そんで思うこと、ゼーレの会議考えるのめんどくさい。
何もない暗い部屋に集まる老人会──人類補完委員会は緊急招集を行い、先の第4使徒襲来における事象を議題としてあげていた。
「EVA零号機による使徒殲滅。これは特に題するモノはないが」
各員の手元のモニターには、螺旋ATフィールドで使徒を穿つ零号機の姿が映し出されていた。
「ATフィールドを自在に操り、飛行や浮遊まで可能とするとは、まるで使徒そのものだ」
次に映し出されたのはジオフロントから第3新東京市の上空へと飛翔する零号機の姿だった。
「資料と比較して内部素体の肥大化も確認できる。その後の調査ではS2機関の存在も確認されたとか」
着地した零号機を正面斜めから捉えた映像と、ケイジに固定されている様子が映し出された。
「零号機の覚醒。碇の差し金か」
「検体を確保しようとした諜報員からの連絡が途絶えている。調査の結果、L.C.L.へと還元されていたそうだ」
映像にはまるで人形の様に表情の無い、綾波レイと瓜二つの存在と、紅い水溜まりと服だけの写真が映る。
「人の姿をした神の降臨。その目的が我々人類の救済であることを願うが」
「鈴を付ける必要がありますかな?」
「まだ儀式は始まったばかりだ。彼女が自ら儀式を進めるのならば問題はないのでは?」
「しかし我らの女神は碇の息子の手中にある」
零号機のエントリープラグからタオルケットに巻かれた姿で彼女を抱き抱える青年の姿が映し出された。
「報告書ではまだ14歳の少年のはずだが?」
写真に映る青年と少年を比較する様に二つの写真が並ぶ。
「先の使徒襲来時に、ネルフ本部では初号機の起動実験から急遽予定を繰り上げ零号機の起動実験が実施された。その結果、パイロットを担当した碇の息子は零号機に取り込まれたそうだ。初号機のパイロットのまま大人しくしていれば良いものを。余計な事をしてくれた」
「碇ユイ。我々の希望である彼女の息子が同じ道を辿り、しかし還ってきた。女神と契約を交わしている可能性もある」
「アダムとイヴ。人類の父と母という事ですか」
「では──?」
「来るべき時の為に使徒殲滅は我々の既定事項だ。碇の息子に鈴を付ける。使徒殲滅も継続して担当させるしかあるまい」
議長であるキール・ローレンツが纏めに入ったことで今回の会議は終わりを告げた。
「そう、全てはこれからなのだ」
◇◇◇◇◇
「はぁぁぁ……疲れた、ホント……」
「ええ。ホントに…」
シャムシエル殲滅から一週間。検査入院で朝から夜まで検査のオンパレード。検査漬けの地獄だ。
いや、それも仕方がない。
一度パシャッって再構成された肉体は14歳のシンジ君のそれではなくなっていたのだから。
中学生が高校生になった。
簡単に説明するならそんな感じだろう。女装させるとヤバい美少年からイケメンの美青年になってたらそりゃ検査して本人か確かめますよね。
「レンは幾つか時間掛かってたけど、なんかあった?」
「……いいえ。なんともなかったわ」
なんか意味深い間が、何かありましたよと物語っている。
「それは俺にも言えないことか?」
「……言ったら、嫌われる。恐い……。そう、恐いのね、ワタシは……」
隣に座る彼女の震え出した肩を抱いてやり、頭を撫でてやる。
「嫌わないから、言ってみてくれよ。知らないんじゃ、どう判断したら良いのかわからないからさ」
「……連れて、行かれそうに、なった……」
「……何処に」
「わからない。けれど、良くはない場所。だから消した。ゼーレのスパイだった……」
「成る程な…」
話を聞いている間も、頭を撫でてやる。つまり既にレンの事がゼーレに筒抜けになっていると言うことだ。動きが早すぎませんのこと?
