人が行くのならとついてきたリィエルの四人で向かったのは魔術学院校舎西館。

 大講義室が生徒や講師に埋め尽くされているのを尻目に、壇上に現れたレオスは淡々と授業を始めた。

 

「───という訳ですが、ここまで理解できましたか?」

 

 ここでレオスの授業が一段落する。

 張り詰めていた雰囲気が少しずつ弛緩し、レオスは微笑みながら質疑応答の時間を設けている。

 その最中でエミヤは感心するように息を吐く。

 

「なるほど。彼自身の専門が軍用魔術関連であることは推測していたが、まさかここまでとはな。軍の人間ですら一定数理解していない物理作用力(マテリアル・フォース)理論を、学生に理解させるとはな」

「はい。本当に、凄い授業でしたね……」

 

 隣で座っていたルミアもエミヤの言葉に共感する。

 エミヤの膝枕で眠ってしまっているリィエルは置いといて、多くの生徒がこの授業に感銘を受けていた。

 それに関してはお見事だ。

 同じ講師という立場上、その手腕の素晴らしさはよく理解できる。

 ただ───。

 

「幾ら何でも綺麗話で済ませ過ぎだ。この内容を教えるのであれば、事前に伝えるべきリスクの話が皆無なのは頂けない」

 

 子供に包丁の使い方を教えるとき、まず怪我をするリスクを伝え回避する方法を教える。

 柔道では、受け身の練習を入念に行う。

 斯様な、リスク自身の話やそれ自体を回避する方法を何も教えなかった点には眉をひそめる。

 包丁で物の切り方だけを教える。

 柔道で投げ技だけを教える。

 そんな、用途のみに精通した教えは、こと魔術においても危険である。

 

「やっぱり、先生はこういう授業には思う事がありますか?」

「思う事はある。ただしそれは、彼と私の考え方が違うからに他ならない。どちらが合っていて、どちらが間違えているという話ではないからな。事実として、私のやり方ではこれほど円滑に生徒達へこの理論を教授することは叶わなかっただろう」

 

 肩を竦めるエミヤに、思う所があるような表情をするルミア。

 何時もならこのまま何もなく二人の会話は終焉を迎える。

 ルミアがエミヤの言葉に同調するからだ。

 しかしこの日ばかりは、食い下がる。

 

「それでも、私は先生の考え方の方が好きですよ? 私達の事を考えてくれているんだな、って温かい気持ちになりますし」

「……別に特別なことなどしていない。ただ、教えるべき人間の責任を果たしているまで」

「はい。いつもありがとうございます、エミヤ先生」

 

 目を瞑るエミヤにルミアは感謝を告げた。

 授業は既に終了している。

 帰路に就いた生徒も多く散見される中、一つの足音が明確にこちらに近付いてきていた。

 

「───おや、私は邪魔でしたか?」

 

 レオスはエミヤとルミア、そして膝の上で寝ているリィエルを見ながらそう微笑んだ。

 

「何か用事でしょうか、レオス先生?」

「ええ。授業中にエミヤ先生の姿を確認しましたので、是非感想をお聞かせ願いたいと思いまして」

「私を気にする必要などないでしょうに。勿論、素晴らしい授業と記憶しています」

「それは良かったです。貴方ほどの実績を残されている方からお褒め頂けたとあれば、私も自信が付きます」

 

 するとレオスは何か思いついたようにエミヤに問う。

 

「そうですね。今度は、エミヤ先生の専門講座を受講したいのですが、先生は何の分野を専門にされているのですか?」

「生憎と、私は必修授業で手一杯でしてね」

「それでは、何一つ専門講座を開講なさっていないのですか? それは残念です。是非とも、貴方とは互いの専門魔術について論議を交わしたいと思っていたのですが」

 

 しかしエミヤは見逃さない。

 何一つ専門講座を開講していないと理解した瞬間に浮かべた、侮蔑の笑み。

 とはいえ、彼と何か勝負をしているという訳でもない。

 そう自分を納得させて、スルーすることに。

 レオスはそれだけを聞きたかったのか、エミヤから興味を無くすように目を離すと後ろの席で考える素振りをしていたシスティーナに声をかけた。

 

「貴方はどう思いましたか、システィーナ」

「それは……正直、素晴らしい講義だったわ。文句のつけどころがないくらいに……」

「ありがとうございます。そういえば、確かシスティーナは『教師泣かせ』と言われるくらいに優秀な実績を残していると聞きました。そんな貴女から認められれば、私としても嬉しい限りです。しかし、担任を受け持っているエミヤ先生は苦労なさっているのでは?」

