赤原の守護者と禁忌教典   作:石橋航

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第2巻
魔術競技祭


 放課後のアルザーノ帝国魔術学院、二年次生二組の教室。

 日差しが傾きかけ、射光が室内に侵入する。

 眩い輝きに目を照らされ、折角一日が終わった時間だというのに、その教室に漂う雰囲気は最悪だった。

 

「はーい、『飛行競争』の種目に出たい人はいませんかー?」

 

 壇上に立ったシスティーナの問いに、他のクラスメイトは俯き、視線を合わせようとしない。

 雰囲気に色があるのなら、さぞ最悪な色をしているであろう。

 文字通り葬式の如く空気に、後ろで見ていたエミヤもため息をつくしかない。

 現在システィーナとルミアが前に立って決めているのは、来週に開催される魔術競技祭の競技に出場する代表決めだ。

 学院生徒同士の魔術の技の競い合い、という謳い文句のもと行われる一種の学校行事である。

 

「君達、どうしてそこまで嫌がる必要がある? 技の競い合い、とは言うが学校行事なのだから、楽しめば良いだろう?」

「そう言う訳にもいかないんですよ、エミヤ先生。皆、気後れしているんです」

「気後れ? たかが学校行事に参加する代表決めで、何を気後れする必要があるんだ?」

「たかが、では無いんです。魔術競技祭とは、祭りの名はついていますが、全クラスが勝利の為に邁進する大会です。無論、そこに参加する生徒もまた優秀な生徒ばかりで固められており、実力の無い生徒にとってはそもそも参加する気力も湧かないという訳です」

「ふむ。完全な実力主義という訳か……」

 

 ギイブルの説明に、顎を触り考える仕草をするエミヤ。

 話によると、どうやら想像しているような行事では無かったようだ。

 全クラスが勝利の為に全力を尽くす。故に、出場する生徒も成績優秀者で固められる、か。

 

「それに今回の魔術競技祭には、あの女王陛下が賓客としてご尊来になりますから」

「余計に気後れしてしまう、という訳だな。なるほど、ここまで代表決めが停滞する理由が分かった」

 

 後ろで座っていたエミヤは立ち上がると、前へ行きシスティーナから競技一覧の紙を貰う。

 

「……ほうほう。内容は多岐に渡るが、全て授業内容である基礎が理解していれば出来るような内容だな」

「先生。誰でも出来るとは言いましたが、そんな理由で選考しないですよね? 僕達クラスもまた、勝利を目指して戦うんですよね?」

「無論、その通りだ。行事とは言うが、やはり勝った方が思い出にもなるからな」

 

 ギイブルの苦言を受け入れつつ、エミヤは脳裏に浮かぶ演算を叩いていく。

 彼の自爆テロ未遂事件から幾ばくか時間があり、その間に入手した生徒の魔術適性を考慮して結果を導き出す。

 

「システィーナ。君に一任するとは言ったが、取り消しで良いだろうか? この流れでは本当に、悪い方向へと流れていきそうだからな」

「え、ええ……構いませんけど……? 悪い方向、ですか?」

「ああ。今ギイブルが教えてくれた、成績優秀な生徒のみで出場選手を固めるという方法だ」

 

 その言葉に、システィーナとギイブルは対照的な反応をした。

 前者は驚きながらも、信じるように目を向ける。

 後者は苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 

「ルミア、今から私が競技と出場選手を読み上げるから、それを余すことなく板書してくれ」

「分かりました」

 

 そうして、エミヤは脳裏に叩き出された結果を口を通して現実と為した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「───これで全員だな。どうだろう、何か質問はあるか?」

 

 魔術講師のコートの懐にしまっていたペンを手中で回転させると、全競技の隣にチェックが付けられた紙を再び確認する。

 大丈夫だ、取りこぼしは無い。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! どうして私が『決闘戦』の選抜から漏れて、『暗号早解き』の代表になっているんですか!?」

 

 そう言いながら立ち上がったのは、ツインテールの少女、ウェンディ=ナーブレス。

 このクラスではシスティーナとギイブルに次いで優秀な成績を残している生徒である。

 そんな彼女が抗議を申し立てたのは、『決闘戦』の代表メンバーについてだ。

 そも、『決闘戦』とは、魔術競技祭の最後を飾る花形の競技だ。その分得点も高い。

 各クラス優秀な三人の代表を決め、一対一の魔術戦で雌雄を決するというシンプルなルールである。

 かつての世界で言うところの『リレー』のような立ち位置だろう。

 

「何か不満かな?」

「当たり前ですわ! システィーナさんとギイブルさんは良いとして、私より成績の悪いカッシュさんがどうして選ばれているんですか!?」

「それについては何度も言っている通りの事だ、ウェンディ。魔術師としての技量は成績や行使できる魔術に当てはまらない。今回はまさしくそれだ」

 

 エミヤは諭すようにして言葉を紡いだ。

 

「確かに君の素質は素晴らしい。呪文の知識、会得魔術量、魔力容量(キャパシティ)も確かに一流に位置するだろう。だがな、突発的な事故への対処が悪いという弱点も内包してしまっている。焦ってしまうと呪文を噛むのも見逃せないファクターだ」