それでも何回か連れ去ろうとして失敗したから今は様子見しているのか。まぁ、居ないわけがないが、此処はゲンドウのお膝元だからゼーレもあまり表立った人員を割けなかったのか。
ただ強引に連れていこうとしても、レンは零号機でもあるから下手すると零号機に握り潰される可能性大である。
今回は正当防衛が適用されるから、怒ることはしない。相手を消さなければレンがどうなっていたか。
表向きには謎の失踪として扱われるだろう。
最後の検査が終わって退院を言い渡されて向かう先はリツコさんのデスクだ。
「そろそろ来る頃だと思ってたわ」
一杯飲む? と渡されたコーヒーカップを受け取る。
自分は自販機とかペットボトルのブラックは飲めないのだが、挽きたてのブラックなら飲める贅沢な舌をしている。レンは苦いのはダメらしい。ミルクと砂糖3つはかなり甘党な量だろう。
コーヒーで一息吐いて、切り出したのはリツコさんからだ。
「一先ずシンジ君からね。遺伝子情報は100%再現されているからアナタは碇シンジ本人とも言える。ただ構成成分に幾分かエヴァの生体部品と同じ成分が含まれていたわ。だからそうした面では、アナタは碇シンジ本人である可能性を疑える要因があるのだけれども」
此方を探るように視線を向けるリツコさん。リツコさんならばシンジ君の以前の動向を報告書で知っていてもおかしくはない。その点自分はシンジ君とは似ていても他人に対してのアクションが真逆だ。
心機一転。新天地で高校生デビューを境にキャラクターを変えたなんて言うような言い訳は通じないだろう。
「まぁ、それは些末な事ね」
些末なのか。それで良いのかリツコさん。
「問題は彼女の方。その身体を構成する物質はエヴァの生体部品のそれそのもの。そしてなにより──」
リツコさんは1枚のレントゲン写真を見せてきた。そのレントゲンは人の胸を撮影した物だと見てわかるが。胸の中心の辺りに真っ白に光る珠がある様に見える。
「この胸のはおそらくはコアね。いったいどうやって人造人間を口説き落として来たのか知りたいわ、シンジ君」
なんかイヤらしい視線を向けながらリツコさんがバトンを投げてきた。いやそんなキラーパス出されても困るんですが。今聞いているのはリツコさんだけだから真実を話す方が早いだろう。
「レンは、零号機の心──魂と呼べる存在だと思います」
「魂、ね。いくら人造人間だからとはいえ、空の器に魂は宿らないのよ?」
そう、エヴァは人に造られた巨大な人間の様な存在だが、しかし魂のない存在だ。これで魂まで持っていたら人間と変わらない生き物になってしまうだろう。
「だから心、なんだと思います。魂はなくても心を持つ。八百万の神様の様にこの世の物全てには神様が宿っていると言うように、エヴァにだって心があっても不思議では無いと思います。現にレンは零号機の心でした」
「成る程、そういう切り込み口もあるのね。科学で説明できないことは神任せと。それで、彼女が零号機の心であるという根拠は?」
「本人から聞きました」
そもそもエヴァの心とは何か。うん、なんなんだろう。しかし零号機もそうであるけれど、初号機の中にも同じようにユイさんとは別の存在が居る描写があるが、真相はハッキリしていないハズだ。
きっとおそらくそれも初号機の──リリスから分かれた心なのではないのだろうか。
リリスのコピーである零号機の中に居たレン、ならば初号機にもその中に居る何かがユイさんを取り込んだと推察できる。
身体をコピーしても宿る魂はひとつ。ダミープラントの中の大量の綾波レイ。彼女らに魂は宿っていなくとも生きていただろうし。そして、アヤナミレイ──黒波もまた、綾波レイのコピーだったとしても自分で考えて行動した。
