「久しいな、皆。この一週間は充実した日々を送れただろうか?」
授業開始時間よりも前に到着したエミヤはクラス全体に問いかける。
こちらが勝手に組んだ臨時の時間割をこなしてもらったわけだが、その成果はどうだったのだろう。
「科目ごとに先生が変わる、というのは新しい感覚でしたが、全員楽しく出来ました」
「それは良かった。時には日常から逸脱した行動というのも悪くは無いだろう?」
「はい。ですが先生。今日からは先生の授業なんですよね?」
「そうだな。まあ、私は私なりのやり方でやり遂げて見せるさ」
ルミアと簡単にやり取りを交わす。
そうしているとすぐに時間はやってくる。
「よし、時間だな。では授業を始めようか」
開始の挨拶を聞き、雰囲気は授業へと一変する。
先ほどまで談笑していた声も、今や静寂の前に掻き消えた。
「まずは君達に問いたい事がある。それは、『汎用魔術』と『
「それはやっぱり、
簡単なエミヤの問いに、答えたのはルミアだった。
他の生徒はエミヤを測るようにして視線を鋭くさせている。
「では全員、ルミアの意見という事で良いのだろうか?」
見渡す景色に反論は無い。
「だとしたら、大きな間違いだ。今日はこの二つの大きな特徴と共に、君達が普段使っている汎用魔術が如何に完成された代物であるか、について話していきたいと思う」
「待ってください。通説を考えれば、汎用魔術よりも魔術師個々のオンリーワンである
口を挟んだのはシスティーナ。
エミヤはその問いに、ニヒルに笑う。
「その通説が間違っているからこそ、私はこう言っている。
「何を言うかと思えば。汎用魔術など誰でも使える魔術ですよ? それが、
「中々に饒舌なようで安心したよギイブル。君が突っかかってくるんだ、それなりに興味を持ってもらったと見て良いのだな?」
皮肉を込めた言葉に、真正面から言い返す。
ギイブルは苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、その視線を背けはしない。
「とまあ。今のギイブルの言葉が君達の汎用魔術への評価であり、システィーナの言っていた通説だ。誰でも使えるからこそ、価値が無い。今の魔術師としての指標である、より高度な魔術を行使出来た者こそ優秀という秤を考慮すれば、その結論に至るのも理解できない事ではない」
一拍、置く。
「フッ。誰でも使えるからこそ、価値が無い、だと? 笑わせないでくれ。そもそもその前提条件から有り得ないことだと、どうして思わない?」
「前提条件が有り得ない……?」
「そうとも。君達は普段、教科書に書かれている魔術式を暗記し、詠唱を紡ぎ、一つの魔術を行使できる段階へと至る訳だ。では問おう。どうして魔術式を暗記すれば魔術が行使できるようになる?」
「それは、術式が世界の法則に干渉して……」
「では世界の法則とは何だ? そもそも、文字で表せる術式を唱えるだけで形而上の存在に干渉できる原理は何だ?」
「……そ、それは……」
とまあ、こういう訳だ。
異世界から降り立ったエミヤが至った、最初の疑問。
魔術式を暗記し、詠唱を唱えるだけという、実にインスタントな形で行使できる魔術と言うもの。
それに対する疑問が尽きなかった当初だが、システィーナの言葉と同様なのを何度聞いた事か。
魔術式とは世界に影響を与えるのではなく、人に影響を与えるのだ。
人の真相意識を改革させ、それに対応する世界法則に結果として介入するというものだ。
これについてはまた後ほど、対応する授業の際に話すとしよう。
「君達は普段、魔術の種類を増やす授業を受けていたはずだ。それを間違っているとは言わない。だが、君達には別の視点見ることの大切さに気が付いてもらいたい」
エミヤは黒板に黒魔【ショック・ボルト】の魔術式を書いてゆく。
「これを暗記し、特定の呪文を詠唱するだけで、指先から微弱な紫電が放出される。君達も知っての通り、黒魔術の基本である【ショック・ボルト】だ。だが、普通に考えればおかしくないか?」
その問いに答えられる者は誰もいない。
「ここで一度、最初の疑問に戻ろう。『汎用魔術』と『
「……ですが、
「無論。故に聞いただろう? 『汎用魔術』と『
その答えを聞いた瞬間、生徒達の眼が見開かれる。
「私みたいな三流以下の魔術師からすれば、君達の感覚を疑ってしまうな。指先から紫電を発しておいて、それを容易だと断じる。思わず異世界にでも来てしまったのかと思ったよ」
最後は茶化すように言うエミヤだが、生徒達は誰も笑っていない。
見開かれた視線は下へ落ち、必死にメモを取る姿が散見される。
「では話題を変えよう。次は
流れを断つようにエミヤは黒板の魔術式を消す。
「システィーナが答えてくれたように、
「弊害になる……何か、汎用魔術とそぐわない特性を持ってしまった、とか……?」
「正解だ。私も黒魔術とは共存できない特性だったのでね」
やれやれと肩を竦め、ため息をつく。
「とはいえ、逆に魔術との共存が見込まれるものであれば話は別だ。特性は担い手を手助けする追い風となるだろう。簡単にではあるがこれが
「じゃあ、先生の特性ってなんですか?」
