赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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戦闘

「で、どうすんだよ? 案外大物が組み込まれたようだけど?」

 

 ここは、フェジテ某所。

 薄暗い空間に響き渡る醜悪な声音。

 蠢動する虫の如く、気色の悪い笑みを浮かべた軽い男が問うのは、これからのこと。

 

「知っている。故に作戦の見直しを検討している。少なくとも単騎行動は禁止だ」

「全く。セリカ=アルフォネアはそんな人脈もあったのですか。まあ、かつては共に仕事をしていた仲でしたね」

 

 慇懃無礼な男は肩を竦める。

 

「それで、『死神』は如何様にして退けるのですか? 我ら三人では厳しい相手と思うのですが?」

「かと言って作戦中止は許されない。我らは如何なる手段を用いてでもあの男を倒し、計画を成功に導かねばならないのだからな」

「だからその方法を聞いてんすよ? 『死神』シロウ=エミヤ相手に正面突破は不可能に等しいってのは全員分かってるんすから」

「ああ。正面突破は不可能だ。奴は以前、第三団〈天位〉(ヘヴンス・オーダー)を殺した経歴を持っている。幾ら我らが運を引き寄せられたところで、正攻法では牙城に触れることすら叶わない」

 

 冷徹な男は他の二人を射抜くように目を向ける。

 任務の重要さを問う鋭い視線に、二人は静かに頷く。

 

「故に、奴の弱点を突く他はない。幸運な事に決行日は奴以外の教師共は居ないのだからな」

「ヒュ~。つまり、生徒を巻き込む攻撃をしろってことね。流石兄貴、考える事がえげつねぇ~」

 

 気軽に口笛を吹きながら残酷な言葉を言う。

 歪んだ表情は昂り、己が手が血に濡れる光景を想像し欲情する。

 

「そう言う事だ。貴様らは、錬金改【酸毒刺雨】にて奴の立ち位置を後手に回し、黒魔【ライトニング・ピアス】の連射と『疾風脚(シュトロム)』で相手の殲滅を狙え。私は貴様ら二人の防衛だ。奴の前で攻守の二つを行うなんて贅沢は許されないからな」

「なるほど。確かにそれは効果的な陣形となりそうですね」

「でもよ、レイクの兄貴。確かにその包囲陣も効果的とは思うけどよ、それでも突破されたどすんの?」

「その場合は、この身に刻まれた呪いを解放する。出し惜しみは無しだ。貴様らも全力で事に臨め」

 

 漆黒の足跡が日常に近づく音がする。

 イレギュラーが介入したお陰で、有り得ない協力を為した外道魔術師共。

 その陣容は、虎視眈々と日常を踏みつける為に動き始めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「俺達だけが授業って、マジかよ……」

 

 時は進んで、アルザーノ帝国魔術学院。

 一つの教室の中で、エミヤは前で楽な姿勢をとっていた。

 時折聞こえる不公平への不満を流しつつ、時計を見る。

 

「なあ、先生。もう始めちゃおうぜ」

「その分終了時刻も早くしろ、というのが君の要望だろう?」

 

 バレたか、と頭を掻くカッシュ。

 だが、その意見はそれなりに支持があるらしく、エミヤが一蹴した瞬間空気がネガティブなものへと変わっていった。

 確かに正当な理由があるとはいえ、休日に学校へ赴くというのはそれなりに苦痛ではあるか。

 

「仕方あるまい。五分先に始め、五分早く終わりにするとしよう」

「さっすが先生、話が分かるぜ!」

 

 一部生徒からの拍手を受け、授業を始めようと姿勢を整えた。

 いつもと変わらぬ日常が幕を開け、陳腐な平和が彩る世界。

 

 

 ───それを穿つ、不気味な殺気が体に這い寄る。

 警鐘が鳴り響く。日常の狭間に介入してきた、唐突なる非日常の香りに顔を顰める。

 思考は後回しだ。まずは生徒の命を守らなくてはいけない。

 

「全員、頭を抱えて机の下に隠れろ!!」

 

 鋭い声音と真剣な表情のエミヤに、ただならぬ気配を感じた生徒達。

 全員が言われた通り、焦ったように机の下に隠れた。

 その隙に投影した双剣を懐に隠し、代わりに潜ませていた拳銃を手に持つ。

 