 

 所謂、うっかりというやつである。

 普段は毅然と振舞っているのに、たまに考えられないような失敗をしでかすのだ。特に彼女はそれを引き当てる割合が大きい。

 微笑ましい弱点だが、何が起こるか分からない魔術戦では大きな枷となるだろう。

 

「その点、確かにカッシュは会得した魔術量も、魔力容量(キャパシティ)も君には及ばないが、身体能力が突出し、状況判断能力が長けているからな。今回は君よりカッシュの方が適正と判断した。とはいえ、君の魔術師としての才能を卑下して判断したのではないから勘違いしないように」

 

 的確な分析をするエミヤに硬直していたウェンディを見て、フォローを入れておく。

 

「君の強みは、安定的な条件下での魔術行使だ。それに加え、【リード・ランゲージ】の実力はシスティーナやギイブルも上回る。そんな君にとって『暗号早解き』は自分のテリトリー内で戦う事の出来る競技だ。だから、自分には別の適性があったのだと理解してくれ。その分、一位を期待しているぞ?」

「……分かりました。そこまで言うのであれば、私もこれ以上は言いませんわ」

「ありがとう。では、他に質問は?」

 

 その後、恐る恐るという感じで手を挙げる生徒へ分析結果を伝えていく。

 自分が気づいていない魔術の適性を、道筋を示して明確にしていく姿に、最初は懐疑心が見えていた生徒達も少しずつ納得していく。

 自分の事は自分が一番よくわかる、とは言うが、案外自分が気づいていない自分の利点というものはあるものだ。

 掌が消えた光景を見てエミヤは頷き、最後の確認をする。

 

「───では、私達はこの編成で挑むとしよう。もう質問は無いな?」

「待ってください、エミヤ先生。最後に一つだけ聞かせて下さい」

「陣容に不満がある、というわけではないそうだな?」

「はい。ですが、成績優秀者だけで出場選手を固めるのは悪い流れと言いましたよね? それについての理由を教えてください」

 

 最初の疑問に回帰する。

 ギイブルの真剣な表情に、追随するような生徒達の表情。

 皆、成績が優秀ではない自分を卑下し、選ばれた者のみが出場できるのが常だと思っていたのだろう。

 

「簡単な話だ。決められた者のみが出場できる? 馬鹿馬鹿しい。そんな魔術競技祭が、楽しいはずが無いだろう?」

「……え? 楽しくないって、そんなのが理由なんですか……!?」

「当たり前だ。人間とは、モチベーションによって能力が左右される生き物だ。中には自分を押し殺し、常に最高を叩き出せるような人間もいるだろうが、君達はそうではない」

「それは、まあ……」

 

 渋々頷くギイブル。

 だが、その瞳には納得しきれていない部分も散見される。

 

「君達は仲間だ。その意識が統一されていないのであれば、全員が限界以上の力を出せる訳が無い。それに、私は捨てる競技を作り出すつもりはないからな。全競技で三位以内の好成績を狙う」

「……それは、少々欲張り過ぎでは……?」

「欲張りなどではないさ。君達には十分、それを成し遂げるだけの力があると思っている」

 

 二年次生二組の生徒に捨て駒は無い。全員が優秀な成績を残せる戦力だ。

 それに、全クラスが成績優秀者で固めるのであれば、必ず休ませるためのターンオーバー制を採用するに違いない。

 どこでそれを利用するかは、これからの情報収集に託そう。

 不安げな生徒だったが、エミヤの言葉を聞いて少しずつ笑顔が見えてくる。

 ギイブルもため息をつき、やれやれと肩を竦ませながらも、その表情にはこれからへの期待も見える。

 

「───では、これで決定といこう。目指すは勿論───優勝だ」

 

 その宣言を、誰もが現実として受け入れた。

 クラスは未だかつてない程の一体感に包まれる。

 全員が同じ方向を向き、誰もが勝利を目指して走り抜ける。その陣容が、今成された。

 前方でそれを見つめていたエミヤは、そこに眩しいものを感じ、それを助長させる為に動き始めることを決意した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院では、魔術競技祭前の一週間は競技祭に向けての練習期間となっている。 

 具体的にはその期間全ての授業が午前の一・二時限目と、午後の三時限目で切り上げられ、放課後は練習時間として使っても良いというものだ。

 

「順調みたいだな?」

 

 エミヤに声をかけてきたのは、艶やかな金髪を揺らすセリカだった。

 現在放課後、エミヤ達クラスも練習の為に中庭に集まり、各々競技への練習・対策の時間として使っていた。

 そんな様子をエミヤは遠くから見つめていた。

 

「当たり前だ。私の受け持つクラスなのだからな」

「その、認めた他者に対する無駄に高い自信はいつまで経っても変わらないな。そういえば、グレンにも『私の弟子が弱いわけが無い』って、言ってたよな?」

「ああ。そして文字通り、立派な男になっただろう?」

「そうだな。まあ、一つだけ欠点があるとすれば、お前に倣って皮肉な言葉を真似し始めた事だな」

 