「そこはあまり関係無いだろう、カッシュ。……まあ、簡単に言えば、自然干渉を否定する代物でね。お陰で、運動とエネルギーを扱う黒魔術が使えないという訳だ」
本当は違うが、黒魔術が使えないという汚点を説明する上ではこれ以上ないものだろう。
剣というワードを出す訳にも行かないしな。
「つまるところ、
静かに締めくくったエミヤは、一度手をパチンと叩く。
「では、終了の時間だ。今回は君達の普段使っている汎用魔術が如何にすごいか、という事について触れたが、普段の授業とは逸脱した内容をしてしまったからな」
時間を確認し、予定通りであることを把握する。
「整理の時間も必要だろう。とはいえ、早めにな。今の内容が終わってから、今度は帝国の歴史と結び付けて、魔術の恐ろしさについて知ってもらう。今学んだ汎用魔術が戦争にどんな影響を与えてきたのかという、魔術への神聖観を打ち砕く内容だ。それなりに覚悟を決めてもらいたいからな」
そう言い残すと、エミヤは足早に教室から立ち去っていった。
各々は今の内容を整理するようにメモを見返したり、思考を張り巡らせたりしている。
そこに談笑という余裕は存在しなかった。
***
異例の授業を行う、シロウ=エミヤ。
その評判は瞬く間に学院中に広まり、様々な評価を得た。
別の視点、眼に見えないものにこそ注意せよ、という教えは今までのやり方に正面から反対するものだった。
魔術を神聖なものと思っていた学生・教師に注意を促す内容や、実体験を交えた魔術との関わり方。
あえて醜い部分があるということを理解させたうえで、魔術師としての責任感を自覚させるその授業。
無論反感もあり、ロクでもない授業だと批判されたことも一度や二度ではない。
それでも、自分のやり方を貫いたエミヤ。
反感はある、全てを理解されたわけではない。
でも、自分が受け持つ生徒達には理解されたことは、良かったと一息つけるだろう。
「───まさか、君からのご誘いがあるとはね」
呼び出されて向かう、屋上。
夕焼けの日照りを金髪のベールで流しながら、セリカ=アルフォネアはそこにいた。
「聞いたぞ? 色々と頑張っているんだって?」
「まあな。とはいえ、私のやり方に共感できない勢力があるのもまた事実だ。これに関しては、私の力不足だな」
「それは仕方ないだろ。今までの常識を打ち破るやり方だ。一般的な流れに甘い汁を吸っていた人間からすれば、良い顔は出来ないだろうしな」
「そうでもないさ。その人間の考えを改めて、初めて人を導くことが出来るだろう。そこに至れないのは、私自身に失態があるからに他ならない」
ため息をついてしまうのは、それなりにこの職業に浸ってしまったからだろう。
人を導く立場として、再び不甲斐ない点ばかりが視線を覆う。
「お前は自分に厳しすぎると思うけどな?」
「正当な自己評価だ」
「その性根までは変わらないか。まあ、それでもお前が楽しそうで良かったよ」
「……そう考えれば両者に得のある話だったのか。君は私に責任感について教えてもらいたく、私は未来ある子供たちに大切な事を教えたい」
その言葉を聞いたセリカは、満足そうに息を吐く。
「やっぱ、お前に頼んで正解だった。特務分室でもグレンを導いてくれたし、センスがあるのは知ってたけど」
「センスなんてないさ。私はただ、自分に出来る事をやっているだけだよ」
感傷に濡れる心を、夕焼けの光が照らしてくれる。
「さて。君はこれから、明日の魔術学会の準備があるのだろう?」
「そうだ。私を含めた学会参加者は今夜、学院内にある転移陣から帝都まで向かう」
帝都オルランド。
帝国北部地方にある一大都市で、ここからの距離は馬車を使っても四日はかかるだろう。
「明日はお前のクラスだけ、特別にあるんだったか?」
「そうだ。残念な事に、生徒からはブーイングを浴びたがね」
エミヤはセリカに背を向け歩き出す。
これからの準備があることを考慮して、無理矢理に話を切った。
およそ彼女がエミヤをここに呼び出したのは、こうした世間話が主な理由だと思ったからだ。
「……一つ、お前に話してなかった事がある」
足を止める。
セリカの真剣な声音に、耳を傾ける。
「お前の前任であるヒューイは、知ってるか?」
「ああ。確か、一身上の都合で退職したんだったな」
「それな。実は表側の理由だ。本当は、突然失踪したんだ」
「何?」
思わず振り返る。
橙色の光がセリカを照らし、双眸が陰に隠れる。
「そうでもなきゃ、フリーのお前を繋ぎとして呼びはしない。とはいえ、こういう推理はお前の専門だろ? 多少は事情を掴んでいたんじゃないのか?」
「……確かに、異常に遅れた進行度に対して疑問を思ったことはあるが……まさか、失踪していたなんてな」
「そう言う訳だ。お前に気を付けろ、なんて言葉は不要だろうが、一応報告だ」
「報告感謝する。正直な話、話が悪い方向に進まなければ良いのだがな」
夕刻の話し合い。
遠い空を仰ぎ見るエミヤの声は、鴉の鳴き声と共に風に流れていった。
いよいよ一つのメインが終了し、もう一つの話である戦闘メインへと突入します。存在がそもそも理不尽な彼を如何にして逆境へと追い詰めようか、色々と考えている最中でございます。