魂が無いからとはいえ、心がないという事にはならないのではないかと考えられる。
「ともかく、レンが零号機であるのは確かです。そして今の零号機ですが」
「S2機関を搭載している事は此方でも調べが付いているわ。生体素体の筋肉量増加と驚異的な自己修復機能。単一兵器としては理想的なものね。エネルギーは無限、整備が気難しい生体パーツや保護フィルムがメンテナンスフリーなんですもの。装甲は肥大化した筋肉量に合わせて再設計が必要になるでしょうけど」
「なら実戦配備を想定した強化改修案として、僕から提案したいものがあります」
レンがどういった存在なのかはこの辺りで充分だろう。これ以上はシンジ君の中身が別人問題に抵触する可能性がある。尤も、リツコさんは既にその事に気づいていそうではあるが。
入院中に用意して貰った大学ノートに書き綴ったのは零号機の改修案だ。ウェポンコンテナを足して終了では、これから先の使徒戦に一抹の不安を感じたからた。
そして零号機のダメージがレンにフィードバックされてしまうリスクを軽減する意味でも、零号機に増加装甲を付け足す改修案を練った。
まぁ、零号機にF型装備を被せたような案であるが。
増加装甲を施して本体へのダメージ到達を軽減させる。零号機本体へのダメージはパイロットに対しても著しいフィードバックを起こし、最悪の場合は死に至るという危険性と有効性を兎に角書き綴った。
おそらく今の状態の零号機でゼルエルに頭を真っ二つにされた日には自分やレンの頭も真っ二つだ。バルディエル戦の様に神経カットせずに腕を排除すれば本当に腕が飛ぶ。
そう、頼もしい代わりに大きなダメージを受けることが出来ないデメリットが存在してしまうのだ。
「零号機の装甲交換もあるのに無茶な計画を立てるわね。先の第3使徒戦での初号機の修理代だけでも国がひとつ傾くレベルなのに、これは国が2つ傾くわね。それにATフィールドを応用したフィールド偏向推進器なんて発想は良いけれど、技術的な問題は山積みよ」
「それでもなにもしないで死ぬよりかはマシだと思っています」
「豪胆ね。まぁ、内容は面白いものだから後でちゃんと読ませて貰うわ」
取り敢えず零号機改修案(仮)はリツコさんの手元には渡ってくれた。あれにはF型装備の概要を思い出せるだけ全てを記してある。
そんな危ない内容をノートに書いておくなと言われそうだが、アナログならMAGIに記録は残らないので、こうした方が逆に安全ではないかと思った次第だった。ネルフ本部でもゼーレの人間が動いている事をレンから知ることが出来たから余計に注意しなければならない。
「それより問題は彼女の処遇ね。どうするつもりでいるのかしら」
ここからが本題だと言うように、リツコさんは自分とレンのそれぞれを一瞥した。
確かに彼女は存在しない人間であるのだからその処遇はある意味で好き放題出来てしまう存在だ。
「そうですよね。…レンはどうしたい?」
「アナタと一緒に居るわ。何時までも、何処までも……、永遠に」
シャツの裾を握り締めながら肩に身を寄せ、頭を乗せてくるレン。
冷静になるととびきりの美少女にこうも入れ込まれているのは悪い気は全く無いし寧ろ喜びでモテ期キターーー!! なんて内心バカ騒ぎしたいのだけれども、それよりも庇護欲が勝っているから意外にも冷静でいられるのは、やはり彼女がなにも知らない赤ん坊の様な存在だからだろうか。
無意識で頭を撫でてしまうのも、恋人の情念とかの甘酸っぱさではなく庇護者として彼女を安心させる為のスタンスになっている感じがする。
まぁ、一緒に居ると約束したのだから一緒に居ることを否定するつもりはない。嫌がる事もない。そもそもあれはもう1つの告白ではなかろうか?