 突然放たれた紫電一閃。

 扉を突き破って飛来する一光が残像を穿ち、エミヤはこれが殺意の込められた攻撃であることを悟る。

 

「チッ、今のは【ライトニング・ピアス】か」

 

 銃口を向けつつ発した現状確認。

 それに答えるように隙間から投げ込まれたスモークグレネード。

 煙幕が視界を遮り、何が起きているのか分からない生徒達の緊張感が堰を切る。

 この状況でパニックになられたら相手に思う壺である。

 エミヤはどさくさに紛れてルミアを連れていく人影を確認するも、ここに生徒を置いて行く訳には行かない。

 生徒を落ち着けさせるためにエミヤは煙に紛れて投影したナイフを投擲、全弾ガラスを突き破る。

 

「窓に向かって【ゲイル・ブロウ】を放て!」

 

 反応を示した数人の生徒が机から突風を巻き起こす。

 煙幕は風と共に去り、澄み渡る視界が戻ってくる。

 

「え……せ、先生っ!! ルミアが……」

「ああ、どうやら煙幕に気を取られていたばかりに連れ去られてしまったようだな」

「だったら早く連れ帰さないと───」

「待て。前を見ろ、敵がいるぞ」

 

 焦る様子のシスティーナを一度落ち着かせ、エミヤは扉の向こうへ意識を向ける。

 

「貴様ら、何者だ? そのまま隠れているのも別に構わないが、同じような手が二度も通じるとは思わない事だ」

「対応が早い事で。とはいえ、確かにこのまま壁一枚隔てるってのもめんどいからなあ」

 

 妙に軽い言葉を口にする男が扉を突き破って登場する。

 その背中に続くように、寡黙な男とくせっ毛が特徴的な二人組が現れる。

 

「そのコート、天の智慧研究会だな。貴様らの【ライトニング・ピアス】で疑似的に私をこの場に留め、煙幕と共に生徒を連れていくという手法は見事だ。余程の手練れと見えるが?」

「あちゃ~。そこまでバレちゃうのかよ、流石は高名なシロウ=エミヤセンセイ。日常で鈍ったとは思えない思考速度だ」

 

 両手をあげながら降参のポーズをとる軽い男。

 

「その姿は、白旗をあげたとみて良いのかね?」

「ンなわけないでしょ? 第一陣で有利に立ったのはオレ達だぜ?」

 

 ルミアを人質として確保し、その命脈を握る。

 この場で英霊としての身体能力を全開放し、助けに向かっても構わないのだが、相手に凄腕の【ライトニング・ピアス】使いが居る事を考えると下手な動きは生徒達の命を削る行為に等しい。 

 

「そうだな。見事に私は君達の奸計に嵌ったという訳だ」

「良いねえ良いねえ。その、ちっとも焦ってない達観した様子。オレも感情が高ぶってきたぜ?」

「抑えろ。言ったはずだ? 感情を発露させるな。心理戦に土俵を変えるな。現状の有利を下らない一時の煽りで譲るなんて真似は止せ」

「……分かってるっすよ、レイクの兄貴」

 

 あの三人の中で一番厄介なのはあの寡黙な男だ。

 制止させられ不機嫌になっている軽い男を尻目に、エミヤは寡黙な男───レイクを重点的にマークする。

 

「てかさ、もういいっすよね、レイクの兄貴? あの野郎と話してると調子狂うってか、情報戦は仕掛けないんすよね?」

「そうだ、速攻で決める。キャレル、用意は出来ているな?」

 

 レイクは今まで黙っていたくせっ毛の男───キャレルに問いかけた。

 撃鉄が降りる。

 思考回路は逆転し、時を刻む度にこの身が精悍になる。

 

「ええ、勿論です。《穢れよ・爛れよ───」

 

 読唇術で解析。

 詠唱の意味を瞬時に読み取り、その性質を看破する。

 

「広範囲攻撃か、厄介な───」

 

 エミヤは動き出すと、術者の妨害を試みて───失敗。

 レイクが周辺をマークし、軽い男は生徒に向かって指を向ける。

 その行動から【ライトニング・ピアス】の担い手は後者であることを仮定。

 行動を即座に切り替える。

 

「───、───」

 

 空気の振動にも乗らない声音で詠唱を唄う。

 充溢する魔力を循環し、脳裏に浮かぶイメージを読み取る。

 

「───朽ち果てよ》」

 