「ま、待って! 別に私、先生の迷惑になる事なんて……言ってない、わよね……?」

 

 当然のようにこちらが苦労していると思われているとは。

 そこまで言い切られるといっそ清々しい。

 システィーナは心配そうな目を向けるが、大丈夫だと告げる。

 確かに自分の力不足で拙い説明になることはあれど、それを指摘してくれるというのはエミヤにとっても利益がある。

 

「別に苦労などと考えていません。生徒から積極的な意見が出る授業というのは、それだけ生徒達が真剣に向き合っているという事ですから。私もそれに負けじとより質の高い内容にしようと努力できますので」

「そうですか」

 

 興味無さげにレオスは返答する。

 

「それではシスティーナ。これから散歩などは如何でしょうか? 久方振りに、二人だけの時間を作れるのですから。話したいこともありますし」

「……それは、今じゃなくちゃ駄目なの……?」

「ええ、重要なことを話したいとも思っていますので」

 

 そこまで言われれば流石に無視するわけにはいかないだろう。

 渋々立ち上がった。

 

「……分かったわ。ごめんねルミア、行ってくる」

「あ、うん。行ってらっしゃい」

 

 ルミアに見送られ、二人は扉の向こうへと姿を消した。

 するとそのタイミングでリィエルが起き上がる。

 目を擦り、口元を拭きながら、眠そうな目でエミヤを見上げた。

 

「……? 授業は?」

「君が気持ちよく眠っている間に終わってしまったよ」

「そう。それで、システィーナは?」

 

 後ろを見ているリィエルにルミアが今までの顛末を教えた。

 すると眠そうに細めていた目が覚醒し、普段通りの彼女が戻ってきた。

 

「───それって……追いかけなくても大丈夫なの?」

「ほう。なぜ君は、追いかけるべきと考えた?」

「ん。よく分かんないけど……何か、レオスは危ない雰囲気がある。それに、システィーナの気持ちを無視するのは……好きじゃない」

「なるほど、実に君らしい意見だ。では、ルミアはどう思う?」

 

 ルミアは数秒間悩んだ後、結論を導き出す。

 

「私も、追いかけた方が良いと思います」

「では追いかけるべきだろうな」

「ん。だったらルミア、すぐ行こう」

 

 リィエルが促し、ルミアは立ち上がった。

 しかし、立ち上がらずその場に留まったままのエミヤを見てリィエルは首を傾げる。

 

「どうしたのエミヤ? 行かないの?」

「私は遠慮する」

「それって、エミヤはレオスの事、別に大丈夫だって思ってるってこと? 朝は喧嘩してたのに」

「そう思っていたら喧嘩などしていない。私は私で、独自のルートで情報を探ろうと考えている」

 

 流石に下手な行動は起こさないと推測したが故の判断だ。

 それを聞くと、心配そうにしていたルミアは安堵したように緊張を解いた。

 

「分かりました。それでは、私はリィエルと行きますね?」

「ああ、よろしく頼む」

 

 そしてルミアとリィエルも廊下へと消えていった。

 一人残されたエミヤは、独りでに立ち上がりながらこの場を後にする準備を整える。

 

「……この染みは、リィエルの涎か……?」

 

 ズボンを見ながら肩を竦める。

 そうして、エミヤもまた、動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その日の放課後、ルミアからレオスのシスティーナの散歩で起こったことについて説明を受けた。

 特になんてことはなかったのだが、やはりレオスは未だにシスティーナの事を諦めていないようだ。

 最初は慎ましい雰囲気で語り合っていたものの、その話題が出た瞬間に雰囲気はあまりよくないものへとなっていったようだ。

 喧嘩が始まりそうになった瞬間、リィエルが介入したという話を聞いたときは驚いた。

 何はともあれ、互いに心境の変化は無さそうだ。

 そして状況は平行線を辿り続けて───数日が経過した。

 

「すまないなぁ、エミヤさん。いつも助けてもらっちゃって」

「好きでボランティアをしているだけだ。私に遠慮する必要は無い」

 

 時は早朝。

 生徒達が学院へ登校している姿を尻目に、エミヤは学院のメンテナンス作業の途中で仲良くなった用務員の人と一緒に庭の整備をしていた。

 

「しっかし、手際が良いねぇ。エミヤさんは、何処かの執事か何かでもしてたのかい?」

「以前に一度だけ。とはいえ、そこまで長くは続かなかったがね」

「それでも経験は経験さ。良いなぁ、俺もそんな豊富な経験をしたかったもんだ」

「希望であれば幾らか働き口は見つかるが、どうする?」

 

