魔術競技祭、練習の日々は過ぎていく。
エミヤ達二組はクラス全員が出場するという異例な形でその陣容を為した。
その効果は抜群で、一体感という他クラスにはない武器を纏って突き進んでいく。
熱意だけは絶対に負けないと言う生徒達をまた、エミヤも全霊をかけて導いていった。
「良いか、カッシュ。君は厳しい戦いを強いられることになるだろう。故に、難しい事は言わない。君にしかない武器を使って勝利するぞ」
「俺にしかない、武器ですか……?」
「そうだ。君は突発的な状況判断と、身体能力が優れている。それを最大限利用し自分のテリトリー内で戦えば、勝利はそこまで遠くないはずだ」
不安そうなカッシュだが、エミヤにはそうは見えない。
これからの戦闘、十分に勝ちが見えている。
「結論から言ってしまえば堅守速攻だ。相手の魔術を耐え抜き、一瞬の隙を穿つ」
「……なんか難しそうですね。俺に出来るかな……」
その不安は分かる。
カッシュという生徒は跳び抜けた成績を残してはいない。
だが、彼がこれから戦うのは各クラスが誇る成績優秀者。圧倒的格上である。
「今は不安だろうと、これから出来るようになるさ。幸運な事に、君に適した戦闘スタイルは私に似通っている部分があるのでね。それを体に叩き込む。まあ、多少辛い特訓にはなると思うが───ついてこれるな?」
その覚悟を問う。
真剣な表情でありながら、何処か優しく問いかけるエミヤに、カッシュは覚悟を決める。
「───はい!」
『決闘戦』という大舞台を任されたカッシュの修行に付き合い───。
「カイ、ロッド。君達に『飛行競争』で意識してほしい事はペース配分だ」
「ペース配分? 速度じゃないんですか?」
「『飛行競争』は一周五キロのコースを計二十周するというものだ。単純計算しても百キロもの距離を二人で交代しながら駆け抜けなければならない。故に速度を極めるのも大切とは思うが、時間が無い現状ではペースを意識した練習に傾注した方が高い順位を狙えるだろう」
それに加え、他クラスの代表者はこれ一つではなく様々な競技を受け持っているのだ。
練習も片手間で行い、後の体力も考慮しなければならないというハンデがある。
それに対し、こちらは地力には差があるかもしれないが、一つの競技に全力を尽くすことができ、練習もこれに特化したものをひたすら行うことが出来る。
「まずはスムーズな交代から練習しよう。それが出来るようになったら、実戦練習を重ねていく」
「まあ、実践あるのみってことですよね。でも、俺達二人だけで練習するってのもな……なんか、緊張感が無いっていうか、心配っていうか」
「それについては心配いらない。私が相手を務めよう。君達が空を駆けている間、私は地面から走っている」
飄々と言うエミヤにカイとロッドは瞠目した。
「それって……先生が一人で百キロ走るってことですか?」
「いくら何でも……いや、先生の凄さは知ってますけど……」
最初はどうして心配そうだったのかが分からなかったが、その不安に合点がいったエミヤは笑みを浮かべる。
「ああ、心配はいらない。しっかりと地上から君達の邪魔をするさ。むしろ、下からの邪魔なので本番よりも対応力が求められるかもしれないな?」
「……そういうことじゃ、いや何でもないです」
『飛行競争』で大人げなく飛翔するカイとロッドの邪魔をして───。
「『グランツィア』は、分かりやすく言えば陣取り合戦だ。君達三人の役割分担がカギとなるだろう」
エミヤは教室で代表選手であるアルフ、ビックス、シーサーの三人と共に作戦会議をしていた。
「普通は二人がオフェンスの一人がディフェンスというのが定石ですよね」
「ああ。だが、戦力差を考えても、圧倒的に我々に不利だ。同じ土俵では勝負にならないだろう」
「……悔しいですけど、そうですね」
苦悶に歪む三人。
プライドは無く、全員が己の不利を認識しているという点は有難かった。
「故に、こちらは三人ディフェンスで戦う」
「全員ディフェンスで、良いんですか?」
「一種の賭けだがな。他クラスの結界構築速度を考えても、三人で防衛に回らなければ厳しいだろう」
「でもそれって……絶対に勝てないじゃないですか?」
