赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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準備段階

「すまないが、一つだけ聞いてもらいたい話がある」

 

 教室に戻ったエミヤ。

 セリカとの会話で大切な事を手に入れることが出来た。

 それを実行するために、まずはクラス全員との会話が必要だ。

 

「結論から言おう。これから一週間、私に時間をくれないか?」

「……一週間? 先生が何をやろうとしているかは分かりませんが、その時間僕達が待って、一体何になると言うんですか?」

「無論、君達に認められる先生となる為に、だ」

 

 ギイブルの質問に、エミヤは答える。

 

「僕達に認められる、ですか。それは厳しいと思いますけどね?」

「中々に厳しい意見だ。だが、そうだな。黒魔術を一つも使えない、私のような三流以下の魔術師が君達に認められるには険しい道のりだろう」

 

 エミヤはクラス全体を見渡す。

 半円状のテーブルが視界全てを包み込み、そこに不安げな生徒達の顔がある。

 彼ら一人一人に伝えるように、言葉を続ける。

 

「故に信じろとは言わない。ただ、待っていて欲しい。それまでなら、醜くとも足掻いて見せるさ」

「……分かりました。そこまで先生が言うのであれば、私達は待ちます」

「───ありがとう、システィーナ。君達の時間を無駄にしないよう、私も精々全力を尽くすとしよう」

 

 一瞬、子供みたいな笑みを浮かべた姿にシスティーナは硬直する。

 

「しかし、ただでさえ君達の授業進行度は遅れている現状だ。一週間、自習をして待っていろとも言えない身だろう?」

 

 するとエミヤは教卓に置いてあった紙を配り始める。

 

「全員に回ったか? ……よし。それが君達にこなしてもらう、これから一週間のみの臨時の時間割だ。本当は正式な形と同じにしたかったのだがね。代理で入ってもらう先生方の都合もあり、このような形式となった」

 

 紙を見る生徒の表情に、驚愕へと変わっていく。

 それを見ることが出来れば、エミヤの努力も多少は報われるというもの。

 代理を務めてもらう条件として金銭面や肉体労働を要求されたりしているのだが、これも必要な経費だ。

 

「何か質問がある者は居るか? どんなものでも良い。私に答えられるものであれば、この場で答えよう」

「……先生」

「何かな、ギイブル」

 

 エミヤに指名されたギイブルはその場に立ち上がる。

 

「遅れを取り戻すという意味での、臨時の時間割と言うのは分かりますが……普通の時間通りに進むんですね。てっきり急ピッチで進めるのかと思いましたけど」

「流石にそこまではお願いできないからな。残りの遅れは、私自らが取り返す」

「……はっきりと言い切るんですね。現行のまま他のクラスと同じように授業をしたところで、教科書の進行度の差は詰められないと思いますけど?」

「誰が教科書通りの授業をすると言った? 確かに多少遵守するポイントもあるだろうが、構造を叩き込み、魔術を行使するだけの授業をするつもりはないので、そのつもりで。っと、すまない。そろそろ時間だな」

 

 時計を見ると、既に約束である時間の数分前。

 

「悪いが、ギイブル以外に質問がある者は後ほど。これからハーレイの授業を受けに行かねばならないのでね」

「ハーレイ先生の授業を受けに行くんですか?」

「そうだ、ルミア。君達に教えるには、少々私の実力不足が顕著でね。他の先生方に許可を得て、授業を受けにいくことになったんだ」

 

 言葉通り時間が無いのだろう、急ぎ気味で答えるエミヤ。

 

「そう言う訳だ。突然の話で悪いが、そのように」

 

 一言残して扉の向こうへと消えていく。

 残された生徒は当然、唖然とした様子で背中を見送るのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そこから数日。

 教師でありながら黒魔術が使えず、生徒と同じように授業を受けるエミヤの姿はたちまち学院内で評判となった。

 最初こそ懐疑心の強かった印象だったものの、真摯に授業に向き合う姿勢や、同じく授業を受けているという立場での生徒からの質問にも事細かに答えていく姿。

 本当に黒魔術が使えないのか、と思わず思ってしまう程の卓越したスピードに生徒はおろか先生ですら驚愕してしまう程。

 そして、約束の日前日。

 エミヤは放課後の校舎を、一人で歩いていた。

 窓から零れる夕焼けを浴び、一つの部屋を通り過ぎようとしたところで、知っている顔を見た。

 

「あれは、ルミアか……?」

 

 そこは魔術実験室。

 その中でルミアが一人、水銀で描かれた五芒星を前に教科書を見ながら困った表情を浮かべていた。

 

「あれは確か、流転の五芒星……だったか。方陣上を流れる魔力を視覚的に認知するための、方陣構築術の基礎」

 

 およそ困っている理由は、方陣が発動しないからだろう。

 

「……仕方あるまい。少々手を貸すか」

 

 エミヤは扉を開ける。

 室内の中央にいるルミアは、突然の音に弾かれたようにそちらを見た。

 