 エミヤの言葉に用務員は首を振る。

 

「今はもう良いな。この年で環境を変えるのは堪えそうだ」

「生徒の笑顔を見るのが生き甲斐という理由も、断る理由に入るのかね?」

「ハハハ、まあな。しっかし、そういうのは黙ってるのがカッコイイじゃろ?」

「確かにな」

 

 二人で会話をしながら丁寧に作業をしていた時の事だった。

 

「───おはようございます、エミヤ先生」

 

 朗らかに挨拶をしたのはレオス。

 以前の一件から、両者の関係が良くないというのは生徒達にも知れ渡っていた。

 それが原因か、周囲には生徒達が立ち止まり趨勢を見守っている。

 エミヤは軍手についた土を振り落としながら立ち上がった。

 

「おはようございます、レオス先生。にしても、先生がこちらまで来るのは珍しい」

「ええ、私とて花は好きですから」

「なるほど。それで、要件とは?」

 

 互いに長く話をしようとは考えていない。

 レオスは微笑みながら、精悍な瞳で用件を伝える。

 

「実は、三日後にエミヤ先生のクラスと魔導戦術演習をしたいと思いまして」

 

 瞬間、周囲の生徒達から漏れ出したのは関係悪化の原因とされる数日前の口論だった。

 あれが原因で、演習をするのではないか、と。

 

「……如何なる理由を以てその決断をしたのかは存じませんが、私とシスティーナに何の関係も無い」

 

 ルミアから報告を受けた時、一つだけ気になる情報が齎された。

 それが、システィーナとエミヤに関係があるのではないかとレオスが深く追求したという事だった。

 レオスが何かとエミヤを気に掛ける理由がそこに隠されていると推測する。

 緊張が迸る雰囲気で、レオスは肩を竦めた。

 

「その件とは別に関係ありません。これは私の勝手な提案ですから。勿論、エミヤ先生が勝つ自信が無いとおっしゃるのであれば、引き受けて頂かなくても結構です」

「……自らの専門分野を持ち出して、煽るとは」

「残念ながらエミヤ先生の専門分野が分からなかったので。強いて言えば、特定の分野に精通しないオールラウンダーな形でしたので。様々な分野を複合的に利用する演習がベストと判断したまでです」

 

 まあ、一応の体裁は保てている。

 それにこの話自体は悪いものではない。

 講義だけでは理解できない事象も多々ある。

 実際に身体を動かすことで見えてくる世界もあるだろう。

 それに、システィーナやギイブルといった同学年の中でもトップクラスの生徒もエミヤのクラスには揃っている。

 他にも、決してレオスのクラスには見劣らない陣容が整えられている。

 以前の魔術競技祭で優勝したのがその証左。

 

「───あと、一つだけ縛りを設けても構わないでしょうか?」

 

 そんなエミヤの考えを見透かしたかのように、レオスは先手を打つ。

 

「互いに参加するのは男子生徒だけとしましょう。私は、婚約者(フィアンセ)であるシスティーナと戦いたくないですからね」

「ほう?」

 

 確かにこちらにもデメリットはあるが、受けるのは相手も同じ。

 それでも一切の躊躇いなく提案できるのは、それだけ勝利に自信を持っているからか。

 

「さあ───どうします?」

 

 答えは、一つだけだった。

 

「───勿論、お受けしましょう」

 

 一瞬だけ、風の音色が二人の鼓膜を振動させる。

 

「それは良かったです。それではまた、三日後にお会いできるのを楽しみにしております」

 

 答えだけを聞くとレオスはこちらに背中を向けて学院へと戻っていく。

 その道中で、一度だけ振り返った。

 

「聞くに、貴方は普段丁寧な口調をしていないのだとか。であれば、私にのみ特別な扱いをしなくて結構ですよ?」

「了解した。であれば、君もそうすると良い。私に対して敬語を使うのはストレスなのではないのかね?」

 

 その言葉を一度考える素振りするも、レオスはシニカルに笑った。

 

「私は貴方と深い関係を築きたい訳ではありませんから。こちらで結構です。寧ろ、貴方と親しげに話しているなどという誤解が広まった方がストレスですから」

「ふむ、それは残念だ。折角、君の心を深く探れるチャンスと思ったのだがね」

 

 ニヒルな笑みと、シニカルな笑み。こうして、二人の道は完全に分断された。

 シロウ=エミヤとレオス=クライトス。

 二人の決戦の舞台が、今整えられた。

 そしてこの話は一気に学院中へ伝播されることになる。

 




勢いに任せてやっちゃったぜ、男子縛り!
 
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