 木漏れ日を一身に受け、二人は笑いながら会話を続ける。

 

「……お前、優勝を目指すんだって? なのにも拘らず、前代未聞の代表メンバーで挑むって風の噂で聞いたぞ?」

「別に、前代未聞と言われるような陣容にした覚えはないな。そも、成績優秀者だけで固めるというカタログスペックに縛られた考え方が普遍的になっている方が頭痛がする。そもそも祭りを楽しむことも出来ないで、どうして優勝するだなんて言えるのかが不思議なくらいだ」

「お前らしい考え方だな。まあ、私のその意見には賛成だ……じゃあ、そろそろ行くよ。私も学院長も、台風の目が開花することを願っている」

「ああ。期待通りの結果を届けることを約束しよう」

 

 セリカと別れ、エミヤも立ち上がる。

 そして、まずは誰の指導から始めようかと考えていて───その時。

 

「シロウ=エミヤはここに居るか!?」

「む? 何用かな、ハーレイ」

 

 ハーレイに呼ばれ、エミヤは歩み寄りながら返答する。

 見ればハーレイに続くように彼のクラスである一組の生徒がそこに居た。

 場所の要求だろうか。ならば、半分程度渡せば良いだろう。

 

「聞いたぞ、貴様。どうやらクラス全員で魔術競技祭に参加するのだとな」

「何か疑問が?」

 

 間違ったことはしていないと言うエミヤを、ハーレイは侮蔑を込めた視線で睨む。

 

「見下げ果てたぞ、シロウ=エミヤ。成績優秀者だけで固めるのではなく、全員出場だと? 笑わせるな。その陣容で、優勝など出来るはずが無い」

「……私の方こそ落胆したさ。魔術教育の第一線を謳っているにも拘らず、こんな体たらくだとはね。君達が優秀な魔術師であることは認めるが、形而下の情報に縛られ過ぎだ。そんなんだから、こんな風になる。だが、一つ感謝しよう。今の言葉で私達の優勝が確信できたよ。優勝の最有力候補である一組もつまらない通説に拘泥している現状で、私達の行く手を遮る障害は無い」

「……言うではないか、シロウ=エミヤ。だがな、みすぼらしい陣容を誇らしげに語ったところで、貴様の願う奇跡など起こるはずが無い。綺麗事を見てくれる神など、この世に存在しないのだ」

「奇跡などではない。私達の勝利が、現実だ」

 

 二人共自分達の生徒の前に立ち、至近距離で言葉の弾丸を放ち続ける。

 後ろにいる生徒も最初は戸惑っていたが、矢面に立ち自分達の勝利を信じる先生の背中を押す。

 

「そうだ、お前らには絶対負けないからなっ!」

「何を言うかと思えば。魔術競技祭で奇異的な采配をして、勝てる訳が無いだろうっ!」

 

 そーだそーだ、とヒートアップする生徒達。

 怒涛の波に押されるようにして、ハーレイが不敵な笑みを浮かべてエミヤに問う。

 

「そこまでの自信があるのなら、一つ勝負と行こうじゃないか?」

「勝負だと?」

「そうだ、シロウ=エミヤ。私が勝ったら、貴様の給料を三ヶ月頂こう」

「……何を言うかと思えば。賭博行為なんて下らない真似をする訳ないだろう?」

「逃げるのか? ああ、それでも良い。どうせ、貴様らが私達に勝てる道理などあるわけがないのだからなっ!」

 

 勝ち誇るハーレイ。

 その言葉を真に受けてしまったのだろう二組の生徒達は、不安げにエミヤを見上げる。

 ここは退けない一線か。

 

「……良いだろう。なら、私が勝てば今の侮辱を全員の前で撤回する事を要求しよう」

「なんだ? 同じような要求はしないのだな」

「ああ。生憎と金銭には興味が無くてね。君の屈辱の方が余程興味がある」

 

 売り言葉に買い言葉。

 到底教師とは思えない皮肉を連ねながら、エミヤとハーレイはその契約にサインする。

 

「逃げるなよ、シロウ=エミヤ?」

「君の方こそ、有り得ない光景を前に逃げ出さない事だ」

 

 フンっと、鼻を鳴らしながら帰っていくハーレイ。

 これで彼の用件は終わったのだろう。その後ろ姿を暫く見つめていると、一つだけ気付いた事があった。

 その背中を追う者が誰もいなかったのだ。

 不思議に思ったハーレイは振り返った。

 

「何をしている?」

「いや……えっと。中庭の場所取りに来たんじゃなかったんですか?」

 

 物腰柔らかな少年がハーレイに聞いた。

 その後、エミヤのご厚意(本人としてはそのつもりはないのだが)によって一組に中庭の半分を渡すことになった。

 二組は半分の領域で練習を重ねながら、エミヤは一組の情報を視覚情報で収集していた。

 




今回喧嘩していたエミヤとハーレイ。
こういう二人組って緊急事態になると案外面白いコンビネーションを見せてくれますよね。
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