「え、エミヤ先生……? どうして、ここに……?」

「見逃せないな、ルミア。生徒個人で魔術実験室を使用することは禁止されていたはずだが?」

「そ、それは……ごめんなさい……」

「わかれば良い。だが、ここには危ない実験器具もある。次からは無いようにな」

 

 小さく謝るルミアを見て、エミヤは苦笑いをする。

 それは確かに大切だが、ここに来た要件はそれではない。

 

「さて。では続きといこうか、ルミア」

「え……? 良いんですか……?」

「不当な理由であれば一蹴していた所だが、どうやら正当な理由みたいだからな。それに、やりっぱなしというのも気持ちが良くないだろう?」

 

 その言葉に、ルミアは目を見開く。

 

「では基本的な復習だ。君が今直面している、方陣が起動しない理由には幾つかの理由がある。一つは、詠唱が間違っている。二つは、術者本人の魔力が枯渇している。三つは、そもそも方陣が完成していない」

 

 三本の指を立てたエミヤの言葉に従うように、ルミアは教科書に目を落とす。

 文字の羅列に瞳が踊らされ、潜む答えを零さないように汲み取っていく。

 

「あ……これ、水銀が足りないんだ……」

「正解だ。では、もう一度やってみると良い」

「はいっ」

 

 元気に頷いたルミアは、教科書と見比べながら要所を丁寧に修復していく。

 時折、出来を伺うような視線にエミヤは何も言わずに首肯した。

 そして、方陣が完成し、ルミアはもう一度その前に立つ。

 

「«廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ»」

 

 詠うように唱えられた詠唱に呼応するように、方陣から光が飛び出す。

 刹那の残光を瞳に残し、その果てに広がる風景は、七つの光と輝く銀が織り成す幻想光景。

 

「わあ……綺麗……」

「そうだな。話には聞いていたが、これはまた」

「……ありがとうございました、エミヤ先生。先生が居なかったら、きっと出来ませんでした」

「なに、私は助言をしたに過ぎない。この方陣を最初から最後まで構築させたのは君だ」

 

 その光景に満足したエミヤは、ルミアから離れていく。

 

「あっ、エミヤ先生。もしかしてこれから帰られるんですか?」

「? そうだが?」

「じゃあ───、一緒に帰りませんか? 勿論、迷惑だったら無理にとは言いませんけど……」

 

 最初は断ろうとした提案だったが、最後に向かうにつれて悲しそうな表情をするルミアを前に、断ることは出来なかった。

 

「大丈夫だ。この後は時に予定も無いし、既に少々遅い時間だ。君一人で帰らせる訳のも心配だしな」

「あ……ありがとうございますっ! じゃあ、ちょっともったいないけど、急いで片づけちゃいますね!」

 

 満面の笑みを浮かべたルミア。

 その姿にやれやれと肩を竦めながら、彼女に近づく。

 

「手伝おう。水銀を急いで片づけるのは、危ないからな」

 

 こうして二人、初めての共同作業として片付けを行ったのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 夕刻の鴉が残響を残しながら飛翔する。

 視線の対角線上にある夕陽の光を浴びながら、エミヤとルミアは二人で帰路についていた。

 

「凄い久しぶりに感じますね。先生とこうして話すのって」

「そうだろうな。たった一週間とは言え、それでも君達との関係をほとんど断っていたんだ。でもまあ、これも今日までで終わりだな」

「ふふっ。先生の授業、楽しみにしていますね?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、皆が皆そう言う訳にもいかないだろう。私としても、君達とは友好な関係を築けたとは思っていないし、君達もそうだろう?」

 

 エミヤの問いに、ルミアは微笑みながら首を横に振った。

 

「そうでもありませんよ。確かに皆、最初は戸惑っていましたけど。先生の話は、しっかりと皆の耳に届いているんですよ?」

「私の話……?」

「はい。エミヤ先生が他の先生の授業で、どんな風に過ごしているのか、とか」

「……なるほど。それは少々、恥ずかしい所を見せてしまったかな」

「そんなことはありません。戸惑っていた皆の中にも、それを聞いて先生の評価を改めた人もいます。勿論、全員がそう言う訳ではないんですけどね……」

 

 静かに俯くルミア。

 

「君がそんな顔をする必要は無いだろう。その評価は正当だ。故に、その評価をこれから挽回すれば良い。このままでは、私を推薦したセリカにも顔向けが出来ないだろうしな」

 

 決意を言葉にするエミヤを前に、ルミアは眩しいものでも見るように目を細めた。

 

「……先生。一つ、昔話をしても良いですか?」

「む? ああ、別に構わないが……?」

 

 するとルミアは懐かしむように遠くを見る。

 

「あれは、今から三年くらい前の話です。私が家の都合で追放されて、システィ……ああっ! システィーナの事なんですけど。彼女の家に居候を始めた頃、私、悪い魔術師に捕まって殺されそうになったことがあるんです」