なら男として責任を持つ義務がある。
告白をした相手が人類の母(コピーのロボット)って考えるとレベルたけぇなオイ。
「な、なにを考えているのよ……」
「考え筒抜けなのどうにかしない? 一方的なのなんかズルい」
「イヤ」
「あ、そう」
それでも彼女から感じる信頼は心地が良い。自分も人見知りで引っ込み思案。シンジ君の身体と波長が合うのだからつまりシンジ君レベルで他人に対して壁のある人間認定だ。
だから彼女の無条件で無限大の信頼に安心する。そして自分もそのお返しは無上の親愛を向けているのだと思う。
「ハイハイ、お熱いのは宜しいところだけど、今ここではそう言った空気は無用よ」
「すみません」
リツコさんに謝るが、しかしどうするか。
「僕の妹、とかじゃダメですかね?」
「碇司令を説得出来るのならそれでも構わないわよ?」
うん。レンを妹枠に据えるなら確かにそれは碇家の問題になるからリツコさんが入る余地がない。
シンジ君でもそうだが、今の赤の他人の自分がゲンドウを説得できる材料がない。
「でも俺は、レンと離れるつもりはありません」
敢えて一人称を自分の物にして、レンの肩を抱くことで、何れ程彼女の存在を大切にしているかリツコさんへのアピールとする。
するとレンも寄り掛かっていた体勢から腰に腕を回してきた。もはや梃子でも離れんという意思を感じさせる。
「仕方がないわね。コッチでどうにかするから少し離れなさい。独り身には見ているだけで辛くなってくるわ」
リツコさんが呆れ顔で、しかし一瞬切なさを見せたのは。互いに言葉を交わさずとも心で繋がっている自分とレンを、自身とゲンドウの関係と比べてしまったからだろうか。
そんな顔を見せられて、咄嗟にリツコさんの手を掴んでしまった。
「どうしたの? 彼女の前で浮気は身の破滅よ?」
「独りじゃ、ないですから…」
「え?」
そう、リツコさんだって独りじゃない。確かに独り身と言う意味はそうした意味ではないのはわかっている。だがリツコさんの声には本当に孤独であるという意味さえ潜んでいた様に思えたからだ。
「ミサトさんだって居るし、……俺だって、居ますから。だからリツコさんは、独りじゃないですから」
「……酷い口説き文句ね。なら、その証拠にワタシの事を抱いてみなさい。もちろん、今ここで」
物凄い返しが返ってきてしまったのですが。
もちろん抱けとはただ抱き締めるソレではないと察せるくらいにリツコさんの瞳には暗い物が見え隠れしていた。
それでも、その瞳の奥に、レンと同じものが見える。
以前ならこんな風に他人の機微を深く察する事の出来る人間じゃなかったのだけれども、レンと1つになってなんか変わったのだろうか。
いつの間にかレンの腕も外れていて、手を握ったままリツコさんに歩み寄って、その頬に、手を添えて──。
「イタっ──」
「冗談よ。女の言葉を全部真に受けちゃダメよ?」
近付いていた額に頭突きとは想定外ですリツコさん。
「逃げた。意気地無し……」
ソコ、バッチリ聞こえてますよ。
「取り敢えず、彼女の身分は此方で処理しておくわ。アナタ達も疲れているでしょうから、今日はもう休みなさいな」
これは追い出されに掛かっているのが丸わかりである。クールで知的に見えて普段は出来るお姉さんな人なのに、なんだか可愛い人だなリツコさんって。
「そうですね。疲れてるのは事実ですから今日はお暇します。行こう、レン」
「ええ…」
レンの手を引いて、リツコさんのデスクを出ていく。それでも退出する前にドアの所で一度振り返った。
「リツコさんのお陰で俺は独りじゃなかったのは確かですから、自分は独りだなんて寂しいこと言わないでください」
「……早く休みなさい」
今は取り付く島も無さそうなので、一礼してリツコさんのデスクをあとにした。
◇◇◇◇◇
「ホントに、あの子ったら……」
柄にもなく頬が赤くなっているのがわかる。心臓は煩い程に早鐘を打っている。
意気地無し──。
今さら男に抱かれる事などなんとも思わないはずなのに。
「愛情……。愛されることが怖いのね…」
親愛を向けられる程度はどうということはない。それは友好に落とし込む事が出来る。
それでもあの時の彼は、ワタシの能力を欲しているわけでもなく、ただ本当に愛情を持ってワタシを抱こうとしていたから。