 レイクの防衛網を突破するのは───奴が万全な状態である、という条件であれば───数秒では不可能。

 後方に浮遊する五つの剣。うち三本は剣に眠る意識を基に動く自動剣、残りは奴本人の意思で動く手動剣。

 それなりの担い手であることは瞳を通じれば分かる。そんな男が防衛に全戦力傾ければ、寸毫の狭間にて突破するのは命を賭したものとなるだろう。

 無論、それは生徒のもの。故に不用意な攻撃は選択肢から除外。

 

 エミヤは生徒の隠れる机の前に立つ。

 キャレルの魔術は、酸と毒の複合魔術だ。命綱が机一つでは頼りない。

 手を天井へ。まるで雨の如く舞い降りる死の妖精を、七つの花弁が受け止める。

 

「ハッ、がら空きだっての!!」

 

 指を向けていたのはやはり囮。

 エミヤをここへ引きつける為の行動だという事は既に理解している。

 その上でそのレールに乗ったのだから、覚悟は出来ている。

 

「───テメェ……!」

 

 残る一方の手に握った剣で、紫電を受け止める。

 事前に強化を施した、煙幕中に仕込んでおいた双剣の片割れ。

 ここまでの流れは予想通り。

 

「道筋は完璧だが、道程が少し御座なりだな。速攻で決めるのであれば、カードが不足しているぞ?」

「一々癇に障る野郎だぜ……! 良いぜ、そこまで言うなら見せてやるっての。『死神』だかなんだか知らねぇが、このジン=ガニス様が過去の栄光を消し炭にしてやるぜ……!!」

 

 姿勢を低くし、跳躍。

 両足に纏うベクトルの定められた風を操り、教室の中を縦横無尽に駆け抜ける。

 あれは、『疾風脚(シュトロム)』。

 軍用魔術である黒魔【ラピッド・ストリーム】を連続で起動し、高速下での三次元行動が可能となる高等技術。

 先の【ライトニング・ピアス】の連射といい、並外れた才能を有するのは間違いない。

 

「オラ、背中ががら空きだぜ───!」

 

 幸運な事が一つあるとすれば、奴の心理面は未熟ということか。

 エミヤを狙う紫電は、悉く失墜する。

 片手に握った剣が、まるで最初から軌道を知っているかのように防ぐからである。

 

「何をやっている、ジン。シロウ=エミヤを狙う必要は無い。テーブルの下に隠れている生徒を狙うのが貴様の役割だ!」

 

 レイクが雰囲気に似合わず声をあげる。

 その的確な指示に舌打ちをしたのは無論、エミヤだ。

 並外れた才能を有するが故に煽り慣れていないであろうジンを疑似的に操作し、その照準をこちらに向けるのであれば、状況はこちらのものだ。

 だが、その標的が生徒に向けられればエミヤの不利は揺るがない。

 

「……ンな、分かってるっての!」

 

 軌道修正。

 ジンは狙いを正しき道へと戻し、その引き金に手をかける。

 

「───すまない。君達の軋轢を、狙っていたものでね」

 

 だが、その寸毫前。

 テーブルの前に陣取っていたエミヤの姿が光へと霧散し、レイクの横を通り過ぎた。

 狙いはキャレル。まずは制空権を取り返すとしよう。

 

「……馬鹿な。今の刹那で私の包囲陣を突破した、だと……?」

 

 レイクが瞠目したまま振り返る。

 先ほどまで仲間として協力していたキャレルの、胸から生えた白黒の双剣。

 天を覆う花弁は存在意義を失い、舞い降りる死が凝縮された霰と共に消え去っていた。

 

「テメェ、何をした……? 今の今まで、そこに居ただろ……?」

 

 剣に付着した鮮血を払う。

 動揺している二人の襲撃者を尻目に、酷く冷徹な心を宿す。

 

「……魔力痕跡は、無い」

「そうだ。そもそも、この程度の動きに強化を施す必要も無い」

「───ッ! ジン、手を抜くな! 貴様の連射で私を巻き込んででもこの男を殺せ!」

「素早い対応だ。だが、それには少々遅すぎたな」

 

 侮蔑の声音を灯すエミヤ。

 命を捨ててでもという乾坤一擲の判断を下したレイクだったが、隣で悠々と刀身が螺旋状になっている剣を弓に番えるエミヤを見て、悟る。

 ───次元が違いすぎる、と。

 