「……それは、厳しい人生を送ってきたのだな。しかし、家の都合で追放され、システィーナの家に居候か。何か庶民の私では理解できないような理由でもあったのだろうか?」

 

 暗にルミアは高貴な家の生まれだったのかと問うエミヤ。

 その言葉を聞いて両手をブンブンと動かし、ルミアは否定した。

 

「そんなことはありません! 本当、私は貧しい家の出ですっ! 家を出ていったのもそれが原因で……!」

「分かった。分かったから、そこまで否定する必要は無いだろう。それで、君は悪い魔術師に襲われて、無事だったのか?」

 

 動揺するルミアを宥める。

 その行動が余計に怪しいが、彼女の出身は今の所関係ないので次に流そう。

 

「……その時の私は、直前に家を追放されたこともあって不安定で……どうして私だけがこんなに不幸になるんだろう? なんで幸せに暮らせないんだろう、って、ずっとそんなに風に思っていて。結局、最後には諦めてしまいました。もう生きている意味も無いんじゃないかって思って……」

 

 悲し気に俯いていたルミアだったが、途端に顔を上げる。

 

「でも、悪い魔術師にあとちょっとで追いつかれる、という所で、別の魔術師が助けてくれたんですよ?」

「……少し待て、君は───」

 

 何かを思い出したように瞠目するエミヤを、ルミアは期待の込めた瞳で見上げる。

 

「……いや、何でもない。それで、君はその魔術師に助けられたんだな? 間一髪、という場面で」

 

 続きを催促するエミヤに、ルミアは残念そうな顔をするが、続きを話す。

 

「はい。その人は突然私の前に現れて、何が起きているのか分からなくて戸惑っている私を尻目に、双剣を握って悪い魔術師を倒していきました。最初はその姿が、とても怖かったんですけど。悪い魔術師も殺さないように気絶させていく姿と、大丈夫、絶対に守るからと約束してくれたその背中に、私は安心と不安がごちゃ混ぜになってしまって……。結局、お礼をいう事も出来ませんでした」

「……双剣で敵を圧倒する魔術師か。前後の言葉で意味に差異があるように感じられるな」

「あはは……簡単な治癒魔術は使っていたので、恐らく魔術師だと思ったんですけど……」

「それにしても、効率的では無い男だな。剣など、魔術文明が発達したこの世界では既に見られない代物と思っていたのだがね」

 

 その言葉を聞いたルミアは、クスクスと笑い出す。

 

「む? 何かな? 変な事を言ったつもりはないが?」

「そういえば。私は助けてくれた人が男の人だなんて言ってなかったな、と思いまして」

「……失言だ。忘れてくれ」

「いえ。絶対に、忘れません」

 

 足跡は消え、空は動き出す。

 エミヤとルミアは二人、肩を並べて話している。

 それは他愛ない話だ。でも、途切れては繋ぎ、途切れては繋ぎを繰り返す。

 この時間を失いたくないようにと、必死に引き留めているようにも思える。

 エミヤも、この心地良い空間が嫌いではなかった。

 

「あっ、先生。私、こっちです」

「良いさ。最後まで送っていくよ」

「そんな、悪いですよ。先生もこれから明日への準備とかあると思いますし」

「いや、それに関してはそこまで心配しなくても大丈夫なのだが……本当に大丈夫か?」

「大丈夫ですよ? このまま行けばすぐに着きます」

 

 毅然に言うルミアの顔を見て、考えを改めた。

 まあ確かに、これ以上の心配は不要か。

 

「そうか。では気を付けてな」

「はいっ! 先生も明日、頑張ってくださいね!」

 

 そのまま二人は分かれ道で別れる。

 見えなくなるまで手を振るルミアに手を振り返して、エミヤはもう一方の道を行く。

 

「まさか。あんなに大きくなっていたとはな……」

 

 風に吹かれる独り言。

 表情筋を柔らかくしながら、エミヤは一人感慨深い気持ちに浸っていた。

 とある者から涙ながらに依頼された過去を思い出し、薄幸を命じられた少女が笑っていられる現状に安堵の息を吐く。

 そして途端に引き締めると、思考を次へと移行する。

 

「さて。ではいよいよ明日からか」

 

 約束の時は来た。

 後はただ、この一週間で含蓄した知識を以て伝えるのみ。

 不安はある。緊張もある。

 だがそれ以上に、教師という職業への眩しさも、内に秘めていたのだった。

 




 お気に入り登録者数、900人突破ありがとうございます。……色々と驚いている、作者です。まさかこんなにも大きな反響を呼ぶことになるなんて、思ってもいなかったものですから。それでも走っていきますよ。ええ、最後まで。
 また、感想を通じての様々なご意見、ありがとうございました。全てを受け止め、よりよい作品に出来るようにと精進してまいりますので、引き続きよろしくお願いします。
 一巻も、本編はまだまだ中盤戦。後に待つ展開にも色々と変更点を混ぜていますので、それを楽しみにして頂ければ。
 
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