「勝てはしなくても負けはしないだろう───失礼、冗談だ。だが、この現実を君達に再認識してもらう事は大切な工程だったのでね」
落ち込んだ表情をした三人だが、冗談と聞いて安堵していた。
良かった、自分達でも戦える方法があるのだと。
「もう一度おさらいしよう。『グランツィア』は陣取り合戦、故に自軍の結界をどこまで大きく出来るのかが勝敗の決定となる。だが、その基礎の部分で我々は負けているからな。故に、条件起動式を使う」
「……条件起動式って、あの術式ですよね? 過去に悪逆の限りを尽くしてきたという、あの」
「そうだ」
魔術が齎した歴史を、エミヤの授業を通じて知っていた三人は途端に嫌な顔をする。
苦笑いをしながら、大丈夫だと声をかける。
使い方を間違えなければ強い武器なのだと、その本質を語る。
エミヤは後ろにある黒板に条件起動式の利点と欠点を書き連ねた。
利点は、いったん術式を組んでしまえば、その後の起動は自動になる。
欠点は、条件が満たされなければ起動できないということ。
「この内容を見てもらえば分かる通り、完全にカウンター狙いの一手だな。これを全員ディフェンスで耐えている間に敷設するのが私達の作戦だ」
「……なるほど。俺達全員がディフェンスをしていれば、相手は引き分け狙いと思うから、それを利用するという訳ですか」
「その通りだ。この『グランツィア』は競技時間が長いということから、当日くじで当たった一チームとの一発勝負。その得失点差が全体の順位にそのまま利用されるからな。相手も引き分け狙いと分かれば多少強引にでも領域を広げようとするだろう」
「そして、そこを突く───」
「───どうだろう、完璧だとは思わないか?」
『グランツィア』に挑む三人に、エミヤお得意の心理戦を叩き込み───。
そんなこんなで、エミヤは全員の様子を見ていた。
常人であれば絶対に体を壊すであろう酷使も、毅然と乗り越えていく。
それも全て、この戦いに勝利するためだった。
もしかしたら守護者時代よりも働いたのかもしれないが、久しぶりに労働の果てに達成感という感情を思い出した。
───そうして、一週間は紙芝居の如く簡単に過ぎ去っていった。
***
当日。
開会式前の大事な行事として、エミヤを含めた学院関係者は魔術学院正門前に集まっていた。
これから来賓である女王陛下を歓待するのだ。
先行隊として到着している王室親衛隊の指示でごった返していたこの場にも規律が整い、誰もが女王陛下の到着を今か今かと待ち望んでいた。
「流石は、女王陛下。これほどまでに慕われているとはな。簡単に出来る事じゃない」
「そりゃあそうよ。何たってこの帝国を支えている御方ですから」
隣にいるシスティーナの言葉に首肯する。
帝国を支える。その言葉に込められた奇跡の意味を、かつては近くで見ていた者の一人として良く知っていた。
そのまま厳粛な空気に包まれながら、待っていると───その時。
「女王陛下の御成りぃ~っ! 女王陛下の御成りぃ~っ!」
「お、どうやら来たようだな」
人垣の道の中央を、衛士が馬車に騎乗しながら駆けていく。
その声に呼応するように楽奏隊の演奏が響き渡り、拍手が人波に伝播する。
やがて道の中央に、護衛の親衛隊に囲まれた華奢な馬車がゆっくりと現れた。
拍手と歓声と共に出迎える生徒達に、窓から身を乗り出して手を振る女王陛下アリシア。
その行動が、彼女が信頼される所以だろう。
「───」
エミヤは拍手をしながらも、何処か遠い目でその光景を見ていた。
すると一瞬だけ、アリシアと目が合い───軽く会釈し、彼女も薄く微笑んだ。
「凄い人気だな、ルミア」
「───はい、そうですね」
エミヤと同じように遠い目をしていたルミアに声をかける。
するとルミアは首にかけられていたロケットに手を伸ばした。
「どうしたの、ルミア?」
「あ、ううん。何でもない」
中身の消え去っていたロケットをシスティーナに悟られないようにしまうと、ルミアは笑顔を見せる。
「やっぱり、女王陛下って凄い人気だよね。それに……凄い綺麗な人だし……憧れちゃうなあ」
「ルミア……」
苦しそうな笑みに、エミヤとシスティーナは苦い顔をする。
その言葉には、一種の拒絶が含まれていた。