「───偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 

 唯々諾々と命令通りの行動を為そうとするジンを包み込む、螺旋の波状。

 途端に両足に纏う魔術を起動して逃げようとするが、スタートダッシュに失敗した走者を捕らえるなど造作も無い。

 天井を突き破る一矢。

 彗星の如く、その一光は空の果てへと消えてゆく。

 

「さて、後は貴様だけだな」

 

 視界の端で震える生徒を確認し、後で説明をしないといけないな、と思うエミヤ。

 緊張感を発露し、レイクの存在全てを包み込むプレッシャー。

 思わずレイクは頭を俯いてしまう。

 無論、不条理なまでに開かれた間隙によって殺された仲間に対する慈悲は無い。

 現状に対する不安も、最初から覚悟は決めてあったのでそこまでは無い。

 ただ、シナリオ通りに進みすぎる現在に笑みがこぼれただけだった。

 

「投降すれば命まではとらん」

「いや、下らない慈悲は不要だ『死神』シロウ=エミヤ。既に、覚悟は決めてあった───」

 

 髪の分け目から見せた瞳は、獰猛類のように不気味な光を纏っていた。

 それに嫌な予感を感じ取る。

 駆けながら双剣を投影するエミヤ。

 不敵に笑みを浮かべるレイク。

 両者の精神的優位は、この一瞬のみ逆転した。

 

 ───ザグッ。

 肉を断つ、切断音。

 エミヤの剣が、レイクの体に届いた。

 

「……貴様、何のつもりだ? 覚悟は決めてあった?」

「そうだ、シロウ=エミヤ。残念ながら今の私では貴様を凌駕することは叶わない。故に───この続きは、次の私に託すとしよう」

「次の私に託す、だと……? 貴様、いや貴様ら天の智慧研究会は、どんな下劣な手法を為そうとしている?」

「なに、貴様もいずれ到達する話だ。もしかしたら、既に到達しているのかもしれないがな……」

 

 喀血するレイク。

 既に自力で立つ余力すら残っていないのか、近くに佇むエミヤの肩に全身を乗せる。

 

「では、またの再会を期待する。その時には、貴様の最奥を展開し私の命脈を狙え。私も、己が全てを以て貴様を殺す」

 

 肩から落ち、腕を伝って地面へと落ちるレイク。

 その息からは温かさは消え失せており、既に人としての機能を失った存在へと失墜した。

 

「───やはり、私が呼ばれたのは貴様らが原因なのか?」

 

 地に伏せるレイクへと告げる。

 その声が届くことが無いとは分かっている。

 

「……エミヤ先生」

「……すまない。君達を怖がらせてしまったな」

 

 事の終息を悟った生徒達がテーブルから姿を見せる。

 声を発したシスティーナはまだいい方だろうが、それ以外には怖さで全身を震わせる生徒もいる。

 無理も無い。

 普段から醜悪な魔術の裏側を語っているとはいえ、百聞は一見に如かず。

 聞くと見るとでは、本人に与えられる影響の格差が大きすぎる。

 

「あの……先生は一体、何者なんですか……?」

「……少々腕には自信があってね。以前は傭兵紛いの仕事を請け負っていた事もある」

「そ、そうなんですか……」

「簡単には納得できないだろうが、今はこれで納得してくれ。それと、これからルミアを連れ戻しに行かないとな」

 

 毅然と振舞っているシスティーナだが、その声音には震えが見える。

 だが、ケアをしている時間は無い。

 それは全てが終わった後に、為すべき行動だ。

 

「何かあったら魔術を放つんだ。すぐに駆け付ける」

 

 緊急時の対応を話す。

 その声に反応した生徒は数人だけだったが、聞こえているのであれば無理に反応を問う真似はしない。

 扉の残骸を踏破し、エミヤは惨劇の教室を後にした。

 




 いよいよ戦闘へと突入した訳ですが、いかがでしょうか?
 最初は原作通り一対一での戦闘を想定していたのですが、一つの事の気付いてこの展開へと至りました。それは、よく考えればこの三人を組み合わせると強くない?という疑問からでした。
 広範囲に致死量の毒と酸を撒き散らす男、卓越した速度での魔術展開が可能な男、五本の剣を担い、原作ではセリカでなければ倒せないとまで言われた男。そんな三人を組み合わせれば強くならないはずが無い、という訳ですね。
 とはいえ、やはり英霊の壁は高かった。
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