それが怖くなって、逃げ出した。
ぶつけた額に手をやる。痛みなんかよりも流れる血流の所為での体温の上昇を感じさせてくる。
「悪い男になってしまったわね、彼」
ただ、悪い気はしない。
何故そう思うのか。
答えは簡単だ。
自分の能力ではなく、自分という存在を求められたからだ。
「現金な女ね、ワタシも……」
だから身を引いた。怖くなったのもある。ただそれよりも、こんな穢れた自分で彼を汚したくはないと思ったからだ。
「フィールド偏向制御運用実験機AFCエクスペリメント装備。その頭文字を取ってF型装備──ね」
女の自分を落ち着ける意味も込めて科学者の自分を奮起させる材料になりそうな彼の手書きのノートに目を走らせる。
複数の使徒級の相手を想定した武装強化案。増加した装甲重量分低下する機動力を補うのはATフィールド推進装置。
概要も仕様も事細かに書かれている。しかし設計図が書かれていない。概要と仕様を理解できても設計図がなければ造ることは出来ない。こんなに事細かく書かれているのに設計図が書かれていない理由は二つ考えられる。
1つは設計図の秘匿。ここまで書かれていても設計図面が今のところ思い浮かばない時点でこれは今現状では造ることの出来ない装備。そしてネルフ直轄の病院で複数人の医療スタッフの謎の失踪。委員会の息の掛かっているスタッフだった。服だけを残して消えたなんて報告は確かに謎であるが、それが彼女に関わっているスタッフだったと知れば種は割れる。彼女の気分しだいで人類は終わりを迎える可能性がある。
そうした意味では彼に彼女が委ねられているのは幸いだと言える。彼を上手くコントロールすれば少なくとも今すぐに人類がL.C.L.に還元させられる可能性は低くなる。尤も、その反対も然り。彼に何かあれば人類は滅亡する。F型装備はその為の対策装備として開発は急務であること。
まったくとんでもない仕事を押しつけてくれたものだ。
それでも、彼が設計図を書けなかったとしてもこれだけの情報があれば書いてやれないこともない。そうでなければ科学者の名が廃る。
「まったく、罪作りなんだから…」
散々引っ掻き回した置き土産がこれとは。まったくやってくれると思うしかなかった。
取り敢えずコーヒーを入れて更に細かい所を読み耽る。
◇◇◇◇◇
「零号機の覚醒。予定外の出来事だったな」
「予定外の事は起こる。老人達には良いクスリだ」
「しかしどうするつもりだ。零号機の覚醒など此方の予定にもないぞ」
シナリオを修正するにしても、彼が乗れない以上初号機は戦線に立たせる事は出来ない。そして初号機が戦えない現状では零号機を戦線から外すわけには行かない。
つまり次の使徒が来ても初号機ではなく零号機を出撃させるわけであるが。
「エヴァの心──魂とも呼べる存在か」
「…………」
彼が連れた自らを零号機の心と名乗る彼女。その存在は1つの希望を見出だせはした代わりに、多分の危惧を孕んでいた。
「人類が生きるも滅ぶも、彼女の意思1つか」
「問題はない。アレを上手く利用すれば間接的にコントロール出来る。それに見方を変えれば我々は時間的猶予を手に入れた事になる」
確かに、碇の言う通り我々は何時でも儀式を執り行えるという段階に進んでいるとも言うが。
「いずれにせよ、しばらくは静観か。ゼーレも我々も、手駒を幾つか失ったからな」
諜報関係の末端とは言え人材の減少は無視出来るものではない。そしてそうした人間に限って彼女によって消失させられていると言うことは、我々の悪だくみも彼女には筒抜けである可能性がある。
それを彼が知った時、我々は無に還るだけか。
◇◇◇◇◇
レンの事はどうなるのかと思ったが、無難に綾波レンという形に落ち着いた。そりゃ見掛けレイと瓜二つですからね、
ただ肉体年齢が上がってしまった自分はどうなるのか。
「アナタには悪いけれど、碇シンジは長期入院。入れ換えで徴用された兄という身分に落ち着かせるわ」
「まぁ、見た目からして違っちゃいましたからね」
今の自分はシンジ君を数年大人にさせた様な見た目だ。背も伸びてるし、顔の造りも美少年だったのがイケメンになってもいるし。
何処となく加持さんの面影も見えたのはきっと適当にゴム紐で纏めた後ろ髪の所為だろう。デザイナー同じ人だからというメタさもあるのかね?