憧憬は相手へ与える最大の賛美だが、同時に近寄りがたい、自分と住んでいる世界が違う、という深層的な拒みがある。
その例に当てはまらない場合もあるだろうが、ルミアが抱いていた憧憬は正しく、身の丈が上の人間に対する声音だった。
システィーナとルミアは話を紡いでいく。
それを小耳に挟みながら、エミヤは特に介入はしなかった。
こういう問題は、親しい間柄の方が話しやすいものだろう。
二人に目を向けず、手を振るアリシアを見て───ふと、以前大事そうに持っていたネックレスとは別のネックレスをつけていたことを見逃さなかった。
***
魔術競技祭、開催の鐘が鳴る。
開幕式が粛々と始まり、決闘礼装───細剣を佩刀した生徒達が厳粛な空気と共にこれからの緊張感で身を震わせる。
最後に女王陛下からの激励の言葉を聞き、魔術競技祭、最初の種目が開始した───。
競技場の外周に等間隔でポールが立っており、その外側を飛行魔術を起動した選手たちが駆けてゆく。
盛り上がりを見せる観客を尻目に、エミヤは観客席で『飛行競争』に出場している二人の雄姿を見ていた。
『これは、どういうことなんだ───ッ!? 先ほどまで中間層に留まっていた二組が飛び出してきたぞ───ッ!?』
実況の怒号もまた、観客の心を鷲掴む。
なにせ、この魔術競技祭で奇異の眼を向けられている二組だ。
全員参加という異例の采配を下したクラスに期待をする者は少なく、面白半分で応援をしていた観客を、最終コーナーで瞠目へと一変させた。
『これはまさか、今まで力を温存していたという事なのか───ッ!?』
「違うな。カイとロッドが早くなったのではない。他のクラスが落ちたんだ」
拡声音響術式で響き渡る実況に対し、エミヤは独りでに解説を入れる。
それを聞いたルミアは首をかしげていた。
「どういうことですか?」
「簡単な話だ。ただ単に、他のクラスの代表選手がペース配分を誤ったんだ」
この競技にだけ集中した二組と、集中出来なかった他クラス。
経験の差が、実力の差をいとも簡単に埋めてしまった。
「じゃ、じゃあ……この結果も、分かってたんですか?」
「流石にそこまでは分からなかったさ。良い所までは行くと思っていたが、まさかここまでとはな」
エミヤの計算では、三位が御の字という判断だった。
だが、カイとロッドが繋いだ襷は、独走集団に割り込んだ。
『早い! 早い! 早いッ! 二組、遂に二位に割り込んだ───ッ!!』
二人の猛追に焦った一つのクラスが独走集団から脱落した。
残りは数メートル。優勝候補筆頭とダークホースがゴールテープを前に一騎打ちを為す。
そして───、
『ああっと! ギアを上げた二組だったが、あと少しの差で一組には勝てなかった───っ!!』
結果、二位。
一位が競争相手である一組であることを考慮すれば不味い結果と思うかもしれないが、エミヤには想定以上の内容だった。
宣言通り、全ての種目で二組は三位以内の上位を狙っている。
優秀な生徒のみをローテーションで使うことになる一組は、どうしても捨てる競技が出て来るだろう。
それが無いエミヤ達にとって、最初からその背中を射程圏内に捉えたことは大成功だった。
最後の最後で迫る二組を前に、一組の体力を削ることも出来た。
「やったぁ、凄い! 先生、二位ですよ! 二位!」
「ああ。見事に二人は、上位でゴールしたというわけだな」
「はいっ! うん。私も頑張らないといけないな……!」
隣で決意を固めるルミア。
この様子であれば、彼女は心配いらないだろう。
エミヤは、自身を見る周囲の視線に目を向けた。
「おい……嘘だろ」
「なあ、これって……」
「まさかのまさかで、二組有り得るんじゃないか……」
奇異の視線は一変し、希望へと変化していた。
そんな視線を向けるのは他のクラスで代表落ちを経験した生徒達だった。
決して成績優秀ではない同級生が、果てに降臨する優秀を打倒する姿。
そんな光景に、彼らは何かを感じていたのだろう。
エミヤは目を外した。
「先生、やりました───ッ!」
「お前ら! 絶対に勝てよ!」
視線の先で、こちらに手を振るカイとロッド。
その笑顔は幸福に満ち溢れていて、とても眩しかった───。
やっぱ良いね、日常。