しかしシンジ君の名前を変えたとして、どんな名前がしっくり来るのかと考える。
「あの、綾波名字じゃダメですか?」
名前を今すぐに変えろだなんて難しい難題よりも、名前よりも変え易い名字を選べないか告げる。
Qではユイさんが碇ではなく綾波名字に変わっている。六分儀はちょっと固すぎるし、そっちを使うならなおさらあの人と話さなければならないだろう。
そういう意味では自分は逃げている人間のままだと自覚する。
「そうね。難しくはないけれど、それで良いのね?」
「はい」
「綾波レン、綾波シンジ──そう、ワタシはアナタと同じ名前になるのね…」
そう言いながら座ってコーヒーを飲んでいた自分に背後からあすなろ抱きをするレン。1つになるが他人が居るという行為を好む傾向にある彼女は嬉しいことがあると抱き着く抱き着き魔でもある。
サクッと考えて出たのはシンとかレンジとかレイジとか、なんやレイが多いというね。だからシンジ君の名前で良い名前が浮かばない。自分はシンジなので出来ればこの名前は変えたくはないかなぁ。
それにしては最近シンジ君エミュレートが不具合な気がしてならない。感情が昂るとどうにも崩れる気がする。
「それで、学校に関してだけれど」
「……やっぱりムリですよね」
そりゃ中学生の中に高校生が居座るようなものだ。普通に考えて無理だろう。まぁ、一週間程しか行ってないから思い入れは薄いけれども。
「家庭教師から習う方法もあるけれど、前にも言った通り学校で培われるコミュニティは掛け替えないものになるわ。だから教育実習生として第一中学校に行って貰うわ」
「はい、わかりました。……はい?」
え? なんで教育実習生なの? そこは高校通いじゃないの? 高校だってあるの知ってますよリツコさん!
「仕方がないのよ。ウチが顔を利かせられるのが中学校の方なんですもの」
確か第一中学校2年A組は全員エヴァのパイロット候補で、マルドゥック機関直轄でしたね。その流れで教育実習生としてネジ込みますか普通。
時折思うけど、エヴァの大人ってバカじゃないのかって。
「レンはどうするんですか……」
「その子に関しては長期入院から退院できた設定にしてクラスにネジ込むわ。アナタよりかは簡単だし女の子だから受け入れられ易いわ」
物凄い男女不平等を見た。
「これから大変よ? 最低限中学2年生の勉強は覚えて貰うから」
「あんまりですよそれぇ……」
「仕方がないわ。受け入れなさい」
今は14歳のシンジ君の身分が憎い。
しかしレンも他人と関わらせて情緒を育てるという意味では学校には通わせてあげたいし、そうなるとやるしかないわけか。
あぁ、何処の誰だよ中学生をロボットに乗せて戦わせながら学校にも通わせて日常と非日常の同居から壊れる日常を演出するなんてやった酷い大人は……。
つづく。